おつかれさまでした
報告と新しい依頼
「そうですか……とくにめぼしいものは見つかりませんでしたか」
軍服の偉い人は目に見えてガッカリしていた。
「はいダンジョンには何もありませんでした」
わたしは淡々と渋々と粛々と言葉を紡ぐ。
ソファーのやわらかい感触がおしりにフィット。
室内のもよーんとした空気。
正面にはおカタい表情の男女さま。
左右に居座る女の子。
なんだってこう、偉い人とお話するときって緊張感大盛りごはんなんだろう。大盛りなのはカリカリだけでじゅーぶんだよ。
(カリカリってなんだ?)
「地下は迷宮になっていましたわ。ある程度まで潜り込めましたが……」
言って、右のあんずちゃんは伺うようにこっちへ視線をよこす。
正確にはわたしの左にいるツンデレ魔法少女へ。
しゃーないって感じでその後の言伝を担当する。
「予想以上の深さで探索しきれなかったわ」
「なるほど、レブリエーロの地下にそのようなダンジョンがあったとは」
「こちらに我々が探索した範囲の地図を書き留めてある。今後の捜査にお役立て願いたい」
言って、本日は立席となったブッちゃんが紙を手渡す。
受け取ったギルドの女の人が神妙な顔でそれを眺める。
「……これは?」
茶髪ボブカットあんどメガネのおねーさんがとある一点を指摘した。
「転移罠だ。ダンジョン内にはこのようなしかけがたくさんあった」
「ルートを絶たれたのに戻ってこれたのですか?」
「この時点で別の転移罠を踏んだ。既知のルートに出られたのは運が良かったとしか言いようがない」
言って、ブッちゃんはそのさらに下層マップにある転移罠のマークを指さした。
ウソだ。
にどめの転移罠なんて踏んでない。
地下五階くらいまではホンモノの地図。
それ以降はでっちあげたもの。
ブッちゃんの提案でドラゴンの存在は明かさないと決めた。
なぜか知らないけど、わたしもみんなもその意見に同意した。
そうしなきゃいけないと思ったからだ。
「そうですか」
軍服さんがお黙りましてギルドのおねーさんをちらり。
おねーさんも神妙な顔して見返してアイコンタクト。
なんだろう、面接受けてるようでいごこちがわるいです。
「参考までに、このダンジョンを最深部まで攻略するとしたらどの程度の準備と予算が必要になると思いますか?」
「最深部が地下何階であるかわからぬ以上何とも言えん。しかし規模や現れたマモノの数を考えると、数日分の備蓄を用意するに越したことはないだろう」
面接官たちは難しい顔で互いとにらめっこ。
よくわかんないけど、これからさらに探索が進んで別のパーティーがドラゴンを見つけたらどうなるんだろ。
「引き続き調査を依頼することはできないでしょうか?」
「すまんが、こちらは別口の依頼があるので他を当たって欲しい」
「そうですか。では、今回の報酬の件ですが」
出来高が残念だということで割引価格になっちゃった。
まあ、それでもお国からの依頼だからガッポリでしたけどね。
それより問題なのはダンジョン内で入手してアイテムの数々ですよ。
耳を疑いましたわよ? ダンジョンは図書館の敷地内にある扱いだからぜんぶ持ってかれるの困りますってその提案こそ困りますお客様案件なんだけど?
ブッちゃんはじめ我々必死の形相にて交渉。こちとら命かけて依頼受けてんねんっていうか実際命散らしてましてん。まあそれは言えないけど、とにかく譲れないものがあるということでどうにか妥協案。どうにか折半までこぎつけました。
問題はその後というかその最中というか。
「結局受け取ってしまいましたわね」
いごこちのわるい部屋から逃げ出して、建物を抜けさわやかな暖かい空気に包まれる。開放感に背を場しつつ、わたしはそんなひと言を発したルームメイトの手元を見た。
アンダーウェアモードのあんずちゃんは、一枚の封筒をまじまじと眺めている。
真っ白いの。封がしてあるの。
ろうそく? みたいなネットリ固まる赤いやつが貼り付けられてる。
「まさかとは思いますが、ダンジョン内で入手したアイテムなんてどうでも良くてはじめからこっちが目的だったのでは?」
「でしょうね。ったく回りくどいことしないではじめっからそう依頼すればいいのに」
「でも、ドロちんだったらこの依頼受けなかったでしょ?」
「当たり前じゃない。けどまあ」
言って、ドロちんは一冊の本を片手に頬を緩ませた。
「こっちもおいしい思いできたから」
(あの軍服さんやり手だなぁ)
思い出した。
オジサンがたまにやってた交渉術。
旅の途中たまにいたんだ。仕事の報酬を渋る人。
ひどい例だと一銭も支払わないよ! なんてこと言う不届き者もいたりする。
稀だけどね。
そんな時、オジサンはだいたいうまい事言ってキッチリ支払ってもらってた。
その手段のひとつ。別方面の切り口から攻めて本命をゲッチュする方法。
たとえば「仕事内容は木材の整理だけだったけど庭の掃除と廃材回収もやったよな? それもギルドに報告して請求するけどいいか?」みたいな感じ。実際は大した事ない量でもやった仕事は仕事だから。ギルドに報告しても、それが請求に値する量かどうかはギルドが決めることなのですが、依頼主からしたらわかんないもんね。
言わなくていいことは言わなくていい。
それが交渉の基本なんだって。オジサンは泣きべそかいて金を用意するおばちゃんを尻目にそんなことを言ってた。
今回はさらにもうひとつ。物で釣るという方法を拝むことが出来た。
ターゲットはドロちん。
動かしにくい相手にだけもうひと押し。これは相手に「動かされた」という気持ちを残さないんだって。
(こうしてわたしはオトナになっていくのだぁ)
「どういった内容なのでしょうか」
「赤い封印は国公認のヤツだから開けちゃだめよ」
本をぺらぺらめくりつつドロちんが言う。
歩きながら読めるってすごいな。
わたしは徒歩りん読書どころかフツーの読書もお腹いっぱいです。
たまに「おほ!」とか「うへぇ」って聞こえるのはロリ魔女っ子のうめきです。鈴のようなキレイな声色なのに発せられるボイスがそれかい。
「それで、手紙はどこに預ければ良いのでしたっけ?」
「テトヴォの役人だ。東の内海を渡った先の街だな」
「ないかい?」
海ってこと?
「ギルドの案内によれば、東口から出てしばらく歩けば船着き場に到着するらしい。運が良ければその時点で乗船できるだろう」
(船旅かぁ)
思いもよらぬイベントが待ち受けていた。
海。
見たことない。
なんかおっきな水たまりがあるんでしょ?
どんなところかな?
たくさん水遊びできるかな?
あ、でもどろんこになるとあとでうるさいから――あ。
(なにがうるさいんだっけ?)
えーっと、たしかおふろがどうってッ!!?
(にゃ、にゃんだ! その単語を口にした瞬間モーレツな寒気が!!)
「なにしてんの?」
「んにゃ!?」
ロリの冷徹なたれ目に背中をどつかれた。
わたしは仕返しとばかりに、ついでに言うと背中に走った悪寒を拭うため魔法少女へ絡みついた。
「ねーねードロちん。ケルベロスってそんなすごい魔術師だったの?」
「伝説も伝説。超がつくほどの大魔術師よ」
ちょっぴり、いや大いに迷惑そうにしつつ、ドロちんの視線は本にだけ注がれている。
「レブリエーロが誕生した初期に存在したとされる伝説の大魔術師。この世界の魔法の呪文形式や理論構築の基礎はケルベロスが築きあげた。伝説ではいちどにみっつの魔法を唱えられ、自身の命と引き換えにドラゴンを封印したと言われてる」
「へー、そうなんだ……ん?」
レブリエーロ出身でドラゴンを封印した?
(じゃああのドラゴンってまさか)
「魔導を極めるなら避けて通れない存在。故にケルベロスの著書はたいへん貴重で贋作もたくさん作られてる。これは正真正銘ケルベロスが残した初期の魔導書。ああ!」
「な、なに?」
「これはまさしく魔導理論のテスト用に生み出された原初の魔法! あぁぁぁぁ」
「ドロちん? ――あ」
顔。
ヨダレ。
やべぇこいつかんっぜんにキマッてる。
「ほっとけ。そうなったら誰にも止められん」
「そうだね」
幸いというかなんというか、ドロちんの顔はとんがり帽子に隠されてるので周りの人からはよく見えないのです。
(背もちっちゃいしね)
「なんか言った?」
(心を読まれた!)
まさかドロちんも読心術を!?
「バカみたいな顔してないでさっさと歩く」
「わふ」
ネクストどつかれ。おのれ冷徹魔法少女め。
「わんわん!」
「口までバカになったのね」
「がう!」
「あのぅ、おふたりとも落ち着いてくださいませんか?」
「まったくだ。お主らの仲間扱いされたくない。あんずよ、先を急ぐぞ」
「え、ちょ、あんずちゃん!?」
すげーよそよそしい顔してんだけど?
へい! まいふぇいばりっとふれんど!
「わかった、ごめんってばー!」
わたしが走って追いかけるのに対し、ドロちんはいつまでも本に釘付けになっていましたとさ。
軍服の偉い人は目に見えてガッカリしていた。
「はいダンジョンには何もありませんでした」
わたしは淡々と渋々と粛々と言葉を紡ぐ。
ソファーのやわらかい感触がおしりにフィット。
室内のもよーんとした空気。
正面にはおカタい表情の男女さま。
左右に居座る女の子。
なんだってこう、偉い人とお話するときって緊張感大盛りごはんなんだろう。大盛りなのはカリカリだけでじゅーぶんだよ。
(カリカリってなんだ?)
「地下は迷宮になっていましたわ。ある程度まで潜り込めましたが……」
言って、右のあんずちゃんは伺うようにこっちへ視線をよこす。
正確にはわたしの左にいるツンデレ魔法少女へ。
しゃーないって感じでその後の言伝を担当する。
「予想以上の深さで探索しきれなかったわ」
「なるほど、レブリエーロの地下にそのようなダンジョンがあったとは」
「こちらに我々が探索した範囲の地図を書き留めてある。今後の捜査にお役立て願いたい」
言って、本日は立席となったブッちゃんが紙を手渡す。
受け取ったギルドの女の人が神妙な顔でそれを眺める。
「……これは?」
茶髪ボブカットあんどメガネのおねーさんがとある一点を指摘した。
「転移罠だ。ダンジョン内にはこのようなしかけがたくさんあった」
「ルートを絶たれたのに戻ってこれたのですか?」
「この時点で別の転移罠を踏んだ。既知のルートに出られたのは運が良かったとしか言いようがない」
言って、ブッちゃんはそのさらに下層マップにある転移罠のマークを指さした。
ウソだ。
にどめの転移罠なんて踏んでない。
地下五階くらいまではホンモノの地図。
それ以降はでっちあげたもの。
ブッちゃんの提案でドラゴンの存在は明かさないと決めた。
なぜか知らないけど、わたしもみんなもその意見に同意した。
そうしなきゃいけないと思ったからだ。
「そうですか」
軍服さんがお黙りましてギルドのおねーさんをちらり。
おねーさんも神妙な顔して見返してアイコンタクト。
なんだろう、面接受けてるようでいごこちがわるいです。
「参考までに、このダンジョンを最深部まで攻略するとしたらどの程度の準備と予算が必要になると思いますか?」
「最深部が地下何階であるかわからぬ以上何とも言えん。しかし規模や現れたマモノの数を考えると、数日分の備蓄を用意するに越したことはないだろう」
面接官たちは難しい顔で互いとにらめっこ。
よくわかんないけど、これからさらに探索が進んで別のパーティーがドラゴンを見つけたらどうなるんだろ。
「引き続き調査を依頼することはできないでしょうか?」
「すまんが、こちらは別口の依頼があるので他を当たって欲しい」
「そうですか。では、今回の報酬の件ですが」
出来高が残念だということで割引価格になっちゃった。
まあ、それでもお国からの依頼だからガッポリでしたけどね。
それより問題なのはダンジョン内で入手してアイテムの数々ですよ。
耳を疑いましたわよ? ダンジョンは図書館の敷地内にある扱いだからぜんぶ持ってかれるの困りますってその提案こそ困りますお客様案件なんだけど?
ブッちゃんはじめ我々必死の形相にて交渉。こちとら命かけて依頼受けてんねんっていうか実際命散らしてましてん。まあそれは言えないけど、とにかく譲れないものがあるということでどうにか妥協案。どうにか折半までこぎつけました。
問題はその後というかその最中というか。
「結局受け取ってしまいましたわね」
いごこちのわるい部屋から逃げ出して、建物を抜けさわやかな暖かい空気に包まれる。開放感に背を場しつつ、わたしはそんなひと言を発したルームメイトの手元を見た。
アンダーウェアモードのあんずちゃんは、一枚の封筒をまじまじと眺めている。
真っ白いの。封がしてあるの。
ろうそく? みたいなネットリ固まる赤いやつが貼り付けられてる。
「まさかとは思いますが、ダンジョン内で入手したアイテムなんてどうでも良くてはじめからこっちが目的だったのでは?」
「でしょうね。ったく回りくどいことしないではじめっからそう依頼すればいいのに」
「でも、ドロちんだったらこの依頼受けなかったでしょ?」
「当たり前じゃない。けどまあ」
言って、ドロちんは一冊の本を片手に頬を緩ませた。
「こっちもおいしい思いできたから」
(あの軍服さんやり手だなぁ)
思い出した。
オジサンがたまにやってた交渉術。
旅の途中たまにいたんだ。仕事の報酬を渋る人。
ひどい例だと一銭も支払わないよ! なんてこと言う不届き者もいたりする。
稀だけどね。
そんな時、オジサンはだいたいうまい事言ってキッチリ支払ってもらってた。
その手段のひとつ。別方面の切り口から攻めて本命をゲッチュする方法。
たとえば「仕事内容は木材の整理だけだったけど庭の掃除と廃材回収もやったよな? それもギルドに報告して請求するけどいいか?」みたいな感じ。実際は大した事ない量でもやった仕事は仕事だから。ギルドに報告しても、それが請求に値する量かどうかはギルドが決めることなのですが、依頼主からしたらわかんないもんね。
言わなくていいことは言わなくていい。
それが交渉の基本なんだって。オジサンは泣きべそかいて金を用意するおばちゃんを尻目にそんなことを言ってた。
今回はさらにもうひとつ。物で釣るという方法を拝むことが出来た。
ターゲットはドロちん。
動かしにくい相手にだけもうひと押し。これは相手に「動かされた」という気持ちを残さないんだって。
(こうしてわたしはオトナになっていくのだぁ)
「どういった内容なのでしょうか」
「赤い封印は国公認のヤツだから開けちゃだめよ」
本をぺらぺらめくりつつドロちんが言う。
歩きながら読めるってすごいな。
わたしは徒歩りん読書どころかフツーの読書もお腹いっぱいです。
たまに「おほ!」とか「うへぇ」って聞こえるのはロリ魔女っ子のうめきです。鈴のようなキレイな声色なのに発せられるボイスがそれかい。
「それで、手紙はどこに預ければ良いのでしたっけ?」
「テトヴォの役人だ。東の内海を渡った先の街だな」
「ないかい?」
海ってこと?
「ギルドの案内によれば、東口から出てしばらく歩けば船着き場に到着するらしい。運が良ければその時点で乗船できるだろう」
(船旅かぁ)
思いもよらぬイベントが待ち受けていた。
海。
見たことない。
なんかおっきな水たまりがあるんでしょ?
どんなところかな?
たくさん水遊びできるかな?
あ、でもどろんこになるとあとでうるさいから――あ。
(なにがうるさいんだっけ?)
えーっと、たしかおふろがどうってッ!!?
(にゃ、にゃんだ! その単語を口にした瞬間モーレツな寒気が!!)
「なにしてんの?」
「んにゃ!?」
ロリの冷徹なたれ目に背中をどつかれた。
わたしは仕返しとばかりに、ついでに言うと背中に走った悪寒を拭うため魔法少女へ絡みついた。
「ねーねードロちん。ケルベロスってそんなすごい魔術師だったの?」
「伝説も伝説。超がつくほどの大魔術師よ」
ちょっぴり、いや大いに迷惑そうにしつつ、ドロちんの視線は本にだけ注がれている。
「レブリエーロが誕生した初期に存在したとされる伝説の大魔術師。この世界の魔法の呪文形式や理論構築の基礎はケルベロスが築きあげた。伝説ではいちどにみっつの魔法を唱えられ、自身の命と引き換えにドラゴンを封印したと言われてる」
「へー、そうなんだ……ん?」
レブリエーロ出身でドラゴンを封印した?
(じゃああのドラゴンってまさか)
「魔導を極めるなら避けて通れない存在。故にケルベロスの著書はたいへん貴重で贋作もたくさん作られてる。これは正真正銘ケルベロスが残した初期の魔導書。ああ!」
「な、なに?」
「これはまさしく魔導理論のテスト用に生み出された原初の魔法! あぁぁぁぁ」
「ドロちん? ――あ」
顔。
ヨダレ。
やべぇこいつかんっぜんにキマッてる。
「ほっとけ。そうなったら誰にも止められん」
「そうだね」
幸いというかなんというか、ドロちんの顔はとんがり帽子に隠されてるので周りの人からはよく見えないのです。
(背もちっちゃいしね)
「なんか言った?」
(心を読まれた!)
まさかドロちんも読心術を!?
「バカみたいな顔してないでさっさと歩く」
「わふ」
ネクストどつかれ。おのれ冷徹魔法少女め。
「わんわん!」
「口までバカになったのね」
「がう!」
「あのぅ、おふたりとも落ち着いてくださいませんか?」
「まったくだ。お主らの仲間扱いされたくない。あんずよ、先を急ぐぞ」
「え、ちょ、あんずちゃん!?」
すげーよそよそしい顔してんだけど?
へい! まいふぇいばりっとふれんど!
「わかった、ごめんってばー!」
わたしが走って追いかけるのに対し、ドロちんはいつまでも本に釘付けになっていましたとさ。