テトヴォの義賊ティト
街運営シミュレーションゲームみたいなのあるじゃん? あれさ、無理くり土地作るととんでもない立地の家が生まれるんだよね。
おしのびザウルス。
神出鬼没、建造物に侵入し、確実に情報を抜き取っていくかわいい恐竜。叫ばずにいられなくなる瞬間があることがタマにキズ。
(本日は特性おだまりなさいマスク着用なのでご安心。はてさて今宵のターゲットは?)
囚われの異世界人。
舞台は堅牢なる監獄?
いいえ、ただの私邸です。
(ふっしぎー)
物陰から様子を見つつ、わたしは周囲を見渡しそんなことを思ってみる。
ここはテトヴォ中心地。
その一角に、見るからにおかしな立地のおうちがある。
悪徳政治家、メイスのご自宅だ。
時は深夜。熟睡中のみなさまを差し置き、わたしはサンダーさんの話に聞く監獄にアプローチ中。町中では酒盛り連中がご盛況。人見を避けつつやってきて、忍び込むは他人の敷地。
(ここどーなってんの? 道途切れてるじゃん)
後付けで区切ったような土地にズドンと建つ。途中で道が途切れており、その一歩先にメイス邸のお庭。その向こう側に、本来続いてたらしい別の道路があった。
隣の家に目を向ける。その二階には、何のために用意したかわからない扉だけがあった。開けた瞬間真っ逆さま。何がしたいの?
(周囲に人影なーし。強いて言うならグレースちゃんだけでーす)
安全確認、よし。
さて、悪徳政治家さんに囚われてるおいしいおにくとやらを、じゃなかった。えーっとなんだっけ?
(そうそう、異世界人さん)
もうすぐ死刑になっちゃうんだよね? そうなる前に助け出そう。
(いざゆかん!)
シュバッ。
わたしはニンジャのように飛び出した。
玄関、裏口、窓ほか選択肢多数。最もエンカウント率低そうな暗がりの窓を選択。建物の外観からおおよそのマップを考慮しつつ、この時間帯にも人がいそうなキッチン、リビングルームは避ける形。
(あ、めんどくさコレ)
窓のカギが締まってる。こういう時はオジサンに教わった解錠技術がお役立ちなんだけど、たまにサビついて動かなかったり形状が特殊だったりする。それでも難なく切り抜けて、最低限の音のみ残し、わたしは室内への第一歩を踏み出した。
(……人はいないよね?)
遠目の光はキッチンからだろう。明日の仕込みかアルコールか、いずれにしても近づくべきではない。
サンダーさんの情報を思い出しつつ探索。
ほどなく地下への入口を発見。
(グレース、行きます)
足音を消し進んでいく。一本道なので人と遭遇すればアウトだから、常に先を見て人の気配を察知したら、すぐ引き返せる準備をしておく。
ラッキー? それとも罠? いずれにしても障害なくそこまで突き当たる。地下はいかにもな牢屋ゾーンとなっていた。
鉄格子と小部屋のセットがいくつも並ぶ。見張りらしき姿はなく、わたしはフードを外して牢屋をひとつひとつ確認していく。
そして、いちばん奥の個室にその人はいた。
「……ぁあ?」
腰を下ろし、壁際にもたれかかる男の人。
大きくてガタイがいい。
身長だけで言えばブッちゃんといい勝負かもしれない。
けど体格は同じじゃなくて、ガッチリした筋肉だけど動きに特化したというか、ボディビルダーじゃなくてアスリートって感じ? 知らんけど。
「なんだぁテメェ」
(初っ端からこえー)
威圧感たっぷり。ブッちゃんのような雰囲気タイプじゃなくもっと実践的な、たとえるならオジサンが本気になったときの隙がないかんじというか。なんだっけ、これ的確に表せるひと言があった気がするんだけどぉ――。
「あっ!」
思い出した。
「オラオラ系だ!」
「ケンカ売ってんのか? 買うぜ?」
むくり。そんな効果音とともに男の人が起き上がる。
「ぉ……おっきぃ」
すごく立派な胸板。
二の腕、太もも。分厚さで言えばサっちゃん圧勝なのだけど、それとは違う引き締まった身体というかミッチリ詰まってるというか。
「何度聞かれても答えは同じだ。おれは誰の手も借りてねぇし恥じることなんざ何ひとつやってねぇ」
骨太でガッチリ。いかにもスポーツマン的な濃ゆい顔で、ツンと鼻が立ち凹凸がしっかりしてる。
「しかし、なんだ」
ミリタリーな迷彩が入ったズボンに白いシャツ。それを灰色のジャケットで包みこんだその男は、ふしぎな生き物を見るような目でこちらを観察する。
「女のクセにいい身体してるな。ただのメスじゃなさそうだが何もんだ?」
(……むっかぁー)
どうして男ってこういうムカつく言動ばかりなんだろ。
一瞬イラッとしつつ、男性にしては長めの髪を、ワックスなしでオールバックにしたような体育会系異世界人に対し第一声を放った。
「わたしはグレース。キミを助けに来たよ」
「……なんだと?」
ちょっとあちこち毛深い男が訝しげな表情をつくった。
「はい、んじゃ出てください」
手早く南京錠を外して鉄格子を開ける。
ウェルカム、トゥー、フリー。
が、男はつっ立ったままである。
「どしたの? 誰か来ちゃう前にはやく逃げよ?」
「余計なお世話だ」
(なんですと?)
一瞬耳を疑った。いたって真面目な顔の男性。冗談ではなさそう。
「逃げるつもりならとっくにそうしてたよ。おら」
言って、その人は格子の一本に手を伸ばし、
つかみ、
ひねってみせた。
いとも簡単に金属の棒が曲がる。
サっちゃんもこういうことしてたなぁ。
「おれは残る」
「なんで?」
「ここで食って寝てるだけで、向こうから姿見せてくれるんだ」
また手をひねるとあらふしぎ。無惨な姿になった鉄の棒が元通りになったではありませんか。
(すっご)
彼は何事もなかったかのようにスタスタと牢屋の奥へ向かい、そこのベッドに身を投げた。
キシむ音と共に彼の身体が沈み、こちらに背中と黒髪を向ける。
「どうするつもり?」
「まずは問いただす。なぜこんなクソみたいなことをするのか」
「クソッて、そんな汚いことばつかっちゃ――」
まあ確かにお給料少ないし?
不満言うとすぐ捕まるし?
いい宿はぜんぶ独占されてるけどさ。
「クソだわ」
「だろ?」
男はニヤッと笑った。背中がそう語ってた。
「民衆をコケにしてきたツケを払わせる。それが出来ねぇようなら……まっとうな政治が出来ねぇようなら」
背を向けたまま拳を振り上げ、言った。
「ありったけの一撃をくれてやるのさ」
(ふーん)
腕っぷしには自信ありですか。
そんでこの頑固頭。
これはテコでも動かねーな。
ならせめてお名前だけでも。
「そういうことだ。世話かけたな」
「おにーさん名前はなんていうの?」
「はあ?」
間の抜けた声と顔でこっち向いた。シリアス顔じゃなくても威圧感バッチリですね。
「わたしはグレース。キミは?」
「ティトだ。もう行け」
腕をぱっぱして"散れ"のサイン。本人がそう言うのなら仕方ないけど、ティトの好みや趣味まったく知らずじゃもったいなくない?
(ティトさん、ティトくん、ティトっち、ティッティ……ティー?)
「なにジロジロ見てんだよ」
「ティっくんって好きなものある?」
「誰だそれ」
「得意科目はやっぱり体育? 放課後は釘バット片手にカチコミするタイプ?」
「……」
「っていうかおにーさんだよね? わたしよりひとまわりくらい年上っぽいけど」
「いいから行けよ。今すぐ叫ぶぞ?」
それは困る。しかたない撤退だ。
「今日のところは引き返してやろう。しかしいずれ第二第三のグレースちゃんが」
「行けつってんだろ! おーいここに人がいるぞー!!」
「わーごめんなさーい!」
シュバッ! わたしは跳躍あんど天井に張り付きつつ、声に反応し駆け込んでくる人々を忍び躱していく。
「……すげーな」
(でしょ?)
よし、つかみは上々だ。
物理的には遠のくけど、わたしたちはオトモダチへの第一歩を踏み出したのでした。
神出鬼没、建造物に侵入し、確実に情報を抜き取っていくかわいい恐竜。叫ばずにいられなくなる瞬間があることがタマにキズ。
(本日は特性おだまりなさいマスク着用なのでご安心。はてさて今宵のターゲットは?)
囚われの異世界人。
舞台は堅牢なる監獄?
いいえ、ただの私邸です。
(ふっしぎー)
物陰から様子を見つつ、わたしは周囲を見渡しそんなことを思ってみる。
ここはテトヴォ中心地。
その一角に、見るからにおかしな立地のおうちがある。
悪徳政治家、メイスのご自宅だ。
時は深夜。熟睡中のみなさまを差し置き、わたしはサンダーさんの話に聞く監獄にアプローチ中。町中では酒盛り連中がご盛況。人見を避けつつやってきて、忍び込むは他人の敷地。
(ここどーなってんの? 道途切れてるじゃん)
後付けで区切ったような土地にズドンと建つ。途中で道が途切れており、その一歩先にメイス邸のお庭。その向こう側に、本来続いてたらしい別の道路があった。
隣の家に目を向ける。その二階には、何のために用意したかわからない扉だけがあった。開けた瞬間真っ逆さま。何がしたいの?
(周囲に人影なーし。強いて言うならグレースちゃんだけでーす)
安全確認、よし。
さて、悪徳政治家さんに囚われてるおいしいおにくとやらを、じゃなかった。えーっとなんだっけ?
(そうそう、異世界人さん)
もうすぐ死刑になっちゃうんだよね? そうなる前に助け出そう。
(いざゆかん!)
シュバッ。
わたしはニンジャのように飛び出した。
玄関、裏口、窓ほか選択肢多数。最もエンカウント率低そうな暗がりの窓を選択。建物の外観からおおよそのマップを考慮しつつ、この時間帯にも人がいそうなキッチン、リビングルームは避ける形。
(あ、めんどくさコレ)
窓のカギが締まってる。こういう時はオジサンに教わった解錠技術がお役立ちなんだけど、たまにサビついて動かなかったり形状が特殊だったりする。それでも難なく切り抜けて、最低限の音のみ残し、わたしは室内への第一歩を踏み出した。
(……人はいないよね?)
遠目の光はキッチンからだろう。明日の仕込みかアルコールか、いずれにしても近づくべきではない。
サンダーさんの情報を思い出しつつ探索。
ほどなく地下への入口を発見。
(グレース、行きます)
足音を消し進んでいく。一本道なので人と遭遇すればアウトだから、常に先を見て人の気配を察知したら、すぐ引き返せる準備をしておく。
ラッキー? それとも罠? いずれにしても障害なくそこまで突き当たる。地下はいかにもな牢屋ゾーンとなっていた。
鉄格子と小部屋のセットがいくつも並ぶ。見張りらしき姿はなく、わたしはフードを外して牢屋をひとつひとつ確認していく。
そして、いちばん奥の個室にその人はいた。
「……ぁあ?」
腰を下ろし、壁際にもたれかかる男の人。
大きくてガタイがいい。
身長だけで言えばブッちゃんといい勝負かもしれない。
けど体格は同じじゃなくて、ガッチリした筋肉だけど動きに特化したというか、ボディビルダーじゃなくてアスリートって感じ? 知らんけど。
「なんだぁテメェ」
(初っ端からこえー)
威圧感たっぷり。ブッちゃんのような雰囲気タイプじゃなくもっと実践的な、たとえるならオジサンが本気になったときの隙がないかんじというか。なんだっけ、これ的確に表せるひと言があった気がするんだけどぉ――。
「あっ!」
思い出した。
「オラオラ系だ!」
「ケンカ売ってんのか? 買うぜ?」
むくり。そんな効果音とともに男の人が起き上がる。
「ぉ……おっきぃ」
すごく立派な胸板。
二の腕、太もも。分厚さで言えばサっちゃん圧勝なのだけど、それとは違う引き締まった身体というかミッチリ詰まってるというか。
「何度聞かれても答えは同じだ。おれは誰の手も借りてねぇし恥じることなんざ何ひとつやってねぇ」
骨太でガッチリ。いかにもスポーツマン的な濃ゆい顔で、ツンと鼻が立ち凹凸がしっかりしてる。
「しかし、なんだ」
ミリタリーな迷彩が入ったズボンに白いシャツ。それを灰色のジャケットで包みこんだその男は、ふしぎな生き物を見るような目でこちらを観察する。
「女のクセにいい身体してるな。ただのメスじゃなさそうだが何もんだ?」
(……むっかぁー)
どうして男ってこういうムカつく言動ばかりなんだろ。
一瞬イラッとしつつ、男性にしては長めの髪を、ワックスなしでオールバックにしたような体育会系異世界人に対し第一声を放った。
「わたしはグレース。キミを助けに来たよ」
「……なんだと?」
ちょっとあちこち毛深い男が訝しげな表情をつくった。
「はい、んじゃ出てください」
手早く南京錠を外して鉄格子を開ける。
ウェルカム、トゥー、フリー。
が、男はつっ立ったままである。
「どしたの? 誰か来ちゃう前にはやく逃げよ?」
「余計なお世話だ」
(なんですと?)
一瞬耳を疑った。いたって真面目な顔の男性。冗談ではなさそう。
「逃げるつもりならとっくにそうしてたよ。おら」
言って、その人は格子の一本に手を伸ばし、
つかみ、
ひねってみせた。
いとも簡単に金属の棒が曲がる。
サっちゃんもこういうことしてたなぁ。
「おれは残る」
「なんで?」
「ここで食って寝てるだけで、向こうから姿見せてくれるんだ」
また手をひねるとあらふしぎ。無惨な姿になった鉄の棒が元通りになったではありませんか。
(すっご)
彼は何事もなかったかのようにスタスタと牢屋の奥へ向かい、そこのベッドに身を投げた。
キシむ音と共に彼の身体が沈み、こちらに背中と黒髪を向ける。
「どうするつもり?」
「まずは問いただす。なぜこんなクソみたいなことをするのか」
「クソッて、そんな汚いことばつかっちゃ――」
まあ確かにお給料少ないし?
不満言うとすぐ捕まるし?
いい宿はぜんぶ独占されてるけどさ。
「クソだわ」
「だろ?」
男はニヤッと笑った。背中がそう語ってた。
「民衆をコケにしてきたツケを払わせる。それが出来ねぇようなら……まっとうな政治が出来ねぇようなら」
背を向けたまま拳を振り上げ、言った。
「ありったけの一撃をくれてやるのさ」
(ふーん)
腕っぷしには自信ありですか。
そんでこの頑固頭。
これはテコでも動かねーな。
ならせめてお名前だけでも。
「そういうことだ。世話かけたな」
「おにーさん名前はなんていうの?」
「はあ?」
間の抜けた声と顔でこっち向いた。シリアス顔じゃなくても威圧感バッチリですね。
「わたしはグレース。キミは?」
「ティトだ。もう行け」
腕をぱっぱして"散れ"のサイン。本人がそう言うのなら仕方ないけど、ティトの好みや趣味まったく知らずじゃもったいなくない?
(ティトさん、ティトくん、ティトっち、ティッティ……ティー?)
「なにジロジロ見てんだよ」
「ティっくんって好きなものある?」
「誰だそれ」
「得意科目はやっぱり体育? 放課後は釘バット片手にカチコミするタイプ?」
「……」
「っていうかおにーさんだよね? わたしよりひとまわりくらい年上っぽいけど」
「いいから行けよ。今すぐ叫ぶぞ?」
それは困る。しかたない撤退だ。
「今日のところは引き返してやろう。しかしいずれ第二第三のグレースちゃんが」
「行けつってんだろ! おーいここに人がいるぞー!!」
「わーごめんなさーい!」
シュバッ! わたしは跳躍あんど天井に張り付きつつ、声に反応し駆け込んでくる人々を忍び躱していく。
「……すげーな」
(でしょ?)
よし、つかみは上々だ。
物理的には遠のくけど、わたしたちはオトモダチへの第一歩を踏み出したのでした。