働けどはたらけど、おにく
ご都合展開。あらかじめ、もしくは新たに設定された
待ち人来たらず。そんな中でも、テトヴォでの日常は続いていく。
わたしたちはチームだ。でも、普段はそれぞれの判断で独自に動いてる。もちろん、買い出しや用具調達などの役割分担はあるけど、こういう時は自分で仕事を探すし、自分用の装備を整える時間もあるし、町の人と交流して新たな情報を手に入れたりする。
ブッちゃんは宿の掃除を申し出た。彼の大きな手はひと拭きで床の汚れを一掃し、その報酬として宿泊費用を抑えてもらってる。こっちとしても、野宿が恋しくなるようなベッドはごめんだからね。我がパーティーの総務担当ということもあり、買い出しなどは基本彼が担当することが多いんだ。
ドロちんは魔法や錬金術関連の仕事してると思う。思うってのは、あの子なかなかプライベートを明かしてくれないんだよね。ふらっと消えて、帰ってきた時には金貨いちまいを手土産に、なんてこともザラ。付いていこうとしたら鬼の形相でお断りされた。むー、こんど隠れてストーキングしちゃおうかな?
あんずちゃんは防具屋で補修や売り子さんをしてる。報酬代わりに手入れ用品を格安で買ったり、職人さんじゃないと知らない秘伝の技を教わったり。そのおかげで、近頃はわたしの武器まであんずちゃんに世話してもらってる。ビフォーアフターであそこまで切れ味違うんだねー。
サンダーさんは、お医者さんだから教会でご奉仕活動。基本は無報酬らしいけど、きちんと交渉すれば謝礼? みたいな形でお金をもらえるらしい。そうそう、後で知った話だけど、サンダーさんわりと有名な闇医者、じゃなくて旅のドクターらしくって、突然現れた緑コートの不審者おじちゃんにみんな興味津々だったそうです。
みんな色出してるよね。え? グレースちゃんは何してるかですって? そりゃあ、戦闘スキル特化型にできることといえば身体を動かす系なわけでありましてね。
「そぉーれそれそれ!」
大海原で網を引っ張るピチピチ美少女がここにいます。
「あ、おじちゃんそっち跳ねた!」
「あいよ」
例によってファンタジー世界まるまる無視するエンジン付き漁船である。どんぶら揺れる独特の感覚。揺れる足元、素早く泳ぐ魚を投げナイフで仕留める芸当は、それはそれで良いトレーニングになった。
「二日目だってのにもうプロ級じゃねーか!」
「まっかせて! こういうのは慣れっこだもん」
「近場に漁礁があるな。少し移動すんぞ」
レーダー担当の運転手がみんなにひと声かけ、たくさん魚がいるらしき箇所に船の穂先を向けた。
しばらくは波の感覚に身を任せるターン。わたしは目を閉じ、潮騒とエンジンの音に耳を傾けていたんだけど。
「マジで嫁にほしーわぁそそるわぁ」
「……」
(マジで敬遠したいわぁキモいわぁ)
上から下までねっとりとした視線。
伸びにのびまくった鼻。
下心まる見えの態度。
率直にきもちわるいです。
「なぁ嬢ちゃん、いやグレース。冒険者なんかやめてこの町に住まねえか?」
「ごめーん、大事な任務の途中なんだー」
(なんか物理的に距離詰めてくるんですけど)
そのまま心の距離も詰めちゃうぜ的な?
まずはオトモダチから的な?
ゴメンだわ。
天真爛漫、世界平和、博愛精神、陽キャ代表のグレースちゃんとて、だれかれ構わずオトモダチになろうとしてるわけではないのです。
(距離感考えてよ。猪突猛進じゃなくてもうちょい、まわりをクンクンしてからお腹見せてしっぽ振るとかさぁ――ぁあ?)
自分で言ってて意味わかんなくなってきた。
まあいいや。
わたしは見た目が悪くないだけに逆に残念なおにーさんへ愛想笑いをプレゼントした。
「あ、箱から網が飛び出してるからしまってくるね。おにーさんも自分の仕事したほうがいーよ!」
近寄んな。
あっち行け。
暗にそう伝えた。
「大した用事じゃねえよ。それよりマジで考えてくんね?」
通じなかった。それだけじゃなくさらに物理的距離を縮めて。
「え、ちょっと」
手を握られた。
酒臭かった。
そこには空になった一升瓶があった。
「お嬢ちゃんの仕事ぶり見てっと、他に渡すにゃもったいねえよ!」
顔を近づける。
アルコール臭がキツくなる。
助けを求め周りに目をやる。
苦笑いの白髪おじちゃん。
すべてを悟ったような視線のダンディさん。
(だ、だれかこの状況をどうにかしてくれるお医者さまはいらっしゃいませんか?)
助けを求める視線は虚しくスルー。
そのかわり、どちらの表情も暗に「好きにしろ」と言っている。
おにーさんに向けて。
そしてわたしにも。
(あー……そう)
わかった。
じゃあ好きにするね。
「オレがもらってやっからさッ――ぁあッ!?」
(なにがもらうだクソボケ)
チクッと。
バタッと。
みんな笑った。
大爆笑。
次の日から、おにーさんはわたしに言い寄ってこなくなった。
ただ、淋し気な視線を送ってくることはあるけど……しっかり反省して、まずはオトモダチとしてふさわしい振る舞いを覚えましょーね?
働けどはたらけど、我がサイフ膨らむ気配なし。
「おかしいな?」
少ない賃金なりにがんばってるんだけどな?
いつの間にかおいしい匂いに誘われて、
知らぬ間に布袋のヒモを緩めて、
気づかぬ間に小銭を落としてるんだわ。
「ふしぎだなー」
殻になったサイフを片手にもぐもぐ。いったい何が悪いというのだろうか。
「それもこれもお給料を増やさない猟師さんのせいだー」
「それを言うなら給料を増やせない状態にしてる為政者のほうだろ」
「あ、サンダーさん」
正面から寂れたおっちゃんが串カツ片手にやってきた。
相変わらずシワの目立つ緑のコートである。もう片方の手には手提げ袋があり、いろいろなものがゴロッと入っていた。
「買い出し?」
「まあな。このご時世だから安い店を探すにもひと苦労だ」
「じゃあなんだこの串カツは」
「がんばってる自分へのごほうびだ」
おじちゃんがおんなの子みたいな言い方するな。
「ついでに情報収集もしといた。その中でお前が気になる情報もあるぞ」
「なんですと?」
「監獄の場所がわかった」
わたしは目を見開いた。
「いや、場所というより、監獄に連行などされていなかったと言ったほうが正しいだろう」
「どういうこと?」
「反乱分子は、全員テトヴォのとある箇所に集められている。まさしく灯台下暗しというヤツだな」
「どこ! 教えて!」
「お、おい」
それを知ったところで、できることはなにもないぞ?
そんな視線。
知ってる。
けど知らずにはいられないし、何かせずにいられない。
「わかった! わかったからそんなに突っかかるなよ……件の悪徳政治家、メイスの私邸だ」
「してい? 自分のおうちってこと?」
サンダーさんが頷いた。
「外見上はただの豪華な家だが、その内装はまさしく監獄だって噂だぜ」
「そんな情報どこで手に入れたの?」
「酒場で会話の流れでちょっとな」
「おい」
漁師のにーちゃんといいオジサンといいサンダーさんといい、男はアルコールでしか会話ができんのか。
「っていうかその情報確かなの?」
酒に酔った野郎どもの話でしょ?
信用度ゼロなんだけど。
視線と態度で追求するわたし。それに対し、しみったれた緑のおじちゃんは自信満々だ。
「本当だ。なんせ、これはそのメイスの私邸で働く人間から得た情報だからな」
「え?」
「流暢だったぜ? 屋敷の見取り図やワイン庫、厨房の隠し扉に秘蔵の肉があることまで教えてもらったよ」
(ザルぅ!)
情報流出しまくりんぐ!
(こっちにとっちゃ好都合なんだけどさ)
「ところで秘蔵のおにくとは?」
「百年熟成させたベヒーモスのものだそうだ」
「それ食えんの?」
熟成ってレベルじゃなくない?
「でもありがと! すっごくいい情報が手に入ったよ」
こっちがとびきりの笑顔をプレゼントしたところ、あっちは不安そうな表情になった。
「ヘタなことすんなよ?」
「任せてよ!」
みんなに迷惑はかけないから。
絶対にバレないから。
こちとらプロの隠密なのですよ。
わたしたちはチームだ。でも、普段はそれぞれの判断で独自に動いてる。もちろん、買い出しや用具調達などの役割分担はあるけど、こういう時は自分で仕事を探すし、自分用の装備を整える時間もあるし、町の人と交流して新たな情報を手に入れたりする。
ブッちゃんは宿の掃除を申し出た。彼の大きな手はひと拭きで床の汚れを一掃し、その報酬として宿泊費用を抑えてもらってる。こっちとしても、野宿が恋しくなるようなベッドはごめんだからね。我がパーティーの総務担当ということもあり、買い出しなどは基本彼が担当することが多いんだ。
ドロちんは魔法や錬金術関連の仕事してると思う。思うってのは、あの子なかなかプライベートを明かしてくれないんだよね。ふらっと消えて、帰ってきた時には金貨いちまいを手土産に、なんてこともザラ。付いていこうとしたら鬼の形相でお断りされた。むー、こんど隠れてストーキングしちゃおうかな?
あんずちゃんは防具屋で補修や売り子さんをしてる。報酬代わりに手入れ用品を格安で買ったり、職人さんじゃないと知らない秘伝の技を教わったり。そのおかげで、近頃はわたしの武器まであんずちゃんに世話してもらってる。ビフォーアフターであそこまで切れ味違うんだねー。
サンダーさんは、お医者さんだから教会でご奉仕活動。基本は無報酬らしいけど、きちんと交渉すれば謝礼? みたいな形でお金をもらえるらしい。そうそう、後で知った話だけど、サンダーさんわりと有名な闇医者、じゃなくて旅のドクターらしくって、突然現れた緑コートの不審者おじちゃんにみんな興味津々だったそうです。
みんな色出してるよね。え? グレースちゃんは何してるかですって? そりゃあ、戦闘スキル特化型にできることといえば身体を動かす系なわけでありましてね。
「そぉーれそれそれ!」
大海原で網を引っ張るピチピチ美少女がここにいます。
「あ、おじちゃんそっち跳ねた!」
「あいよ」
例によってファンタジー世界まるまる無視するエンジン付き漁船である。どんぶら揺れる独特の感覚。揺れる足元、素早く泳ぐ魚を投げナイフで仕留める芸当は、それはそれで良いトレーニングになった。
「二日目だってのにもうプロ級じゃねーか!」
「まっかせて! こういうのは慣れっこだもん」
「近場に漁礁があるな。少し移動すんぞ」
レーダー担当の運転手がみんなにひと声かけ、たくさん魚がいるらしき箇所に船の穂先を向けた。
しばらくは波の感覚に身を任せるターン。わたしは目を閉じ、潮騒とエンジンの音に耳を傾けていたんだけど。
「マジで嫁にほしーわぁそそるわぁ」
「……」
(マジで敬遠したいわぁキモいわぁ)
上から下までねっとりとした視線。
伸びにのびまくった鼻。
下心まる見えの態度。
率直にきもちわるいです。
「なぁ嬢ちゃん、いやグレース。冒険者なんかやめてこの町に住まねえか?」
「ごめーん、大事な任務の途中なんだー」
(なんか物理的に距離詰めてくるんですけど)
そのまま心の距離も詰めちゃうぜ的な?
まずはオトモダチから的な?
ゴメンだわ。
天真爛漫、世界平和、博愛精神、陽キャ代表のグレースちゃんとて、だれかれ構わずオトモダチになろうとしてるわけではないのです。
(距離感考えてよ。猪突猛進じゃなくてもうちょい、まわりをクンクンしてからお腹見せてしっぽ振るとかさぁ――ぁあ?)
自分で言ってて意味わかんなくなってきた。
まあいいや。
わたしは見た目が悪くないだけに逆に残念なおにーさんへ愛想笑いをプレゼントした。
「あ、箱から網が飛び出してるからしまってくるね。おにーさんも自分の仕事したほうがいーよ!」
近寄んな。
あっち行け。
暗にそう伝えた。
「大した用事じゃねえよ。それよりマジで考えてくんね?」
通じなかった。それだけじゃなくさらに物理的距離を縮めて。
「え、ちょっと」
手を握られた。
酒臭かった。
そこには空になった一升瓶があった。
「お嬢ちゃんの仕事ぶり見てっと、他に渡すにゃもったいねえよ!」
顔を近づける。
アルコール臭がキツくなる。
助けを求め周りに目をやる。
苦笑いの白髪おじちゃん。
すべてを悟ったような視線のダンディさん。
(だ、だれかこの状況をどうにかしてくれるお医者さまはいらっしゃいませんか?)
助けを求める視線は虚しくスルー。
そのかわり、どちらの表情も暗に「好きにしろ」と言っている。
おにーさんに向けて。
そしてわたしにも。
(あー……そう)
わかった。
じゃあ好きにするね。
「オレがもらってやっからさッ――ぁあッ!?」
(なにがもらうだクソボケ)
チクッと。
バタッと。
みんな笑った。
大爆笑。
次の日から、おにーさんはわたしに言い寄ってこなくなった。
ただ、淋し気な視線を送ってくることはあるけど……しっかり反省して、まずはオトモダチとしてふさわしい振る舞いを覚えましょーね?
働けどはたらけど、我がサイフ膨らむ気配なし。
「おかしいな?」
少ない賃金なりにがんばってるんだけどな?
いつの間にかおいしい匂いに誘われて、
知らぬ間に布袋のヒモを緩めて、
気づかぬ間に小銭を落としてるんだわ。
「ふしぎだなー」
殻になったサイフを片手にもぐもぐ。いったい何が悪いというのだろうか。
「それもこれもお給料を増やさない猟師さんのせいだー」
「それを言うなら給料を増やせない状態にしてる為政者のほうだろ」
「あ、サンダーさん」
正面から寂れたおっちゃんが串カツ片手にやってきた。
相変わらずシワの目立つ緑のコートである。もう片方の手には手提げ袋があり、いろいろなものがゴロッと入っていた。
「買い出し?」
「まあな。このご時世だから安い店を探すにもひと苦労だ」
「じゃあなんだこの串カツは」
「がんばってる自分へのごほうびだ」
おじちゃんがおんなの子みたいな言い方するな。
「ついでに情報収集もしといた。その中でお前が気になる情報もあるぞ」
「なんですと?」
「監獄の場所がわかった」
わたしは目を見開いた。
「いや、場所というより、監獄に連行などされていなかったと言ったほうが正しいだろう」
「どういうこと?」
「反乱分子は、全員テトヴォのとある箇所に集められている。まさしく灯台下暗しというヤツだな」
「どこ! 教えて!」
「お、おい」
それを知ったところで、できることはなにもないぞ?
そんな視線。
知ってる。
けど知らずにはいられないし、何かせずにいられない。
「わかった! わかったからそんなに突っかかるなよ……件の悪徳政治家、メイスの私邸だ」
「してい? 自分のおうちってこと?」
サンダーさんが頷いた。
「外見上はただの豪華な家だが、その内装はまさしく監獄だって噂だぜ」
「そんな情報どこで手に入れたの?」
「酒場で会話の流れでちょっとな」
「おい」
漁師のにーちゃんといいオジサンといいサンダーさんといい、男はアルコールでしか会話ができんのか。
「っていうかその情報確かなの?」
酒に酔った野郎どもの話でしょ?
信用度ゼロなんだけど。
視線と態度で追求するわたし。それに対し、しみったれた緑のおじちゃんは自信満々だ。
「本当だ。なんせ、これはそのメイスの私邸で働く人間から得た情報だからな」
「え?」
「流暢だったぜ? 屋敷の見取り図やワイン庫、厨房の隠し扉に秘蔵の肉があることまで教えてもらったよ」
(ザルぅ!)
情報流出しまくりんぐ!
(こっちにとっちゃ好都合なんだけどさ)
「ところで秘蔵のおにくとは?」
「百年熟成させたベヒーモスのものだそうだ」
「それ食えんの?」
熟成ってレベルじゃなくない?
「でもありがと! すっごくいい情報が手に入ったよ」
こっちがとびきりの笑顔をプレゼントしたところ、あっちは不安そうな表情になった。
「ヘタなことすんなよ?」
「任せてよ!」
みんなに迷惑はかけないから。
絶対にバレないから。
こちとらプロの隠密なのですよ。