残酷な描写あり
第十三話 『旅立ち』
◆◆◆
記憶の奔流に飲まれて、数多くの記憶の断片が一気に流れ込む。
「ごめんなさい……。愚かな――で」
「兄さん……私は」
「ヤメロッ!」
「……罪」
「なんで、こんな」
「よくも、――様に!」
【八――】
「ハッハッハッ! 私は――に」
◆◆◆
「――はっ!」
ノアはベットから飛び起き、一気に流れ込んできた数多くの記憶に頭を抱える。
「この記憶は一体、なんなんだ……」
ノアがそう呟くと、横で寝ているアルバートが目を覚ます。
「おー、やっと起きたんだな!」
「やっと?」
「覚えてないのか? ノアは街に着いてすぐ倒れたんだぞ」
「どれくらい寝てた?」
「んーそうだなぁ。街についてすぐ倒れてから、三回朝が来たぞ」
「三日か……。で、その後はどうなったんだ?」
「なんかぁ〜、残党? の奴らを捕まえて、情報を聞き出すのに数日かかるって言ってたぞ」
「そうか……あ」
その時、ぐぅ〜っとノアの腹の虫が鳴った。
「飯、行くか」
「お〜! 行く行く! んじゃ、ギルドに行ってるアイリスを呼びにッ! うがぁ!」
部屋の扉に近づいた、アルバートは外側から開いた扉に頭をぶつけ、呻き声を上げながら頭を押さえて翼をばたつかせる。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
アイリスがそう言い、部屋に入ってくる。
「アイリス〜! コレが大丈夫に見えるかぁあ?!」
頬を膨らませて、アイリスに頭を見せる。
「うーん、どれどれ……。赤く腫れても無いし、大丈夫だね」
「いーや、腫れてるだろ! ほら、よく見ろよぉ〜!」
アイリスの顔に頭を押し付けるアルバートを素通りして、ノアは部屋の外に出る。
「ほら、行くぞ。俺は空腹なんだよ」
「あ、兄さん。起きたんですね! よかったです」
「おーい! 俺を無視するなよ〜」
アルバートはアイリスの背中に引っ付く。
「どうしたんだ? 今日はやけに甘えるな」
「べ、別に。甘えて無いぞ! 僕は」
アルバートは少し顔を赤らめて、それを紛らわす様にアイリスの背中に顔を埋める。
「フフッ。アルバートはお兄さんが心配で、ずっと傍を離れなかったんですよ。それで、目覚めたから安心したのか、嬉しいのかで興奮しているんですよ。ねー、アルバート?」
「そうだったのか、悪いな心配かけて」
「……本当だぞ」
その時、今度はアルバートの腹の虫が鳴った。
「は、早く行くぞぉ〜!」
「だな」
ノア達は宿を出て、鬼神の酒場に向かった。
◇◇◇
鬼神の酒場の中に入ると、アリサが厨房から出て来る。
「すいません! まだ、お店再開して無くて。って、ノアさん! 起きたんですね!」
「ああ、やっと目が覚めて……」
ノアはアリサの髪の変化に驚く。
そして、右耳に真っ二つに切ってしまった指輪をつけている事に気づいて言葉を失う。
目を見開いて固まるノアに代わり、アイリスが口を開く。
「バッサリ切りましたね、とてもお似合いですよ。あと、その耳飾り……素敵です」
アリサは肩まで切った髪を右耳にかけ、優しく微笑み淡いピンクの宝石が装飾された半月の耳飾りに触れる。
その時のアリサの幸せそうな表情を見てノアは肩の荷が下りたようにほっとする。
「……ありがとうございます。それじゃ、カウンターにどうぞ!」
「いいんですか? まだ再開して無いのに」
「あ、ハイ! お父さんが常連さんは店がボロボロでも、いいだろって」
「なるほど」
「さ! 注文は何にしますか?」
カウンターの献立表に大きく書かれている、"肉の山"なる料理をノアが頼み、アイリスは"焔鳥のスープ"を頼み、最後にアルバートが"リザードマンの尻尾の丸焼き"を頼んだ。
お代の金貨三枚を払う。
「今、私しか居ないので、少し時間掛かりますが全力で作りますので! お待ちを!」
アリサは走って厨房に戻り、調理を始める。
「あ、そうだ。この三日で分かった情報を先程、ギルドから聞いてきたのでお伝えしますね」
「頼む」
「黒薔薇の騎士は二年前の王都消滅事件以降、犯罪者組織として暗躍していた様です。幹部達がまだ十人以上おり、各地に散らばって活動しているとの事です」
「他の幹部も、今回の奴らと同等の実力なのか?」
「実力は不明ですが、幹部の装備は防御魔術が付与された黒い鎧と冒険者から奪った魔法武器を持っているみたいです」
「それは、厄介だな……」
「お待たせしました!」
ノアが今回戦った相手を思い出していると、カウンターに山の様に積み上げられた大量の肉が置かれる。
「で、でかいな」
「ハイ! 久しぶりの食事ですから、よく噛んで食べて下さい!」
料理が出揃い、ノア達は会話を一旦止めて食事をとる。
アルバートは自分より大きい、こんがりと焼かれたリザードマンの尻尾に顔を埋めて、むさぼり食う。
その隣でアイリスがアルバートの食べ方を注意しながら、綺麗に完食する。
「それでは、先ほどの続きなんですが。黒薔薇の仕事は主に犯罪の依頼なんですが、それ以外にも護衛や討伐などの普通の依頼も受ける様です。依頼の受け方は街や国に手下達が紛れて、その手下達が人を選んでるみたいです。偶に、相手から依頼してくる人もいる様です」
「この二年でだいぶ根付いてるって事か」
「そうですね……。王都消滅で国が大きく傾き、その後四大貴族や有力貴族達が一致団結して再建しましたが、その傾きにつけ込まれた様ですね」
「黒薔薇を利用していた者たちの手がかりは?」
「残党からは得られなかったようです」
「そうか……」
「ん? おう、ノアか! 目覚めたのか!」
店に入ってきたジークがノアに声をかける。
ノアは食事の手を止めて、後ろに振り返る。
ジークは使い古された皮袋を持っていた。
「ああ、ついさっきな。ところで怪我の方は大丈夫なのか?」
「この街に魔術師は数多く居るからな、過剰なほどに治癒魔術を施されて傷跡すら残ってないから大丈夫だ。まぁ、その代わりに金は飛んで言ったがなガハッハッ!」
「じゃあ、ヴォルフも大丈夫か」
「いや、ヴォルフの方は魔法武器の反動で暫くは寝たきり生活だそうだ。さっき、見て来た」
「そうなのか」
「そうだ。今回の報酬用意すっから、食い終わったら二階に来てくれ」
「分かった」
ジークが二階に上がった後、暫くしてノアとアルバートが完食する。
「ふー、満腹満腹〜」
アルバートは満足した顔で膨れた腹をポンっと叩く。
「よし。それじゃあ、上に行くか」
ノア達はアリサに礼を言って二階に上がる。
◇◇◇
「今回の報酬だ」
ジークは机に王冠が刻印された硬貨を差し出す。
「んーなんだコレ? いつもの奴は剣だよな?」
「……え、ジークさん。これ、リオン王国の白金貨じゃないですか」
「ああ、現役時代に一時期にリオンで活動しててな」
「白金貨? なんだそれ?」
「アルバートよく聞いて。この国の通貨は剣が刻印された物で隣国のリオン王国の通貨は王冠が刻印されているの。で、リオン王国の通貨は現在この国の通貨の十倍の価値があるの」
「アイリス、落ち着け。アルバートの頭が爆発するぞ」
ノアにそう言われて、アルバートが頭を抱えているのを見て一呼吸する。
「この白金貨一枚で王貨十枚分ってこと」
「なるほどー! 凄いなぁ!」
アイリスが白金貨を数えて、その枚数に驚く。
「五十枚……。いや、こんなに貰えませんよ!」
アイリスは白金貨をジークに押し返す。
「ジーク! ヴォルフには何枚渡したんだ?」
「こら、アルバート! そう言うのは聞いちゃダメです」
「いや、それがなヴォルフは――俺は依頼を忘れて敵討ちの為に黒薔薇を殺した、つまりは依頼を放棄した様なもんだから貰えない――って言って受け取らなかったんだよ」
「律儀な奴だな」
「ああ、だから今回の報酬は全部お前らが貰ってくれ」
ノアとアイリスが同時に口を開く。
「断る」
「貰えません」
「――ありがたく頂くぜ!!!」
二人の言葉を掻き消すぐらいの大声で、アルバートがそう言い机の上の白金貨に抱きつく。
「おい、アルバート!」
「こら! 放しなさい!」
アルバートの尻尾をアイリスが引っ張るが、アルバートは頑なに白金貨から手を離さない。
「なんでだよ〜、ジークがくれるって言ってるんだぞ!」
「にしてもな、多すぎる。俺たちがこの街に来てから稼いだ額を軽く超える。それは流石に……な」
「そもそも、私たちはお金が目的で冒険者活動をしてないので、こんなに貰っても困りますしね」
「んー、そんな事言わずに受け取ってくれ。アリサを救ってくれただけじゃなく、マルクスの大切な想いもアリサにしっかりと伝わったんだ」
ノアとアイリスは多すぎる報酬に困惑して受け取らず、ジークは何とか報酬を渡そうとして押し問答を繰り返す。
その両者の間でアルバートは白金貨をお手玉の様にして、無邪気に遊んでいた。
「よし、分かった。半分を受け取るよ」
「いや、全部もら」
「そうですね、そうしましょう。残りは店の修理費に使って下さい」
「いや、だから」
「――どりゃぁ!!!」
アルバートが大量の白金貨を全力で上に投げ飛ばし、押し問答を続ける両者の視界を遮った。
そして、宙に舞った白金貨は勢いを失い、重力に従って落下しアルバートに降り注ぐ。
「うぎゃ、イテテ」
アルバートに当たった白金貨が、机の周りに散乱する。
アルバートは頭を抑えて痛がりつつも、楽しそうに笑っていた。
「……アル」
「あ……」
「ヤバい」
アイリスが立ち上がり、アルバートを愛称で呼びかける。
それは、ある事を意味していた。
それを理解しているアルバートは大量の冷や汗をかき、ノアはそっと目を瞑った。
「――お金は遊ぶモノでは有りません!!」
「ぅ、ゔ……」
アイリスの長い長い説教の火蓋が切られてしまった。
「本当に、ごめんさない」
部屋に夕陽が差し込みだした頃、長い長い説教が終わりアルバートがしょんぼりした顔でジークに謝った。
「まぁ、お金は大事にな」
「はぃ」
アルバートは弱々しく返事して椅子に座る。
その後、アイリスが立ち上がりノアが拾い集めて机の上に置いた白金貨を半分に分けて、ジークに問いかける。
「報酬はヴォルフさんの分を除いた半分で、いいですよね?」
「あ、いや――そ、そうだな……そうしよう」
断ろうとしたジークだが、アイリスの鋭い目つきに気圧されてしまい話し合いに決着がつく。
アイリスは懐から皮袋を取り出し、白金貨をしまう。
そして、一息ついた所でアイリスはある事を思い出す。
「あ、そう言えば。ギルドから私たち、呼ばれているんでした」
「そうか、じゃあ行くか。また来るよ、ジーク」
そう言い、ノア達は鬼神の酒場からギルドに移動した。
◇◇◇
ギルドに入ると、レイシアがノア達に気付き駆け寄り、ギルド長の部屋に案内される。
「早速だが、今回の件での報告と今後についての話をしたいのだが、いいかな?」
「あぁ、構わない。話してくれ」
ノアがそう言うと、ギルドマスターである壮年の男性アイザックは話し始める。
「まず、黒薔薇の騎士について話そうか。二年前、奴らはこの国"ガルアース王国"の王都を巨大な光で包み消滅させ、王族を皆殺しにして事実上、国を滅ぼした。その後、ガルアース王国は再建され現在、この国は"王国"から"大公国"となった。黒薔薇の騎士は消滅で死んだとされていたが、今回生き残りが発見された。しかしながら、彼女が聞いた情報では王都襲撃の前に分裂したらしいがな」
アイザックはそう言い、アイリスの方に目をやる。
「そうか……分裂か、生き残りじゃなくて」
「はい、残念ながら東の砦にいた幹部が言っていました」
黒薔薇の騎士の生き残りが発見されたという情報は同時に"王都に住む人々、王族の生存の可能性を示す"というモノでもあった。
しかし、生き残りではなく分裂して王都襲撃に加わって無かったのであれば生存の可能性が消えたという事を意味する。
暫しの沈黙が続き、アイザックが口を開く。
「今回判明した情報をそのまま公開したら、黒薔薇が身を潜める可能性がある為、Sランク冒険者の中でも特に信頼のおける者だけにギルドから"黒薔薇の騎士の捜索"を依頼する事となった。そこで、今回の功労者の君達にもその依頼を頼みたいんだが、どうだろう?」
「そう……だな」
ノアは黒薔薇とあの時見た記憶の事を思い浮かべ、物思いにふける。
(あの記憶は恐らくは二年前の王都消滅に関係している……。でも王都消滅が起こった時、自分達はこの街に居て、王都を包んだ巨大な白い光を目にしている……。しかし、あの妙な記憶の既視感はいったい……?)
「兄さん? どうかしましたか?」
ノアはアイリスの声で我に帰る。
「あ、いや、大丈夫だ。それより、お前たちはどうなんだ? この依頼を受けるとカラシアから出る事になるが」
「私は良いですよ。この街での滞在が今まで一番長かったですが、昔みたいに街を転々としながら旅するのは元々好きですし、それに今回は目的もあるので」
「そうか、アルバートはどうだ」
アルバートは顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。
「ん〜、ジークとアリサの飯が食えなくなるのは残念だけど、悪党が野放しなのは見過ごせないぞ!」
「じゃあ、決まりだな。受けるよ、その依頼」
「それは良かった。じゃあ、君達のランクをSに昇格する手続きを」
「いや、それは受けれない」
ノアの言葉にアイザックは首を傾げる。
「何故だ? 団長を倒したは君だろ?」
「アレは実力じゃないから……」
「実力じゃない? どういうことだ?」
「……自分でも分からない。けど」
ノアは自らの手を剣で刺し、力を見せる。
「なにを! ん?」
突然のノアの行動に声を上げるが、傷が再生して行く様に驚愕したのち、少し熟考してから口を開く。
「なるほど。その力が今回の功績に大きく影響しており、いつも以上の実力が発揮されただけだと言いたいんだな」
「あぁ」
「そうか、分かった。では、ランクは現状維持として依頼は受けてもらうぞ、人手は多い方がいいからな」
「分かった。取り敢えず、今日はもう遅いから明日にでも旅立つよ」
話が終わり、部屋から出ようとするノア達をアイザックが呼び止める。
「一つ、質問なんだが」
「?」
「君たちはなぜ、自己犠牲を厭わず人助けをするんだ? もちろん、冒険者の中にも人助けをする者もいるが、君たちは異常なほどに人助けをしているだろ。少ない報酬で、何故だ?」
思いもしなかった事を聞かれて、ノアとアイリスは顔を見合わせ同時に首を傾げて、考える。
「うーん、やっぱりアル爺の影響ですかね」
「アル爺? 君たちのお爺さんか?」
「捨て子だった俺たちを育ててくれた辺境の村の村長だよ。俺たちはアル爺見たいな人になりたくて冒険者に……なったんだ……よな?」
この時、ノアは少年期の思い出を振り返っていたが、その思い出はどこか曖昧で鮮明に思い出そうとすると思考が途切れた。
「はい、そうですよ。だから、私たちは報酬より人助けをしたいんです。まぁ、要するに自己満足ですね」
「なるほど、そういう事か。すまないね、変な質問をして」
「いえいえ、構いませんよ」
アイザックとの話が終わり、ノア達は宿に戻る。
アルバートは部屋入って直ぐにベットに飛び込み、アイリスがもう一つのベットに腰を下ろす。
ノアは部屋の入り口で立ち止まり、宙を見つめていた。
「どうしたんですか、兄さん?」
「……ちょっと話があるんだがいいか?」
「はい? いいですけど……」
アイリスはノアの神妙な面持ちが気になり、二人で外に出かける。
「ここら辺でいいか」
ノアは人気の無い街を見渡せる高台に移動して、アイリスの方に振り向く。
アイリスは心配そうな顔でノアを見つめている。
「……アイリス。聞きたい事があるんだ」
「はい。なんですか?」
「王都が消滅した時の事を覚えているか?」
「……え? 王都消滅時のことですか」
アイリスは全く予期してなかった質問に少し驚き、当時の事を思い出す。
「んー、そうですね。覚えてる事と言えば、やはり王都を包み込んだあの巨大な光ですかね。兄さんも一緒にこの街から見ましたよね?」
「そう……だよな」
ノアはアイリスの記憶が自分の記憶と同じである事を確認し、今回思い出したもう一つの妙な記憶について尋ねる。
「黒薔薇の騎士と二年前に戦ったこと……無いよな?」
「二年前ですか?」
アイリスは目を瞑り顎に手を当てて、記憶を辿る。
「うーん……記憶に、無いですね」
「そうか。なら……金髪に青い目の少年に心当たりはあるか?」
「金髪に青い目の少年……ん? どこかで」
アイリスの脳裏に人物が思い浮かぶが、靄がかかる。
「ん? なんか、知ってるっぽいですけど、それが誰なのかが思い出せないですね。誰なんですか? その方は」
「知っているのか……。と言う事は、あの記憶は俺の……いや、そんなはず。だって、あの記憶が本当なら――」
ノアは咄嗟に自分の口を手で覆い、言いそうになった言葉を飲み込む。
「大丈夫ですか、兄さん?」
「……悪い、少し時間をくれ」
「あ、はい。分かりました」
ノアはアイリスから離れて、冷静に記憶の整理をする。
(あの少年の記憶が本当だとしても、黒薔薇の記憶がアイリスには無いんだ。なら、あの記憶は全てが真実とは限らない筈だ。……それを確認する術はあるか? 記憶の真実を知る為に俺が出来る事は……)
「よし、やるべき事は決まった」
ノアは決意を決めて、アイリスの下に戻る。
「アイリス」
夜空を眺めていたアイリスはノアに呼ばれて、振り返る。振り返ったアイリスは目を赤く腫らしていた。
「何か、あったのか? 目が」
「それが、なんでかわからないんですけど顔も思い出せない筈の兄さんが言った少年を思い浮かべると、勝手に涙が溢れて来るんですよ。あ、また」
アイリスの目から大粒の涙が零れる。
「さっきから泣きっぱなしですよ、私。だから、こうやって夜空を見上げて涙が零れ無い様にしてたんです」
「…………」
それを見てノアは記憶の少年がアイリスにとって、そして、自分にとっても大切な人であると気づく。
しかし、ノアはその少年の事を思い浮かべても、なんの感情も湧かない事から、自分が大切な記憶を失っているんだと気付かされる。
「アイリス。黒薔薇の捜索と同時に王都消滅についても調べたいんだが、いいか?」
「え……それって。兄さんが、いや私たちが王都消滅に関わってるって事ですか?」
「恐らくは……」
「そうですか……分かりました。少しでも王都消滅の手掛かりがあるのなら調べましょう」
「ありがとう、助かる」
「いえいえ、当然です。取り敢えず、今日は休みましょうか」
「そうだな」
ノアとアイリスは宿に戻り、眠りにつく。
そして、翌日。
ノア達は寝たきり生活のヴォルフのもとへ、訪れていた。
「今回は本当に助かった、ありがとう」
「やめろ、やめろ。俺は一人しかやってねーんだ。しかも、その一人を倒すのにもお前が居なかったら無理だったしな」
「そ〜っと、タッチ! タッチ! タッチ!」
「――ッガぁ! ぐぁ! オイッ! 触んなチビ!」
「アハハッ! 面白いなぁ〜ツンツン! ツンツン!」
ノアとヴォルフの会話中にアルバートがヴォルフの身体を叩いて遊び出す。
ヴォルフは叩かれる度に身体をビクンッと動かして、呻き声をあげる。
「こら、アルバート。辞めなさい」
「はーい、ごめんなさい」
アルバートは頭を下げて、そのまま頭をヴォルフの身体に乗せた。
「オイ。テメぇ、いい加減にしろよ」
「――ヒッ! ごめんなさーい!」
ヴォルフが本気で睨み付けると、アルバートは急いで部屋の隅に置かれた鎧の後ろに逃げ隠れた。
「そう言えば鎧はどうするんだ? 壊れてたよな」
「あーそれがな。今回の件でトラウマを克服したから、もう鎧は使わない事にしたんだ。元々、闘気の防御面で俺は他の奴らより丈夫だからな」
「そうか。じゃあ、まあこれぐらいで失礼するよ」
「おう、じゃあな」
ノア達はヴォルフの宿から出て、街の出口に向かう。
「よーし! 絶対に悪党たちを見つけるぞー!」
「声が大きいですよ、アルバート。あの依頼は特定の人しか知らないんですから、しーっです」
アイリスが口の前に人差し指を添えて、そう言うとアルバートがそれを真似する。
「しーっだな! フフンッ」
「よし。それじゃあ、出発するか」
「はい」
「おー!」
ノア達は黒薔薇の捜索と王都消滅の手掛かりを求めて、冒険者の街カラシアから旅立つ。
ノアはこの旅の果てに辿り着いた真実が如何なるものであろうとも、その全てを一人で背負う覚悟をもって歩み出した。
たとえ、それが許されざる大罪であったとしても……。