残酷な描写あり
第十二話 『力の暴走と罪の記憶』
◆◆◆
「アリサを守って……ね」
◆◆◆
「――カミラ!」
ジークはシオンに魔術で飛ばされた衝撃でほんの一瞬気を失い、妻の最後に残した言葉で気を取り戻す。
「今度こそ……今度こそ必ず、守ってみせる!」
ジークは怒りの感情を抑え、亡き妻と誓った約束を胸に立ち上がる。
そこに、黒薔薇の団長シオンが現れる。
「少しは落ち着いた様だな、英雄さんよ」
「…………」
ジークは静かにシオンを見据える。
「ハッ、本気って事だな……。じゃあ、決闘と行こうか? 俺に勝てたらお前の娘を返してやるよ」
「くだらん。貴様の様な奴に剣士としての矜持が有るとは思えんな」
「言ってくれるな。俺にだって矜持くらいあるぜ。だからこそ、剣士として決闘で勝負してやろうって言ってんだ。それとも、剣と魔術で一方的に殺されたいか?」
シオンと睨み合った状態でジークは、今のままでは勝ち目が薄い為、勝ち筋を考える。
(今のままの状態ではヴォルフとノアが合流しても勝ち目は無いな。何とか儂があの鎧だけでも破壊するしかないな、命に変えても……)
ジークは覚悟を決めて、名乗りを上げる。
「我、日天流天王が"ジーク"、次の一撃で貴様を殺す」
シオンは剣を構え直し、同じ様に名乗りを上げる。
「我、剣王流剣聖が"シオン・ブラック"、次の一撃で貴様を殺す」
両者同時に次の言葉を発する。
「いざ、尋常に――」
両者は同時に動き、距離を詰める。
そして、両者共に奥義を繰り出す。
【日天流奥義・満点の太刀】
【剣王流奥義・剣王の太刀】
ジークは全力で剣を振り下ろし、シオンは袈裟斬りを仕掛ける。
シオンは鎧に剣が触れる寸前で、体を捻り直撃を避ける。
対してシオンの剣はジークの身体に触れる寸前でガクッと軌道が下がり、剣は左脇腹から右横腹を斜めに斬り裂いた。
ジークは血を噴き出しながら後ろに倒れ込む。
そして、自分も斬られている事に気づいた。
「……チッ。鎧が死ん――」
突然の強烈な雷光にシオンは目を眩ませる。
「なんだ? ――ッ!」
雷光の後、砦が何かによって真っ二つに破壊される。
そして、目を開けたシオンが見た景色は洞窟の中間地点から砦まで続く地面と天井を斬り裂いた跡だった。
「一体、何が…………ッ!」
シオンの視界に身体が真っ二つに斬られたディランが映った。
一瞬でディランのもとに移動して、治癒魔術を施すが既に事切れていた。
「お前がやったのか? いや、違うか」
「…………」
ノアは目の前に現れたシオンの実力をすぐさま理解して、全身に力が入る。
シオンはノアの後方で倒れるヴォルフを捉えた。
「ハッ。何、やられてんだよ。……まぁ、寝とけ。後は俺がやる」
シオンはディランの開いたままの目を閉じて、立ち上がる。
そして、地面に倒れているヴォルフのもとに歩き出す。
「…………」
シオンはノアを素通りして、ヴォルフに近づいて行く。
ノアは完全にシオンの気迫に呑まれてしまい、必死で動こうと思っても微動だにしない。
(何してんだ、動け! 頼む、動いてくれ!)
【初級魔術】
洞窟の出口付近で待機していたレイシアが、魔力で瓦礫を飛ばしシオンに攻撃を仕掛ける。
シオンは飛んでくる瓦礫を軽く躱す。
「ギルドに連絡したので、すぐに大勢の冒険者さんが来ます! もう諦めて」
「そんな嘘、信じるとでも? 仮に来たとしてもあの街の冒険者じゃあ、俺には勝てないって事も分からないのか?」
「今、街には光焔の魔術師が居ます!」
その名を聞き、シオンは眉を顰める。
「アイツが人手の足りてるこの街にいる訳あるか、死ねッ」
シオンは足元に転がる瓦礫を蹴り飛ばす。
しかし、その蹴り飛ばした瓦礫はレイシアに当たる前に砕かれた。
「ビビって動けなかった奴がどうした? 今更」
「ハァ、ハァ……」
瓦礫を砕き、レイシアの前に立ったノアは大量の汗を流し、呼吸を荒げている。
「もうヘトヘトじゃぁねーか」
「俺がやらなきゃ……ハァハァ」
「かかって来いよ、全力で。チャンスは一度きりだ」
ノアは残りの全魔力を使い、頭の天辺から足の爪先まで闘気を行き渡らせる。
そして、呼吸を整えて【剣王流奥義・剣王の太刀】を繰り出す。
「――ッ!!」
「ま、こんなもんだよなぁ」
ノアの全身全霊の攻撃はいとも簡単に避けられて、シオンに心臓を突き刺された。
(……この感覚、どこかで……)
「――兄さん!!」
そこに、アイリスとアルバートが駆け付けて、ノアが刺されているのを目撃する。
その瞬間、アイリスが光のオーラに包まれ虚な目をして魔術を発動する。
【光の衝撃】
光の粒子が一箇所に凝縮されるが途中で霧散し、光のオーラも消えて膝つく。
「魔力が……たり……ない」
「何だ、今のは」
シオンはノアの後方に現れたアイリスの方に目をやる。
(ヤバい……意識が……)
ノアは急速に薄れゆく意識の中、シオンの顔を間近で見つめる。
すると、ある人物の顔を鮮明に思い出した。
そして、その顔を思い出した途端、激しい怒りが湧いてきて、その人物の名前を口にする。
「ロベリア・ブラック」
「…………は?」
その名前を聞き、シオンは呆気にとられる。
「なんで、テメェがその名前を知ってんだ! おい!」
「…………ゆるさ……い」
「あ? 何言ってんだ!?」
「――ッ絶対に!」
ノアの凄みにシオンはゾッとして、剣を引き抜き距離を取る。
その刹那、ノアの身体から黒い煙のような何かが溢れ出る。
「は? なんだ、黒い……煙。いや、魔力か?」
ノアの身体から、目に見える程の膨大な魔力が溢れ出し、刺された心臓の傷は一瞬で治癒する。
身体のあちらこちらが膨張しては元に戻るを繰り返す、膨張するたびにボロボロになる身体は立ち所に再生する。
その見た目はまるで……
「魔獣……なのか?」
ゆっくりとノアが立ち上がる。その目は完全に我を失っていた。
「――ガグァ!」
その時、ノアの自我は記憶に無い記憶の中を彷徨っていた。
◆◆◆
目の前にいる赤い髪の女に自分は心臓を突き刺されていた。
「ぐうっ、絶対に……許さないぞ! ロベリア!」
「許さ――? 貴方―な―――、言―の――ら?」
女は不敵な笑みを浮かべる。
その顔がシオンとそっくりで二人の顔が重なる。
◆◆◆
床に血を流し、倒れている少年の周りを魔法陣が囲む。
その魔法陣をアイリスに似た少女が触れようとしている。
それを自分は必死に止めようとしていた。
「やめ、ろッ! ――に触れるッぐぉ」
喋れなくなり。そして、魔法陣が発動した。
◆◆◆
アイリスに似た少女の身体から、光の術式が溢れ出す。
「…………ッ」
その術式が少女の体に絡みつき……次の瞬間。
視界を白い光が埋め尽くした。
◆◆◆
「さ―。――で―! 力――し―――【――――】!」
目の前でアイリスに似た少女が喋っているが、途切れ途切れで何を言っているのかは分からない。
しかし、その少女の両手には幾何学模様の魔法陣が何重にも展開されており、それを自分に対して発動した事だけは分かった。
◆◆◆
「クソ! この化け物が【岩石砲】」
岩石を大砲の様に飛ばす。
ノアはその岩石で片腕が吹き飛ぶが一瞬で再生し、シオンに飛びかかる。
【水の刃】
無数の水の刃がノアの身体を斬り裂く。
しかし、切り裂いた所から直ぐに再生して、止まる事なく攻撃が続く。
「ぐおぅおが!」
【防御魔術】
ノアは膨張した拳を振り下ろし、シオンは防御魔術を展開するが一瞬で砕け、直撃する。
「チッ、クソが」
シオンはその一撃で、全身が傷だらけになる。
ノアの拳が元の状態に戻り、地面を砕き着地する。
そして、一直線にシオンに突っ込み、荒々しく蹴り飛ばす。
「がはっ」
シオンは吹き飛び、砦の壁に激突して、そのまま砦の中に転がる。
「兄さん……。力に振り回されてはダメ……です。気をしっかり」
アイリスは自我を忘れて暴走したノアに懸命に声をかけるが、その声はノアに届いていない。
砦の中に飛ばされたシオンは鎧にべっとりと付いた血を見て、少し動揺する。
「どこから血が……ん? 俺の血じゃない、アイツのか」
「がぁ……ぎぃ……」
「もぅ、来たか。少しは休ませろや」
ノアが先程開いた砦の穴に立ち、黒い魔力を撒き散らしながらシオンを見つめて止まる。
「あ? 休ませてくれんのか。じゃあ、有り難く……」
シオンは動きの止まったノアを前に片足を前に出し、腰を低くして、切っ先を向ける。
そして、闘気を切っ先に集め、全身全霊の突きを放つ。
「これで、死ねよ! 化け物――【剣技・黒鴉】!!!」
剣からピカッと黒い閃光が発せられ、巨大な斬撃と衝撃波がノアに迫る。
その時、記憶を彷徨っているノアの自我は、血が付いた鎧を目にしてから新たな記憶が流れ込んでいた。
◆◆◆
「――、―――」
赤い髪の女はアイリスに似た少女が放った白い光を浴びて下半身が消え去り、残った上半身が床に落ち、赤い血が広がる。
それにより、特徴的な鎧の模様が色濃く残る。
真っ黒い鎧の胸部に施された真っ赤な薔薇の模様が血で赤黒く変色して黒薔薇となり、そこに咲いていた……
◆◆◆
その記憶を見た途端、ノアから溢れ出す黒い魔力が更に爆発的に溢れ出て、シオンの放った技を黒い魔力が弾き返す。
「……なんなんだよ、その気持ち悪い魔力は」
「黒薔薇の騎士は……ゼッタイに……ユルさナイ!」
黒い魔力がノアの周りを渦巻き、周囲の物を破壊する。
そして、その魔力の渦をシオンに向けて放つ。
「はっ、クソ姉貴。何、悪魔生み出したんだよ……」
シオンは全てを諦めた表情で最後にそう言い、魔力の渦に飲み込まれ跡形も無く消えた。
ノアは全ての力を使い果たし、その場に倒れる。
「兄さん!」
「ノア!」
アイリスとアルバートが倒れたノアのもとに駆け寄る。
数多くの断片的な記憶を彷徨い続けるノアの自我は、暴走が止まった事で自我が体に戻りつつあるのに気づく。
そして、また新たに記憶が流れ込む。
◆◆◆
「自国を滅ぼした罪深き王」
誰にそう言われたかは分からない。
しかし、その言葉が記憶の奥底に刻まれていた事を今、思い出した。
◆◆◆
「兄さん!!」
「ノア!! 起きてくれ!」
倒れたノアをアイリスとアルバートが必死に呼びかけ、ノアが目覚める。
「どう、なったんだ……」
ノアは上半身を起こし、周りを見渡す。
巨大な砦は完全に崩れており、洞窟の壁には巨大な大穴が出来ていた。
「なにが……」
「兄さん、良かった……本当に」
アイリスが泣きながらノアを抱きしめる。
「悪かった、心配かけて」
「本当だぞ!」
アルバートがそう言って、ノアの頭に抱きつく。
ノアは二人の頭を優しく撫でながら、記憶で見た少女がアイリスに瓜二つである事について、思考を巡らす。
(あの少女は、アイリスなのか? だとしたら……この力はアイリスが俺に……いや、そんなはず。そもそも、あの記憶は俺の記憶なのか? 思い出しても全く実感が湧かない。くそ、分からない、何も……)
「なら、今できる事を……ジークとヴォルフは無事か?」
「あ、そうだ! ジーク探さなきゃ!」
アルバートが、頭から離れジークを探しに行く。
アイリスも泣き止んで、立ち上がる。
「ふーう、よし。取り敢えず、兄さんが無事でよかったです。今度また、暴走なんてしたら怒りますからね!」
「は、はい」
「宜しい。では、私はヴォルフさんを探して来ます。兄さんはまだ休んでてください」
しばらくして、二人とも瓦礫の下から見つかった。
二人ともかなりの重傷でレイシアの治癒魔術で応急手当し、先にレイシアと共にブラックウルフに乗り帰った。
ノア達はギルド職員が馬で迎えに来てくれて、それに乗りカラシアの街に帰り着いた。