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作者: 草上アケミ
残酷な描写あり R-15
異形のある世界で(2)
 幸い、外地イパーナとの境界から近隣の都市への道中で、モンスターが再び現れることもなければ盗賊も現れなかった。
 インディム王国の外地と程近いとある一都市の、商業区へと続く広い通りの片隅で、リーフとリンの仕事は終わりを迎えた。

「道中、ありがとうございました。これは約束のものです」

 商人はリーフに謝礼の入った袋を渡した。
 商人はかなり上機嫌だった。モンスターの群れに襲われて、馬車の幌が少し破れただけですんだのだから、当然と言えば当然ではある。

 リーフは袋を開き、契約通りの額が入っているかを確認した。脱税狙いの危険な道だったので、通常の護衛より見返りは多かった。

 袋の中には提示した通りの金額があったが、全ての報酬が入っている訳ではなかった。

「例のものが入っていないのですが」
「それならここに」

 商人が畳んだ二枚組の紙切れをリーフに渡した。

こんにしている情報屋の居場所です。それを見せれば取り次いでくれるでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」

 リーフは紙切れにざっと目を通してから、畳み直して懐にしまった。

「もし縁がありましたら、またよろしくお願いします」
「こちらこそ」

 商人が手を差し出し、リーフは手袋を外して握手に応じた。

 一瞬、商人は眉をひそめたが何も言わずに手を離し、馬車に乗って商業区へと行ってしまった。
 二人は馬車が角を曲がるまで後ろ姿を見送った。

 馬車が完全に見えなくなると、早速リンがリーフから謝礼の袋を引ったくった。

「じゃあ、私はこれから銃の整備と弾丸を買いに行くけど、いいよね」
「ついでに宿も取っておいて。後、全額持っていくな」

 リーフは謝礼を取り返すと、三分の一を取り出してリンに残りを渡した。

 唯でさえ銃器は金がかかる武器なうえに、リンには貯蓄という概念が欠けている。渡せば渡しただけ使い切ってしまうのだ。事前に生活費を差し引いておかなければ、明日から路地裏で寝ることになりかねない。

 中身が減った袋を両手で持って、リンは唇を尖らせた。まだ手にずっしりとした感覚が残る程度には金が残っていたが、それでももの足りないらしい。

「……分かった。さっきの通りにあった『角折れ鹿亭』でいい?」

 不満たらたらではあったが、リンはリーフに従った。

「ああ。ボクは情報屋に会ってくる」

 リーフは外套の裾を翻して歩き始めた。

「有益な情報待ってるからねー。それから、帰りに頭洗ってきてよー」

 後ろから追いかけてくるリンの声に、リーフは軽く肩を竦めた。

 リーフはリンと別れてから人混みに紛れ、一人で通りを歩いていった。
 紙切れに書かれていた道順通りに進んで行き、細い通りへと入る。日の当たらない通りの一角に目印の立て看板を見つけ、指示通り、その横で木箱の上に座りこんでいる靴磨きの少年の前に立った。

 十歳くらいの薄汚れた少年はリーフの履いている靴を少し見てから、リーフに向かって少し固い愛想笑いをした。

 リーフの履いているブーツは爪先とかかとに金属を打った特別製だった。蹴りの威力を増強し、軽い刃を弾くことができる。
 そんな武闘派の靴でも磨く価値がないわけではないが、わざわざ金を払うようなものでもない。
 少年はかなり戸惑っていた。

「イソンさんはいるのかい」

 混乱を解くために、リーフは少年に二枚の紙切れの片方を渡した。
 少年は紙切れに描かれた印を見て、立ち上がった。

「ついてきて」

 歩き出した少年についてリーフはさらに通りの奥へと進んだ。ごみと埃の舞う薄暗い通りで、少年は一つの扉を開けて中に入っていった。

 リーフも家屋の中に足を踏み入れた。外と大して変わらぬ薄暗い部屋だった。部屋の中央のテーブルに置かれたランプの光が、その周りだけを明るく照らしていた。
 内装は一般的な中流家庭と言った具合で、高価な置物や装飾品の類は飾られていないが、手作りの品で彩られ、掃除も行き届いている。裏通りにあるとは思えないほどきちんとした家だった。

 ランプの置かれたテーブルに向かって一人の男が紙に何かを書き付けていて、靴磨きの少年はその男にリーフが持ってきた紙切れを渡した。
 少年は紙切れを渡すと、リーフの脇を通り抜けて外へと出て行った。出て行く際に扉を閉め、リーフと男を二人きりにする。

 男がペンを持つ手を止めて、リーフをちらりと見やった。

「あんたがこの紹介状に書いてあるリーフ、か?」
「そうです」

 値踏みするような目で情報屋の男はリーフをじろじろと見た。
 黒い外套で身体の線を誤魔化しているが、きゃしゃな体格は完全に隠せるものではない。

「剣士の割には随分と細いな……まあいい。で、なんの情報が欲しいんだ?」
「この辺りに、が手に入る場所はありませんか」

 リーフの一言に、情報屋は手元のペンを机に置いた。

「一つ言っておく、やめとけ。魔剣は誰にでも扱える便利なものじゃない」

 情報屋の言葉には、畏怖がにじんでいた。

「昔はモンスターを倒すなら魔剣を持つしかなかった。だが、今は銃がある。わざわざ身を滅ぼす力を求めるなんざ、正気の行いではない」
「それでも私には魔剣ちからが必要なのです。場所さえ教えてくれればいいんです。後は自分で『交渉』します」

 勝手知ったようなリーフの言い草に、情報屋は少し目を見開いた。

「あんた……まさか……」
「お察しの通り、ボクは魔戦士タクシディード――魔剣と契約する素質を持った者です」

 リーフは真剣な目で、男を見据えた。

「もう一度お尋ねします。魔剣の在り処に心当たりはありませんか」

 ランプの光を受けて、リーフの瞳は橄欖石ペリドットのように輝いていた。その人間離れした色に、情報屋の顔に異なる恐怖の色に染まった。

「成る程、あんたも化け物の一種というわけか。分かった」

 情報屋は立ち上がって壁際の本棚を漁り、紙の束を抜き取った。

「どんな奴の情報が欲しい」
「これで買える最も強い魔剣の情報を」

 リーフがテーブルの上に硬貨を積んだ。銃を揃えることができるほどの大金だった。

「お前が本当に命が惜しくないというならとっておきがある。三枚しまえ。棺桶代は引いてやる」

 情報屋が硬貨を突き返した。

「西部で最も呪われた一振りがここからそう遠くない場所にある。噂では、使い手は全員頭がおかしくなって死ぬか、身内に裏切られて殺された。『運命を食う魔剣』、『人を狂わせる毒蛇』、『国殺しの血剣』、『滅びの囁き』――異名が多すぎて真の銘がどれかもう分からない。ただ確かなのは、そいつの使い手のせいで国が三つ滅んだ。それからは、人を食い潰しながら国の跡地をさまっている」

 おどろおどろしい話を聞かされても、リーフの表情は全く変わらなかった。

「では、その魔剣でお願いします。棺桶代はご心配なく」

 返された硬貨が再びテーブルの上に戻された。

「私の終わりに棺桶なんて大層なものは用意できませんよ。精々、野犬の餌が良いところだ。代わりに――」

◆ ◆ ◆

 日がすっかり落ち人通りもまばらになった頃、リーフはようやく用事を済ませて宿へと向かった。
 湿った頭に外套のフードをすっぽりとかぶったまま、リーフは『角折れ鹿亭』の扉を開けた。

「あ、リーフ、こっちこっち!!」

 リンは宿のカウンターの近くに座り込んでリーフを待っていた。
 フードをかぶって顔を隠していたにもかかわらず、リーフが来たのにすぐに気付いて立ち上がり、傍へ駆け寄る。

「部屋は?」
「もう取ってあるよ」

 さりげなくリーフの腕に自分の腕を絡ませ、部屋へと引っ張っていった。
 端から見れば宿で待ち合わせをしている恋人のようにも見える。

 結構可愛い女の子であるリンにくっつかれているリーフに周囲から嫉妬や羨望の目が向けられるが、リーフがリンの行動を嫌がる様子はなかった。また、照れる様子もなかった。
 別に二人は恋人同士という訳ではないが、特にリンを邪険にする理由もないのでリーフはリンの好きなようにさせていた。

 リンはそのままリーフを部屋の中に連れ込んで、ドアに鍵を掛けた。

 窓が閉まっていて誰も見ていないことを確認すると、リーフはようやくフードを脱いだ。
 一息つくと、リーフはベルトを外して外套の前を開け、寝台の上に放り投げた。続いて腕に巻いていた暗器を外して外套の上に落とす。ぶかぶかの外套を着ているのは、この暗器を隠すためでもあった。

 リーフが外套の下に着ていたのは仕立てのよさそうな白い七分丈のシャツ一枚だけだった。シャツから覗く二の腕は、暴れ馬に振り落とされない筋力を持っている割には細く、十分な筋肉が付いているようには見えない。

 全体的に見て、リーフは剣士と思えないほど線が細かった。ぶかぶかの外套を着ているのは、体格で軽んじられないようにするためでもあった。

「あ、ちゃんと髪洗ってきたんだ。やっぱり変に色付けるより、そっちの方が似合ってるぅー。後、はっきり言って泥臭かったし」

 上着を脱いで同じく肌着を晒したリンが、リーフの頭を見て歓声を上げた。

「そうかな」

 リンはリーフの髪を見て目をきらきらさせたが、逆にリーフはうつとうしそうにしていた。

 リーフの髪は、泥を綺麗に落としたことで本来の色に戻っていた。
 しろがねの糸のようなまばゆい色に、所々混じった夜色の筋。月の光が形をとればこうなるだろうと思えるほど美しい髪色だった。
 白い肌と相まって、息を呑むような幽玄さを醸し出している――現在進行形で眉間に皺が寄っていなければより一層良かったのだが、それについてリーフに求めるのは無理があった。

「ボクとしては、目立つから根本的に染めたいのだけど」
「絶対にそれは駄目! 綺麗なのに勿体無いよ!」

 髪の色を台無しにする発言に、リンが目の色を変えて猛反対した。あまりの勢いに、リーフは若干身を引く。

「じゃあ毛を全部刈るから、リンにあげるよ」
「それはもっとやっちゃ駄目だって! リーフが持ってこそのお宝だもんっ」

 リンはさらに声を張り上げて異を唱える。隣の部屋にまで響いていてもおかしくないが、気にする様子はない。

 まれな髪色のせいで山のように嫌な目にあってきたリーフにとって、その言葉は微塵も理解できなかったが、否定したところで十倍の反論が帰ってくることは明白なのでこの件について主張するのは諦めた。

「……で、これから先のことだけど、目的地が決まったよ」
「情報屋にあったんだ、例の手掛かり。それで、手近な魔剣はどこにあるって?」

 リンは自分の寝台に腰掛け、ブーツの紐を緩める。

「外地のレニウムという村に、開拓当時から魔剣とその下僕である剣守が住み着いているらしい。今の時期はモンスターが大人しいから、境を北上した町に行けば乗り合い馬車が出ているそうだ」

 リーフも寝台に腰掛けてブーツを脱いだ。ズボンの裾に隠していた暗器も外す。

「乗り合い馬車、ねえ……外地イパーナの割には平穏過ぎない? ま、だから人が住めるんだろうけど」

 リンもブーツをぽいと脱ぎ捨て、寝台にぼふっと音を立てて倒れ込んだ。

「はー、もうお尻痛ーい。しばらく馬車には乗りたくなーい」

 リンが枕に顔を埋めて愚痴った。この二日間、暇さえあれば同じことをリーフに言っていた。

「残念だけど、明日も馬車だよ」

 リーフが現実を突きつけると、リンは呻き声をあげた。

「っていうか、本当に何でリーフは平気なワケ? 全体的に肉付き悪いし、お尻も小さいのに」

 リンは枕から顔を持ち上げるとまくしたてた。

「ホント信じられない。リーフが――」



「――女だなんて」
「女にしては肉付きの悪い体型で悪かったな」
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