残酷な描写あり
R-15
救済に手を伸ばして(3)
独りきりになり、リーフは寝台から身体を起こして立ち上がった。
寝たきりで凝り固まった関節が痛みを訴えるが、断絶していた筋肉は回復したようで動作自体に問題はなかった。
包帯を解くと、食いちぎられかけた両肩の肌は継ぎ目なく繋がっていた。再生したばかりで色が周囲と少し違うが、時間が経てば馴染むだろう。広範囲にわたる怪我であったのに、跡形もなく消えてしまうことは不思議だった。
胸元に手を当てても、滑らかな肌の感触しかなかった。聖剣に貫かれた痕も、それを焼いて血止めした痕もなかった。
無論、三年前に負った傷は、もう疼くこともなくなっていた。
一方で、左手首の傷は深く刻まれたままだった。傷を縁取る白い鱗状の結晶も残っていた。
重たい足取りで窓に近づき、外の様子を確認した。
建物の外は鉄の柵で囲われていた。柵の内側は地面を煉瓦で舗装した貴族の邸宅だったが、外側は鬱蒼とした森だった。
見覚えのない景色だったが、どこかリンの屋敷と似ていた。リーフの目が風景から記憶を辿っていった。
「ついてくるというのは君の勝手だけれども、理由を教えてくれないか」
「退屈しなさそうだから! あと、その……一緒にいたいからっ!」
未だに、リーフにはリンが言った言葉の真意が理解できていなかった。
出会い頭に殺し合いをしたというのに、そう言ったときのリンにリーフを傷つけるような意思は全くと言っていいほど失われていた。
その未知の感覚を思い出し、背筋がぞわりとした。
それとは別に、リーフは身体の表面を撫でるような害意を感じ、自分の腕を撫でた。
静かな誰もいない部屋の中で、自分に対する敵意が屋敷の中で徐々に膨らみつつあることをリーフは感じ取っていた。
外からきた厄介事であるので、容認されているとはいえ全てが好意的なわけではない。その空気は、リーフが長年浸ってきたものと濃さは違えど非常に似ていた。
生まれは不詳で、感情の起伏がなく、人形のような顔に薄い笑みを貼り付けたままの籠の中の少女にずっとずっと向けられていたものだった。
しかし、窓硝子にうっすらと映る人影は、かつての空虚な顔をした痩せた少女ではなく、行き場を失った殺し屋だった。
「ああ、そうか。本当に必要なかったのは、そっちだったのか」
何かに気付き、リーフの曇った宝石の目に輝きが僅かに戻った。
リーフはカーテンを掴み、身を隠すように閉じた。
「ねぇリーフ、折角だし――」
リンが部屋のドアを開けた。腕には服を抱え、笑顔で部屋に入った。顔の腫れは引き、普段の血色を取り戻している。
レースで飾られた少女趣味の薄着を寝台に向けて広げた。
「こういうの着てみるのも――」
しかし、寝台には誰もいなかった。布団が剥かれ、ずたずたになったシーツが残されていた。
「あれ?」
不穏な空気を感じ取り、リンの顔から笑顔が消えた。
部屋を見回し、窓に目を向けた瞬間、リンは目を見開いた。
「おいリン、包帯忘れてんぞ」
ギルとイーハンも部屋に入ってきた。
固まるリンの目線を追い、有様を目の当たりにする。ギルは少し顔をしかめ、イーハンは首をかしげた。
リーフは、窓辺に佇んでいた。
首にシーツの残骸をマフラーのように掛けて、虚ろな顔でリンを見ていた。
マフラーはカーテンレールに吊り下がり、リーフの足の先は宙に浮いていた。
団欒で使用した椅子が足元で横倒しにされ、力の抜けた足が僅かに揺れては触れていた。
ばさり、とリンが服を床に落とした。
女の悲鳴が屋敷に響き渡った。
寝たきりで凝り固まった関節が痛みを訴えるが、断絶していた筋肉は回復したようで動作自体に問題はなかった。
包帯を解くと、食いちぎられかけた両肩の肌は継ぎ目なく繋がっていた。再生したばかりで色が周囲と少し違うが、時間が経てば馴染むだろう。広範囲にわたる怪我であったのに、跡形もなく消えてしまうことは不思議だった。
胸元に手を当てても、滑らかな肌の感触しかなかった。聖剣に貫かれた痕も、それを焼いて血止めした痕もなかった。
無論、三年前に負った傷は、もう疼くこともなくなっていた。
一方で、左手首の傷は深く刻まれたままだった。傷を縁取る白い鱗状の結晶も残っていた。
重たい足取りで窓に近づき、外の様子を確認した。
建物の外は鉄の柵で囲われていた。柵の内側は地面を煉瓦で舗装した貴族の邸宅だったが、外側は鬱蒼とした森だった。
見覚えのない景色だったが、どこかリンの屋敷と似ていた。リーフの目が風景から記憶を辿っていった。
「ついてくるというのは君の勝手だけれども、理由を教えてくれないか」
「退屈しなさそうだから! あと、その……一緒にいたいからっ!」
未だに、リーフにはリンが言った言葉の真意が理解できていなかった。
出会い頭に殺し合いをしたというのに、そう言ったときのリンにリーフを傷つけるような意思は全くと言っていいほど失われていた。
その未知の感覚を思い出し、背筋がぞわりとした。
それとは別に、リーフは身体の表面を撫でるような害意を感じ、自分の腕を撫でた。
静かな誰もいない部屋の中で、自分に対する敵意が屋敷の中で徐々に膨らみつつあることをリーフは感じ取っていた。
外からきた厄介事であるので、容認されているとはいえ全てが好意的なわけではない。その空気は、リーフが長年浸ってきたものと濃さは違えど非常に似ていた。
生まれは不詳で、感情の起伏がなく、人形のような顔に薄い笑みを貼り付けたままの籠の中の少女にずっとずっと向けられていたものだった。
しかし、窓硝子にうっすらと映る人影は、かつての空虚な顔をした痩せた少女ではなく、行き場を失った殺し屋だった。
「ああ、そうか。本当に必要なかったのは、そっちだったのか」
何かに気付き、リーフの曇った宝石の目に輝きが僅かに戻った。
リーフはカーテンを掴み、身を隠すように閉じた。
「ねぇリーフ、折角だし――」
リンが部屋のドアを開けた。腕には服を抱え、笑顔で部屋に入った。顔の腫れは引き、普段の血色を取り戻している。
レースで飾られた少女趣味の薄着を寝台に向けて広げた。
「こういうの着てみるのも――」
しかし、寝台には誰もいなかった。布団が剥かれ、ずたずたになったシーツが残されていた。
「あれ?」
不穏な空気を感じ取り、リンの顔から笑顔が消えた。
部屋を見回し、窓に目を向けた瞬間、リンは目を見開いた。
「おいリン、包帯忘れてんぞ」
ギルとイーハンも部屋に入ってきた。
固まるリンの目線を追い、有様を目の当たりにする。ギルは少し顔をしかめ、イーハンは首をかしげた。
リーフは、窓辺に佇んでいた。
首にシーツの残骸をマフラーのように掛けて、虚ろな顔でリンを見ていた。
マフラーはカーテンレールに吊り下がり、リーフの足の先は宙に浮いていた。
団欒で使用した椅子が足元で横倒しにされ、力の抜けた足が僅かに揺れては触れていた。
ばさり、とリンが服を床に落とした。
女の悲鳴が屋敷に響き渡った。