▼詳細検索を開く
作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第3話 『もしかして、そういうの⁉』
「いや、キミのことじゃなくてさ、さっきから声が聞こえるじゃない」
「えっ……⁉」
 と驚いて、アルマは左右を見まわす。

 ――が、あたりには何もいなかった。
 もちろん、声など聞こえない。

「やだ……おどかさないでよ。誰もいないじゃない……」
 不満そうに口を尖らせると、今度はスペスが驚いた顔をする。
「えっ、アルマには聞こえないの……⁉ そうなんだ……」

「ちょっと……大丈夫? やっぱりどこか打ってるんじゃ――」
 アルマは心配してそう言ったが、
 スペスは、聞いてないかのように空中に向かって、
『……そうなの? うん、わかった』などと話している。
「ごめんアルマ……ハルマスの声はボクにしか聞こえないらしい。なんか変なこと言っちゃったみたいで、驚かせたね」

 スペスのその言葉に、アルマは急に何かを察した。
「やだ……もしかしての? わたしも経験あるけど、それはそろそろ卒業しないと、あとで黒歴史になるわよ……」
「うん? そう……なんだ」とスペスは良くわかっていない反応をする。

「でも、その本は本当に読んでみたかったなぁ……」
 スペスがまた思いだしたように言った。
「字が読めないんじゃ、仕方ないわよ」
 とアルマは言うが、スペスはどうにも納得がいかないようで、
「でもなぁ……」と悔しそうにしている。

 その姿を見てクスリと笑ったアルマは、
「そんなに読みたいなら、わたしの村へいらっしゃいよ」と言った。
「――わたしの家に子ども向けの本があるから貸してあげるわ。勇者様の物語だってそんなに難しくないんだから、それが読めればすぐに読めるわよ」
「行っていいの?」
「どうせ行く当てなんて、ないんでしょ?」

 そう訊ねると、スペスは大きくうなずいた。
「ありがとう! これから、どうしようかと思ってたところなんだよ」
 と、嬉しそうにアルマの手を握る。
「ひゃっ! あ……で、でもわたしがスペスに読んであげればそれでいいのかしら……ね?」
「いや! どうせなら自分で読みたい!」
「え、ええ……そうね、そうね」
 同意をしつつ、アルマはそっと手をほどいた。
「……そ、そんなわけでね、遺跡ここは、今となっては誰も来ない忘れられた場所なのよ」

 アルマが話を戻すと、スペスが急に真顔になった。
「そんな淋しいところで、アルマは――一体何をしていたの?」

 それはこっちのセリフなんだけど? とアルマは思う。
 今まで遺跡ここで誰かに出会ったことなど一度もない。
 ここへ来る道は、あるにはあるが、知らなければ道とも分からないような踏みあとだ。
 そんな場所にどうしてスペスがいたのか? アルマには大きな疑問だった。
 だが、たとえそれを訊いたとしても、きっと「覚えてない」と言われるのだろう。

 スペスも嘘をついている訳ではなさそうだったが、何かがおかしな事は確かだった。アルマは、何も言わずにじっとスペスを見る。

 青みがかったその髪は〝鳥の巣〟みたいにボサボサだった。
 目は眠そうに半分閉じられていたが、最初からずっとこんな感じなので、生まれつきかもしれない。
 紺の長い上着と、同じ色のズボンには、何に使うのか、ポケットがいっぱい付いていた。

 あまり見ないデザインの服だったが、生地は良さそうで修繕なおした跡もない。
 肩からかけているカバンも良さそうな皮を使っているので、もしかして裕福な暮らしの生まれかもしれない。

 そんな事を考えていると――
「ずっと見つめられたら、照れちゃうよ」
 と、照れた様子もなくスペスが笑った。

 しかたなく詮索をあきらめて、アルマは口を開く。

「わたしはね、ここへ薬草を採りに来てるのよ」
 と、石の並ぶ遺跡を指さす。
「ほら、あれのまわりだけ木が生えなくて日当たりがいいでしょ。それに土の魔素エレメントが豊富なのか、ここにだけ珍しい草がよく生えるの。薬草は治療に必要なものだけど、買えば高いし、ちょっとぐらい遠くても、ここならタダで手に入るからね」

 言っていてアルマは、自分の暮らしの貧しさを隠せないのが気恥ずかしかったが、スペスは気にした様子もなくうなずいた。
「それは興味深いねぇ…………どれどれ」
 と即座に立ち上がり、石のほうへと歩いていく。
 さっきの《酔い醒まし》がよく効いたのだろう、顔色はすっかり良くなっていた
 
 アルマは安心したように微笑んで、立ち上がる。
 天気はあいかわらず良く晴れていて、気温もあがっていた。
 じっとりとまとわりつく汗を拭こうと、カゴから手ぬぐいを探していると、うしろからスペスのはしゃいだ声が聞こえる。

「ねぇねぇ! すごく赤い色をした草があるよ! これは見るからに珍しいよね!」
 アルマは手拭いを取り出すと、カゴを背負いながら答えた。
「あ、その赤いのは気をつけてね。触るくらいなら平気なんだけど、まちがって顔につけると大変なことになるから」

「えっ……?」
 という声に、急いでアルマが振り返ると、スペスは額の汗を手でぬぐっていた。

 手に〝赤い草〟を持ちながら……。
Twitter