残酷な描写あり
R-15
第6話 『ゼッ……タイにダメッ⁉』
「それならさアルマ」
「なに?」
「ボクと結婚してよ」
「はあっ⁉︎」
勢いよくふりむいたアルマは、ぬかるむ地面で足を滑らせてドシンと尻もちをつく。
「痛たた……」
お尻をさするアルマに、スペスが手を伸ばした。
「大丈夫? ボク、何かおかしなことを言ったかな?」
原因に心当たりもなさそうな、真面目な顔だった。
「おかしいも何も……」
そう言って出された手を握ると、思ったよりも力強く引っぱられた。
アルマは立ち上がりながら、痩せて見えてもやっぱり男の子なんだなぁ、などと思う。
もちろん、自分のことは棚に上げて。
「きっとあなたは覚えてないんでしょうけど――」
言いながらアルマは、スカートについた泥をはらった。お気に入りなのに台無しだった。
「ふつうは結婚って、ひとりの人としかできないものよ。だから、冗談でもそんな簡単に決めるものじゃないわ」
「あれ? 勇者ってひとはたくさん結婚をしたんでしょ?」
「勇者様は特別よ特別。大きな功績を残したひとは何回も結婚することができる場合があるの。あとは王様とか貴族様とかお金持ちもね。優秀な血を残すためだってお父さんが言ってたわ」
「じゃあボクも魔王っていうのを倒したら、アルマみたいな可愛い子とたくさん結婚できるってことか……」
「か、かわいいっ⁉」
思ってもみなかった言葉に、焦りながらアルマは返す。
「ちょ、ちょっと待ってよ、わたしなんて別にかわいくないわ。だって田舎者だし、街の人みたいにおしゃれじゃないし、髪もこんな雑にまとめてるだけだし――」
とアルマは編みこんだおさげを触る。
「そんな事ないよ! ボク、アルマみたいに可愛い子には会ったことがない!」
「も、もう……お世辞が上手いわね。スペスってば誰にでもそういう事を言ってるんでしょ?」
そう言いながら、褒め言葉に悪い気がしなかったアルマはついニヤけてしまう。
「お世辞なんかじゃないよ!」力強く、スペスが否定する。
「こんなこと誰にも言ったこと無いからね!」
「そ、そうなの⁉ ありがと。お世辞だったとしても嬉しいわよ」
微笑むアルマにスペスは言った。
「だって――ボクの記憶の中で会ったことがあるのは、アルマだけなんだから」
「そういえば、そうでしたね……」
ガクッとアルマは肩を落とす。
「だいたい――よく考えたらプロポーズから即浮気発言してるし……。逆に節操がなさすぎるわ。それに期待してるところ悪いけど、魔王は勇者様に倒されちゃったから、もういないわよー!」
「えーっ! それじゃあ、ボクはどうすればいいのさ?」
「そんなこと知りませんー!」
とアルマは舌を出した。
「第一、結婚って十六歳からじゃないとできないのよ。スペスは今いくつなの?」
「歳は……わからないな」
「本当になんにも覚えていないのね……」
「でも、たぶんアルマと同じくらいだと思うよ。アルマはいくつなの?」
「このあいだ十六になったとこ」
「じゃあボクも、それでいいよ。結婚できるし」
「軽いわねー。仮にそうだったとしても、あなたと結婚はしないわよ」
「えー、なんでー」
「そういうのはもっとお互いを良く知ってからするものなの! スペスももっとよく考えたらどうかしら?」
「えっ、そうかな……?」急にスペスが真面目な顔をする。
「ボク、すごく真剣に考えてると思うんだけど? アルマこそ、もっとちゃんと考えたほうがいいんじゃない?」
「あーそうそう、そうですよねー!」とアルマは投げやりに言った。
「それなら、わたしもお金持ちになって、たっくさんおムコさんをもらっちゃおうかなー!」
「なんだって!」と、スペスが声をあげる。「じゃあ、どっちが多く結婚できるか、競争だね!」
「なんで対抗してくるのよ……」
そんなおしゃべりをしながら丘を下りてくると、少しだけひろい道に出る。
村と街をつないだその道は、今まで歩いてきたものよりも明らかに歩きやすく、なだらかだった。
「ほら――あそこに見えるのがわたしの村よ」
立ち止まったアルマは、木々のあいだに見える山の麓を指した
キツい斜面にわずかに残された平地には、細い煙をあげる小さな家が十軒ほど、身を寄せ合うように建っていた。
村の背後には、ふたつの頂をもつ高い山がそびえていて、すでにその裏に太陽が隠された村には、ゆっくりと夜がせまっていた。
「あそこの山ってさぁ」とスペスが振り返った。「大きくてふたつ並んでるところがアルマの〝おっぱい〟みたいだよね」
そう言って、嬉しそうにアルマの胸を見る。
「なっ――⁉︎」
咄嗟に胸を押さえたアルマは、サッとスペスから離れた。
「あれ?」スペスが不思議そうな顔をする。「もしかして……また何か間違えた?」
「あのねえ――」胸を押さえたままでアルマはため息をつく。
「女の人の身体のこと――特に胸とかお尻とか、あと太ってるとか痩せてるとか、そういうのを言ったり、じろじろ見たりするのはダメなのよ?」
「そうなんだ?」スペスが意外そうな顔をする。
「じゃあ、〝アルマのお尻は大きくていいよね〟って言うのは?」
「ゼッ……タイにダメッ! それっ、気にしてるんだからねっ! 二度と言うな!」
「褒めたつもりだったんだけどなぁ――」
それを聞いて、アルマはもう一度ため息をつく。
「スペスがいいと思ってても、言われたほうはイヤかもしれないでしょ? 悪気がないのはわかったけど、そうやってときどきズレてるのは記憶がないからなのかしら。それとも育った土地のせいかしらねぇ……。あんまりにも自然に言うもんだから、なんだかこっちが間違ってるような気がしちゃったわよ」
「ごめんよ、……知らなかったんだ。次から気をつけるからさ」
シュンとするスペスを見ながらアルマは、悪い人じゃないのよね、と思った。
それは、会った時からなんとなく感じていて、そうでなければ村までは連れてこなかった。
「ど、どうしたの? アルマ?」
気がつくと、スペスが心配そうに見ていた。
「あ……そ、そうね。わかってもらえたならいいのよ。ほら行きましょ。すこし暗くなってきたわ」
そうスペスをうながして、アルマは早足で村へ歩き出した。
「なに?」
「ボクと結婚してよ」
「はあっ⁉︎」
勢いよくふりむいたアルマは、ぬかるむ地面で足を滑らせてドシンと尻もちをつく。
「痛たた……」
お尻をさするアルマに、スペスが手を伸ばした。
「大丈夫? ボク、何かおかしなことを言ったかな?」
原因に心当たりもなさそうな、真面目な顔だった。
「おかしいも何も……」
そう言って出された手を握ると、思ったよりも力強く引っぱられた。
アルマは立ち上がりながら、痩せて見えてもやっぱり男の子なんだなぁ、などと思う。
もちろん、自分のことは棚に上げて。
「きっとあなたは覚えてないんでしょうけど――」
言いながらアルマは、スカートについた泥をはらった。お気に入りなのに台無しだった。
「ふつうは結婚って、ひとりの人としかできないものよ。だから、冗談でもそんな簡単に決めるものじゃないわ」
「あれ? 勇者ってひとはたくさん結婚をしたんでしょ?」
「勇者様は特別よ特別。大きな功績を残したひとは何回も結婚することができる場合があるの。あとは王様とか貴族様とかお金持ちもね。優秀な血を残すためだってお父さんが言ってたわ」
「じゃあボクも魔王っていうのを倒したら、アルマみたいな可愛い子とたくさん結婚できるってことか……」
「か、かわいいっ⁉」
思ってもみなかった言葉に、焦りながらアルマは返す。
「ちょ、ちょっと待ってよ、わたしなんて別にかわいくないわ。だって田舎者だし、街の人みたいにおしゃれじゃないし、髪もこんな雑にまとめてるだけだし――」
とアルマは編みこんだおさげを触る。
「そんな事ないよ! ボク、アルマみたいに可愛い子には会ったことがない!」
「も、もう……お世辞が上手いわね。スペスってば誰にでもそういう事を言ってるんでしょ?」
そう言いながら、褒め言葉に悪い気がしなかったアルマはついニヤけてしまう。
「お世辞なんかじゃないよ!」力強く、スペスが否定する。
「こんなこと誰にも言ったこと無いからね!」
「そ、そうなの⁉ ありがと。お世辞だったとしても嬉しいわよ」
微笑むアルマにスペスは言った。
「だって――ボクの記憶の中で会ったことがあるのは、アルマだけなんだから」
「そういえば、そうでしたね……」
ガクッとアルマは肩を落とす。
「だいたい――よく考えたらプロポーズから即浮気発言してるし……。逆に節操がなさすぎるわ。それに期待してるところ悪いけど、魔王は勇者様に倒されちゃったから、もういないわよー!」
「えーっ! それじゃあ、ボクはどうすればいいのさ?」
「そんなこと知りませんー!」
とアルマは舌を出した。
「第一、結婚って十六歳からじゃないとできないのよ。スペスは今いくつなの?」
「歳は……わからないな」
「本当になんにも覚えていないのね……」
「でも、たぶんアルマと同じくらいだと思うよ。アルマはいくつなの?」
「このあいだ十六になったとこ」
「じゃあボクも、それでいいよ。結婚できるし」
「軽いわねー。仮にそうだったとしても、あなたと結婚はしないわよ」
「えー、なんでー」
「そういうのはもっとお互いを良く知ってからするものなの! スペスももっとよく考えたらどうかしら?」
「えっ、そうかな……?」急にスペスが真面目な顔をする。
「ボク、すごく真剣に考えてると思うんだけど? アルマこそ、もっとちゃんと考えたほうがいいんじゃない?」
「あーそうそう、そうですよねー!」とアルマは投げやりに言った。
「それなら、わたしもお金持ちになって、たっくさんおムコさんをもらっちゃおうかなー!」
「なんだって!」と、スペスが声をあげる。「じゃあ、どっちが多く結婚できるか、競争だね!」
「なんで対抗してくるのよ……」
そんなおしゃべりをしながら丘を下りてくると、少しだけひろい道に出る。
村と街をつないだその道は、今まで歩いてきたものよりも明らかに歩きやすく、なだらかだった。
「ほら――あそこに見えるのがわたしの村よ」
立ち止まったアルマは、木々のあいだに見える山の麓を指した
キツい斜面にわずかに残された平地には、細い煙をあげる小さな家が十軒ほど、身を寄せ合うように建っていた。
村の背後には、ふたつの頂をもつ高い山がそびえていて、すでにその裏に太陽が隠された村には、ゆっくりと夜がせまっていた。
「あそこの山ってさぁ」とスペスが振り返った。「大きくてふたつ並んでるところがアルマの〝おっぱい〟みたいだよね」
そう言って、嬉しそうにアルマの胸を見る。
「なっ――⁉︎」
咄嗟に胸を押さえたアルマは、サッとスペスから離れた。
「あれ?」スペスが不思議そうな顔をする。「もしかして……また何か間違えた?」
「あのねえ――」胸を押さえたままでアルマはため息をつく。
「女の人の身体のこと――特に胸とかお尻とか、あと太ってるとか痩せてるとか、そういうのを言ったり、じろじろ見たりするのはダメなのよ?」
「そうなんだ?」スペスが意外そうな顔をする。
「じゃあ、〝アルマのお尻は大きくていいよね〟って言うのは?」
「ゼッ……タイにダメッ! それっ、気にしてるんだからねっ! 二度と言うな!」
「褒めたつもりだったんだけどなぁ――」
それを聞いて、アルマはもう一度ため息をつく。
「スペスがいいと思ってても、言われたほうはイヤかもしれないでしょ? 悪気がないのはわかったけど、そうやってときどきズレてるのは記憶がないからなのかしら。それとも育った土地のせいかしらねぇ……。あんまりにも自然に言うもんだから、なんだかこっちが間違ってるような気がしちゃったわよ」
「ごめんよ、……知らなかったんだ。次から気をつけるからさ」
シュンとするスペスを見ながらアルマは、悪い人じゃないのよね、と思った。
それは、会った時からなんとなく感じていて、そうでなければ村までは連れてこなかった。
「ど、どうしたの? アルマ?」
気がつくと、スペスが心配そうに見ていた。
「あ……そ、そうね。わかってもらえたならいいのよ。ほら行きましょ。すこし暗くなってきたわ」
そうスペスをうながして、アルマは早足で村へ歩き出した。