残酷な描写あり
R-15
第7話 『何も無いけど〝最高〟な村⁉』
ほどなく着いた村の入り口には、大きな看板が立っていた。
「あれは、なんて書いてあるのかな?」
それを見上げてスペスが訊く。
「あれはねぇ……、お父さんたちが作ったんだけど――」
気まずそうにアルマも看板を見る。
「〝ようこそ、なにもない村、リメイラへ!〟って書いてあるのよ」
「なにもない村?」
「そう」とアルマはうなずく。
「せっかくここまで来てもらってアレだけど、うちは本当に貧しい村なの。
お店なんて一軒もないし、山で採れるものか、小さな畑でとれた野菜か麦か、ヤクーの乳か、
そんなものしかない。訪れる人だってほとんどいない――
どうせ、何にも無いんだったら、わざわざこんな大げさな看板を作らなくたっていいと思うんだけどね」
と、アルマは恥ずかしそうに笑う。
「そう? そんなことはないと思うけどな――」
もの珍しそうに村を眺めていたスペスが言った。
「だって、あそこの家は古そうだけどしっかり手入れがされてるし、道も柵もそう。この看板だってきちんと磨いてあるし、みんなが使うところはキレイに片付けされている。なによりここは空気がおいしくて、空が綺麗なのがすごくいい! 最高でしょ!」
一瞬ぽかんとしたアルマは、あわてて言いかえす。
「空気や空なんて、どこでも一緒じゃない。きっとスペスだって、街に行ったらビックリするのよ。ココとは何もかもが違うんだから!」
「アルマの言う〝街〟っていうのも興味深いけどさ――そこがどんなに凄くても、ここの良さが減るわけじゃないでしょ?」
「それは……まあ、そう、かもしれないけど……」
アルマには、スペスが街のにぎやかさを知らないからそう言えるのだと思えた。
しかし、せっかく褒めてくれたスペスを否定したくもない。
そう考えたアルマは、気持ちを切り替え――
「まあいいわよ」と明るい声を出す。
「ウチの村がなにもないのは今に始まったことじゃないし、いくら嘆いたって、貧乏が無くなるわけでもないものね。それよりも、はやく行きましょ! 何も無いけど〝最高〟な、わたしの村へご招待するわ!」
* * * * * * *
アルマの両親は、遅くに帰った娘が、身元のわからない少年を連れてきたことに驚きはしたが、それでも寛容にスペスを受けいれた
スペスには、仮の住まいとして、使っていない古い小屋が貸しだされた。
スペスをして『これはボロい』と言わしめたその小屋は、村の先祖がこのあたりに入植した頃からあるという建物で、長い年月を耐えてきただけあって、ふとい丸太が贅沢に使われた頑丈な造りだった。
使わなくなっても手入れだけはされていたらしく、最低限の家具が残してあり、住むのに問題はなかった。
住まいが決まるとすぐ、アルマはスペスを連れて、夕食まえの家々を回った。
記憶がないこと、しばらく滞在することなどを話し、
スペスが『よろしくお願いします!』と頭をさげると、皆がそろって――
「ついにアルマに彼氏が!」とか、
「腕相撲チャンピオンがムコをつれてきた!」とか、
「どこでつかまえたの? いい旦那さんじゃない」とか、
「結婚するんなら早いほうがいいよアルマちゃん」などと言った。
「みんなヒドくないっ⁉」
散々いじられて、アルマはふくれていた。
「だいたい、スペスもスペスよっ! ニコニコしてるばっかりで、全然助けてくれないんだから!」
「ごめんごめん、それは悪かったよ」とスペスが笑う。
「アルマは、この村のみんなから大事にされてるみたいだから、嬉しくってさ」
「き、急になに言ってるのよ……」アルマは、声を小さくする。
「そりゃあまぁ、みんなわたしに優しくしてくれるし……大好きだけど……」
「そうなんだ?」
「もうっ、なにを言わせるの!」
恥ずかしそうにしたアルマは、しかし、すぐに顔を曇らせる。
「わたしね、この村のみんなが好きよ。いつかこんな貧しい生活をぬけだして、みんながもっと幸せになれればいいのにって、……いつもそう思ってる」
「アルマがそう思うなら、きっとそのうちそうなるよ」
理由もなく、スペスはそう断言する。
「そんな簡単にいったら苦労は――」
言いかけてアルマは首をふった。
「そうね……、そう思っている方が、きっといいのよね」
納得するようにうなずくと、急にスペスが言った。
「よくわからないけど、ボクには自信がある! 根拠はないけど!」
「ぷっ……」とアルマは吹きだした。
「――へんなの。ほんとにあなたっておかしな人ね。でも……そうね、せっかくだからスペスの言うことを信じてあげる。どうせだったら、良いことを信じたほうがいいものねっ」
「そうそう、そうだよね」
とスペスはあいかわらず軽い。
それでもアルマは、なんとなく気が楽になった。
「ありがと。なんか、愚痴ったみたいでごめんね。忘れてくれる?」
「そんなの気にしなくていいんだよ」とスペスは親指を立てる。
「だって、アルマはボクと結婚してもらうんだから、このくらいはお安い御用さ」
「あっ、コラ! 調子にのってるな!」
笑顔でアルマは手をあげた。
「うわっ、にげろっ!」
そう言ってスペスが走りだし、
「待ちなさいっ!」とアルマが追いかける。
夕暮れの村を駆けていったふたりは、村じゅうの人に目撃され、あとでまた、からかわれるのだった。
「あれは、なんて書いてあるのかな?」
それを見上げてスペスが訊く。
「あれはねぇ……、お父さんたちが作ったんだけど――」
気まずそうにアルマも看板を見る。
「〝ようこそ、なにもない村、リメイラへ!〟って書いてあるのよ」
「なにもない村?」
「そう」とアルマはうなずく。
「せっかくここまで来てもらってアレだけど、うちは本当に貧しい村なの。
お店なんて一軒もないし、山で採れるものか、小さな畑でとれた野菜か麦か、ヤクーの乳か、
そんなものしかない。訪れる人だってほとんどいない――
どうせ、何にも無いんだったら、わざわざこんな大げさな看板を作らなくたっていいと思うんだけどね」
と、アルマは恥ずかしそうに笑う。
「そう? そんなことはないと思うけどな――」
もの珍しそうに村を眺めていたスペスが言った。
「だって、あそこの家は古そうだけどしっかり手入れがされてるし、道も柵もそう。この看板だってきちんと磨いてあるし、みんなが使うところはキレイに片付けされている。なによりここは空気がおいしくて、空が綺麗なのがすごくいい! 最高でしょ!」
一瞬ぽかんとしたアルマは、あわてて言いかえす。
「空気や空なんて、どこでも一緒じゃない。きっとスペスだって、街に行ったらビックリするのよ。ココとは何もかもが違うんだから!」
「アルマの言う〝街〟っていうのも興味深いけどさ――そこがどんなに凄くても、ここの良さが減るわけじゃないでしょ?」
「それは……まあ、そう、かもしれないけど……」
アルマには、スペスが街のにぎやかさを知らないからそう言えるのだと思えた。
しかし、せっかく褒めてくれたスペスを否定したくもない。
そう考えたアルマは、気持ちを切り替え――
「まあいいわよ」と明るい声を出す。
「ウチの村がなにもないのは今に始まったことじゃないし、いくら嘆いたって、貧乏が無くなるわけでもないものね。それよりも、はやく行きましょ! 何も無いけど〝最高〟な、わたしの村へご招待するわ!」
* * * * * * *
アルマの両親は、遅くに帰った娘が、身元のわからない少年を連れてきたことに驚きはしたが、それでも寛容にスペスを受けいれた
スペスには、仮の住まいとして、使っていない古い小屋が貸しだされた。
スペスをして『これはボロい』と言わしめたその小屋は、村の先祖がこのあたりに入植した頃からあるという建物で、長い年月を耐えてきただけあって、ふとい丸太が贅沢に使われた頑丈な造りだった。
使わなくなっても手入れだけはされていたらしく、最低限の家具が残してあり、住むのに問題はなかった。
住まいが決まるとすぐ、アルマはスペスを連れて、夕食まえの家々を回った。
記憶がないこと、しばらく滞在することなどを話し、
スペスが『よろしくお願いします!』と頭をさげると、皆がそろって――
「ついにアルマに彼氏が!」とか、
「腕相撲チャンピオンがムコをつれてきた!」とか、
「どこでつかまえたの? いい旦那さんじゃない」とか、
「結婚するんなら早いほうがいいよアルマちゃん」などと言った。
「みんなヒドくないっ⁉」
散々いじられて、アルマはふくれていた。
「だいたい、スペスもスペスよっ! ニコニコしてるばっかりで、全然助けてくれないんだから!」
「ごめんごめん、それは悪かったよ」とスペスが笑う。
「アルマは、この村のみんなから大事にされてるみたいだから、嬉しくってさ」
「き、急になに言ってるのよ……」アルマは、声を小さくする。
「そりゃあまぁ、みんなわたしに優しくしてくれるし……大好きだけど……」
「そうなんだ?」
「もうっ、なにを言わせるの!」
恥ずかしそうにしたアルマは、しかし、すぐに顔を曇らせる。
「わたしね、この村のみんなが好きよ。いつかこんな貧しい生活をぬけだして、みんながもっと幸せになれればいいのにって、……いつもそう思ってる」
「アルマがそう思うなら、きっとそのうちそうなるよ」
理由もなく、スペスはそう断言する。
「そんな簡単にいったら苦労は――」
言いかけてアルマは首をふった。
「そうね……、そう思っている方が、きっといいのよね」
納得するようにうなずくと、急にスペスが言った。
「よくわからないけど、ボクには自信がある! 根拠はないけど!」
「ぷっ……」とアルマは吹きだした。
「――へんなの。ほんとにあなたっておかしな人ね。でも……そうね、せっかくだからスペスの言うことを信じてあげる。どうせだったら、良いことを信じたほうがいいものねっ」
「そうそう、そうだよね」
とスペスはあいかわらず軽い。
それでもアルマは、なんとなく気が楽になった。
「ありがと。なんか、愚痴ったみたいでごめんね。忘れてくれる?」
「そんなの気にしなくていいんだよ」とスペスは親指を立てる。
「だって、アルマはボクと結婚してもらうんだから、このくらいはお安い御用さ」
「あっ、コラ! 調子にのってるな!」
笑顔でアルマは手をあげた。
「うわっ、にげろっ!」
そう言ってスペスが走りだし、
「待ちなさいっ!」とアルマが追いかける。
夕暮れの村を駆けていったふたりは、村じゅうの人に目撃され、あとでまた、からかわれるのだった。