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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第8話 『もうやめて……恥ずかしいから⁉』
 翌朝――
 目がさめたスペスは、飲み水が無いことに気づき、置いてあった水差しをもって外へ出た。

 すでに空は明るかったが、太陽はまだ山の陰にかくれていて、教えられた村の水源にむかって歩いていくと、朝靄に包まれた村は白くぼんやりとしていた

 聞いたとおりに家々のあいだを抜けていくと、どの家の煙突からも煙があがっていて、村人はすでに起きているようだった。
 そんな家々をながめてスペスが足を止めると――不意に後ろから声をかけられた。

「おはようっ、昨日はよく眠れた?」
 振りかえると、大きなかめを両腕で抱えたアルマがいた。

「おはよう。おかげでよく眠れたよ」
「それはよかったわ」とアルマは嬉しそうに笑う。
「それで、ちょっとは何か思い出せた?」
「いや、なにも――」とスペスは首を振る。
「そう……。まあ、あせる事はないわよ。そのうちにきっと思い出すわ」

 そう慰めたアルマは、話題を変えるように訊ねる。
「それはそうと、朝からこんなところで何をしていたの? 何か見える?」
「ああ、いや……ここの家はみんな造りが違うから、それが面白くて見てたんだ」

「はあ?」と、アルマは怪訝な顔をする。
「そんなものが面白いわけないじゃない。怪しいわね、そこのうちに住む女の人の着替えでも覗いていた、とかじゃないでしょうね?」

「そんな事はしてないよ」と、スペスは胸を張る。
「――そういうのは良くないって昨日教えてもらったからね」
「本当かしら?」
「本当だってば。アルマこそそんな大きなもの持ってどこに行くの?」
「わたし? わたしは水くみよ。朝の日課なの」

 そう言ったアルマはハッとする。
「もしかして……スペスも朝の日課の覗き?」

「いや、だからやってないってば」
「なら、こんなところで何してたのよ? 言ってみなさい」
「ボクも水をくみに行く途中だよ。ついでに、サッパリと顔でも洗おうかと思ってる」

「スッパリ足を洗うの? 覗きから?」
「サッパリ! 顔を! 洗う! だよ! 足は洗わないっ」
「足は洗わない? 覗きをやめるつもりはないってことよね?」
「だから、やってないんだよ……」とスペスは嘆息した。

「そこまで疑うなんて、ボクをなんだと思ってるの⁉︎ そういうのを無実の罪って言うんだよね?」
「あら……スペスってば難しい言葉を知ってるのね。そんなに無実の罪がイヤなら、いい方法があるわよ」
「なにかな?」

「今すぐそこのお家を覗いてきなさい!」
「いやだよ⁉︎ そしたら本当の罪になるじゃないか! なんで急に悪いことをボクに勧めてくるのさ⁉︎」
「いや……なんだかスペスって女好きっぽいし、一度、女関係で痛い目を見たほうがいい気がするのよね……」

「そんな理由で、人をおとしいれないでほしいなぁ。あ、でもアルマが見てこいって言うんだから、この場合やっても怒られないよね? ちょっと見てきちゃおうかなー」
 そう言ってスペスはアルマをうかがい見る。

「べつに、いいわよ。覗いてくれば?」
「いいの⁉︎」
「まぁ、あそこに住んでるお婆さんでよければ――だけど? 昨日会ったでしょ?」
「あー、あの人のお家か……。やっぱりいいです……」

「どうして? あのお婆さん最高よ?」
「それ、〝最も高い〟だよね? 最高齢だよね? いくらボクでも、あんな歳の人には興味が持てないなぁ」

「やっぱり、そうなのね……」とアルマは残念そうにうなずく。
「でもスペス、そこのお婆さんより高齢の女性はこの村にはいないのよ……」

「なんでボクの好みが超高齢だと思っているの? 普通もっと下だと思うでしょ⁉ だいたい、そんなお婆さんの着替えを見る人なんていないよね?」
「あら……、昨日会った、ハゲ頭のお爺さんいるでしょ?」
「うん」
「あのお爺さんは、ここのお婆さんの着替えを毎日見ているわよ」
「そんな人いるんだ⁉︎」とスペスは言った。

「あれ……でもおかしいな、そのお爺さんは着替えを覗いてもいいの?」
「別にいいんじゃないかしら――だって、二人は夫婦だし」
「えっ、夫婦なら見ていいんだ」と、スペスは意外そうに言った。

「夫婦だったらいいと思うけど?」
「じゃあアルマも、結婚したら見ていいの?」
「な、なによいきなり……。そ、そりゃ結婚したならもっとすごい事をするわけだし……見るくらい別にいいんじゃない……かしら?」とアルマは赤くなる。

「もっとすごい事ってなに?」
「えっ……⁉︎」
「今、言ったでしょ。もっとすごい事、ってなに?」
「え、えーと……」とアルマは口ごもった。「アレよアレ……わかってるんでしょ?」
「わからないから訊いてるんだけどな……」
 困った顔でスペスが見つめる。

「も、もしかして――本気で訊いてた?」
「もちろんだよ。何かおかしかったのかな?」
 そう訊くスペスに、アルマは――
「べつに……、おかしくはない……です」と答えた。

「じゃあ、教えてくれる?」
「え、えーとね、アレっていうのは、その、なんて言うか、えっとね………キス。そ、そう……キスの事よっ!」

「ああ!」とスペスは言った。「それなら知ってるよ。口と口をつける事でしょ。そっか、結婚したら、アルマとキスできるのか」
「そ、そうね……」
「ボク、ますます、アルマと結婚したくなっちゃったよ」

「もうやめて……恥ずかしいから! か、からかった事なら謝るから……」
「えっ、なんのこと?」
「分からないならいいのっ! ほらっ、スペスも水汲みに行くんでしょ。早く行くわよ!」
 そう言ってアルマは大瓶をかかえたまま、先に歩き出した。
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