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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第9話 『びっくりしちゃうんだから⁉』
 ふたりは、草についた朝露で、足元を濡らしながら水場へ向かった。

 目的の小川につくとすぐ、スペスは水をすくって飲み、「うまっ!」と声をあげる。
さらに繰り返し水を飲んだスペスは、その度に「うまい」を連発していた。

 そんなスペスを笑いながら、アルマは川のちかくにかめをおろし、冷たい水に手をつける。しばらく集中してから、ゆっくりと手をあげると、川の水が手に吸いつくようにして持ちあがった。
 そのままアルマが水瓶の口まで手を移動させると、川から引き伸ばされた水は、手を追うように勢いよく水瓶のなかへ流れこむ。

 水の流れがおさまったとき、アルマが運んできた大瓶は、ちょうど満杯になっていた。
「へぇ!」と見ていたスペスが言った。

「魔法って便利だね。あっという間に水を汲めるなんて」
「そう? いつも使ってるから、そんなこと思わないけど――確かに手で入れてたら大変よね」

「魔法って、ボクにもできるのかな?」
「そりゃ、練習すればできるわよ」とアルマは言った。「簡単なのは子供でもできるんだから」

「そっか、それなら今度教えてほしいな。ハルマスも知りたいって言ってるし」
「ハルマスって、その設定……まだ続けるつもりなの?」
「設定?」
 スペスは冷めた目を向けたアルマに、よく分からないという顔をする。

「まあいいわ……教えるのはいいけど、その代わり……わたしはキビシイわよ」
 と、アルマは意地悪く笑う。
「えっ、ボク痛いのはイヤなんだけど……」
「そんなことしないわよ、失礼ね! まったくもう!」
 文句を言いながらアルマはしゃがみこみ、川の水で顔を洗いはじめた。

 スペスはそれを見て、アルマに気付かれないようにそっと水瓶を持ち上げてみたが、水で満たされた大瓶はずっしりと重く、持ちあがるどころか動かすことすら出来なかった。

 目の前の大きな瓶と、顔を洗う少女を交互に見くらべたスペスは、そのまま何も言わずに、そろりと瓶から離れた。

 しばらくして身支度をおえたアルマは、水瓶をなんでもない事のようにひょいと持ちあげる。

「それすごく重そうなんだけど……手伝おうか?」
「えっ? いいわよ、そんなの」ふり返ったアルマが言った。「ふたりじゃ持ちづらくて、こぼしちゃいそうだし」
「ああ……そう」
 戸惑うスペスをよそに、アルマはすたすたと村へ戻っていく。

「ねえ、ほんとうに持たなくていいの?」
 横に並んで歩きながら、スペスが訊いた。
「平気だってば」とアルマは息も切らさずに答える。
「それに、スペスじゃきっと重くて持ちあがらないわよ?」
「ゔっ」と、スペスは言葉につまった。

「それよりも、スペスは水を置いたらうちに来てね。すぐに朝ごはんだから」
「ほんとに⁉︎ やった!」とスペスが大きな声をだす。
「きのうのごはんがすごく美味しかったから楽しみにしてたんだ!」
「それは、そうでしょうね……」と、アルマはあきれたように言った。

「昨日、あんなに美味しい美味しいって言いって食べたから、お母さんが朝からいっぱい作ってたわよ。あの程度であそこまで喜ぶなんて、あなた今まで、なにを食べてたのよ?」
「んー今まで?」スペスがあごに手を当てる。「――やっぱり、思いだせないな……」
「あ、そうだった……ゴメン」
アルマがしょんぼりとする。

「いいよ、そんな事。それよりも、ごはんが美味しくて、本当に良かった。お母さんに感謝しないとね」
 そう笑うスペスを見て、アルマがぽつりと言った。
「スペスって……すごいわよね」

「急にどうしたの?」
「わたしはね――自分の村が、なにもない貧しい村だっていうのがすごく恥ずかしくて、悲しい事だと思ってるの……。でもスペスは、ここでなにを見てもすごく喜んでくれて……」
 アルマは嬉しいでも、悲しいでもない複雑な顔をみせる。
「それにね……いくら貧しくても、わたしにはお父さんやお母さんや村の人達がいてくれる。スペスみたいに自分の事が分からないわけでも、一人でもないわ……。
 それなのにスペスはいつもなんでもないってふうに笑ってるでしょ。もし、わたしがスペスみたいになったら同じように笑えるのかなって……急にそう思ったのよ」
 アルマはそう言って、かかえた水瓶をぎゅっと抱きしめた。

「ボクがいつも笑ってる? そうかなぁ……」
 と、スペスが首をかしげる。
「もうっ! そういうところよ!」とアルマは微笑んだ。

「よし! 今日の朝ごはんは楽しみにしておきなさい! わたしのお気に入り、カリンガのジャムを出してあげる! あんまり美味しくて、びっくりしちゃうんだから!」
「本当に⁉ それは、ますます楽しみになってきなぁ!」
 喜ぶスペスを見ながら、アルマも嬉しそうにうなずく。

 その日の朝食は、とてもにぎやかで楽しいものになった。

 * * * * * * 

 スペスはそれから十日もたつと、すっかり村に馴染んでいた。
 朝晩はアルマの家で食事をとり、昼は家畜の世話をしたり、村の畑を手伝ったりした。

 しかし、相変わらず記憶が戻らなかった。

 アルマは、街へいく人にスペスのような行方不明者がいないか調べてもらったが、特に成果はない。

「もう一度〝あそこ〟を調べに行こうと思うんだ」

 いつもどおり、夕食をごちそうになった帰りに、スペスがそう切り出した。
「そうね……、それがいいのかも」と、アルマは同意する。

「どうしてスペスがあんな所にいたのかもよく分からないし、またあそこを調べに行けば、ななにかわかるかも……。明日までなら天気も持ちそうだし、行くなら明日がいいわよ。わたしも追加したい薬草があるから、一緒に行けるし」

「ありがとう、来てくれるなら助かるよ。まだ道が不安だからね」
「た、たまたま……なんだからね」
「うん、そうだね?」
「じゃあ、朝ごはんを食べ終わったらすぐに出るから、持っていく物は今夜中に用意しておいてよ」とアルマは手を振った。

「わかった、それじゃあおやすみ」
 そう言って、スペスは自分の小屋に帰っていった。
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