残酷な描写あり
R-15
第11話 『じゃあ、期待しとく……⁉』
「じゃあ次は……そこにぶら下げてるやつ」
とアルマは、スペスの腰の物に目をやる。
「それ、ヤクー用のムチでしょ?」
「そうそう、二軒となりのおじさんがうまくてさ、これ一本でヤクーの群れを動かすんだよ。見てたら教えてくれてさ、まだ練習中なんだけど、獣に襲われたりしたときには武器にもなるって聞いて、持ってきました……です」
「別に持つのはいいけど、わたしの近くでは使わないでよソレ」
アルマは嫌そうな顔でムチを見た。
「長くって取り扱いが難しいんだから……。ヤクーに当たっても傷もつかないけど、人に当たったりしたら、腫れるぐらいじゃすまないわよ。わたし――子供ころに、いたずらしたムチが顔に当たって大泣きしたことがあるんだから」
「平気だってば」と自信ありげにスペスが言った。
「ボク筋がいいってほめられたんだから。見せてあげるよ!」
スペスは結ばれていたムチをほどくと、木立のほうへ向かってかまえる。
「えっ……ちょっとやめてよ!」
とアルマはカゴを盾にして、ぱっと離れた。
「……そんなに心配しなくても平気だよ。まあ、見てて!」
スペスがいきおいよく腕をふると、ムチは風を切って伸び、離れたところの木の枝に勢いよく巻きついた。
つづけてスペスが腕を引くと、その枝が折れ、ムチと一緒にスペスの手元へともどる。
「どう?」と自慢げにスペスがみせた枝の先には、赤い実がついていた。
「へーすごい、なかなかやるじゃない」
パチパチとアルマは手をたたく。
「でも、やっぱり危ないから、わたしがいいって言ったとき以外は禁止ね。次、だまって使ったら没収するから」
「わかったよ……」
しぶしぶとうなずいて、スペスはムチを元通りに巻く。
「あとポケットの中も見せなさい。なにが入ってるの?」
この際だから徹底的にチェックしようと考えたアルマは、手を伸ばしてスペスのポケットをまさぐった。
「うわははは、く、くすぐったいよっ。わかった出すっ、出すからっ!」
出てきたのは、ちいさな陶器の瓶。
アルマが蓋を開けてみると、なにやら真っ赤な液体が入っている。開けただけでおかしなニオイと目に刺激があった。
「イヤな予感しかしないんだけど……なによコレ?」
「そうそう、これはねっ!」と、急にスペスは嬉しそうに話しだす。
「このあいだ採ってきた火焔草を煮詰めた汁だよ。いやぁ、なかなか苦労したんだよ。赤いところの成分は水には溶けないみたいでさ、ハルマスのアイデアで少し油を入れて、ようやく上手くいったんだよ。
大体これで十倍くらいの濃さになってるかなぁ。どう、スゴイでしょ?」
スペスの話にアルマはうなずいた。
「捨てましょう!」
「待ってください!」
スペスがすがりつく。
「いやっ! 捨てるっ! そんな危険なもの、持ち歩けないから!」
アルマは森にむかって、小瓶を放り投げようとする。
「やめてーっ! それっ、作るのにっ、三日もかかったんだから!」
懸命に止めようとするスペスに、アルマは――
「却下しまーす」と笑顔で言った。
「いやっ、いやいやっ、まって、まって! それっ、それをっ、こんなとこで捨てたらこの辺の生き物が大変なことになるよ!」
「それは……、たしかにそうかも?」
そう考えたとき、アルマは、必死に止めようとするスペスの手が自分の胸のあたりに当たっていることに気がついた。
「……ひゃ!」
「お願いしますっ、お願いしますっ、帰ったら責任をもって処分するからー」
必死にアルマを押さえようとして、スペスは、抱きつくような格好になっていた。
「わかった! わかったから、ちょっと離れてっ! はーなーれーてー! あっ!」
「あっ!」
押しのけようとしたアルマの手から、ぽろりと小瓶が落ちる。
凍りつくようにふたりが見守るなか。
ゆっくりと落ちていった小瓶は、コツンと地面に当たって、
割れ――なかった。
「はぁ~」と、アルマは息を吐く。
「まったく、心臓が止まるかと思ったわ」
「土のうえで良かったね……」
胸に抱きついたままで、スペスがうなずく。
「ところでスペスー?」
即座にスペスを押しのけて、アルマは言った。
「なに?」
「いつまで触ってるの……よっ!」
スペスの頬に、平手が叩きつけられた。
「いてて……」
顔をおさえながらスペスは、なにかを思いだそうと手を握ったり開いたりしている。
反対側をむいたアルマは、胸のあたりを直しながら『自業自得!』と言った。
服を直しおわったアルマは、はずかしそうにふり返ったが、スペスと目が合ったとたん、なんとなく顔をそらした。
しばらく、そのまま気まずく黙っていたふたりだったが、やがて耐えきれずにアルマが口を開く。
「だ、だいたいっ、なんで、そんなモノを持ってきたのよっ⁉︎」
「い、いや、獣に襲われたときにでも使えるかなと思って……」
「あ、あのねぇ」とアルマは言った。「わたしはいつも、ひとりでここに来てるんだから、獣の対策くらいしてるわよ……。いざとなったら《姿隠し》もあるし」
「姿隠し?」
「そう、気配を消す魔法なんだけど……。やってあげる、見たほうが早いから」
そう言ったアルマの姿が、急にふわーっとぼやける。
「どう?」とアルマが訊くと、スペスは驚いた顔をする。
「へー、不思議だね。アルマはそこにいるのに、いる感じがしない」
魔法を解くと、アルマの姿は再びはっきりとしてくる。
「これでわかったでしょ。だから、大丈夫なのよ」
「うん、わかったよ」
とうなずいたスペスが、急に真面目な顔になる。
「でもさ――、いざってときには、アルマはボクが守るからね」
「えっ……⁉」
突然の思ってもみなかった言葉に、アルマは頭が真っ白になった。
「――そ、そう? なんだ……えーと、うん。じゃあ、期待しとく……ね」
そう返すことしかできなかった。
「大丈夫、まかせてよ!」と胸を叩くスペスに、
アルマは、早くなった心臓の音をごまかすように顔をそらす。
「も、もう十分休んだわよね? 身体が冷えるからそろそろ行きましょ!」
そう言ってカゴをつかみ、返事も待たずに歩きだした。
とアルマは、スペスの腰の物に目をやる。
「それ、ヤクー用のムチでしょ?」
「そうそう、二軒となりのおじさんがうまくてさ、これ一本でヤクーの群れを動かすんだよ。見てたら教えてくれてさ、まだ練習中なんだけど、獣に襲われたりしたときには武器にもなるって聞いて、持ってきました……です」
「別に持つのはいいけど、わたしの近くでは使わないでよソレ」
アルマは嫌そうな顔でムチを見た。
「長くって取り扱いが難しいんだから……。ヤクーに当たっても傷もつかないけど、人に当たったりしたら、腫れるぐらいじゃすまないわよ。わたし――子供ころに、いたずらしたムチが顔に当たって大泣きしたことがあるんだから」
「平気だってば」と自信ありげにスペスが言った。
「ボク筋がいいってほめられたんだから。見せてあげるよ!」
スペスは結ばれていたムチをほどくと、木立のほうへ向かってかまえる。
「えっ……ちょっとやめてよ!」
とアルマはカゴを盾にして、ぱっと離れた。
「……そんなに心配しなくても平気だよ。まあ、見てて!」
スペスがいきおいよく腕をふると、ムチは風を切って伸び、離れたところの木の枝に勢いよく巻きついた。
つづけてスペスが腕を引くと、その枝が折れ、ムチと一緒にスペスの手元へともどる。
「どう?」と自慢げにスペスがみせた枝の先には、赤い実がついていた。
「へーすごい、なかなかやるじゃない」
パチパチとアルマは手をたたく。
「でも、やっぱり危ないから、わたしがいいって言ったとき以外は禁止ね。次、だまって使ったら没収するから」
「わかったよ……」
しぶしぶとうなずいて、スペスはムチを元通りに巻く。
「あとポケットの中も見せなさい。なにが入ってるの?」
この際だから徹底的にチェックしようと考えたアルマは、手を伸ばしてスペスのポケットをまさぐった。
「うわははは、く、くすぐったいよっ。わかった出すっ、出すからっ!」
出てきたのは、ちいさな陶器の瓶。
アルマが蓋を開けてみると、なにやら真っ赤な液体が入っている。開けただけでおかしなニオイと目に刺激があった。
「イヤな予感しかしないんだけど……なによコレ?」
「そうそう、これはねっ!」と、急にスペスは嬉しそうに話しだす。
「このあいだ採ってきた火焔草を煮詰めた汁だよ。いやぁ、なかなか苦労したんだよ。赤いところの成分は水には溶けないみたいでさ、ハルマスのアイデアで少し油を入れて、ようやく上手くいったんだよ。
大体これで十倍くらいの濃さになってるかなぁ。どう、スゴイでしょ?」
スペスの話にアルマはうなずいた。
「捨てましょう!」
「待ってください!」
スペスがすがりつく。
「いやっ! 捨てるっ! そんな危険なもの、持ち歩けないから!」
アルマは森にむかって、小瓶を放り投げようとする。
「やめてーっ! それっ、作るのにっ、三日もかかったんだから!」
懸命に止めようとするスペスに、アルマは――
「却下しまーす」と笑顔で言った。
「いやっ、いやいやっ、まって、まって! それっ、それをっ、こんなとこで捨てたらこの辺の生き物が大変なことになるよ!」
「それは……、たしかにそうかも?」
そう考えたとき、アルマは、必死に止めようとするスペスの手が自分の胸のあたりに当たっていることに気がついた。
「……ひゃ!」
「お願いしますっ、お願いしますっ、帰ったら責任をもって処分するからー」
必死にアルマを押さえようとして、スペスは、抱きつくような格好になっていた。
「わかった! わかったから、ちょっと離れてっ! はーなーれーてー! あっ!」
「あっ!」
押しのけようとしたアルマの手から、ぽろりと小瓶が落ちる。
凍りつくようにふたりが見守るなか。
ゆっくりと落ちていった小瓶は、コツンと地面に当たって、
割れ――なかった。
「はぁ~」と、アルマは息を吐く。
「まったく、心臓が止まるかと思ったわ」
「土のうえで良かったね……」
胸に抱きついたままで、スペスがうなずく。
「ところでスペスー?」
即座にスペスを押しのけて、アルマは言った。
「なに?」
「いつまで触ってるの……よっ!」
スペスの頬に、平手が叩きつけられた。
「いてて……」
顔をおさえながらスペスは、なにかを思いだそうと手を握ったり開いたりしている。
反対側をむいたアルマは、胸のあたりを直しながら『自業自得!』と言った。
服を直しおわったアルマは、はずかしそうにふり返ったが、スペスと目が合ったとたん、なんとなく顔をそらした。
しばらく、そのまま気まずく黙っていたふたりだったが、やがて耐えきれずにアルマが口を開く。
「だ、だいたいっ、なんで、そんなモノを持ってきたのよっ⁉︎」
「い、いや、獣に襲われたときにでも使えるかなと思って……」
「あ、あのねぇ」とアルマは言った。「わたしはいつも、ひとりでここに来てるんだから、獣の対策くらいしてるわよ……。いざとなったら《姿隠し》もあるし」
「姿隠し?」
「そう、気配を消す魔法なんだけど……。やってあげる、見たほうが早いから」
そう言ったアルマの姿が、急にふわーっとぼやける。
「どう?」とアルマが訊くと、スペスは驚いた顔をする。
「へー、不思議だね。アルマはそこにいるのに、いる感じがしない」
魔法を解くと、アルマの姿は再びはっきりとしてくる。
「これでわかったでしょ。だから、大丈夫なのよ」
「うん、わかったよ」
とうなずいたスペスが、急に真面目な顔になる。
「でもさ――、いざってときには、アルマはボクが守るからね」
「えっ……⁉」
突然の思ってもみなかった言葉に、アルマは頭が真っ白になった。
「――そ、そう? なんだ……えーと、うん。じゃあ、期待しとく……ね」
そう返すことしかできなかった。
「大丈夫、まかせてよ!」と胸を叩くスペスに、
アルマは、早くなった心臓の音をごまかすように顔をそらす。
「も、もう十分休んだわよね? 身体が冷えるからそろそろ行きましょ!」
そう言ってカゴをつかみ、返事も待たずに歩きだした。