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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第12話 『アルマがいてくれたから⁉』
 村を出たときに晴れていた空は、登るにつれて雲が増え、
 丘の上についた時には日が差さなくなっていた。

 さっきまで見えていた双子の山も、今は雲をかぶって隠れている。
 今日の天気なら雨は降らないだろうとアルマは見ているが、どちらにしても、天気はだんだんと悪くなっていくようだった。

 丘を登りきったふたりは、まず最初にスペスが吐いていた場所を調べたが、特に手がかりになるようなものはなかった。
 次に、まんなかにある遺跡へむかう。

 すでに作った者がいなくなった遺跡は、
 前に来たときのまま、ただ静かに風に吹かれていた。

 遺跡の石のうえにカゴをおろし、アルマは採取の準備をはじめる。
「じゃあ、わたしは、お天気がもってるうちに薬草を集めてくるね。もしなにか見つけたら教えるから、しばらくやったら、お昼にしましょ」
「わかった――ボクは別に気になることがあるから、遺跡を調べてみるよ」
 そう言ってふたりはわかれ、それぞれの作業を始めた。


 昼ごろになると――雲はさらにふえ、空は、一面の灰色になっていた。
 いったん休憩にしたふたりは、遺跡の石に腰をかけて、持ってきたお弁当を食べはじめる。

 アルマはそれまでに、遺跡中を目を皿のようにして見まわったが、スペスの身元がわかるものどころか、足跡も、焚き火のあとも、ゴミすらもろくになかった。

 いくら探してみても、ここに人がいた形跡を見つけられなかった。
 しばらくの間、ここにはアルマ以外、だれも来ていない。
 まるで、すべての物がそう言っているかのようだった。

 せっかく、何かを見つけようとここまで来たのに、今のところめぼしい成果は何もなかった……。


「それで――どう?」
 訊くまでもないだろうと思いながら、おずおずとアルマは訊ねる。
「うん」と満足そうにスペスがうなずいた。

「この揚げ物、美味しいね。アルマが作ったの?」
「違うでしょ……」と、アルマは大きくため息をつく。

「……スペスの事で何かわかったことがあった? って、訊いたのよ」
「ああ、そっちか……」

「そっち以外に、どっちがあるのよ」
 ムッとして、思わず口をとがらせる。

「えーとさ、ハルマスと調べたてたらわかったんだけど……この遺跡は、まだ生きているみたいなんだ」

「遺跡?」
 眉をひそめたアルマは、じろりとスペスを見た。

「生きてるって言っても、生き物ってことじゃないよ。まだ機能してる、って意味なんだけど――」

「ふーん……」
 とアルマはぞんざいに返したが、スペスは楽しそうに話をつづける。
「その機能っていうのがさあ、ボクの見たところだと――」

「あのさあ!」
 話をさえぎって、アルマは言った。

「スペスは記憶を取りもどしたくないの⁉︎ じぶんが誰か知りたくないの⁉
 なんでさっきから関係ない話ばっかりするのよ!
 今もどこかで、スペスのことを心配してる人がいるかもしれないんだよっ!」

 あふれてくる感情を押さえこもうとしたが無理だった。
 顔があつくなり、言葉を吐き出すたびに鼓動が早くなるのが自分でもわかった。

「いきなり、なに⁉」と、スペスが驚いて言った。
「そりゃあもちろん、記憶が戻ればいいと思ってるよ。そんなの当たり前だよ」

「だったら!」
 両手をぎゅっと握りしめたアルマは、顔を伏せながら叫んだ。
「もっと真剣にやろうよっ! 私だけずっと悩んでて、バカみたいじゃないっ!」

「真剣にって――やってるよっ!」
 スペスが、いきおいよく立ちあがる。
「やってないっ!」
 アルマも立ちあがり、言い返した。

 真っすぐにスペスを見つめるその両目には、こぼれ落ちそうなほどの涙が浮かぶ。
 スペスの顔に、さっと後悔の色が差し――気まずそうに目を伏せた。

 そんなスペスを見て、アルマも後悔で胸が張り裂けそうになった

「ごめんなさい!」と、アルマは言った。
「つらいのは、スペスの方なのにっ……。わたし、わたしねっ、こんな喧嘩がしたかったわけじゃないの……ただっ!」
 まぶたをギュッと閉じると、目に溜まった涙は、当たり前に落ちて流れた。

 それ以上言葉をつづけられず、アルマは息を詰まらせる。
 スペスが困ったような顔をして、そっとアルマの頬に触れた。
「そんなことないよ――」

 涙を止められないアルマに、スペスは微笑む。
「ボクは――つらくなんかない」
 そう言ってやさしく頬をなでた。

「アルマがいてくれたから、ボクはつらい事なんて一度もなかったよ」
 触れた手で、アルマの涙をぬぐ

 泣きながらスペスを見つめたアルマは、ぶつかるように、ぼすっと顔を押しつけた。
「ごめんね……」
 そうつぶやくと、また涙がでてきて、スペスの服をぎゅっと掴んだ。
「ごめん……ね」
 繰り返すと、余計に止まらなくなって、さらに顔を押しつけた。

 スペスは、何も言わずに抱きしめてくれて、
 胸に顔をうずめたアルマは、そのまましばらく泣いた。


 しばらくして、アルマはそっとスペスから離れる。涙はとっくに止まっていた。
「ごはん……食べよっか?」
 目をあわせずにそう言うと、『うん』とスペスが言ったので、近くの石にすとんと腰をおろす。
 取りだしたサンドイッチの端っこをぼんやりとかじったが、味はよくわからなかった。

「あのさ――」隣に座ったスペスが言った。
「ちょっとボクの説明が足りなかったみたいなんだ。だから、もう一度聞いてくれるかな?」

 アルマは素直にうなずいた。さっきまでのおかしな気持ちは、涙と一緒に流れて、いなくなっていた。

「ボクはさ、のかもしれない」
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