残酷な描写あり
R-15
第15話 『なにかしら……コレ⁉』
「よしっ、始めるよっ、いい?」
いたずらっ子のようにはしゃぐスペスに、アルマはぼんやりとうなずいた。
すぐに、スペスが石のあちこちをタタタッとリズムよく叩き始める。
しばらくは何もおこらず、石をたたく音だけが響いていたが――
「あっ!」とアルマが声をあげたとき、遺跡の外側の石が鈍く光りはじめていた。
光は並んだ石を伝うように、外から中心へと向かっていき、だんだんと光量を上げながら、中央の丸い舞台に届く。
「きれい……」
気づけば遺跡全体が、淡い光で満たされていた。
ずっと石をたたいていたスペスが、ダンッと、より強く打った。同時に遺跡全体が内に向かって明滅をはじめ、そのたびに光が中央へ集まってゆく。
波のような光の動きは速度をあげながら強くなっていき、やがて外側の石がほとんど光らなくなった。
かわりに、中央はまぶしいほどの明るさになっている。
スペスとアルマが息をのんでなりゆきを見守るなか、光はわずかに弱まったあと、とつぜん真上に伸び、まっすぐ雲をつらぬいた。音のない雷が空へ走ったかのようだった。
光の柱はそのまま幾度かまたたいてから、急速に弱まってゆき、唐突に、何事もなかったかのように消える。
「どうだっ!」
とスペスが大声で立ちあがった。つられてアルマも立つ。
遺跡はもう、ただの石の群れに戻っていた。
ふたりが中央の石に目を凝らすと――
「……あるわね」
「あるね……」
芋は、置かれたときのまま遺跡の真ん中に転がっていた。
「あっれぇ……? おっかしいなー、なんでだ?」
スペスが腕組みをして首をかしげる。
「……失敗?」
「う~ん、そうなんだけどー、えーっ? いまのはどう見ても、成功しそうだったよね?」
「成功しそうだったかはわからないけど、何かが起こりそうには見えたわね」
「うーん、おっかしいなー?」
スペスはぶつぶつ言いながら考えこむ。
アルマもしばらくはさっきの光景を思い返していたが、ふと空が暗くなりはじめている事に気づく。
「いっけない! だいぶ遅くなっちゃったわ。お父さんたちが心配するから、スペスも今日はお終いにしましょ。考えるのはあとにして、帰る仕度をして!」
急いで焚き火をくずしたアルマは、まわりを確認しながら、広げていた荷物をカゴへつめ始める。
「あーっ、くやしいなぁ!」
とスペスもしぶしぶ荷物をまとめはじめた。
「わたし、お芋とってくるね。食べ物を粗末にするといけないから」
先に帰り仕度の終わったアルマが、カゴを背負う。
「あ……ボクもすぐ行くからさ。何かおかしな所があったら触らないで置いといて」
「は~い」
アルマは中央の舞台のような石まで行くと、上にあがって芋を眺めたが、とくに変わったようには見えなかった。
しゃがんで手にとってみると、ずっしりと重い。
「うん、いい芋ね――」
そうつぶやくと、カバンをかついだスペスがやってきて訊いた。
「どうだった? 芋のかたちをしたドロドロとしたモノとかになってない?」
「なにそれ怖いんだけど……。もしそんなことになってたら、明らかに失敗よね?」
アルマは石の上から芋を見せる。
「ほら、べつに焼き芋にも、ふかし芋にもなってないわよ」
「どれどれ見せて――」
と上にあがってきたスペスに、アルマは芋を渡そうとしたが、石の隙間につまづいて、
「きゃっ!」と、バランスをくずしかける。
「おっと!」
と咄嗟に手をのばしたスペスが、アルマを抱きとめた。
「あっ……!」と言って、アルマの手から芋が転げ落ちる。
「大丈夫?」とスペスが訊いた。
「だ、大丈夫、ありがと……」
そう答えたアルマの頭に、さっきスペスに言われた〝守る〟という言葉が浮かぶ。
――守られるって……こういう事なのかしら?
そんなことを思ったアルマは、抱きとめられたまま離れようとしなかった。
「今日は、二度も抱きしめられちゃった……ね」
半ば意識せずに、もう少しだけ体をあずける。
「そうだね」とスペスが答えた。
抱きしめられながらアルマは、触れていた手でスペスの身体をさわってみた。
「スペスって、細いのに意外と筋肉がついてるのね……」
そう、ぽつりと呟いてから――
「な、なにを言ってるのかしらわたし⁉」
と顔を赤くする。
「アルマは、柔らかいよね。女の子ってみんなこうなの?」
スペスがアルマを見た。
「や、やだ……恥ずかしいからやめて」
赤い顔でアルマはそう言ったが、それでも、離れようとはしなかった。
そんなアルマを、スペスがより強く抱き寄せる。
「……んっ」という声が、アルマからあがった。
ふたりは息づかいが聞こえるほどに密着し、相手の体温が互いの服を越えて伝わる。
心臓がドキドキと高まるのを感じながら、アルマはだんだんと頭がぼーっとなった。自分がいま、何をしているのか、よく分からなかった。
そっと上目づかいでスペスを見ると、スペスもアルマを見ていた。
その顔がすこしづつ、アルマに近づいていき――
そのとき、ソレは現れた。
ソレは、ただの小さく暗い〝闇〟だった。
ソレは、大きくなるでも小さくなるでもなく。
ソレは、ふたりのそばをただ揺蕩った。
「なにかしら……コレ?」
とアルマが訊ねた瞬間、スペスがアルマの名を叫んだ。
ソレは、一瞬で弾けるようにひろがって。
ソレは、遺跡ごとふたりを飲みこんだ。
ソレは、跳ね返るようにして勢いよく縮み。
そのまま、音もなく消えた。
ソレが消えた時、遺跡からは、芋が消えていた。
抱きあう、ふたりの若者と共に――
いたずらっ子のようにはしゃぐスペスに、アルマはぼんやりとうなずいた。
すぐに、スペスが石のあちこちをタタタッとリズムよく叩き始める。
しばらくは何もおこらず、石をたたく音だけが響いていたが――
「あっ!」とアルマが声をあげたとき、遺跡の外側の石が鈍く光りはじめていた。
光は並んだ石を伝うように、外から中心へと向かっていき、だんだんと光量を上げながら、中央の丸い舞台に届く。
「きれい……」
気づけば遺跡全体が、淡い光で満たされていた。
ずっと石をたたいていたスペスが、ダンッと、より強く打った。同時に遺跡全体が内に向かって明滅をはじめ、そのたびに光が中央へ集まってゆく。
波のような光の動きは速度をあげながら強くなっていき、やがて外側の石がほとんど光らなくなった。
かわりに、中央はまぶしいほどの明るさになっている。
スペスとアルマが息をのんでなりゆきを見守るなか、光はわずかに弱まったあと、とつぜん真上に伸び、まっすぐ雲をつらぬいた。音のない雷が空へ走ったかのようだった。
光の柱はそのまま幾度かまたたいてから、急速に弱まってゆき、唐突に、何事もなかったかのように消える。
「どうだっ!」
とスペスが大声で立ちあがった。つられてアルマも立つ。
遺跡はもう、ただの石の群れに戻っていた。
ふたりが中央の石に目を凝らすと――
「……あるわね」
「あるね……」
芋は、置かれたときのまま遺跡の真ん中に転がっていた。
「あっれぇ……? おっかしいなー、なんでだ?」
スペスが腕組みをして首をかしげる。
「……失敗?」
「う~ん、そうなんだけどー、えーっ? いまのはどう見ても、成功しそうだったよね?」
「成功しそうだったかはわからないけど、何かが起こりそうには見えたわね」
「うーん、おっかしいなー?」
スペスはぶつぶつ言いながら考えこむ。
アルマもしばらくはさっきの光景を思い返していたが、ふと空が暗くなりはじめている事に気づく。
「いっけない! だいぶ遅くなっちゃったわ。お父さんたちが心配するから、スペスも今日はお終いにしましょ。考えるのはあとにして、帰る仕度をして!」
急いで焚き火をくずしたアルマは、まわりを確認しながら、広げていた荷物をカゴへつめ始める。
「あーっ、くやしいなぁ!」
とスペスもしぶしぶ荷物をまとめはじめた。
「わたし、お芋とってくるね。食べ物を粗末にするといけないから」
先に帰り仕度の終わったアルマが、カゴを背負う。
「あ……ボクもすぐ行くからさ。何かおかしな所があったら触らないで置いといて」
「は~い」
アルマは中央の舞台のような石まで行くと、上にあがって芋を眺めたが、とくに変わったようには見えなかった。
しゃがんで手にとってみると、ずっしりと重い。
「うん、いい芋ね――」
そうつぶやくと、カバンをかついだスペスがやってきて訊いた。
「どうだった? 芋のかたちをしたドロドロとしたモノとかになってない?」
「なにそれ怖いんだけど……。もしそんなことになってたら、明らかに失敗よね?」
アルマは石の上から芋を見せる。
「ほら、べつに焼き芋にも、ふかし芋にもなってないわよ」
「どれどれ見せて――」
と上にあがってきたスペスに、アルマは芋を渡そうとしたが、石の隙間につまづいて、
「きゃっ!」と、バランスをくずしかける。
「おっと!」
と咄嗟に手をのばしたスペスが、アルマを抱きとめた。
「あっ……!」と言って、アルマの手から芋が転げ落ちる。
「大丈夫?」とスペスが訊いた。
「だ、大丈夫、ありがと……」
そう答えたアルマの頭に、さっきスペスに言われた〝守る〟という言葉が浮かぶ。
――守られるって……こういう事なのかしら?
そんなことを思ったアルマは、抱きとめられたまま離れようとしなかった。
「今日は、二度も抱きしめられちゃった……ね」
半ば意識せずに、もう少しだけ体をあずける。
「そうだね」とスペスが答えた。
抱きしめられながらアルマは、触れていた手でスペスの身体をさわってみた。
「スペスって、細いのに意外と筋肉がついてるのね……」
そう、ぽつりと呟いてから――
「な、なにを言ってるのかしらわたし⁉」
と顔を赤くする。
「アルマは、柔らかいよね。女の子ってみんなこうなの?」
スペスがアルマを見た。
「や、やだ……恥ずかしいからやめて」
赤い顔でアルマはそう言ったが、それでも、離れようとはしなかった。
そんなアルマを、スペスがより強く抱き寄せる。
「……んっ」という声が、アルマからあがった。
ふたりは息づかいが聞こえるほどに密着し、相手の体温が互いの服を越えて伝わる。
心臓がドキドキと高まるのを感じながら、アルマはだんだんと頭がぼーっとなった。自分がいま、何をしているのか、よく分からなかった。
そっと上目づかいでスペスを見ると、スペスもアルマを見ていた。
その顔がすこしづつ、アルマに近づいていき――
そのとき、ソレは現れた。
ソレは、ただの小さく暗い〝闇〟だった。
ソレは、大きくなるでも小さくなるでもなく。
ソレは、ふたりのそばをただ揺蕩った。
「なにかしら……コレ?」
とアルマが訊ねた瞬間、スペスがアルマの名を叫んだ。
ソレは、一瞬で弾けるようにひろがって。
ソレは、遺跡ごとふたりを飲みこんだ。
ソレは、跳ね返るようにして勢いよく縮み。
そのまま、音もなく消えた。
ソレが消えた時、遺跡からは、芋が消えていた。
抱きあう、ふたりの若者と共に――