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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第23話 『これじゃあ読まれちゃう⁉』
 女が腕相撲のために準備したテーブルは、ふたりの座る椅子と同じような、ただの輪切りにした丸太だったが、
 それは両手がまわらないほどの大木で、大人が二人いても持ち上がりそうになかった。
「よしっ、用意はいいな?」女が言う。
「がんばって、アルマ!」スペスの声援が飛んだ。

「がんばってって、言われてもねぇ……」
 アルマは目の前の女を見る。

 そのたくましい腕は、スペスの脚ほども太い。こんなのに勝てと言われても……。
 すでに野宿は決定したようなものだったが、たとえ負けても食料をくれるというのだから、やらないわけにはいかない。

 それに――不本意ながら、ほんっとうに不本意ながら、『村いちばんの力持ち』と言われるほどに、村の男達にも負けなかった自負が、せめて一矢くらいは報いてやろうという小さなやる気にもなっていた。

 アルマはしずかにテーブルに肘をつける。
 女は、長い髪を一度ほどいてまとめ直すと肘を置き『やろうか』とアルマの手を握った。

 女性としてはかなり大きな手だったが、アルマがぐっと力を入れて握りかえすと、女は『痛てえっ!』と手を放した。

「おいおい……、始める前からそんなに力むことはないだろうが……」

 こちらを油断させる演技かとも思ったが、そんな小細工をしそうな相手には見えなかった。仕方なくアルマは、脱力して、かるく手を握る。
 女の手は、握るというより、触ると言った方がいいくらいに柔らかく、まったく力が入っていなかった。

「合図はどうします?」
 立つ位置を確認しながら、アルマが訊いた。

「そんなモノはいらん。お前が力を入れたら開始だ。任せるから好きなタイミングで始めろ」
 つまり、最初の主導権をくれるということだった。
 しかも相手はまったく力を入れてない。
 先手必勝――突くならここだ、とアルマは思った。

「あっ、そうだっ」
 思い出したようにアルマは顔をあげる。
「ん……?」
 と女がこちらを見た瞬間――

「やあっ!」
 とアルマは力を込め、一気に腕を倒す。

 自分でもズルいとは思ったが、〝いつでも〟と言った以上はルール違反じゃない。そう心のなかで言い訳をした。不意打ちで隙をつけば、そのまま押し切れる。
 そう思っていた。

 アルマは腕を倒したはずだった。
 相手は力を抜いていて、不意も打った。なのに――
 アルマが力を入れた瞬間から、女の腕は固まったように動かなくなった。
 まるで岩壁を押しているかのようにビクともしなかった。
「ふむ……」と女がうなずいた。

「最初に〝機〟を外したまでは良かったが、不意を打つなら予備動作を入れたらダメだぜ。無意識だろうが、腕を倒すよりも先に体を動かしている。それでは読まれてしまうな」
 女は涼しい顔でそう講釈してくるが、アルマは腕がプルプル震えるくらいに全力だった。

「ほら、どうした安産型。そんなものか?」
 動かなかった女の腕が、ゆっくりとアルマのほうへ倒れはじめた。顔を赤くしたアルマは、目をつぶり、歯を食いしばって抵抗するが、それでもずるずると押し込まれる。

 もうあとわずかで付いてしまう所まで追い込まれたとき、アルマが叫んだ。
「うやわああぁぁぁぁあっ!」
 ほんのわずかのあいだ腕の動きが止まる。女が「うむ」と満足そうに声を出した。

 しかし――それまでだった。
 再び動き出した腕は無情にもテーブルに押し付けられ、ここに決着はついた。


「もう……むり〜」
 テーブルの上に突っ伏したアルマは、荒く息をついていた。今日あれだけのことがあったその最後に全力を振り絞り、いまは弱々しく悲鳴をあげている。

「おつかれさま、アルマ」とスペスが軽く肩をたたく。
「ごめんね~、やっぱりダメだった~」アルマは小さな声で謝った。

「いや、たぶんそうでもないよ」
「え~、どういうこと~? あ~、たべものはもらえるもんね~」
「えーと、そういう事じゃなくて――」

 スペスがなにか言おうとすると、奥から袋をもってきた女が声をかける。
「おいアルマ、そんなところで寝るな。寝るなら、床の毛皮にしておけよ。そいつはな、自慢じゃないが、かなりの寝心地なんだぞ」

「へっ……?」と驚いてアルマはテーブルから顔をあげた。
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