残酷な描写あり
R-15
第25話 『こういうのは困ります⁉』
「夢じゃなかった……」
翌朝、目を開けたアルマの視界には、見なれぬ小屋の天井があった。
壁にあけられた素通しの窓からは、朝の澄んだひかりと、冷気が入ってきている。
なんとなく肌寒さを覚えたアルマは、身体を覆っていた掛布を首まであげて包まった。昨日はカリンガをいっぱい食べて、いっぱい泣いて、そのあとで猛烈にねむくなり、耐えきれずに床の毛皮で寝てしまった。
寝っ転がったまま隣をみると、スペスが気持ちよさそうに寝息をたてている。よくみると、家から持ってきたあの枕をつかっていた。あれを本当に使うことになるなんて、あのときは思いもよらなかった……。
――あの人は……、いないみたい。昨日はなにも聞けなかったけど、村に帰るために今日はいろいろ聞かなくちゃ。ほかには、なにをしたら……。
寝ぼけた頭でそんなことを考えていると、ぎぃというドアの音が聞こえて、ゆっくりと身体を起こす。
「おう、起きたか」
昨日の女は、手に空のカゴを持って入ってきた。
今日も、男のように胴しか布のない服を着ている。
昨日はいろいろありすぎて気が回らなかったが、年頃の女性があんなに手足を出すのはいかがなものか。
自分だったら恥ずかしくて、とても人前に出れる恰好じゃない。
どうしてこの人は、こんなにも堂々としているのか――
そこまで思ってから、アルマは先にしなければいけないことがあるのを思い出し、女のほうに向きなおった。
「おはようございます。昨日は泊めていただいて、ありがとうございました」
座ったままでは失礼かとも思ったが、とにかくお礼を言った。
「そんなの、いいって――」と、女は軽く手を振る。
隣のスペスがゴソゴソし始めたと思ったら、のろのろと体を起こした。
いつも眠そうにみえる目はまだ開いていない。そのまま掛布をどけて伸びをした。
よく見たら持ってきたパジャマまで着ている。なにか予感でもあったのだろうか、用意が周到すぎる……。
「おはようスペス。よく眠れた?」
「おはよ。んー、よく寝れたよ。すっきりした」
そう言って開いたスペスの目が、アルマの体に釘付けになる。
「あーお前たちの服、洗っておいたぞ。今日も天気がいいし、すぐに乾くだろ」
女はそう言ってカゴを置いた。
「ん? ……服?」
寝ぼけながらも、なにかが引っかかったアルマは、自分の体をみた。
――良かった……着ていた。あの人と同じ服を。
ひと安心してからふと思う。
――ん? あの人と……? 同じ服を……⁉︎
「キャーーーーーァァッ‼︎」
ものすごい叫び声をあげたアルマは、手近にあったスペスの枕を奪い、その顔に押し付ける。
「見るっ……なあぁぁぁーーーぁっ!」
ゴンッという音がして、枕ごと床に頭を叩きつけられたスペスが沈黙する。
「朝から仲がいいな、どうかしたのか?」
「どうかしたのか? じゃないですよっ!」
掛布で体を隠しながら、アルマは顔をまっ赤にして女につめよる。
そこで、さらに大変なことに気がついて、口をわなわなと震わせた。
「あ、ああ……あのっ、わ、わたし昨日カリンガ食べたあたりからぜんっぜん記憶がないんですけど――こ、こここ……この着替えって、いったい誰が?」
「もちろんアタシだが?」
「そ、それで、そのときにスペスは……?」
「寝ていたよ、お前と同じように。――それが?」
掛布を抱えたまま、アルマは力なく座り込んだ。
どうやら最悪の最悪ではなかったようだ。
――あ、よく見たら下着もつけてない。ぜんぶ洗っていただいて、ありがとうございます。
じゃない!
「あのっ!」
座り込んだまま、アルマは女を見る。
「年頃の男子もいるんだからっ、こういう服は困ります!」
「……ん? なんでだ?」
女は理解できないという顔をする。
「軽いし動きやすくていいんだぞ、コレ?」
「そういう事を気にしてるんじゃなくて! これだと、いろんなところが見えて恥ずかしいんですっ!」
「べつに見せたらいいじゃないか、減るもんでもあるまいし」
「減るんですっ!」
「なにが?」
「そ、それは――乙女の気持ちとかが」
「あっはっはっはっ!」
「わらい事じゃないんですってば!」
――もうヤダ、この人もしかして男なんじゃ⁉
そうアルマは思ったが、その胸はアルマよりもさらに大きく、ぐうの音も出ないほど女性だと主張していた。
「あー、わかった、わかった、悪かったよ――」
降参とばかりに、女が手をあげる。
「次からは気をつける。アタシは西国の生まれなんだが、あっちじゃ肌を出すのが普通だったからな。どうにもその感覚が抜けないんだ」
「わかってもらえたなら、いいんですけどっ!」
アルマは、まだいくらか不満そうに言う。
「それより――いいのか?」
「なにがです?」
「お前のいう年頃の男の子が、倒れてから、ずっと動いてないんだが?」
「……きゃあっ! スペス⁉」
枕をどけて助け起こすと、スペスは気を失っていた。
「どれ……」
女が来てスペスの頭を触る。
「うしろにコブができているが、まぁ大丈夫だろう。治すからそのまま押さえてろ」
そう言ってスペスの頭に当てた女の手が、淡く光り出す。
「これって、治癒魔法?」
「この国じゃそう言うな。アタシの国だと《気功》ってんだ」
スペスの後頭部にできたタンコブが徐々に小さくなっていく。
「あとは寝かせとけ。そのうち起きるだろ」そう言って、女は手をはなした。
「……それよりもアルマ。メシにするから手伝え」
「あっ、はい……」と立ちあがったアルマは、自分の身体を見て、もう一度しゃがみこむ。
「ごめんねっ!」
と謝りながら、スペスの着ていたパジャマをはぎ取った。
スペスはそのまま、幸せそうに寝ていた。
翌朝、目を開けたアルマの視界には、見なれぬ小屋の天井があった。
壁にあけられた素通しの窓からは、朝の澄んだひかりと、冷気が入ってきている。
なんとなく肌寒さを覚えたアルマは、身体を覆っていた掛布を首まであげて包まった。昨日はカリンガをいっぱい食べて、いっぱい泣いて、そのあとで猛烈にねむくなり、耐えきれずに床の毛皮で寝てしまった。
寝っ転がったまま隣をみると、スペスが気持ちよさそうに寝息をたてている。よくみると、家から持ってきたあの枕をつかっていた。あれを本当に使うことになるなんて、あのときは思いもよらなかった……。
――あの人は……、いないみたい。昨日はなにも聞けなかったけど、村に帰るために今日はいろいろ聞かなくちゃ。ほかには、なにをしたら……。
寝ぼけた頭でそんなことを考えていると、ぎぃというドアの音が聞こえて、ゆっくりと身体を起こす。
「おう、起きたか」
昨日の女は、手に空のカゴを持って入ってきた。
今日も、男のように胴しか布のない服を着ている。
昨日はいろいろありすぎて気が回らなかったが、年頃の女性があんなに手足を出すのはいかがなものか。
自分だったら恥ずかしくて、とても人前に出れる恰好じゃない。
どうしてこの人は、こんなにも堂々としているのか――
そこまで思ってから、アルマは先にしなければいけないことがあるのを思い出し、女のほうに向きなおった。
「おはようございます。昨日は泊めていただいて、ありがとうございました」
座ったままでは失礼かとも思ったが、とにかくお礼を言った。
「そんなの、いいって――」と、女は軽く手を振る。
隣のスペスがゴソゴソし始めたと思ったら、のろのろと体を起こした。
いつも眠そうにみえる目はまだ開いていない。そのまま掛布をどけて伸びをした。
よく見たら持ってきたパジャマまで着ている。なにか予感でもあったのだろうか、用意が周到すぎる……。
「おはようスペス。よく眠れた?」
「おはよ。んー、よく寝れたよ。すっきりした」
そう言って開いたスペスの目が、アルマの体に釘付けになる。
「あーお前たちの服、洗っておいたぞ。今日も天気がいいし、すぐに乾くだろ」
女はそう言ってカゴを置いた。
「ん? ……服?」
寝ぼけながらも、なにかが引っかかったアルマは、自分の体をみた。
――良かった……着ていた。あの人と同じ服を。
ひと安心してからふと思う。
――ん? あの人と……? 同じ服を……⁉︎
「キャーーーーーァァッ‼︎」
ものすごい叫び声をあげたアルマは、手近にあったスペスの枕を奪い、その顔に押し付ける。
「見るっ……なあぁぁぁーーーぁっ!」
ゴンッという音がして、枕ごと床に頭を叩きつけられたスペスが沈黙する。
「朝から仲がいいな、どうかしたのか?」
「どうかしたのか? じゃないですよっ!」
掛布で体を隠しながら、アルマは顔をまっ赤にして女につめよる。
そこで、さらに大変なことに気がついて、口をわなわなと震わせた。
「あ、ああ……あのっ、わ、わたし昨日カリンガ食べたあたりからぜんっぜん記憶がないんですけど――こ、こここ……この着替えって、いったい誰が?」
「もちろんアタシだが?」
「そ、それで、そのときにスペスは……?」
「寝ていたよ、お前と同じように。――それが?」
掛布を抱えたまま、アルマは力なく座り込んだ。
どうやら最悪の最悪ではなかったようだ。
――あ、よく見たら下着もつけてない。ぜんぶ洗っていただいて、ありがとうございます。
じゃない!
「あのっ!」
座り込んだまま、アルマは女を見る。
「年頃の男子もいるんだからっ、こういう服は困ります!」
「……ん? なんでだ?」
女は理解できないという顔をする。
「軽いし動きやすくていいんだぞ、コレ?」
「そういう事を気にしてるんじゃなくて! これだと、いろんなところが見えて恥ずかしいんですっ!」
「べつに見せたらいいじゃないか、減るもんでもあるまいし」
「減るんですっ!」
「なにが?」
「そ、それは――乙女の気持ちとかが」
「あっはっはっはっ!」
「わらい事じゃないんですってば!」
――もうヤダ、この人もしかして男なんじゃ⁉
そうアルマは思ったが、その胸はアルマよりもさらに大きく、ぐうの音も出ないほど女性だと主張していた。
「あー、わかった、わかった、悪かったよ――」
降参とばかりに、女が手をあげる。
「次からは気をつける。アタシは西国の生まれなんだが、あっちじゃ肌を出すのが普通だったからな。どうにもその感覚が抜けないんだ」
「わかってもらえたなら、いいんですけどっ!」
アルマは、まだいくらか不満そうに言う。
「それより――いいのか?」
「なにがです?」
「お前のいう年頃の男の子が、倒れてから、ずっと動いてないんだが?」
「……きゃあっ! スペス⁉」
枕をどけて助け起こすと、スペスは気を失っていた。
「どれ……」
女が来てスペスの頭を触る。
「うしろにコブができているが、まぁ大丈夫だろう。治すからそのまま押さえてろ」
そう言ってスペスの頭に当てた女の手が、淡く光り出す。
「これって、治癒魔法?」
「この国じゃそう言うな。アタシの国だと《気功》ってんだ」
スペスの後頭部にできたタンコブが徐々に小さくなっていく。
「あとは寝かせとけ。そのうち起きるだろ」そう言って、女は手をはなした。
「……それよりもアルマ。メシにするから手伝え」
「あっ、はい……」と立ちあがったアルマは、自分の身体を見て、もう一度しゃがみこむ。
「ごめんねっ!」
と謝りながら、スペスの着ていたパジャマをはぎ取った。
スペスはそのまま、幸せそうに寝ていた。