残酷な描写あり
R-15
第26話 『三百年前なんて、ウソでしょう⁉』
朝食ができる頃になって、スペスがやっと起きてきた。
「いや~あんな時間まで寝ちゃうなんて、やっぱり疲れてたのかな――ごめんね、ご飯の用意も手伝わなくて」
「い、いいのよ。いいのいいの。気にしないで。ほほほ」とアルマは笑う。
「でも、なんだかいい夢みた気がするよ」
「夢よね?」
ぐいっと接近したアルマが、真剣な声できく。
「う、うん……夢だけど?」
「そう。夢ならいいのよ、夢なら、ほほほ」
「アルマ、なんかさっきから変だよ?」スペスが妙な顔をした。
「そういえば、なんでボクのパジャマを着てるのさ?」
アルマが着るスペスのパジャマは丈が長く、ワンピースのようになっていた。
「や、やだわ、スペスったら!」アルマは笑顔をつくる。「これは夜中に寒いって言ったら、スペスが貸してくれたんじゃない。寝ぼけてて忘れちゃったのかしら?」
「ふーん、そうだっけ……?」
スペスは、シャツも着ていない自分の身体を見た。
「そ……そうそうそう」とアルマはおおげさにうなずいた。
「そ、それよりも、お皿とフォークもらってきてちょうだい。早くご飯にしましょうよ!」
「あ、そうだよね。わかった、持ってくるよ!」
スペスはごまかされた。
テーブルにローストした肉、果物、パン、麦の粥が並べられ、全員が食卓につく。
「よしっ、食べるかっ」
「いただきますっ!」
「いただきます」
女の一声で食事が始まる。
スペスが肉にかぶりつき、アルマは粥にパンをひたした。
そんなふたりを面白そうに見ていた女が、食べる手を止める。
「いろいろ知りたいこともあるだろう。食事の間になんでも聞いてくれ」
「はいっ!」
すぐにアルマが手を挙げた。
「あなたの名前を教えてもらえますか?」
「メイランだ、リュー・メイラン」女が答える。
「メイランさん。……ん? メイラン? リュー・メイラン?」
アルマは少し考え込んでからぱっと顔を上げた。
「ああ、〝熊殺し〟のメイランと同じ名前なんですね!」
「聞いたことあるな――誰だっけ、それ?」スペスが訊いた。
「ほら、前に言ったでしょ。勇者様の物語に出てくる仲間のひとりでね、素手で家くらいの大きさのクマを倒したっていう武闘家なのよ」
「素手で⁉」とスペスが声をあげた。「そりゃ、とんでもない人がいたんだねぇ……」
スペスが感心していると、女が言った。
「その〝勇者様〟ってのが、誰のことかは知らねぇが、〝熊殺し〟のメイランってのはアタシのことだな」
「はっ?」とアルマは訊きかえす。
「だから、〝熊殺し〟はアタシだって言ってんだよ。お前たちが朝までくるまって寝ていた毛皮が、その〝クマ〟だ」
メイランは親指でビッと床をさした。
スペスとアルマは、床を見てから顔を合わせる。
「「えええぇぇーーーーっ!!」」
同時に声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」アルマは言った。「三百年も前の話ですよ、今のは」
「三百年?」
とメイランは怪訝な顔をする。
「……なに言ってるんだ? アタシはまだ二十四だぞ。あー違うな〝熊殺し〟の名がついたのは二十二の時だから、せいぜいが二年前のことだ」
メイランはそう言って、肉に噛みつく。
「えっと……、どう思う?」
手にしたパンを皿に置き、アルマはスペスをうかがい見た。
「昨日の腕相撲と、この毛皮を見せられたら、信じるしかないんじゃない?」
肉を切り分けながらスペスが答える。
「それに、この人がボクらにそんな嘘をつく理由もないし」
「嘘と言うのならば――」食べていたメイランが目を向ける。
「お前たちは、よく似たべつの場所から来たんだったよな。
それに、『ここに来るまでだれにも会わなかった』とも言っていたな?
それならどうして、アタシのことを知っている?」
「えっ! そんなっ、わたし嘘なんかついてないですよっ、ホントです!」
持っていたパンを左右に振って、アルマは弁明する。
「別にでまかせを言ってるとは思ってねぇよ――ただ疑問なだけだ」
落ちついた様子でメイランは果物に手を伸ばす。
疑われてないと知って、アルマは緊張を解いた。
「えっと――すこし待ってもらえますか?」
席を立ち、自分の荷物から出した木の箱を、メイランに渡す。
「この〝勇者様の物語〟に、その事が書いてあるんです」
「本か……。ずいぶん珍しいものを持っているな」箱を開けてメイランは言った。
「えっ……、本なんて別に珍しくもないですよね?」
アルマが言うと、メイランは少しおかしな顔をしたが、渡された本に目をもどし、慎重にページをめくる。
「……どこに書いてある?」
「えーと、もう少し先……あ、ここです、ここ」
メイランが、アルマが指したページに目をむける。
「……これはなんて読む?」
「〝退治〟ですね」
「こっちは?」
「〝凶悪〟」
「ふむ……」
しばらくしてメイランは本を閉じた。
「確かに、ところどころ間違っているがアタシの事が書いてあるようだな。しかし、いちばん気になるのは――」
メイランはアルマに本を返す。
「この本の中で、アタシは〝男〟ってことになってないか⁉」
「ですよね! わたしも武闘家メイランって男だと思ってました!」
思わずぶっちゃけてしまったアルマは、とっさに口を押さえた。
「あーっ……えーと、違うんですよ」
「なにが?」
「それはうーんと、んー」
良い言い訳が浮かばなかった。
「ま、別にいいんだけどな――」
メイランは気にした風もなく、パンをかじる。
「いいんですか……」
悩んで損したとばかりに、肩を落とすアルマ。
「質問!」さっきから黙っていたスペスが手をあげた。
「ここの国の名前はなんていうの?」
「オーニック王国だ」
「えっ……⁉」とアルマが声を出す。
国名は、アルマの知っているものとまったく同じだった。
「それじゃあ――」とスペスは続ける。「ここから一番近い街は?」
「ダルデンの街だな」
これも、まったく同じだった。
「その街まで行くと、どのくらいかかるのかな?」
「道がないからなぁ……普通なら二日はかかる」
「もしも、ちゃんと歩ける道があったら?」
「半日もかからないだろうな――」
どうやら、地理も同じらしかった。
「どういう事なのっ⁉︎」アルマがスペスに問う。
「私たちは、よく似ている別の場所に来たんじゃなかったのっ⁉ ここは今までどおりの場所で、王国も街もあるけど、村が――村だけが無くなってるっていうの⁉」
「落ちついてよアルマ――まだ訊きたいことはあるんだ」
アルマを押さえて、スペスは再度メイランに訊いた。
「じゃあ、〝いま〟って、いつなのかな?」
「いつ?」
「えーとほら、なんだっけ、自分がどのくらい生きてるか知りたい時に使うやつ」
「年のことか?」
「そうそう、それ!」
「王国暦だとたしか一二〇年だ。こないだ街に行ったときに建国一二〇年祭をやるとか言ってたからな」
「ふーん、それでアルマの知ってるのだと――〝いま〟は何年なの?」
「四二五年――」絞り出すようにアルマは言った。
「そんな、そんなことって……ありえない」
示された可能性をアルマは受け入れられなかった。
馬鹿げた嘘だと言ってほしかった。
それでもスペスは、すがるような目をしたアルマに黙ってうなずいた。
「ねぇ……ボクらはもしかして……」
「――三百年前のリメイラ村にいるんじゃないかな?」
「そんなわけない! そんなわけがないわ!」
アルマは思わず強い口調で反論する。
「……だって、どんな魔法でも、時間を戻したり進めたりはできないのよ!」
この突飛すぎる話をアルマは飲みこめなかった。
「でもさ、そう考えると、色々と辻褄が合うんだよね」
なにか確信があるのか、スペスは平然としている。
「アルマ。〝勇者の物語〟に、昨日の緑の小人みたいなのは出てきたりしない?」
アルマはハッとした。心当たりがあった。無くてよかったのに、思い浮かんでしまった。
「ゴブリン……」
とその名をつぶやく。
「メイランさん?」
確認するように、スペスがメイランを振りかえった。
「ああ……お前たちが昨日会ったのは、おそらくゴブリンだろうな――」
メイランも食べる手を止め、ふたりの話を聞いていた。
「そんな……そんなの嘘よ!」
「それならさ、外に出てみようよ」
スペスが、唐突な提案をする。
「……どういう事?」
「あとで確認しようと思ってたんだけど……ボク、そこの梁のかたちに見覚えがあるんだよね」
そんな事を言って、スペスはアルマの手を取った。
「いいから、いいから! 外に出れてみれば、きっとハッキリするよ。きのうは暗かったけど、朝ならね!」
「わ、わかったわよ……」
アルマはしぶしぶ立ち上がった。
「いや~あんな時間まで寝ちゃうなんて、やっぱり疲れてたのかな――ごめんね、ご飯の用意も手伝わなくて」
「い、いいのよ。いいのいいの。気にしないで。ほほほ」とアルマは笑う。
「でも、なんだかいい夢みた気がするよ」
「夢よね?」
ぐいっと接近したアルマが、真剣な声できく。
「う、うん……夢だけど?」
「そう。夢ならいいのよ、夢なら、ほほほ」
「アルマ、なんかさっきから変だよ?」スペスが妙な顔をした。
「そういえば、なんでボクのパジャマを着てるのさ?」
アルマが着るスペスのパジャマは丈が長く、ワンピースのようになっていた。
「や、やだわ、スペスったら!」アルマは笑顔をつくる。「これは夜中に寒いって言ったら、スペスが貸してくれたんじゃない。寝ぼけてて忘れちゃったのかしら?」
「ふーん、そうだっけ……?」
スペスは、シャツも着ていない自分の身体を見た。
「そ……そうそうそう」とアルマはおおげさにうなずいた。
「そ、それよりも、お皿とフォークもらってきてちょうだい。早くご飯にしましょうよ!」
「あ、そうだよね。わかった、持ってくるよ!」
スペスはごまかされた。
テーブルにローストした肉、果物、パン、麦の粥が並べられ、全員が食卓につく。
「よしっ、食べるかっ」
「いただきますっ!」
「いただきます」
女の一声で食事が始まる。
スペスが肉にかぶりつき、アルマは粥にパンをひたした。
そんなふたりを面白そうに見ていた女が、食べる手を止める。
「いろいろ知りたいこともあるだろう。食事の間になんでも聞いてくれ」
「はいっ!」
すぐにアルマが手を挙げた。
「あなたの名前を教えてもらえますか?」
「メイランだ、リュー・メイラン」女が答える。
「メイランさん。……ん? メイラン? リュー・メイラン?」
アルマは少し考え込んでからぱっと顔を上げた。
「ああ、〝熊殺し〟のメイランと同じ名前なんですね!」
「聞いたことあるな――誰だっけ、それ?」スペスが訊いた。
「ほら、前に言ったでしょ。勇者様の物語に出てくる仲間のひとりでね、素手で家くらいの大きさのクマを倒したっていう武闘家なのよ」
「素手で⁉」とスペスが声をあげた。「そりゃ、とんでもない人がいたんだねぇ……」
スペスが感心していると、女が言った。
「その〝勇者様〟ってのが、誰のことかは知らねぇが、〝熊殺し〟のメイランってのはアタシのことだな」
「はっ?」とアルマは訊きかえす。
「だから、〝熊殺し〟はアタシだって言ってんだよ。お前たちが朝までくるまって寝ていた毛皮が、その〝クマ〟だ」
メイランは親指でビッと床をさした。
スペスとアルマは、床を見てから顔を合わせる。
「「えええぇぇーーーーっ!!」」
同時に声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」アルマは言った。「三百年も前の話ですよ、今のは」
「三百年?」
とメイランは怪訝な顔をする。
「……なに言ってるんだ? アタシはまだ二十四だぞ。あー違うな〝熊殺し〟の名がついたのは二十二の時だから、せいぜいが二年前のことだ」
メイランはそう言って、肉に噛みつく。
「えっと……、どう思う?」
手にしたパンを皿に置き、アルマはスペスをうかがい見た。
「昨日の腕相撲と、この毛皮を見せられたら、信じるしかないんじゃない?」
肉を切り分けながらスペスが答える。
「それに、この人がボクらにそんな嘘をつく理由もないし」
「嘘と言うのならば――」食べていたメイランが目を向ける。
「お前たちは、よく似たべつの場所から来たんだったよな。
それに、『ここに来るまでだれにも会わなかった』とも言っていたな?
それならどうして、アタシのことを知っている?」
「えっ! そんなっ、わたし嘘なんかついてないですよっ、ホントです!」
持っていたパンを左右に振って、アルマは弁明する。
「別にでまかせを言ってるとは思ってねぇよ――ただ疑問なだけだ」
落ちついた様子でメイランは果物に手を伸ばす。
疑われてないと知って、アルマは緊張を解いた。
「えっと――すこし待ってもらえますか?」
席を立ち、自分の荷物から出した木の箱を、メイランに渡す。
「この〝勇者様の物語〟に、その事が書いてあるんです」
「本か……。ずいぶん珍しいものを持っているな」箱を開けてメイランは言った。
「えっ……、本なんて別に珍しくもないですよね?」
アルマが言うと、メイランは少しおかしな顔をしたが、渡された本に目をもどし、慎重にページをめくる。
「……どこに書いてある?」
「えーと、もう少し先……あ、ここです、ここ」
メイランが、アルマが指したページに目をむける。
「……これはなんて読む?」
「〝退治〟ですね」
「こっちは?」
「〝凶悪〟」
「ふむ……」
しばらくしてメイランは本を閉じた。
「確かに、ところどころ間違っているがアタシの事が書いてあるようだな。しかし、いちばん気になるのは――」
メイランはアルマに本を返す。
「この本の中で、アタシは〝男〟ってことになってないか⁉」
「ですよね! わたしも武闘家メイランって男だと思ってました!」
思わずぶっちゃけてしまったアルマは、とっさに口を押さえた。
「あーっ……えーと、違うんですよ」
「なにが?」
「それはうーんと、んー」
良い言い訳が浮かばなかった。
「ま、別にいいんだけどな――」
メイランは気にした風もなく、パンをかじる。
「いいんですか……」
悩んで損したとばかりに、肩を落とすアルマ。
「質問!」さっきから黙っていたスペスが手をあげた。
「ここの国の名前はなんていうの?」
「オーニック王国だ」
「えっ……⁉」とアルマが声を出す。
国名は、アルマの知っているものとまったく同じだった。
「それじゃあ――」とスペスは続ける。「ここから一番近い街は?」
「ダルデンの街だな」
これも、まったく同じだった。
「その街まで行くと、どのくらいかかるのかな?」
「道がないからなぁ……普通なら二日はかかる」
「もしも、ちゃんと歩ける道があったら?」
「半日もかからないだろうな――」
どうやら、地理も同じらしかった。
「どういう事なのっ⁉︎」アルマがスペスに問う。
「私たちは、よく似ている別の場所に来たんじゃなかったのっ⁉ ここは今までどおりの場所で、王国も街もあるけど、村が――村だけが無くなってるっていうの⁉」
「落ちついてよアルマ――まだ訊きたいことはあるんだ」
アルマを押さえて、スペスは再度メイランに訊いた。
「じゃあ、〝いま〟って、いつなのかな?」
「いつ?」
「えーとほら、なんだっけ、自分がどのくらい生きてるか知りたい時に使うやつ」
「年のことか?」
「そうそう、それ!」
「王国暦だとたしか一二〇年だ。こないだ街に行ったときに建国一二〇年祭をやるとか言ってたからな」
「ふーん、それでアルマの知ってるのだと――〝いま〟は何年なの?」
「四二五年――」絞り出すようにアルマは言った。
「そんな、そんなことって……ありえない」
示された可能性をアルマは受け入れられなかった。
馬鹿げた嘘だと言ってほしかった。
それでもスペスは、すがるような目をしたアルマに黙ってうなずいた。
「ねぇ……ボクらはもしかして……」
「――三百年前のリメイラ村にいるんじゃないかな?」
「そんなわけない! そんなわけがないわ!」
アルマは思わず強い口調で反論する。
「……だって、どんな魔法でも、時間を戻したり進めたりはできないのよ!」
この突飛すぎる話をアルマは飲みこめなかった。
「でもさ、そう考えると、色々と辻褄が合うんだよね」
なにか確信があるのか、スペスは平然としている。
「アルマ。〝勇者の物語〟に、昨日の緑の小人みたいなのは出てきたりしない?」
アルマはハッとした。心当たりがあった。無くてよかったのに、思い浮かんでしまった。
「ゴブリン……」
とその名をつぶやく。
「メイランさん?」
確認するように、スペスがメイランを振りかえった。
「ああ……お前たちが昨日会ったのは、おそらくゴブリンだろうな――」
メイランも食べる手を止め、ふたりの話を聞いていた。
「そんな……そんなの嘘よ!」
「それならさ、外に出てみようよ」
スペスが、唐突な提案をする。
「……どういう事?」
「あとで確認しようと思ってたんだけど……ボク、そこの梁のかたちに見覚えがあるんだよね」
そんな事を言って、スペスはアルマの手を取った。
「いいから、いいから! 外に出れてみれば、きっとハッキリするよ。きのうは暗かったけど、朝ならね!」
「わ、わかったわよ……」
アルマはしぶしぶ立ち上がった。