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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第29話 『特訓開始⁉』
「ううぅ……ひっく」
 森の中にあるメイランの〝練習場〟に無理やり連行されたアルマは、始まる前からすでに泣いていた。

「なんだ、なんだ。やる前から泣いてたんじゃどうしようもないぜ……」
 泣くアルマを見て、メイランは腰に手を当てる。

「だって……だって……、最後の楽しみにとっておいた果物――まだ食べてなかったのに」
「そっちかよ――」とメイランが肩をすくめる。

「諦めろ! やりたいと思った時がやる時だぞ。〝芋は熱いうちに喰え〟って言うだろう」
「うぅ……、そんなの聞いたことないし、食べたいのは果物ですぅ……」

「細かいことは気にすんな……だいたい、お前が教えろって言ったんだろ?」
「はぃそうでした、やります……」
 うつろな表情でアルマは立ちあがる。

「それじゃあ、この練習着に着替えな」
 メイランに渡された服をみて、アルマは訊いた。

「あのー、着替えはどこで?」
「ここでだが?」

「は――? ここで⁉ この森の中で⁉︎ この青空の下で⁉︎」

「ほかに誰もいないだろ! ゴチャゴチャ言うんなら、アタシが着替えさせてやろうか」
「いえっ、いいです! じぶんで着替えます!」
 アルマは慌てて手を振った。
「けど……スペスとか、覗いてないですよね?」

「あいつには、出るまえに仕事を与えただろう。もし来たら死刑だ」
「わかりました……」

 アルマは仕方なくうなずき、近くにあった茂みの中でもそもそと着替えをする。着替え始めてから思い出したが、乾いてなかったから下着を穿いていない。アルマはつい辺りをキョロキョロと見てしまった。

「あのー」アルマはむき出しの肩を押さえながら戻る。「これ、手を上げるとわきが見えて恥ずかしいんですけどー」

 〝練習着〟は、下は足首で絞ってあるズボンだったが、上はからだにピッタリしているうえ、袖が、肩からバッサリと無かった。
 動きやすそうなのはいいが、アルマにとってはかなり恥ずかしい格好だった。

「あのぉ……他のやつ、ないんですか?」
 訊いてはみたが、返ってきたのは、『慣れろ』の一言だった。

「じゃあ、始めるぞ」
 メイランはすぐに開始を告げる。

「本当は一年ぐらいかけてじっくり鍛えてやりたいところだが、お前も早く帰りたいだろう」
 アルマはぶんぶんと首を激しく上下させてうなずいた。

「というわけで、二日で要点だけ押さえる。説明は一度しか言わないから、しっかり聞いて、ついてこい」
 アルマの特訓が始まった。

* * * * * * *

 一方――
 朝食の片付けを要領よく終えたスペスは、あいた時間で休憩しサボっていた。
 床の熊の毛皮に寝転がって、持ってきた『よい子のまほうにゅうもん』を読む。

〝まほうは からだの中の まなを つかって かけます。
 まなとは いきるちから せいめいりょく のことです。
 もし まなが なくなると ひとはしんでしまいます。〟

――そういえば、良い魔法使いは身体を鍛えるものだってアルマが言ってたな。
 スペスはページをめくる。

〝しかし からだの中の まなは すくないので これだけで まほうをかけるのは たいへんです。 そこで まわりにある えれめんと をりようします。 あちこちにある えれめんとのちからは ひとの まなより おおいのです〟

――まわりにある〝魔素エレメント〟を利用することで、楽に効果が出せるふむふむ。
 うなずきながら、さらに読みすすめる。

〝えれめんとは あらゆるばしょに あります。
 いきものは えれめんとを たべもの みず くうきから からだにとりいれて 生きています。
 また しょくぶつは たいようの ひかりを えれめんとに かえています。〟

――なるほど、魔素エレメントは生きるためにも大切……。
  おっと、そろそろ薪割りを始めるか。アルマは頑張ってるかなぁ……。
 
休憩サボりを終わりにしたスペスは、ひとつ伸びをして外に出た。

* * * * * * *

 ほらよっ、と渡された木剣を、アルマは握る。
「どうだ、重くないか?」メイランが訊いた。

 ためしに木剣を上げ下げしてみたアルマは、
「そうですね、そんなには重くないです」と答えた。

「その木剣はアガムル杉で作ってある。
 アガムル杉ってのは、しなやかで丈夫なんだが、反面、鉄より重い。
 その太さなら、大抵のヤツは満足に振ることができないはずだ」

「そうなんですね……」
 と言って、アルマは涼しい顔で木剣を振った。
「――まぁ、わたし力は強いので」
「ふむ……」

 それを見たメイランは、自分の木剣で肩をとんとんと叩く。
「――お前、なんで自分の力が強いのか、知ってるか?」

「えっ、なんで?」
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