▼詳細検索を開く
作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第33話 『おっふろだ、おっふろ⁉』
 夕方になって、なんとか薪割りを終わらせたスペスが、外のかまどで夕食の支度を始めていると、二人が帰ってきた。

「もう……だめ~」
 小屋に入ったアルマは、入口近くの毛皮へ、すべり込むように転がった。

「まぁ、よくやったほうだな……」とメイランが笑う。
「――メシの支度はアタシと小僧でやるから、少し休んでな」

「ふぁい……ありがとうござい……まぁすぅ」
 突っ伏したアルマはそれだけ言うと、そのまま、すぅすぅと寝息を立てはじめる。

 ふっと表情を崩したメイランが、そっとアルマに掛布をした。
 そのままアルマは、夢も見ないほどぐっすり眠ったが、食事ができるころになると、
「……いい匂い」と起きてきた。

「なんだか、すごくお腹がすいちゃって――」
 そう言ったアルマは、スペスがおどろくほどの量を食べていた。

「それだけ魔力マナを使ったってことで、当たり前だな」
 メイランはそう言って、バターをふかした芋にのせると、口へ放りこむ。
「――うん、これはいい芋だな。なかなかに美味い」

「それで、きょうの成果はどうだった?」
 スペスが、ソーセージを噛みながら訊いた。

「そりゃもう、バッチリよ!」
 アルマはパンを食べながら親指を立ててみせる。
「聞いて! わたしね、ちゃんと木剣が振れるようになったんだから!」

「へっ? 丸一日やって、それだけ?」
「あーっ、スペスってば、まるでわかってない!」
 頬を膨らませながら、アルマはもう一つパンをとる。
「あとであの剣を持たせてあげる。そしたらわたしの言ってることがわかるんだから!」

「いや、それはいいよ」とスペスは手を振った。
「アルマがそう言うのなら、ボクは信じるから」
「そう? それならいいけど……」と、アルマはまたパンをかじった。

「さてと……」
 もったいを付けるようにお茶をすすってから、メイランが言った。
「今日はメシが終わったら、風呂にいくぞ!」

「ええっ! お風呂っ!」
 アルマが目を輝かせると、スペスが訊いた。
「なに? お風呂って?」
「あー、スペスは知らないか……、村には無いものね」とアルマは言う。

「お風呂っていうのはねぇ、人が入れるくらいの大きな入れ物に、温かいお湯をたっぷりと入れて、その中に入って温まるものなの!」
 身振り手振りまでつけて、熱心にアルマは説明する。

「ふーん、お湯にねぇ……この芋みたいに茹であがんないの?」

「バカねぇ、そんなに熱くしないわよ……。
 ちょうどいい温度にしてあって、すっごく気持ちがいいのよ。
 街にいくとね、誰でも入れるおっきなお風呂があるの! わたしが街に行ったときには必ず寄るのよ。
 スペスも機会があったら一緒に行きましょ、しあわせになれること間違いなしなんだから!」
 そう言って、アルマは嬉しそうに両手を広げる。

「へー、そんなすごいものが本当に――あるの……? この山の中に?
 ハッとなったアルマが、メイランを見る。

「ああ、あるぜ――それも、とびきりの奴がな!」
 アルマの不安を、自信たっぷりに笑うメイランが吹き飛ばした。
「やったぁ!」と声をあげて、アルマはまた一つパンを取る。
「――そうとわかれば急いで食べなきゃね!」

「まだ食べるの⁉︎ ボクはもうお腹いっぱいだよ……。先に片付けしてるから、アルマはゆっくり食べててよ」
 スペスが立ち上がり、食器をまとめ始める。
「そう? スペスってば少食ねぇ……」

「代わりにボクは、あっちの固くなったパンをもらうからさ」
「あれ、カビが生えてたから食べない方がいいわよ」
「食べないよ、ちょっと使いたいんだ」
「使う? まあ、食べないなら別にいいけど……」
 そう言うとアルマは目を移し、楽しみにしていた果物をえらびだした。

* * * * * * *

「おっふろだ、おっふろだ、おっふろだねぇ♪」

 三人は、ご機嫌なアルマを先頭に、夜の森を歩いていた。
 下着のように短い服を着たメイランが灯りを持ち、スペスはシャツと下着だけ、寝てしまったアルマは練習着のままだったが、パジャマをはおり、髪はほどいてきた。

 暗い森をしばらく歩いて着いたのは、アルマの村でも水源にしていた小さな川だった。

「この川沿いに、上流へいけ」
 メイランが灯りのついた棒を振って指示する。
 アルマは言われた通りに川を曲がり、草の踏み分け跡をたどって川上へのぼって行った。

「アルマー」
 声をかけられてふり返ると、スペスが立ち止まり、空を見あげていた。
「あの青いヤツなんだけど、このまえ見た時と形がちがうんだ……。別のやつなのかな?」

 スペスの見あげる山の上には、半分よりすこし膨らんだ、青い月が昇りはじめていた。
「ああ、あれは同じものよ」とアルマも立ち止まる。

「青の小月こづきは、毎日かたちが変わるの。だんだんと丸くなったり、逆に細くなったり、ね。でも、それは光ってるところが変わってるだけで、毎日べつの月に入れ替わってるわけじゃないのよ」

「へぇ……ややこしいんだね。赤いのは、いつも変わらないのに?」
「そうね――」と、アルマはうなずく。「赤の大月おおつきはいつも変わらないのよね」
「赤いほうは……まだ出てきてないな」スペスは空を見まわして言った。

「赤の月はね」と、アルマも空を見あげる。
「いつも太陽と反対にあるのよ。だから、太陽が沈んですぐの頃は、まだ山の陰に隠れているの」
「そうなんだ」

「夜に時間を知るのに便利なのよ。赤い月が昇って沈んだら、もうすぐ朝ってことなの。青の月は毎日位置が変わるから、そういうのには向いてないわね」

「赤いほうが、便利なんだ」
「あら、青いほうも便利なのよ」
 アルマが異を唱える。
「どうして? 位置も、形も、毎日変わるんでしょ?」

「青の月はね、丸から細くなって、また元の丸に戻るまでに必ず三十日かかるのよ。
 だから、どのくらい日にちがたったのかを知るのに使えるの。
 青の満月が二回きたから六十日たった、そろそろ麦を収穫しよう、みたいにね。これは毎日変わるからこそなのよ」
「うーん、それは興味深い」

 うなずくスペスを、メイランが呆れたように見た。
「そんなことも知らないなんて、アタシより莫迦だな……もじゃもじゃは」
「あっ……ちがうんですよ!」
 アルマはあわてて、スペスに記憶がないことを説明した。

「そいつは難儀なことだな……。バカにしてわるかったよ、もじゃもじゃ」
 メイランがその高い頭をさげる。
「いいよ、気にしてないから」とスペスは言った。

「それよりも、もじゃもじゃじゃなくて、スペスって呼んで欲しいんだけど?」
「言いにくいから、もじゃもじゃでいいだろ?」

「どう考えても、もじゃもじゃの方が言いにくいでしょ?」
「そうか? 見解の相違だな」
 メイランが顔色を変えずにそう言うので、スペスは肩をすくめてまた歩きだした。


「ついたぞ、あれだ」
 メイランが照らした先に、大きな石で川の流れを分けた〝池〟があった。
 見れば、近くの木を曲げて、屋根まで作ってある。

「……あのぉ、メイランさん?」
 アルマが、不安をいっぱいにした顔で訊いた。
「まさか……、川の水に浸かって〝水風呂〟、とか言わないですよね?」

「よく、見てみろよ」池を指さして、メイランがニヤリと笑う。
「……湯気が出てるだろ。あそこが湯船だ」
Twitter