残酷な描写あり
R-15
第33話 『おっふろだ、おっふろ⁉』
夕方になって、なんとか薪割りを終わらせたスペスが、外のかまどで夕食の支度を始めていると、二人が帰ってきた。
「もう……だめ~」
小屋に入ったアルマは、入口近くの毛皮へ、すべり込むように転がった。
「まぁ、よくやったほうだな……」とメイランが笑う。
「――メシの支度はアタシと小僧でやるから、少し休んでな」
「ふぁい……ありがとうござい……まぁすぅ」
突っ伏したアルマはそれだけ言うと、そのまま、すぅすぅと寝息を立てはじめる。
ふっと表情を崩したメイランが、そっとアルマに掛布をした。
そのままアルマは、夢も見ないほどぐっすり眠ったが、食事ができるころになると、
「……いい匂い」と起きてきた。
「なんだか、すごくお腹がすいちゃって――」
そう言ったアルマは、スペスがおどろくほどの量を食べていた。
「それだけ魔力を使ったってことで、当たり前だな」
メイランはそう言って、バターをふかした芋にのせると、口へ放りこむ。
「――うん、これはいい芋だな。なかなかに美味い」
「それで、きょうの成果はどうだった?」
スペスが、ソーセージを噛みながら訊いた。
「そりゃもう、バッチリよ!」
アルマはパンを食べながら親指を立ててみせる。
「聞いて! わたしね、ちゃんと木剣が振れるようになったんだから!」
「へっ? 丸一日やって、それだけ?」
「あーっ、スペスってば、まるでわかってない!」
頬を膨らませながら、アルマはもう一つパンをとる。
「あとであの剣を持たせてあげる。そしたらわたしの言ってることがわかるんだから!」
「いや、それはいいよ」とスペスは手を振った。
「アルマがそう言うのなら、ボクは信じるから」
「そう? それならいいけど……」と、アルマはまたパンをかじった。
「さてと……」
もったいを付けるようにお茶をすすってから、メイランが言った。
「今日はメシが終わったら、風呂にいくぞ!」
「ええっ! お風呂っ!」
アルマが目を輝かせると、スペスが訊いた。
「なに? お風呂って?」
「あー、スペスは知らないか……、村には無いものね」とアルマは言う。
「お風呂っていうのはねぇ、人が入れるくらいの大きな入れ物に、温かいお湯をたっぷりと入れて、その中に入って温まるものなの!」
身振り手振りまでつけて、熱心にアルマは説明する。
「ふーん、お湯にねぇ……この芋みたいに茹であがんないの?」
「バカねぇ、そんなに熱くしないわよ……。
ちょうどいい温度にしてあって、すっごく気持ちがいいのよ。
街にいくとね、誰でも入れるおっきなお風呂があるの! わたしが街に行ったときには必ず寄るのよ。
スペスも機会があったら一緒に行きましょ、しあわせになれること間違いなしなんだから!」
そう言って、アルマは嬉しそうに両手を広げる。
「へー、そんなすごいものが本当に――あるの……? この山の中に?
ハッとなったアルマが、メイランを見る。
「ああ、あるぜ――それも、とびきりの奴がな!」
アルマの不安を、自信たっぷりに笑うメイランが吹き飛ばした。
「やったぁ!」と声をあげて、アルマはまた一つパンを取る。
「――そうとわかれば急いで食べなきゃね!」
「まだ食べるの⁉︎ ボクはもうお腹いっぱいだよ……。先に片付けしてるから、アルマはゆっくり食べててよ」
スペスが立ち上がり、食器をまとめ始める。
「そう? スペスってば少食ねぇ……」
「代わりにボクは、あっちの固くなったパンをもらうからさ」
「あれ、カビが生えてたから食べない方がいいわよ」
「食べないよ、ちょっと使いたいんだ」
「使う? まあ、食べないなら別にいいけど……」
そう言うとアルマは目を移し、楽しみにしていた果物をえらびだした。
* * * * * * *
「おっふろだ、おっふろだ、おっふろだねぇ♪」
三人は、ご機嫌なアルマを先頭に、夜の森を歩いていた。
下着のように短い服を着たメイランが灯りを持ち、スペスはシャツと下着だけ、寝てしまったアルマは練習着のままだったが、パジャマをはおり、髪は解いてきた。
暗い森をしばらく歩いて着いたのは、アルマの村でも水源にしていた小さな川だった。
「この川沿いに、上流へいけ」
メイランが灯りのついた棒を振って指示する。
アルマは言われた通りに川を曲がり、草の踏み分け跡をたどって川上へのぼって行った。
「アルマー」
声をかけられてふり返ると、スペスが立ち止まり、空を見あげていた。
「あの青いヤツなんだけど、このまえ見た時と形がちがうんだ……。別のやつなのかな?」
スペスの見あげる山の上には、半分よりすこし膨らんだ、青い月が昇りはじめていた。
「ああ、あれは同じものよ」とアルマも立ち止まる。
「青の小月は、毎日かたちが変わるの。だんだんと丸くなったり、逆に細くなったり、ね。でも、それは光ってるところが変わってるだけで、毎日べつの月に入れ替わってるわけじゃないのよ」
「へぇ……ややこしいんだね。赤いのは、いつも変わらないのに?」
「そうね――」と、アルマはうなずく。「赤の大月はいつも変わらないのよね」
「赤いほうは……まだ出てきてないな」スペスは空を見まわして言った。
「赤の月はね」と、アルマも空を見あげる。
「いつも太陽と反対にあるのよ。だから、太陽が沈んですぐの頃は、まだ山の陰に隠れているの」
「そうなんだ」
「夜に時間を知るのに便利なのよ。赤い月が昇って沈んだら、もうすぐ朝ってことなの。青の月は毎日位置が変わるから、そういうのには向いてないわね」
「赤いほうが、便利なんだ」
「あら、青いほうも便利なのよ」
アルマが異を唱える。
「どうして? 位置も、形も、毎日変わるんでしょ?」
「青の月はね、丸から細くなって、また元の丸に戻るまでに必ず三十日かかるのよ。
だから、どのくらい日にちがたったのかを知るのに使えるの。
青の満月が二回きたから六十日たった、そろそろ麦を収穫しよう、みたいにね。これは毎日変わるからこそなのよ」
「うーん、それは興味深い」
うなずくスペスを、メイランが呆れたように見た。
「そんなことも知らないなんて、アタシより莫迦だな……もじゃもじゃは」
「あっ……ちがうんですよ!」
アルマはあわてて、スペスに記憶がないことを説明した。
「そいつは難儀なことだな……。バカにしてわるかったよ、もじゃもじゃ」
メイランがその高い頭をさげる。
「いいよ、気にしてないから」とスペスは言った。
「それよりも、もじゃもじゃじゃなくて、スペスって呼んで欲しいんだけど?」
「言いにくいから、もじゃもじゃでいいだろ?」
「どう考えても、もじゃもじゃの方が言いにくいでしょ?」
「そうか? 見解の相違だな」
メイランが顔色を変えずにそう言うので、スペスは肩をすくめてまた歩きだした。
「ついたぞ、あれだ」
メイランが照らした先に、大きな石で川の流れを分けた〝池〟があった。
見れば、近くの木を曲げて、屋根まで作ってある。
「……あのぉ、メイランさん?」
アルマが、不安をいっぱいにした顔で訊いた。
「まさか……、川の水に浸かって〝水風呂〟、とか言わないですよね?」
「よく、見てみろよ」池を指さして、メイランがニヤリと笑う。
「……湯気が出てるだろ。あそこが湯船だ」
「もう……だめ~」
小屋に入ったアルマは、入口近くの毛皮へ、すべり込むように転がった。
「まぁ、よくやったほうだな……」とメイランが笑う。
「――メシの支度はアタシと小僧でやるから、少し休んでな」
「ふぁい……ありがとうござい……まぁすぅ」
突っ伏したアルマはそれだけ言うと、そのまま、すぅすぅと寝息を立てはじめる。
ふっと表情を崩したメイランが、そっとアルマに掛布をした。
そのままアルマは、夢も見ないほどぐっすり眠ったが、食事ができるころになると、
「……いい匂い」と起きてきた。
「なんだか、すごくお腹がすいちゃって――」
そう言ったアルマは、スペスがおどろくほどの量を食べていた。
「それだけ魔力を使ったってことで、当たり前だな」
メイランはそう言って、バターをふかした芋にのせると、口へ放りこむ。
「――うん、これはいい芋だな。なかなかに美味い」
「それで、きょうの成果はどうだった?」
スペスが、ソーセージを噛みながら訊いた。
「そりゃもう、バッチリよ!」
アルマはパンを食べながら親指を立ててみせる。
「聞いて! わたしね、ちゃんと木剣が振れるようになったんだから!」
「へっ? 丸一日やって、それだけ?」
「あーっ、スペスってば、まるでわかってない!」
頬を膨らませながら、アルマはもう一つパンをとる。
「あとであの剣を持たせてあげる。そしたらわたしの言ってることがわかるんだから!」
「いや、それはいいよ」とスペスは手を振った。
「アルマがそう言うのなら、ボクは信じるから」
「そう? それならいいけど……」と、アルマはまたパンをかじった。
「さてと……」
もったいを付けるようにお茶をすすってから、メイランが言った。
「今日はメシが終わったら、風呂にいくぞ!」
「ええっ! お風呂っ!」
アルマが目を輝かせると、スペスが訊いた。
「なに? お風呂って?」
「あー、スペスは知らないか……、村には無いものね」とアルマは言う。
「お風呂っていうのはねぇ、人が入れるくらいの大きな入れ物に、温かいお湯をたっぷりと入れて、その中に入って温まるものなの!」
身振り手振りまでつけて、熱心にアルマは説明する。
「ふーん、お湯にねぇ……この芋みたいに茹であがんないの?」
「バカねぇ、そんなに熱くしないわよ……。
ちょうどいい温度にしてあって、すっごく気持ちがいいのよ。
街にいくとね、誰でも入れるおっきなお風呂があるの! わたしが街に行ったときには必ず寄るのよ。
スペスも機会があったら一緒に行きましょ、しあわせになれること間違いなしなんだから!」
そう言って、アルマは嬉しそうに両手を広げる。
「へー、そんなすごいものが本当に――あるの……? この山の中に?
ハッとなったアルマが、メイランを見る。
「ああ、あるぜ――それも、とびきりの奴がな!」
アルマの不安を、自信たっぷりに笑うメイランが吹き飛ばした。
「やったぁ!」と声をあげて、アルマはまた一つパンを取る。
「――そうとわかれば急いで食べなきゃね!」
「まだ食べるの⁉︎ ボクはもうお腹いっぱいだよ……。先に片付けしてるから、アルマはゆっくり食べててよ」
スペスが立ち上がり、食器をまとめ始める。
「そう? スペスってば少食ねぇ……」
「代わりにボクは、あっちの固くなったパンをもらうからさ」
「あれ、カビが生えてたから食べない方がいいわよ」
「食べないよ、ちょっと使いたいんだ」
「使う? まあ、食べないなら別にいいけど……」
そう言うとアルマは目を移し、楽しみにしていた果物をえらびだした。
* * * * * * *
「おっふろだ、おっふろだ、おっふろだねぇ♪」
三人は、ご機嫌なアルマを先頭に、夜の森を歩いていた。
下着のように短い服を着たメイランが灯りを持ち、スペスはシャツと下着だけ、寝てしまったアルマは練習着のままだったが、パジャマをはおり、髪は解いてきた。
暗い森をしばらく歩いて着いたのは、アルマの村でも水源にしていた小さな川だった。
「この川沿いに、上流へいけ」
メイランが灯りのついた棒を振って指示する。
アルマは言われた通りに川を曲がり、草の踏み分け跡をたどって川上へのぼって行った。
「アルマー」
声をかけられてふり返ると、スペスが立ち止まり、空を見あげていた。
「あの青いヤツなんだけど、このまえ見た時と形がちがうんだ……。別のやつなのかな?」
スペスの見あげる山の上には、半分よりすこし膨らんだ、青い月が昇りはじめていた。
「ああ、あれは同じものよ」とアルマも立ち止まる。
「青の小月は、毎日かたちが変わるの。だんだんと丸くなったり、逆に細くなったり、ね。でも、それは光ってるところが変わってるだけで、毎日べつの月に入れ替わってるわけじゃないのよ」
「へぇ……ややこしいんだね。赤いのは、いつも変わらないのに?」
「そうね――」と、アルマはうなずく。「赤の大月はいつも変わらないのよね」
「赤いほうは……まだ出てきてないな」スペスは空を見まわして言った。
「赤の月はね」と、アルマも空を見あげる。
「いつも太陽と反対にあるのよ。だから、太陽が沈んですぐの頃は、まだ山の陰に隠れているの」
「そうなんだ」
「夜に時間を知るのに便利なのよ。赤い月が昇って沈んだら、もうすぐ朝ってことなの。青の月は毎日位置が変わるから、そういうのには向いてないわね」
「赤いほうが、便利なんだ」
「あら、青いほうも便利なのよ」
アルマが異を唱える。
「どうして? 位置も、形も、毎日変わるんでしょ?」
「青の月はね、丸から細くなって、また元の丸に戻るまでに必ず三十日かかるのよ。
だから、どのくらい日にちがたったのかを知るのに使えるの。
青の満月が二回きたから六十日たった、そろそろ麦を収穫しよう、みたいにね。これは毎日変わるからこそなのよ」
「うーん、それは興味深い」
うなずくスペスを、メイランが呆れたように見た。
「そんなことも知らないなんて、アタシより莫迦だな……もじゃもじゃは」
「あっ……ちがうんですよ!」
アルマはあわてて、スペスに記憶がないことを説明した。
「そいつは難儀なことだな……。バカにしてわるかったよ、もじゃもじゃ」
メイランがその高い頭をさげる。
「いいよ、気にしてないから」とスペスは言った。
「それよりも、もじゃもじゃじゃなくて、スペスって呼んで欲しいんだけど?」
「言いにくいから、もじゃもじゃでいいだろ?」
「どう考えても、もじゃもじゃの方が言いにくいでしょ?」
「そうか? 見解の相違だな」
メイランが顔色を変えずにそう言うので、スペスは肩をすくめてまた歩きだした。
「ついたぞ、あれだ」
メイランが照らした先に、大きな石で川の流れを分けた〝池〟があった。
見れば、近くの木を曲げて、屋根まで作ってある。
「……あのぉ、メイランさん?」
アルマが、不安をいっぱいにした顔で訊いた。
「まさか……、川の水に浸かって〝水風呂〟、とか言わないですよね?」
「よく、見てみろよ」池を指さして、メイランがニヤリと笑う。
「……湯気が出てるだろ。あそこが湯船だ」