残酷な描写あり
R-15
第34話 『お風呂は、いいもの⁉』
「よく、見てみろよ」池を指さして、メイランがニヤリと笑う。
「……湯気が出てるだろ。あそこが湯船だ」
「えっ、うそっ……?」
と走っていったアルマは、暗いなかで湯気をあげている水面に手を入れてみる。
「熱っ!」と、すぐに手を引いた。
「あっはっはっ、そのままじゃ少し熱いからな、川の水で調整するんだ」
川上にまわりこんだメイランは、池の石をすこしずらし、川の流れを引きいれる。
スペスとアルマは、そろって川に手をいれてみたが、その水は冷たい。
「このお湯って、どこから来てるの……?」
スペスが、当然の疑問を口にした。
「こいつはな、このあたりの川底から湧いているんだ」
「へぇ、そんな事があるんだ!」
スペスは屈んで手をつき、暗い湯の底をのぞきこむ。
「知らなかった……」とアルマも作られた池を眺める。
「たしかにこの川は冬でも凍らないけど、お湯が湧いてたなんて――」
「ここいらには、よく川霧があがっていたからな。あるんじゃないかと思って探したんだ」
ふたりの反応に気を良くして、メイランが嬉しそうに笑う。
「――さて、そろそろいい頃合いだろう」
温度を確認してメイランがうなずいた。
「じゃあ、入るか!」
言うなり、メイランは下着ごとシャツを脱ぐと、もってきたカゴに放りこんだ。
置かれた魔法の灯りに照らされて、鍛えあげられた上半身と、豊かな胸が露わになる。
「おおっ‼︎」
と声をあげて、見開いたスペスの目に、
「ダメーっ!」
と絶叫したアルマの手が叩きつけられた。
「――っ!」
声も出さないでその場にくずれたスペスは、顔を押さえて転げまわった。
「メイランさんっ!」
アルマはあわてて手ぬぐいを差し出す。
「……なにをいきなり脱いでるんですか! さ、先に入浴衣を着てください」
「入浴衣? そんなものないぞ?」
裸身をさらしたまま、メイランは言った。
「う、うそっ!」
すぐにアルマはメイランが持っていたカゴをしらべたが、手ぬぐい以外には、いま脱いだ服しか入っていなかった
「だいたいなぁ……、なにかを着て風呂に入ろうなんてのは無粋なんだよ。布があったら、お湯を楽しめないだろうが」
呆れたように、メイランは言う。
「で、でも、男女が裸でお風呂に入るなんて、良くないですよ!」
「アタシの国じゃ、あたりまえのことだが?」
「ここはメイランさんの国じゃないんですよ!」
「それを言ったら、ここはお前の村でもないぜ」とメイランは冷静に返す。
「街にあるものならともかく――コレはアタシが作ったアタシの風呂だ。そんなにイヤなら無理に入らなくてもいいんだぜ?」
「うっ……それはその通りです、けど――」
アルマは唇をかみ、チラリと風呂を見た。
透明なお湯からは、つぎつぎと湯気が上がっていて、とても気持ちよさそうだった。昨日、今日と汗をかいていて、自分の臭いが気にもなっていた。
ここで入らないという選択は、アルマにはなかった。
「そうだ! スペスは後で入りなさいよ。わたしたちが入ってから来ればいいじゃない」
「えー!」まだ目を押さえたままで、スペスが不満の声をあげる。
「そんなのやだよ。ひとりでいて、あの緑のゴブリンとかに襲われたらどうするのさ……」
「じゃ、じゃあ、そのあいだ、わたしとメイランさんが待っていてあげるから! ねっ!」
「湯冷めしちまうだろ!」今度はメイランから不満があがる。
「……いいじゃねぇか、こんだけ広いんだから一緒に入れば」
その言葉にアルマは頭をかかえた。
入りたい――でも、裸は抵抗がある……。
苦悩するアルマに、メイランが『じゃあ、こうしようぜ』と灯りの棒をとった。
フッと灯りが消され、周りから一気に夜が流れこむ。
あっという間にすべてが見えなくなった。
やがて、目が月のあかりに慣れたころ――
「お先に!」と、メイランが湯に飛び込んだ。
「いやー、ちょうど良い加減だぜ。お前らもはやく来いよ」
水面に浮かびながら、そう手招きをする。
アルマは、メイランの身体が、暗さでほとんど見えないことを確認してから、言った。
「お願い、スペスっ! 入ってる時は絶対に……絶っっ対に、こっちを見ないでね」
「えー、どうせなら見たいなぁ――」
「ぶっとばすよ?」
「わかった、見ない」
スペスが両手をあげて、くるりとむこうを向いた。
アルマは暗闇のなか、わざわざスペスの反対側まで池を回りこむ。
向こうにいるスペスは影のようにしか見えなかったが、それでもアルマは、手ぬぐいで身体を隠しながら服を脱ぎ、近くの木にかけた。
そのままスペスのほうを注視しながら、そっと湯に足を入れると、温度は丁度よく、川底の砂が足に柔らかく当たった。
適当な深さまで歩いてゆき、そこでしずかに座ると温かな湯が全身をつつんで、思わず『はふぅ……』と息がもれた。
「――どうだ、いいだろ?」
離れたところから、メイランが言った。
「最っ高です~」と、アルマは手足を伸ばす。
入ってしまえば水面の反射もあって、身体はほぼ見えなかった。
恥ずかしさが収まったアルマは、川の音を聞いてくつろぐ余裕まで出てくる。
「スペスー! どうかしら、お風呂はー?」
向こうをむいているスペスに、機嫌よく声をかけた。
「うん。なんだか、お湯に入るのって変な感じだよ。でも悪くはないね」
「そうでしょう、そうでしょう」
とアルマは満足そうに夜空を見あげる。
夜空にきらめく星々は、アルマの知っているものと全く同じだった。
まだ木に隠れているが、きっともう赤い月も出ている頃だった。
「は~、しあわせ~」と上を向いたまま、アルマは目を閉じる。
「わたし……こんな場所にお風呂が作れるなんて、思ってもみなかったです」
「アタシの国じゃあ、それほど珍しいものでもないんだがなぁ――」
「へー、そうなんですか、すごいですね」
言いながらアルマは、お湯を眺めてすくう。
指のあいだを流れ落ちる温かな感触が心地よかった。
「わたし、地面からお湯が出てくるのも知りませんでした。ここだけ火の魔素が強いんですか?」
「さぁてなぁ……」と、面倒そうにメイランは返す。
「――そんなのは、気持ちがよければなんでもいいだろ……」
「それも、そうですねっ」
とアルマは身を沈め、ひきつづき風呂を楽しむことにした。
「あっついよー」
闇のむこうで、突然スペスが立ちあがる。
「もう出るの? もうちょっとゆっくり入りなさいよ」
アルマは、もったいないと思ってスペスを引き止めた。
「でも、もう熱くってさ――」
と出ようとするスペスに、メイランが風呂の外を指す。
「もじゃもじゃ。それなら、そこの川に入るといいぜ」
「あっ――そうか!」
すぐに石をのりこえて、スペスが川へ飛び込む。
「冷たっ! でもっ、気持ちいいっ!」
おおきな声をあげると、真っ暗な川の中からバシャバシャと手を振る。
「アルマもコレやってみなよー。すっごく気持ちがいいよー」
「こらーっ!」とアルマは拳を振り上げた。
「こっち向くなって言ったでしょ!」
そう叫び返したアルマの顔も、なぜか笑っていた。
ここに来てから、ずっと絡みつくような不安や緊張の中ですごしていたアルマの心は、いま不思議と軽かった。ひさしぶりに心の底から笑えたような気がした。
「ごめーん、でも見えないよー!」
向こうで手を振るスペスも楽しそうにしていて、文句を言っていたアルマも、いつの間にか声を出して笑っている。
「まっ……、風呂ってのはいいものだよな……」
つぶやいたメイランが見あげる木々の上には、
大きな赤い月が顔を出し始めていた。
「……湯気が出てるだろ。あそこが湯船だ」
「えっ、うそっ……?」
と走っていったアルマは、暗いなかで湯気をあげている水面に手を入れてみる。
「熱っ!」と、すぐに手を引いた。
「あっはっはっ、そのままじゃ少し熱いからな、川の水で調整するんだ」
川上にまわりこんだメイランは、池の石をすこしずらし、川の流れを引きいれる。
スペスとアルマは、そろって川に手をいれてみたが、その水は冷たい。
「このお湯って、どこから来てるの……?」
スペスが、当然の疑問を口にした。
「こいつはな、このあたりの川底から湧いているんだ」
「へぇ、そんな事があるんだ!」
スペスは屈んで手をつき、暗い湯の底をのぞきこむ。
「知らなかった……」とアルマも作られた池を眺める。
「たしかにこの川は冬でも凍らないけど、お湯が湧いてたなんて――」
「ここいらには、よく川霧があがっていたからな。あるんじゃないかと思って探したんだ」
ふたりの反応に気を良くして、メイランが嬉しそうに笑う。
「――さて、そろそろいい頃合いだろう」
温度を確認してメイランがうなずいた。
「じゃあ、入るか!」
言うなり、メイランは下着ごとシャツを脱ぐと、もってきたカゴに放りこんだ。
置かれた魔法の灯りに照らされて、鍛えあげられた上半身と、豊かな胸が露わになる。
「おおっ‼︎」
と声をあげて、見開いたスペスの目に、
「ダメーっ!」
と絶叫したアルマの手が叩きつけられた。
「――っ!」
声も出さないでその場にくずれたスペスは、顔を押さえて転げまわった。
「メイランさんっ!」
アルマはあわてて手ぬぐいを差し出す。
「……なにをいきなり脱いでるんですか! さ、先に入浴衣を着てください」
「入浴衣? そんなものないぞ?」
裸身をさらしたまま、メイランは言った。
「う、うそっ!」
すぐにアルマはメイランが持っていたカゴをしらべたが、手ぬぐい以外には、いま脱いだ服しか入っていなかった
「だいたいなぁ……、なにかを着て風呂に入ろうなんてのは無粋なんだよ。布があったら、お湯を楽しめないだろうが」
呆れたように、メイランは言う。
「で、でも、男女が裸でお風呂に入るなんて、良くないですよ!」
「アタシの国じゃ、あたりまえのことだが?」
「ここはメイランさんの国じゃないんですよ!」
「それを言ったら、ここはお前の村でもないぜ」とメイランは冷静に返す。
「街にあるものならともかく――コレはアタシが作ったアタシの風呂だ。そんなにイヤなら無理に入らなくてもいいんだぜ?」
「うっ……それはその通りです、けど――」
アルマは唇をかみ、チラリと風呂を見た。
透明なお湯からは、つぎつぎと湯気が上がっていて、とても気持ちよさそうだった。昨日、今日と汗をかいていて、自分の臭いが気にもなっていた。
ここで入らないという選択は、アルマにはなかった。
「そうだ! スペスは後で入りなさいよ。わたしたちが入ってから来ればいいじゃない」
「えー!」まだ目を押さえたままで、スペスが不満の声をあげる。
「そんなのやだよ。ひとりでいて、あの緑のゴブリンとかに襲われたらどうするのさ……」
「じゃ、じゃあ、そのあいだ、わたしとメイランさんが待っていてあげるから! ねっ!」
「湯冷めしちまうだろ!」今度はメイランから不満があがる。
「……いいじゃねぇか、こんだけ広いんだから一緒に入れば」
その言葉にアルマは頭をかかえた。
入りたい――でも、裸は抵抗がある……。
苦悩するアルマに、メイランが『じゃあ、こうしようぜ』と灯りの棒をとった。
フッと灯りが消され、周りから一気に夜が流れこむ。
あっという間にすべてが見えなくなった。
やがて、目が月のあかりに慣れたころ――
「お先に!」と、メイランが湯に飛び込んだ。
「いやー、ちょうど良い加減だぜ。お前らもはやく来いよ」
水面に浮かびながら、そう手招きをする。
アルマは、メイランの身体が、暗さでほとんど見えないことを確認してから、言った。
「お願い、スペスっ! 入ってる時は絶対に……絶っっ対に、こっちを見ないでね」
「えー、どうせなら見たいなぁ――」
「ぶっとばすよ?」
「わかった、見ない」
スペスが両手をあげて、くるりとむこうを向いた。
アルマは暗闇のなか、わざわざスペスの反対側まで池を回りこむ。
向こうにいるスペスは影のようにしか見えなかったが、それでもアルマは、手ぬぐいで身体を隠しながら服を脱ぎ、近くの木にかけた。
そのままスペスのほうを注視しながら、そっと湯に足を入れると、温度は丁度よく、川底の砂が足に柔らかく当たった。
適当な深さまで歩いてゆき、そこでしずかに座ると温かな湯が全身をつつんで、思わず『はふぅ……』と息がもれた。
「――どうだ、いいだろ?」
離れたところから、メイランが言った。
「最っ高です~」と、アルマは手足を伸ばす。
入ってしまえば水面の反射もあって、身体はほぼ見えなかった。
恥ずかしさが収まったアルマは、川の音を聞いてくつろぐ余裕まで出てくる。
「スペスー! どうかしら、お風呂はー?」
向こうをむいているスペスに、機嫌よく声をかけた。
「うん。なんだか、お湯に入るのって変な感じだよ。でも悪くはないね」
「そうでしょう、そうでしょう」
とアルマは満足そうに夜空を見あげる。
夜空にきらめく星々は、アルマの知っているものと全く同じだった。
まだ木に隠れているが、きっともう赤い月も出ている頃だった。
「は~、しあわせ~」と上を向いたまま、アルマは目を閉じる。
「わたし……こんな場所にお風呂が作れるなんて、思ってもみなかったです」
「アタシの国じゃあ、それほど珍しいものでもないんだがなぁ――」
「へー、そうなんですか、すごいですね」
言いながらアルマは、お湯を眺めてすくう。
指のあいだを流れ落ちる温かな感触が心地よかった。
「わたし、地面からお湯が出てくるのも知りませんでした。ここだけ火の魔素が強いんですか?」
「さぁてなぁ……」と、面倒そうにメイランは返す。
「――そんなのは、気持ちがよければなんでもいいだろ……」
「それも、そうですねっ」
とアルマは身を沈め、ひきつづき風呂を楽しむことにした。
「あっついよー」
闇のむこうで、突然スペスが立ちあがる。
「もう出るの? もうちょっとゆっくり入りなさいよ」
アルマは、もったいないと思ってスペスを引き止めた。
「でも、もう熱くってさ――」
と出ようとするスペスに、メイランが風呂の外を指す。
「もじゃもじゃ。それなら、そこの川に入るといいぜ」
「あっ――そうか!」
すぐに石をのりこえて、スペスが川へ飛び込む。
「冷たっ! でもっ、気持ちいいっ!」
おおきな声をあげると、真っ暗な川の中からバシャバシャと手を振る。
「アルマもコレやってみなよー。すっごく気持ちがいいよー」
「こらーっ!」とアルマは拳を振り上げた。
「こっち向くなって言ったでしょ!」
そう叫び返したアルマの顔も、なぜか笑っていた。
ここに来てから、ずっと絡みつくような不安や緊張の中ですごしていたアルマの心は、いま不思議と軽かった。ひさしぶりに心の底から笑えたような気がした。
「ごめーん、でも見えないよー!」
向こうで手を振るスペスも楽しそうにしていて、文句を言っていたアルマも、いつの間にか声を出して笑っている。
「まっ……、風呂ってのはいいものだよな……」
つぶやいたメイランが見あげる木々の上には、
大きな赤い月が顔を出し始めていた。