残酷な描写あり
R-15
第36話 『帰るために少しでも⁉』
午後――山の天気は変わりやすく、
午前中にあった青空が、全てうす暗い雲に代わっていた。
暗くなった森の練習場で、アルマは完全な実戦形式の〝仕上げ〟を行っていた。
「来い!」
対峙する黒髪の女拳士は、木剣を高くかかげ、片手を突き出して腰をおとす。
その構える姿に隙は見えず、鋭い目は射抜くようにアルマを見つめていた。
――怖いっ……今すぐ、逃げ出したいっ。
そう思いながら、アルマは震える手で木剣を握る。
武器を構えたメイランは、すさまじい殺気を放ち、ただ向かい合っているだけで体力が奪われていくようだった。
アルマは腕にも脚にも一杯に力が入り、手の平は滑りそうなほどの汗をかく。
一度木剣をにぎり直そうと手元を見たアルマが、再び目を上げた時、目の前には木剣を振りあげたメイランが迫っていた。
バギンッ!
強烈な一撃をなんとか受け止めはしたものの、足元がこらえきれなくて、アルマは飛ばされ――地面を転がる。
「げほっ……げほっ」
口に入った土を吐きながら、砂まみれになって立ちあがると、メイランが構えを解く。
「敵を前にして、目をそらすなッ!」
「は、はいっ!」
「次ッ」
メイランがふたたび構えを取る。アルマもすぐに構えた。
技術のない自分が、受けに回っては勝ち目がない。
そんな事はわかっていたが、恐怖で足が出なかった。
アルマのどんな攻撃も、メイランには通用しない。
だが守りに徹したとて、隙を見せれば、さっきのように打たれる。
どうすれば――
迷うアルマの額に汗が浮かんだ。
こうして考えあぐねている間、メイランは指の一本も動かしていない。
容赦なく叩きつけられる殺気さえなければ、その構えはとても静かに見えたことだろう。
額の汗が流れて目に入りそうになった時、アルマは、それを振り払うように一気に前へ出た。
ぐっと地を蹴り、三歩を駆けて、間合いに入るなり木剣を振り下ろす。
メイランがわずかに身を引くと、アルマの剣先は、眼前をすり抜けて地面にめり込んだ。
アルマは諦めずに、さらに前へと出る。
地面から引き抜いた木剣を、追いかけるようにまっすぐ胴へと突き出したが、これもわずかの動きで横にかわされた。
だが、ここだ――とアルマは思った。
踏み込んだ足をぐっと踏ん張って、身体を回し、避けたメイランを横薙ぎに払う。
さすがにこれは避けられないはずだ。
そう思ったが――
メイランは慌てることもなく、手にした木剣でアルマの木剣を打ち弾いた。
ガツッと音を立ててはじき返された勢いで、木剣を手放しそうになったアルマは、なんとかそれを掴んだ代わりに大きく体勢を崩される。
しまった――
と思ったときにはもう遅かった。メイランの追撃が目の前に迫る。
身体からひき離された木剣では受けられそうもない。
そう判断したアルマは、反対へ身を逃しながら、腕へと《強化》を集中した。
ガツンという衝撃とともに腕に痛みがはしる。
そのまま飛ばされて、アルマは再び地面を転がった。
すぐに立とうとしてついた手に、激しい痛みが走る。恐らくヒビが入ったか、折れていた。痛みにひるんだアルマの首筋に、スッと木剣が突きつけられる。
「腕を負傷したくらいで、動きを止めるな」
非情にそう言ったあと、見せてみろ、とメイランが腕を取った。
「痛っ――」
「折れているな……、動かすなよ」
そう言うとメイランは《気功》で治療を行う。
訓練は一時中断となった。
最終訓練は、この調子でアルマが負傷するたびに治療しながら繰り返されていた。
「すごいねえ――」見学していたスペスが声をかける。「ボク、アルマには絶対勝てないよ」
「そんな事ないわよ……。いまのだってすぐに《痛み止め》をかけて距離をとっていれば、もう少しはやれたのに――」
アルマは悔しそうに目を落とす。
「もちろん、それもあるがな――まずは、しっかり武器を握ることだ」
と治療をしながらメイランの指導が入る。
「前に教えたが、相手の武器を弾いて隙を作るのは、防御側の基本戦術だからな」
「はい……」
「だが、動きはだいぶ良くなってきた。途中で払い斬りに変化したのも良かったぞ。やはり実戦に勝るものはないな」
メイランが満足そうに微笑む。
「でも――」
無我夢中でやっているアルマには、言われるほど良くなった実感がなかった。
もう少しでいいから、なにか手応えが欲しい……。
そう思ってスペスを見ると、なにも言わずに笑ってくれた。
自分はいま、どんな顔でスペスを見たのだろう。
そう思ったアルマは、落ちこんでまた目を伏せる。
「残念だが、そうすぐに結果が出ることはない。すぐ出来るようにはならんし、すぐ自信がつくようなこともない」
メイランが、諭すように言った。
「それでも――歯を食いしばって進むしか手はないんだぞ。今は、倦まずに進むことだけを考えていろ」
言われてる事は良くわかった。
「はい……」と返事もした。
ただ、心がうまく整理できなかった。
「納得がいかないか?」
メイランが、いくぶん柔らかく訊ねる。
「――まぁ、その答えを探すために、こうして訓練してるんだがな、そもそもお前、何のためにこんなキツイ事をやっているんだ? アタシに勝つためか?」
アルマはハッとした。なんのために――そんな事は決まっていた。
「そこら辺がボケているんじゃないか? いまの自分に必要なことをちゃんと考えろよ」
その言葉に、アルマは黙ってうなずく。
「よし。いいぞ、動かしてみろ」
メイランが手を離すと、腕は問題なく動いた。
「大丈夫です」
「できるか?」と訊かれてスペスを見ると――さっきと同じように笑ってくれた。
――成果はいらない……。
それよりも、帰るために……少しでも、この人から何かを掴みたい。
ぎゅっと手を握ったアルマは、はっきりと答える。
「はいっ! つづきお願いします!」
午前中にあった青空が、全てうす暗い雲に代わっていた。
暗くなった森の練習場で、アルマは完全な実戦形式の〝仕上げ〟を行っていた。
「来い!」
対峙する黒髪の女拳士は、木剣を高くかかげ、片手を突き出して腰をおとす。
その構える姿に隙は見えず、鋭い目は射抜くようにアルマを見つめていた。
――怖いっ……今すぐ、逃げ出したいっ。
そう思いながら、アルマは震える手で木剣を握る。
武器を構えたメイランは、すさまじい殺気を放ち、ただ向かい合っているだけで体力が奪われていくようだった。
アルマは腕にも脚にも一杯に力が入り、手の平は滑りそうなほどの汗をかく。
一度木剣をにぎり直そうと手元を見たアルマが、再び目を上げた時、目の前には木剣を振りあげたメイランが迫っていた。
バギンッ!
強烈な一撃をなんとか受け止めはしたものの、足元がこらえきれなくて、アルマは飛ばされ――地面を転がる。
「げほっ……げほっ」
口に入った土を吐きながら、砂まみれになって立ちあがると、メイランが構えを解く。
「敵を前にして、目をそらすなッ!」
「は、はいっ!」
「次ッ」
メイランがふたたび構えを取る。アルマもすぐに構えた。
技術のない自分が、受けに回っては勝ち目がない。
そんな事はわかっていたが、恐怖で足が出なかった。
アルマのどんな攻撃も、メイランには通用しない。
だが守りに徹したとて、隙を見せれば、さっきのように打たれる。
どうすれば――
迷うアルマの額に汗が浮かんだ。
こうして考えあぐねている間、メイランは指の一本も動かしていない。
容赦なく叩きつけられる殺気さえなければ、その構えはとても静かに見えたことだろう。
額の汗が流れて目に入りそうになった時、アルマは、それを振り払うように一気に前へ出た。
ぐっと地を蹴り、三歩を駆けて、間合いに入るなり木剣を振り下ろす。
メイランがわずかに身を引くと、アルマの剣先は、眼前をすり抜けて地面にめり込んだ。
アルマは諦めずに、さらに前へと出る。
地面から引き抜いた木剣を、追いかけるようにまっすぐ胴へと突き出したが、これもわずかの動きで横にかわされた。
だが、ここだ――とアルマは思った。
踏み込んだ足をぐっと踏ん張って、身体を回し、避けたメイランを横薙ぎに払う。
さすがにこれは避けられないはずだ。
そう思ったが――
メイランは慌てることもなく、手にした木剣でアルマの木剣を打ち弾いた。
ガツッと音を立ててはじき返された勢いで、木剣を手放しそうになったアルマは、なんとかそれを掴んだ代わりに大きく体勢を崩される。
しまった――
と思ったときにはもう遅かった。メイランの追撃が目の前に迫る。
身体からひき離された木剣では受けられそうもない。
そう判断したアルマは、反対へ身を逃しながら、腕へと《強化》を集中した。
ガツンという衝撃とともに腕に痛みがはしる。
そのまま飛ばされて、アルマは再び地面を転がった。
すぐに立とうとしてついた手に、激しい痛みが走る。恐らくヒビが入ったか、折れていた。痛みにひるんだアルマの首筋に、スッと木剣が突きつけられる。
「腕を負傷したくらいで、動きを止めるな」
非情にそう言ったあと、見せてみろ、とメイランが腕を取った。
「痛っ――」
「折れているな……、動かすなよ」
そう言うとメイランは《気功》で治療を行う。
訓練は一時中断となった。
最終訓練は、この調子でアルマが負傷するたびに治療しながら繰り返されていた。
「すごいねえ――」見学していたスペスが声をかける。「ボク、アルマには絶対勝てないよ」
「そんな事ないわよ……。いまのだってすぐに《痛み止め》をかけて距離をとっていれば、もう少しはやれたのに――」
アルマは悔しそうに目を落とす。
「もちろん、それもあるがな――まずは、しっかり武器を握ることだ」
と治療をしながらメイランの指導が入る。
「前に教えたが、相手の武器を弾いて隙を作るのは、防御側の基本戦術だからな」
「はい……」
「だが、動きはだいぶ良くなってきた。途中で払い斬りに変化したのも良かったぞ。やはり実戦に勝るものはないな」
メイランが満足そうに微笑む。
「でも――」
無我夢中でやっているアルマには、言われるほど良くなった実感がなかった。
もう少しでいいから、なにか手応えが欲しい……。
そう思ってスペスを見ると、なにも言わずに笑ってくれた。
自分はいま、どんな顔でスペスを見たのだろう。
そう思ったアルマは、落ちこんでまた目を伏せる。
「残念だが、そうすぐに結果が出ることはない。すぐ出来るようにはならんし、すぐ自信がつくようなこともない」
メイランが、諭すように言った。
「それでも――歯を食いしばって進むしか手はないんだぞ。今は、倦まずに進むことだけを考えていろ」
言われてる事は良くわかった。
「はい……」と返事もした。
ただ、心がうまく整理できなかった。
「納得がいかないか?」
メイランが、いくぶん柔らかく訊ねる。
「――まぁ、その答えを探すために、こうして訓練してるんだがな、そもそもお前、何のためにこんなキツイ事をやっているんだ? アタシに勝つためか?」
アルマはハッとした。なんのために――そんな事は決まっていた。
「そこら辺がボケているんじゃないか? いまの自分に必要なことをちゃんと考えろよ」
その言葉に、アルマは黙ってうなずく。
「よし。いいぞ、動かしてみろ」
メイランが手を離すと、腕は問題なく動いた。
「大丈夫です」
「できるか?」と訊かれてスペスを見ると――さっきと同じように笑ってくれた。
――成果はいらない……。
それよりも、帰るために……少しでも、この人から何かを掴みたい。
ぎゅっと手を握ったアルマは、はっきりと答える。
「はいっ! つづきお願いします!」