残酷な描写あり
R-15
第37話 『おめでとう⁉』
曇った空から、ポツポツと雨が落ちはじめていた。
その下で、木剣を持った二人が向かいあう。
先にメイランが構えた。とたんにあふれる殺気が、アルマの肌につき刺さる。
木剣を放さないようにしっかりと握ったアルマは、深く呼吸をしてから、出来るだけゆっくり構えた。
さっきまでのような恐ろしい気持ちは、あまりしなかった。
勝つことはできない。
百回やっても負けは決まっている。
怪我だってきっとするだろう。
それでも――
勝てない事を認めた上で、
ゴブリンと戦うために、少しでもメイランから何かを掴みとってやろう。
そう頭を切り替えたアルマは、ついさっきまで、怖い、逃げ出したい、と自身に向けていた意識を、すべてメイランへと振りむけた。
身体が自然に前傾をとり、四肢から余分な力が抜ける。
落ち着いた心で、じっとメイランを見つめると、さっきまであんなに大きく見えていた姿が、今は等身大に見えた。
「いきますっ!」
声をあげて、アルマは駆け出した。
三歩で間合いを詰め、上から木剣を振り下ろすと、メイランが身を引き、木剣は地面にめりこんだ。前回同様、そこから一歩をふみ出したアルマは、地面へさらに木剣を突き差して、一気に振りあげる。
大量の土が舞い上がって、二人のあいだの視界を奪った。地面を蹴ってその中に飛び込んだアルマは、土埃の向こうにいたメイランめがけて、木剣を斬り込む。
待ち受けていたメイランは、アルマの攻撃を構えた木剣で打ち弾こうとした。
ガヅンッ! と、十字に木剣が衝突する。
「んぎぎ……」
弾かれないように手首を締めたアルマは、全身の力と魔力を手に集め、歯を食いしばって押し込む。
攻撃を弾くことができなかったメイランは両手で木剣を支えたが、アルマの勢いに押されてズズッと足が下がった。
「どぅうあぁぁぁっ……りゃぁぁぁああっ!」
アルマが叫んだ直後――ビシッという音が森に響く。
土煙が収まると、メイランはくの字に折れた木剣で上下からアルマの攻撃を挟み込み、当たる寸前で受け止めていた。
「やっぱりダメかぁ……」
悔しそうな顔で、アルマはため息をつく。
――でも、いまのは悪くなかった……。この調子で、もう一度!
そう思って顔を上げると、メイランが構えを解いて言った。
「よしっ! いいだろう――合格だ!」
「……へ?」
「合格だと言ったんだ。今の感覚は忘れるなよ」
「えっとぉ……」とアルマは困惑する。「今のは……当たらなかった……ですよね?」
「これだけできりゃゴブリン相手にゃ十分すぎる。これならオーガが出たって倒せるぜ」
とメイランは二つに折れた木剣を放り投げて、ひらひらと手を振った。
「まったく……まさか木剣が折れるとは思わなかった。手が痺れちまったよ――この、ドスコイが!」
「あっ……ひどい! 〝ドスコイ〟って言わないでくださいよ!」
ブンブンと木剣を振ってアルマは訴える。
「あっはっはっ、アタシの国じゃドスコイは褒め言葉なんだぞ?」
メイランはニヤニヤと笑っている。
「それっ、絶っ対にウソですよね!」
「いやーよかったね、アルマ!」スペスが、パチパチと手を叩いた。
「あーっ! スペスまで、わたしのことをバカにしてーっ!」
ぶぅっと頬を膨らませると、スペスが焦ったように手を振った。
「違う違うっ! 合格おめでとうって言ったんだよ」
「あっ……そっち?」
「うん」とスペスがうなずいた。「――頑張ったね、アルマ」
「ありがと……」
恥ずかしそうにアルマが答えると、待ちきれなくなった空から、雨が降ってきた。
パパッ、タパパッとあたりに散る雨音が次第に拍手のように鳴り響き、満足そうな顔のアルマを包んでいった。
* * * * * * *
「ひゃあ~」
小屋に飛び込むなり、スペスが声を上げた。
あれから雨がひどくなったので、三人はずぶ濡れになりながら駆け足で帰ってきた。
まだ日のある時間帯だったが、外はすっかり暗くなっていて、室内に入ってもザザー、ズザーと屋根をうつ雨の音がした。
「ほんっと、まいったわね」
うんざりした声を出しながら、アルマは入り口で水滴を落とす。
「――全身びっしょ濡れよ。もうっ、朝はあんなにいいお天気だったのに」
「汗も流せて、涼しくもなったし、良かったじゃないか」
最後に入ってきたメイランが、長い黒髪を絞る。
「はい、これで拭いて」
先に入ったスペスが、乾いた布をもってきた。
「おう、助かるぜ、もじゃもじゃは気が利くな」
「スペス、ありがとねっ」
そう言って身体を拭こうとしたアルマは、薄い練習着が透けていることに気がつく。
「わっ……! ス、スペスっ、悪いけどあっち向いててくれる!」
「えっ? ああ……うんわかった! ボクはむこうに行ってるよ」
とスペスは奥で着替えはじめる。
それを見て、アルマは布で隠しながら、もそもそと練習着を脱いだ。
「何度も言うが、気にしすぎじゃないのか?」
さっさと濡れたものを脱いだメイランは、あっという間に着替えをすませている。
「逆ですよ! メイランさんは、もっと気にしたほうがいいと思います!」
「そうか?」
「そういうとこですよ……」とアルマはため息をつく。
「メイランさん、おいくつでしたっけ?」
「二十四だが?」
「そんなんじゃ、結婚できなくなっちゃいますよ?」
張り付く服を片手で脱ごうとしながら、アルマは指摘する。
四十前後で亡くなる者もいるアルマの村では、そんな心配をされてもおかしくはない。結婚するしないは個人の自由だが、せっかく良いスタイルにキレイな顔立ちをしてるのにもったいない、とアルマは思う。
「おいおい、まるでアタシに伴侶がいない、みたいな決めつけをするなよ?」
「えっ、いるんですかっ……⁉」
ズボンを履こうとしたアルマは、驚いて転びそうになった。
「いや……いないけどよ」メイランが目をそらす。
「いやぁ……、困ったことになかなかいないんだよなー、アタシより強いオトコってやつが!」
あっはっはっと豪快に笑う。
ダメだこりゃ……と、アルマは諦めた顔をした。
「まあ、アタシのことより、お前たちのことだ」
とっとと椅子に座ってくつろぐメイランは、露骨に話題を変えた。
「――行くんだろ、明日」
その下で、木剣を持った二人が向かいあう。
先にメイランが構えた。とたんにあふれる殺気が、アルマの肌につき刺さる。
木剣を放さないようにしっかりと握ったアルマは、深く呼吸をしてから、出来るだけゆっくり構えた。
さっきまでのような恐ろしい気持ちは、あまりしなかった。
勝つことはできない。
百回やっても負けは決まっている。
怪我だってきっとするだろう。
それでも――
勝てない事を認めた上で、
ゴブリンと戦うために、少しでもメイランから何かを掴みとってやろう。
そう頭を切り替えたアルマは、ついさっきまで、怖い、逃げ出したい、と自身に向けていた意識を、すべてメイランへと振りむけた。
身体が自然に前傾をとり、四肢から余分な力が抜ける。
落ち着いた心で、じっとメイランを見つめると、さっきまであんなに大きく見えていた姿が、今は等身大に見えた。
「いきますっ!」
声をあげて、アルマは駆け出した。
三歩で間合いを詰め、上から木剣を振り下ろすと、メイランが身を引き、木剣は地面にめりこんだ。前回同様、そこから一歩をふみ出したアルマは、地面へさらに木剣を突き差して、一気に振りあげる。
大量の土が舞い上がって、二人のあいだの視界を奪った。地面を蹴ってその中に飛び込んだアルマは、土埃の向こうにいたメイランめがけて、木剣を斬り込む。
待ち受けていたメイランは、アルマの攻撃を構えた木剣で打ち弾こうとした。
ガヅンッ! と、十字に木剣が衝突する。
「んぎぎ……」
弾かれないように手首を締めたアルマは、全身の力と魔力を手に集め、歯を食いしばって押し込む。
攻撃を弾くことができなかったメイランは両手で木剣を支えたが、アルマの勢いに押されてズズッと足が下がった。
「どぅうあぁぁぁっ……りゃぁぁぁああっ!」
アルマが叫んだ直後――ビシッという音が森に響く。
土煙が収まると、メイランはくの字に折れた木剣で上下からアルマの攻撃を挟み込み、当たる寸前で受け止めていた。
「やっぱりダメかぁ……」
悔しそうな顔で、アルマはため息をつく。
――でも、いまのは悪くなかった……。この調子で、もう一度!
そう思って顔を上げると、メイランが構えを解いて言った。
「よしっ! いいだろう――合格だ!」
「……へ?」
「合格だと言ったんだ。今の感覚は忘れるなよ」
「えっとぉ……」とアルマは困惑する。「今のは……当たらなかった……ですよね?」
「これだけできりゃゴブリン相手にゃ十分すぎる。これならオーガが出たって倒せるぜ」
とメイランは二つに折れた木剣を放り投げて、ひらひらと手を振った。
「まったく……まさか木剣が折れるとは思わなかった。手が痺れちまったよ――この、ドスコイが!」
「あっ……ひどい! 〝ドスコイ〟って言わないでくださいよ!」
ブンブンと木剣を振ってアルマは訴える。
「あっはっはっ、アタシの国じゃドスコイは褒め言葉なんだぞ?」
メイランはニヤニヤと笑っている。
「それっ、絶っ対にウソですよね!」
「いやーよかったね、アルマ!」スペスが、パチパチと手を叩いた。
「あーっ! スペスまで、わたしのことをバカにしてーっ!」
ぶぅっと頬を膨らませると、スペスが焦ったように手を振った。
「違う違うっ! 合格おめでとうって言ったんだよ」
「あっ……そっち?」
「うん」とスペスがうなずいた。「――頑張ったね、アルマ」
「ありがと……」
恥ずかしそうにアルマが答えると、待ちきれなくなった空から、雨が降ってきた。
パパッ、タパパッとあたりに散る雨音が次第に拍手のように鳴り響き、満足そうな顔のアルマを包んでいった。
* * * * * * *
「ひゃあ~」
小屋に飛び込むなり、スペスが声を上げた。
あれから雨がひどくなったので、三人はずぶ濡れになりながら駆け足で帰ってきた。
まだ日のある時間帯だったが、外はすっかり暗くなっていて、室内に入ってもザザー、ズザーと屋根をうつ雨の音がした。
「ほんっと、まいったわね」
うんざりした声を出しながら、アルマは入り口で水滴を落とす。
「――全身びっしょ濡れよ。もうっ、朝はあんなにいいお天気だったのに」
「汗も流せて、涼しくもなったし、良かったじゃないか」
最後に入ってきたメイランが、長い黒髪を絞る。
「はい、これで拭いて」
先に入ったスペスが、乾いた布をもってきた。
「おう、助かるぜ、もじゃもじゃは気が利くな」
「スペス、ありがとねっ」
そう言って身体を拭こうとしたアルマは、薄い練習着が透けていることに気がつく。
「わっ……! ス、スペスっ、悪いけどあっち向いててくれる!」
「えっ? ああ……うんわかった! ボクはむこうに行ってるよ」
とスペスは奥で着替えはじめる。
それを見て、アルマは布で隠しながら、もそもそと練習着を脱いだ。
「何度も言うが、気にしすぎじゃないのか?」
さっさと濡れたものを脱いだメイランは、あっという間に着替えをすませている。
「逆ですよ! メイランさんは、もっと気にしたほうがいいと思います!」
「そうか?」
「そういうとこですよ……」とアルマはため息をつく。
「メイランさん、おいくつでしたっけ?」
「二十四だが?」
「そんなんじゃ、結婚できなくなっちゃいますよ?」
張り付く服を片手で脱ごうとしながら、アルマは指摘する。
四十前後で亡くなる者もいるアルマの村では、そんな心配をされてもおかしくはない。結婚するしないは個人の自由だが、せっかく良いスタイルにキレイな顔立ちをしてるのにもったいない、とアルマは思う。
「おいおい、まるでアタシに伴侶がいない、みたいな決めつけをするなよ?」
「えっ、いるんですかっ……⁉」
ズボンを履こうとしたアルマは、驚いて転びそうになった。
「いや……いないけどよ」メイランが目をそらす。
「いやぁ……、困ったことになかなかいないんだよなー、アタシより強いオトコってやつが!」
あっはっはっと豪快に笑う。
ダメだこりゃ……と、アルマは諦めた顔をした。
「まあ、アタシのことより、お前たちのことだ」
とっとと椅子に座ってくつろぐメイランは、露骨に話題を変えた。
「――行くんだろ、明日」