残酷な描写あり
R-15
第39話 『じゃあ、行ってきます⁉』
「――それで……、あの丘まで行けば帰れそうなのか?」
立ち直ったメイランが訊いた。
「それはー」と考えたアルマは、スペスに訊ねる。「どうなの?」
「まだ、わからないねぇ――」
スペスの答えは歯切れが悪い。
「原因だってはっきりしないし、もっと調べてからじゃないと」
「そう……よね」
さっきまでの楽しかった空気がまた暗くなる。
たとえ丘の上に行ったとしても、帰れる保証は何もなかった。
それでも行くしかないのだが、不安に感じる要素は多かった。
「まっ、わからない事を考えても仕方ないさ」
メイランが切り替えるように言った。
「――荷造りをしたら、すぐにメシにしよう。どうせこの雨じゃ風呂は無理だからな、明日に備えて早く休め」
「あー残念ねぇ――」とアルマは雨の打つ屋根を見上げた。
「……もう一回入りたかったわ、あのお風呂」
「帰ったら探しにいこうよ」とスペスが言った。
「村にもきっと同じようなのがあると思うよ?」
その言葉にアルマが手を叩く。
「そうよね! ココにあるんだから、村にもあるかもしれないのよね!
スペス、いい事を言ったわ! わたし絶対にさがすから!
あれを見つけたら、村でいつでもお風呂に入れるって事だもの!
これは、帰る楽しみが増えたわね!」
「急に元気になったよ」とスペスは笑う。
「そりゃそうよ! お風呂がわたしを待ってるんだから!」
そう言って、アルマはグッと親指を立てた。
「よし! じゃあ、その調子で準備を始めな。アタシはメシの支度をしてくるよ」
「うん」「はーい」
メイランの言葉で席を立ったふたりは、仕度を始め、夕食を取ると早めに休んだ。
アルマは、一晩中降り続く雨の音を聞きながら、村に風呂ができる夢を見た。
* * * * * * *
翌朝になっても、雨はどしゃ降りのままだった。
朝食をとったふたりは、フードつきのマントを羽織り、入り口で装備を確認する。
アルマは木剣を差したカゴを背負い、
「完全には防げないけど」と言って《水滴よけ》の魔法をかける。
魔法の効果を聞いたスペスは、すぐに雨の中へ飛びだしていき、落ちてくる雨粒が自分を避けていくのを面白そうに眺めていた。
「気をつけてな」
メイランが、見送りにくる。
「――困ったことがあれば、いつでも戻ってこいよ」
「はい! 色々ありがとうございました。なんのお返しもできませんでしたけど――」
「そんなの気にすんな! アタシも退屈が紛れて良かったよ」
その言葉に、アルマは後ろ髪を引かれる思いがした。
気持ちを振り切るように、
「じゃあ、さようなら――」
と言ってみたものの、それはなにか違うような気がして。
「あの……やっぱり、そうじゃなくて……」
もう一度メイランを見る。
「じゃあ……いってきます!」
元気よく言った。
「おう! 行ってこい!」
上から押さえるように、メイランは編みこんだアルマの髪をわしゃわしゃと撫でた。
「またねー」
スペスが、雨の中から手を振る。
「おう、もじゃもじゃも気をつけてな」と、メイランは手を振りかえした。
「スペスだよ!」
「ここに戻らなかったら、無事に帰ったと思っとくぜ、もじゃもじゃ!」
小屋の前でメイランが見送るなか、歩き出したふたりは途中で何度もふり返り、激しい雨にだんだんと見えなくなった。
ふたりを見届けたメイランが、ポツリとつぶやく。
「そういえば、あの丘にはアールヴがいるんだっけか……。奴らの縄張りに、わざわざ野生のゴブリンが近づくなんてことが、あるのか?」
あごに手を当てたメイランは、しばらく雨を落とす暗い雲を見あげていたが、
「ま、静かになったことだし、もういちど寝なおすかな」
と、小屋の中へ戻っていった。
* * * * * * *
激しく降りつづく雨は、姿や音をごまかすには都合よかったが、丘の斜面をぬかるませて足を滑らせた。
途中でスペスが何度も転び、アルマも幾度か滑って手をついた。
深くフードを寄せたふたりは藪をはらいながら黙々と丘を登っていく。
《水滴よけ》の魔法と、防水したマントのおかげであまり濡れることはなかったが、逆に、中でかいた汗が抜けず、じっとりと服を湿らせて不快感をあおった。
ところどころで増水した沢を避けたり、登れない斜面を回りこんだりしたのもあって、普段村から行く時よりも、数倍の時間がかかってしまった。
ようやくふたりが丘の上についた時には、空はすこし明るくなり、雨も弱まっていた。
「――大丈夫、何もいないよ」
木の陰からようすを窺ったスペスがアルマに伝える。
ふたりはうなずき合うと、警戒しながら丘の頂上へ侵入した。
三日ぶりになる遺跡は、パラパラと残る雨に濡れ、明るくなってきた空に輝いて見えた。
あたりに何もいないことを確認したスペスは、フードをとると、すぐに遺跡に取りついて何かを調べはじめる。
遺跡について出来る事がないアルマは、あたりを調べることにして、声をかけた。
「ちょっと、まわりを見てくるね」
「うん、気をつけて」
スペスが、石を見たまま振り向きもしないで返事をする。
アルマは、おろしたカゴから木剣を抜くと、緊張しながら遺跡の外周にそって歩いた。
わずかな音も聞き漏らさないようにと神経を集中するが、あたりはしんと静まり返っていて、時おり吹く風がさわさわと草をゆする音が聞こえるだけだった。
何の気配もしなかったので、少しだけ肩の力をぬくと、遺跡を半周ほどまわったところで、茂みの間に道があるのを見つけた。
それなりに踏み跡は多そうだったが、村とは反対方向へ行く道だった。
あいにく雨で足跡などは流されていて、どんなモノがここを通るのかはわからなかった。
道の場所を覚えたアルマは、そのまま一周してスペスの所へもどる。
「ねぇ、向こうに道があったわ。そこそこ使っていそうなやつよ」
「道かぁ……」石を見たまま、スペスが言う。「それって、ひとつだけだった?」
「うん、ほかには無かった、……と思う」
「そうなると、通るための道じゃなくて、遺跡に来るための道だね」
顔をあげたスペスが、アルマの指した方を見る。
「うーん……、気にはなるけど、こっちが優先だ。警戒だけはしておこうよ」
スペスの意見に同意したアルマは、それからも定期的に道のあたりを見まわったが、変わったことは起こらなかった。
昼近くになると雨は完全にあがって、ときどき日も差すようになる。
「そろそろお昼にしようか」
「そうね、お腹すいたわ」
ふたりがそう言った時だった。
「キャァァァァァ!」
いきなり、鳥が鳴くようなカン高い悲鳴が聞こえてきた。
立ち直ったメイランが訊いた。
「それはー」と考えたアルマは、スペスに訊ねる。「どうなの?」
「まだ、わからないねぇ――」
スペスの答えは歯切れが悪い。
「原因だってはっきりしないし、もっと調べてからじゃないと」
「そう……よね」
さっきまでの楽しかった空気がまた暗くなる。
たとえ丘の上に行ったとしても、帰れる保証は何もなかった。
それでも行くしかないのだが、不安に感じる要素は多かった。
「まっ、わからない事を考えても仕方ないさ」
メイランが切り替えるように言った。
「――荷造りをしたら、すぐにメシにしよう。どうせこの雨じゃ風呂は無理だからな、明日に備えて早く休め」
「あー残念ねぇ――」とアルマは雨の打つ屋根を見上げた。
「……もう一回入りたかったわ、あのお風呂」
「帰ったら探しにいこうよ」とスペスが言った。
「村にもきっと同じようなのがあると思うよ?」
その言葉にアルマが手を叩く。
「そうよね! ココにあるんだから、村にもあるかもしれないのよね!
スペス、いい事を言ったわ! わたし絶対にさがすから!
あれを見つけたら、村でいつでもお風呂に入れるって事だもの!
これは、帰る楽しみが増えたわね!」
「急に元気になったよ」とスペスは笑う。
「そりゃそうよ! お風呂がわたしを待ってるんだから!」
そう言って、アルマはグッと親指を立てた。
「よし! じゃあ、その調子で準備を始めな。アタシはメシの支度をしてくるよ」
「うん」「はーい」
メイランの言葉で席を立ったふたりは、仕度を始め、夕食を取ると早めに休んだ。
アルマは、一晩中降り続く雨の音を聞きながら、村に風呂ができる夢を見た。
* * * * * * *
翌朝になっても、雨はどしゃ降りのままだった。
朝食をとったふたりは、フードつきのマントを羽織り、入り口で装備を確認する。
アルマは木剣を差したカゴを背負い、
「完全には防げないけど」と言って《水滴よけ》の魔法をかける。
魔法の効果を聞いたスペスは、すぐに雨の中へ飛びだしていき、落ちてくる雨粒が自分を避けていくのを面白そうに眺めていた。
「気をつけてな」
メイランが、見送りにくる。
「――困ったことがあれば、いつでも戻ってこいよ」
「はい! 色々ありがとうございました。なんのお返しもできませんでしたけど――」
「そんなの気にすんな! アタシも退屈が紛れて良かったよ」
その言葉に、アルマは後ろ髪を引かれる思いがした。
気持ちを振り切るように、
「じゃあ、さようなら――」
と言ってみたものの、それはなにか違うような気がして。
「あの……やっぱり、そうじゃなくて……」
もう一度メイランを見る。
「じゃあ……いってきます!」
元気よく言った。
「おう! 行ってこい!」
上から押さえるように、メイランは編みこんだアルマの髪をわしゃわしゃと撫でた。
「またねー」
スペスが、雨の中から手を振る。
「おう、もじゃもじゃも気をつけてな」と、メイランは手を振りかえした。
「スペスだよ!」
「ここに戻らなかったら、無事に帰ったと思っとくぜ、もじゃもじゃ!」
小屋の前でメイランが見送るなか、歩き出したふたりは途中で何度もふり返り、激しい雨にだんだんと見えなくなった。
ふたりを見届けたメイランが、ポツリとつぶやく。
「そういえば、あの丘にはアールヴがいるんだっけか……。奴らの縄張りに、わざわざ野生のゴブリンが近づくなんてことが、あるのか?」
あごに手を当てたメイランは、しばらく雨を落とす暗い雲を見あげていたが、
「ま、静かになったことだし、もういちど寝なおすかな」
と、小屋の中へ戻っていった。
* * * * * * *
激しく降りつづく雨は、姿や音をごまかすには都合よかったが、丘の斜面をぬかるませて足を滑らせた。
途中でスペスが何度も転び、アルマも幾度か滑って手をついた。
深くフードを寄せたふたりは藪をはらいながら黙々と丘を登っていく。
《水滴よけ》の魔法と、防水したマントのおかげであまり濡れることはなかったが、逆に、中でかいた汗が抜けず、じっとりと服を湿らせて不快感をあおった。
ところどころで増水した沢を避けたり、登れない斜面を回りこんだりしたのもあって、普段村から行く時よりも、数倍の時間がかかってしまった。
ようやくふたりが丘の上についた時には、空はすこし明るくなり、雨も弱まっていた。
「――大丈夫、何もいないよ」
木の陰からようすを窺ったスペスがアルマに伝える。
ふたりはうなずき合うと、警戒しながら丘の頂上へ侵入した。
三日ぶりになる遺跡は、パラパラと残る雨に濡れ、明るくなってきた空に輝いて見えた。
あたりに何もいないことを確認したスペスは、フードをとると、すぐに遺跡に取りついて何かを調べはじめる。
遺跡について出来る事がないアルマは、あたりを調べることにして、声をかけた。
「ちょっと、まわりを見てくるね」
「うん、気をつけて」
スペスが、石を見たまま振り向きもしないで返事をする。
アルマは、おろしたカゴから木剣を抜くと、緊張しながら遺跡の外周にそって歩いた。
わずかな音も聞き漏らさないようにと神経を集中するが、あたりはしんと静まり返っていて、時おり吹く風がさわさわと草をゆする音が聞こえるだけだった。
何の気配もしなかったので、少しだけ肩の力をぬくと、遺跡を半周ほどまわったところで、茂みの間に道があるのを見つけた。
それなりに踏み跡は多そうだったが、村とは反対方向へ行く道だった。
あいにく雨で足跡などは流されていて、どんなモノがここを通るのかはわからなかった。
道の場所を覚えたアルマは、そのまま一周してスペスの所へもどる。
「ねぇ、向こうに道があったわ。そこそこ使っていそうなやつよ」
「道かぁ……」石を見たまま、スペスが言う。「それって、ひとつだけだった?」
「うん、ほかには無かった、……と思う」
「そうなると、通るための道じゃなくて、遺跡に来るための道だね」
顔をあげたスペスが、アルマの指した方を見る。
「うーん……、気にはなるけど、こっちが優先だ。警戒だけはしておこうよ」
スペスの意見に同意したアルマは、それからも定期的に道のあたりを見まわったが、変わったことは起こらなかった。
昼近くになると雨は完全にあがって、ときどき日も差すようになる。
「そろそろお昼にしようか」
「そうね、お腹すいたわ」
ふたりがそう言った時だった。
「キャァァァァァ!」
いきなり、鳥が鳴くようなカン高い悲鳴が聞こえてきた。