残酷な描写あり
R-15
第40話 『いきなりの実戦⁉
「キャァァァァァ!」
いきなり、鳥が鳴くようなカン高い悲鳴が聞こえてきた。
耳を澄ますと、ガサガサと茂みを通るような音も聞こえてくる。
すぐにうなずきあったふたりは、武器を手にして石の影へと隠れた。
「ル・ヴィヨンパッ!」
知らない言葉が聞こえてきた。声からして子供か女のようだった。
茂みを通る音はいくつかあり、こちらに向かっているようだった。
「追われてるのかも……」とスペスが言う。
「だったら、助けないと!」
アルマはあわてて石の陰から出ようとしたが、スペスが止めた。
「もう少しだけ待ってみよう。何が来るのかがわからない。とにかく――確認してからだ」
言いながらスペスは投石器に石を入れ、すぐに投げられるようにした。
アルマもいつでも飛び出せるように木剣を握りしめる。
息を殺して待つ間は、時が引き延ばされたように長く感じたが、やがて音はやって来た。
茂みから先に飛び出してきたのは、幼い子どもだった。
長い銀髪を振り乱し、短い手足で必死に走っているが、すでに息はあがり、ふらつく足が限界にみえた。
それを追って後から出てきたのは三つの緑色の――
「ゴブリン!」
アルマが叫ぶ。
「行こう!」
スペスが石の陰から飛び出してスリングを振る。
勢いよくゴブリンの方へ飛んだ石は、当たらなかったが牽制となり、追っていたゴブリンたちが足を止めた。
逃げていた子供は、突然出てきたふたりに戸惑っていたが、スペスがゴブリンを攻撃するのを見て、「エディッモーッ!」と駆けてきた。
子供を庇うように、ふたりはゴブリンとの間に立つ。
三体のゴブリンは、「ゴグググ」「ガガガゲゲ」「ガッギゲゲッ」と声のようなものを出し、武器を振り上げて襲いかかってきた。
「大丈夫……。大丈夫……大丈夫…………」
木剣を構えたアルマは、向かってくるゴブリンを見ながら何度もつぶやく。
ゴブリンの武器は棍棒にナイフ、小さなナタと、アルマの木剣よりもだいぶ短い。その差と身長の差を考えれば、より遠くから攻撃できるこちらが圧倒的に有利だった。
そう頭ではわかっているのだが――初めての実戦に、アルマの呼吸は苦しくなるほど早まっていた。
ゴブリン達は小さいがすばしっこく、油断すると、あっという間に距離を詰めて飛びかかってきそうだった。
近づけてはいけない――そう焦る気持ちが、アルマに目測を誤らせる。
「やあっ!」
と待ちきれずに振った木剣は、ゴブリンの遥か手前で空を切った。
足もついて来ておらず、腰も入っていない酷いものだったが、みごとな空振りに気が動転したアルマは、そんなことを気にする余裕もなかった。
ジリジリとにじり寄ってくるゴブリンに、アルマはただ、『来ないでっ、来ないでっ!』と木剣を振り回す。
いきなりの実戦、いきなりの失敗に、頭が真っ白になっていた。
悪い事に――スペスの方にも問題が起きる。
逃げてきた銀髪の子が、スペスの脚にしがみついて離れようとしなかった。
「ちょ……そんなにくっついたら危ないよ!」
足元にそう声をかけたが、ギュッと目を閉じた子供は髪を振って、『エディモ、エディモ……』と繰り返すばかりだった。
しかたなくスペスは、ムチを投石器に持ち替えてゴブリンと対峙する。
回りこもうとした一体に、石を入れたままの投石器を振ると即座に飛びのいたが、ゴブリンはスペスが動けなくなったことを理解しているようで、投石器の届かない距離から様子をうかがっている。
ゴブリンに囲まれたふたりは、子供を挟んで背中合わせになった。
「アルマ、ちょっと落ち着こう!」
スペスが、うしろのアルマに声をかける。
だが耳に入らないのか、アルマは相変わらず木剣を振り回していた。
「アルマ! 聞いてるっ?」
ふたたび声をかけたが、ブンブンと木剣を振る音が止まる気配はない。
アルマを狙っているゴブリンも簡単には近づけないようだったが、これでは埒が明かなかった。
「アルマっ! ねぇっ、アルマ!」
返事の代わりに、ブンブンッという音が返ってくる。
「――お尻、触ってもいい?」
ゴブリンを牽制しつつそう訊いたスペスは、いきなり後ろ手でその尻をわし掴んだ。
「きゃあっ……!」
という声がして木剣の音が止んだ。
「いきなり、何するのよっ!」
ゴブリンのほうを向いたまま、アルマが抗議をする。
「いや……、いいお尻だなと思って――」
「こんな時に、なにを考えてるの、よっ!」
ゴスッ! と肘打ちが入る。
十分に手加減をされていたはずだったが、スペスが、げほっ……とむせ込んだ。
「いや、だって声をかけても全然気づかないから……」
「声なんて、かけられてないわよ!」
「何度もかけたってば」
しかめっ面で、スペスはわき腹をさする。
「そうなの……?」
「そうだよ」
スペスが返し、ふたりはゴブリンを見据えたまま背中越しの会話を続ける。
「――触っていいかも、ちゃんと訊いたからね」
「ほんとうに?」
「本当さ。ボクの目を見てもらえば、すぐにわかるよ」
「ちょっといま手が離せないから、わたしの目の前に来てもらえるかしら」
張り詰めた顔で、アルマは自分を狙ってくる二体のゴブリンに目を配る。
「いや、見せてあげたいんだけど、残念ながらボクも手――というか足が離せなくてね」
「そうなの――せっかく信じてあげたいのに、出来なくて残念ね」
「でも、そもそも、ボクが訊きもしないでアルマにあんな事をするはずがないでしょ?」
「訊けばいいってものでもないと思うけれど……まぁ、そうかもね」
アルマの返事に、スペスが安心したように訊ねる。
「ちょっとは落ち着いてきた?」
「なにを言ってるの。わたしは、いつでも冷静よ」
「そうだっけ……?」
「あら信じてくれないの? 目を見てもらえればわかるんだけど?」
「いや、アルマがそう言うのなら、ボクは信じるけど……」
スペスは子供をかばいながら、ゴブリンに合わせて細かく向きを変える。
「そう、ありがと。じゃあ――信じていないのはわたしだけなのね」
「まだ、ボクのこと疑ってたのかよ!」
「冗談よ」
と緊張の抜けない声でアルマは言った。
スペスと話すうちに焦りは落ち着いてきたが、ゴブリンのうち二体がアルマの方に来ているのが厄介だった。
訓練で一対一しか経験していなかったアルマは、二体を同時に相手にする状況に、うまく対処できなかった。一体を追いかけて前に出れば、一時的に一対一には出来そうだが、そうすればもう一体に後ろの子供を襲われる危険があった。
だからといってこのままで良いはずも無い。
「どうしたら、いいのかしら――」思わずつぶやいていた。
「じゃあ、ボクの話をすこし聞いてくれるかな」
そう言って、スペスはゴブリンを見回した。
いきなり、鳥が鳴くようなカン高い悲鳴が聞こえてきた。
耳を澄ますと、ガサガサと茂みを通るような音も聞こえてくる。
すぐにうなずきあったふたりは、武器を手にして石の影へと隠れた。
「ル・ヴィヨンパッ!」
知らない言葉が聞こえてきた。声からして子供か女のようだった。
茂みを通る音はいくつかあり、こちらに向かっているようだった。
「追われてるのかも……」とスペスが言う。
「だったら、助けないと!」
アルマはあわてて石の陰から出ようとしたが、スペスが止めた。
「もう少しだけ待ってみよう。何が来るのかがわからない。とにかく――確認してからだ」
言いながらスペスは投石器に石を入れ、すぐに投げられるようにした。
アルマもいつでも飛び出せるように木剣を握りしめる。
息を殺して待つ間は、時が引き延ばされたように長く感じたが、やがて音はやって来た。
茂みから先に飛び出してきたのは、幼い子どもだった。
長い銀髪を振り乱し、短い手足で必死に走っているが、すでに息はあがり、ふらつく足が限界にみえた。
それを追って後から出てきたのは三つの緑色の――
「ゴブリン!」
アルマが叫ぶ。
「行こう!」
スペスが石の陰から飛び出してスリングを振る。
勢いよくゴブリンの方へ飛んだ石は、当たらなかったが牽制となり、追っていたゴブリンたちが足を止めた。
逃げていた子供は、突然出てきたふたりに戸惑っていたが、スペスがゴブリンを攻撃するのを見て、「エディッモーッ!」と駆けてきた。
子供を庇うように、ふたりはゴブリンとの間に立つ。
三体のゴブリンは、「ゴグググ」「ガガガゲゲ」「ガッギゲゲッ」と声のようなものを出し、武器を振り上げて襲いかかってきた。
「大丈夫……。大丈夫……大丈夫…………」
木剣を構えたアルマは、向かってくるゴブリンを見ながら何度もつぶやく。
ゴブリンの武器は棍棒にナイフ、小さなナタと、アルマの木剣よりもだいぶ短い。その差と身長の差を考えれば、より遠くから攻撃できるこちらが圧倒的に有利だった。
そう頭ではわかっているのだが――初めての実戦に、アルマの呼吸は苦しくなるほど早まっていた。
ゴブリン達は小さいがすばしっこく、油断すると、あっという間に距離を詰めて飛びかかってきそうだった。
近づけてはいけない――そう焦る気持ちが、アルマに目測を誤らせる。
「やあっ!」
と待ちきれずに振った木剣は、ゴブリンの遥か手前で空を切った。
足もついて来ておらず、腰も入っていない酷いものだったが、みごとな空振りに気が動転したアルマは、そんなことを気にする余裕もなかった。
ジリジリとにじり寄ってくるゴブリンに、アルマはただ、『来ないでっ、来ないでっ!』と木剣を振り回す。
いきなりの実戦、いきなりの失敗に、頭が真っ白になっていた。
悪い事に――スペスの方にも問題が起きる。
逃げてきた銀髪の子が、スペスの脚にしがみついて離れようとしなかった。
「ちょ……そんなにくっついたら危ないよ!」
足元にそう声をかけたが、ギュッと目を閉じた子供は髪を振って、『エディモ、エディモ……』と繰り返すばかりだった。
しかたなくスペスは、ムチを投石器に持ち替えてゴブリンと対峙する。
回りこもうとした一体に、石を入れたままの投石器を振ると即座に飛びのいたが、ゴブリンはスペスが動けなくなったことを理解しているようで、投石器の届かない距離から様子をうかがっている。
ゴブリンに囲まれたふたりは、子供を挟んで背中合わせになった。
「アルマ、ちょっと落ち着こう!」
スペスが、うしろのアルマに声をかける。
だが耳に入らないのか、アルマは相変わらず木剣を振り回していた。
「アルマ! 聞いてるっ?」
ふたたび声をかけたが、ブンブンと木剣を振る音が止まる気配はない。
アルマを狙っているゴブリンも簡単には近づけないようだったが、これでは埒が明かなかった。
「アルマっ! ねぇっ、アルマ!」
返事の代わりに、ブンブンッという音が返ってくる。
「――お尻、触ってもいい?」
ゴブリンを牽制しつつそう訊いたスペスは、いきなり後ろ手でその尻をわし掴んだ。
「きゃあっ……!」
という声がして木剣の音が止んだ。
「いきなり、何するのよっ!」
ゴブリンのほうを向いたまま、アルマが抗議をする。
「いや……、いいお尻だなと思って――」
「こんな時に、なにを考えてるの、よっ!」
ゴスッ! と肘打ちが入る。
十分に手加減をされていたはずだったが、スペスが、げほっ……とむせ込んだ。
「いや、だって声をかけても全然気づかないから……」
「声なんて、かけられてないわよ!」
「何度もかけたってば」
しかめっ面で、スペスはわき腹をさする。
「そうなの……?」
「そうだよ」
スペスが返し、ふたりはゴブリンを見据えたまま背中越しの会話を続ける。
「――触っていいかも、ちゃんと訊いたからね」
「ほんとうに?」
「本当さ。ボクの目を見てもらえば、すぐにわかるよ」
「ちょっといま手が離せないから、わたしの目の前に来てもらえるかしら」
張り詰めた顔で、アルマは自分を狙ってくる二体のゴブリンに目を配る。
「いや、見せてあげたいんだけど、残念ながらボクも手――というか足が離せなくてね」
「そうなの――せっかく信じてあげたいのに、出来なくて残念ね」
「でも、そもそも、ボクが訊きもしないでアルマにあんな事をするはずがないでしょ?」
「訊けばいいってものでもないと思うけれど……まぁ、そうかもね」
アルマの返事に、スペスが安心したように訊ねる。
「ちょっとは落ち着いてきた?」
「なにを言ってるの。わたしは、いつでも冷静よ」
「そうだっけ……?」
「あら信じてくれないの? 目を見てもらえればわかるんだけど?」
「いや、アルマがそう言うのなら、ボクは信じるけど……」
スペスは子供をかばいながら、ゴブリンに合わせて細かく向きを変える。
「そう、ありがと。じゃあ――信じていないのはわたしだけなのね」
「まだ、ボクのこと疑ってたのかよ!」
「冗談よ」
と緊張の抜けない声でアルマは言った。
スペスと話すうちに焦りは落ち着いてきたが、ゴブリンのうち二体がアルマの方に来ているのが厄介だった。
訓練で一対一しか経験していなかったアルマは、二体を同時に相手にする状況に、うまく対処できなかった。一体を追いかけて前に出れば、一時的に一対一には出来そうだが、そうすればもう一体に後ろの子供を襲われる危険があった。
だからといってこのままで良いはずも無い。
「どうしたら、いいのかしら――」思わずつぶやいていた。
「じゃあ、ボクの話をすこし聞いてくれるかな」
そう言って、スペスはゴブリンを見回した。