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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第41話 『訓練の成果⁉』
「じゃあ、ボクの話をすこし聞いてくれるかな」
 そう言って、スペスはゴブリンを見回した。

「……どうやらこいつらはこの子を狙ってるみたいだけれど、あまりボクらとはやり合いたくないらしい」
「そうなの?」

 とアルマは訊いたが、確かに周りを囲んだゴブリン達はつかず離れずの距離を保ったままで、積極的には襲いかかって来ない。
「そりゃあ、そうだよ」とスペスが続ける。

「――だって、体格が倍くらい違うし、武器だってこっちの方が長い。ボクらが倍くらいの巨人と戦うようなものさ。どうしたって怖いんだよ」
 動けなくなっている事実など無いかのように、スペスはいつもどおりの調子で話す。

「それに、こいつらはすばしっこいけど、力はそんなに無いよ。だから少しくらい攻撃が当たっても、きっと平気だろうし、逆にアルマが一発入れられれば、それだけで戦えなくなるはずさ」
「そう……よね」
 スペスの言葉で、アルマもゴブリンの動きを冷静に見はじめる。

「このあいだは暗くてよく分からなかったけどさ、明るいところで見たら、こいつらはそんなに怖い相手じゃないよ。だから落ち着いて」
 おだやかな声でスペスは言う。

「まずは、当てなくていいから近寄らせない事。じっと我慢していれば、きっとボクがチャンスをつくるから。そうしたら、遠慮なく前に出てくれ」
「うん。わかった」
 答えたアルマは、仕切り直すように大きく息を吐く。

「よし! それじゃあ、どうしようかな――」
 ゴブリンを見まわしたスペスの表情は、どこか挑戦的で楽しそうだった。

「とりあえず、動いてもらおうか」
 スペスは投石器スリングをグルグルと回すと、自分の方に来ているゴブリンめがけて石を飛ばす。

 武器にしていた棒からいきなり石が飛んでくるのを見たゴブリンは、虚を突かれたようだったが、あいにく石は、ゴブリンを飛び越えて遠くへ行ってしまった。
「ちょっと強すぎるのか……じゃあ、このくらい、かなっ!」

 石を再装填したスペスがふたたびスリングを振ると、バシッと音がして、ゴブリンの腕に当たった。たまらずにゴブリンが大きくさがる。
 自分の方に来ていたゴブリンとの距離が開いたスペスは、三発目を装填しながら言った。

「アルマ! 合図したら思い切りしゃがんでくれ! 一瞬でいいから!」
「わ……わかった!」
 そう答えたアルマが、寄ってきたゴブリンを牽制すると、素早くスペスが数をかぞえる。
「3・2・1……今だっ!」
「えっ……はいっ!」

 とっさに勢いよくしゃがんだアルマのスカートがふわっと浮かぶ。
 その上をスペスのスリングが通過した。

 放たれた弾は、アルマの向こう側にいたもう一匹のゴブリンへ当り、瞬間に、パッと〝弾けた〟。
 煙のようなものが広がり、苦しそうに顔を押さえたゴブリンが動きを止める。

「アルマ!」スペスが叫んだ。
「うんっ!」
 立ち上がるとともに飛び出したアルマの木剣が、動けなくなったゴブリンを直撃する。

 ズドッという音とともに骨がパキパキと砕け、くの字になったゴブリンの身体が宙を飛んだ。
 遺跡の外側まで叩き飛ばされたゴブリンは、草の上に落ちてピクリとも動かなくなる。

 アルマの一撃にたじろいだ別のゴブリンへ、スペスの振るったムチが伸びる。足に絡みつかせたムチをスペスがグッと引くと、ゴブリンが倒れそうになって手をついた。
 勝負がつくには、それで十分だった。

 手をついたゴブリンが顔を上げると、そこには木剣を振りかぶったアルマがいた。
「えいっ!」
 振り下ろされた木剣に打たれ、ゴブリンの頭がなかば胴にめり込む。青い〝血〟を吹き出しながら、そのままゴブリンは倒れた。

 ふたりが残りの一体へ目を向けると、ゴブリンは即座に背を見せ、あっという間に茂みの向こうへ消えた。
 ゴブリンが離れていく音に安堵の息をついて、アルマは木剣をおろす。

「おつかれ、アルマ! 訓練の成果が出ていたね」
 スペスが声をかけた。
「ううん、スペスのおかげよ」とアルマは首をふる。

「でも、けっこう自信はついたでしょ?」
「そうね。思ったよりは大丈夫そうかも」とひかえ目に笑った。

「――あっ、そういえばアレなによ?」
「アレ?」
「なにかが、パンッて破裂してたじゃない。あれ石じゃなかったでしょ」

「ああ、あれは〝パン〟だよ」スペスが答える。
「固くなってカビが生えたやつをもらってたでしょ」

「アレがパン? なんか、ゴブリンが苦しそうにしてたけど、あれはカビのせいなの?」
「いや、中に火炎草の汁をちょっとまぶした砂を入れておいたからね」

「うわ――」とアルマが引いた顔をする。
「なんて恐ろしいものをつくるのよ……」
「思った以上に効果があったね。至近距離だったら手で投げてもいいのかもしれないなぁ」

「冷静に分析しないでほしいわ」
 あきれた顔をしたアルマは、そこでようやく気づく。

「あれっ! そういえば、あの子は⁉ 銀色の髪の子はどこに行ったの⁉」
 あわてるアルマに、スペスが、『ここだよ、ここ』と腰をひねった。

 その背後には、まださっきの子供がしがみついていた。
「あら~、かわいい!」
 嬉しそうにアルマが近づく。
「――もう大丈夫だからねー。怖いのはみんな追い払ったわよー」

 安心させるように頭や背中を撫でながら大丈夫、大丈夫と声をかけていると、きつく閉じられた目がこわごわと開いた。
「ダァイジョブ……?」

 不安そうにあたりを見まわす顔はよく整っていて、まだ五、六歳の女の子だったが、美人になりそうだとアルマは思った。

 女の子はおずおずとスペスから離ると、アルマを真っすぐに見かえす。
「オントゥ……デスパユ?」
 口から出たのは、聞いたことのない言葉だった。
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