残酷な描写あり
R-15
第42話 『あなたは、だあれ⁉』
「オントゥ……デスパユ?」
口から出たのは、聞いたことのない言葉だった。
「なんて言ってるの?」スペスが訊く。
「わからないわ……」
微妙な顔を返したアルマは、再び子供に向きあう。
「えーと、わたしはアルマで、こっちはスペス、わかる?」
アルマは自分たちを指さしながら、ゆっくり『アルマ、スペス』』と繰り返した。
「マリマ、シュペー?」
「惜しい……、アルマ、スペス」
「アルマ、シュペー」
ぷっ、とアルマが吹き出した。
「〝スペス〟って言いにくいのかしら? もうシュペーでいいんじゃない?」
「いや、ダメだね!」
めずらしく頑固にスペスが首を振った。
「ここはぜひ、〝お兄ちゃん〟と呼んでもらいたい! ほら言ってごらん、お・に・い・ちゃ・ん」
自分を指しながら、繰り返すスペス。
「オニィチャ?」
「うん、そうそう、お兄ちゃん、だよ」
「オニィチャ!」
笑顔をみせた子供は、再びスペスに抱きついた。
「あらあら、スペスってば、女の子とみれば手当り次第なんだからー」
〝お兄ちゃん〟と呼ばせているあたりから冷ややかな目でながめていたアルマは、皮肉をぶつける。
「いやいや、何言ってるの」スペスが肩をすくめた。
「いくらボクでも、さすがに結婚できないくらいの歳の子は無いよ。――あっ、でも十年ぐらいしたらイケるかもって考えたら、もしかしてアリなのかな?」
「アリじゃないし、イケないことだからやめなさい。このままだと、スペスは結婚するよりも先に牢屋に入るんじゃないかしら――」
アルマはそう言って、スペスから子供を引き離そうとしたが、しがみついた子供は離れようとしない。あまり力を入れるわけにもいかないので、あきらめてアルマは手を離した。
「ずいぶん懐かれちゃったのね……。ま、いいわ。それで、あなたのお名前は?」
そう訊ねてみても、子供は純朴そうな瞳で見つめ返すばかりだった。
やはり、言葉は通じていないらしい。
アルマはすこし考えて、伝えかたを工夫してみる。
先に自分たちを、『アルマ、オニイチャ』と指さしていき、最後に『ん?』と、子供のほうを指した。
言いたいことを理解した子供は、
「タッシェ!」
と元気よく手を上げる。
「そう、タッシェって言うの。でも、言葉が通じないのは困ったわね……。ここからひとりで帰れるのかしら?」
心配をみせるアルマに、スペスが遺跡のむこうを指した。
「アレじゃないかな、あそこにあるっていう道」
「あー、そうかもしれないわね」とうなずく。「どうする? 連れて行ってみる?」
「んー、どうしようか――」
スペスが考えていると、タッシェのお腹が小さく、ぐぅと鳴った。
つられるように、アルマのお腹も、ぐううぅぅ……と鳴った。
「お……お昼も近いし、お腹すいたわよね? また、ゴブリンが来たらいけないし、先にご飯にする? 食べられる時に食べておいたほうがいいでしょ?」
「そうだね、お腹すいたよね」
「わ、わたしはべつに……すいてないけどね」
「あれ、いま、お腹すいたって言わなかった?」
「い、言ってないわよ。聞き間違いじゃない?」
「そうだっけ?」
「……そう」とアルマは目をそらす。
「ああ!」とスペスが手を打った。「さっきは、おならした、って言ったのか!」
「してないわよっ、失礼ね!」
あまりの勘違いに、大きな声をあげてしまった。
「――仮にしたとして、『おならしたわ』って、報告するわけないでしょ!」
「ごめんごめん。さすがに今のは、ボクが悪かったよ」
すぐにスペスは謝った。
「ま、まぁ、分かったならいいのよ……」
「アルマにも隠したいおならの、一つや二つはあるよね」
「なんっにも、分かってないじゃない!」
「あれ? 数が少なすぎた?」
「分かってないのは、ソコじゃなーい!」
「アルマ、そんなに怒るとお腹がすくよ?」
「誰のせいだと思ってるのよ、まったく――」
と言ったものの、大声を出したらよけいに空腹を感じてきた。
「し……しかたないわね」譲歩するように、アルマはうなずく。「ぷりぷり怒ってたら、ちょっとお腹がすいてきた気もするし? いっしょに食べてあげてもいいわよ」
「ははっ……」とスペスが笑った。「ぷりぷりって、おならだけに?」
「やかましい! いい加減、おならから離れろ!」
またもあげてしまった大声に、タッシェがビクリとしていた。
食事にすることにしたふたりは、タッシェの手を引いて、倒れているゴブリンが見えないところまで移動すると、手ごろな石に腰をおろす。
「はい、どうぞ」
アルマがハムを挟んだパンを手渡すと、タッシェは物珍しそうに顔を近づけた。その銀色の髪がさらさらと頬をすべり落ちる。
「あら、それじゃあ食べにくいわよね」
荷物から髪紐を取り出したアルマは、長いタッシェの髪を後ろで結ぶ。
「ん? あなた……変わった耳をしてるのね」
「……耳?」
アルマの言葉にスペスが反応した。
「うん、ほら」
「へぇ……たしかに、先が尖ってるし、だいぶ長いね」
よく見れば目も緑色だし、肌がだいぶ白い。
アルマは何かが気になった――
口から出たのは、聞いたことのない言葉だった。
「なんて言ってるの?」スペスが訊く。
「わからないわ……」
微妙な顔を返したアルマは、再び子供に向きあう。
「えーと、わたしはアルマで、こっちはスペス、わかる?」
アルマは自分たちを指さしながら、ゆっくり『アルマ、スペス』』と繰り返した。
「マリマ、シュペー?」
「惜しい……、アルマ、スペス」
「アルマ、シュペー」
ぷっ、とアルマが吹き出した。
「〝スペス〟って言いにくいのかしら? もうシュペーでいいんじゃない?」
「いや、ダメだね!」
めずらしく頑固にスペスが首を振った。
「ここはぜひ、〝お兄ちゃん〟と呼んでもらいたい! ほら言ってごらん、お・に・い・ちゃ・ん」
自分を指しながら、繰り返すスペス。
「オニィチャ?」
「うん、そうそう、お兄ちゃん、だよ」
「オニィチャ!」
笑顔をみせた子供は、再びスペスに抱きついた。
「あらあら、スペスってば、女の子とみれば手当り次第なんだからー」
〝お兄ちゃん〟と呼ばせているあたりから冷ややかな目でながめていたアルマは、皮肉をぶつける。
「いやいや、何言ってるの」スペスが肩をすくめた。
「いくらボクでも、さすがに結婚できないくらいの歳の子は無いよ。――あっ、でも十年ぐらいしたらイケるかもって考えたら、もしかしてアリなのかな?」
「アリじゃないし、イケないことだからやめなさい。このままだと、スペスは結婚するよりも先に牢屋に入るんじゃないかしら――」
アルマはそう言って、スペスから子供を引き離そうとしたが、しがみついた子供は離れようとしない。あまり力を入れるわけにもいかないので、あきらめてアルマは手を離した。
「ずいぶん懐かれちゃったのね……。ま、いいわ。それで、あなたのお名前は?」
そう訊ねてみても、子供は純朴そうな瞳で見つめ返すばかりだった。
やはり、言葉は通じていないらしい。
アルマはすこし考えて、伝えかたを工夫してみる。
先に自分たちを、『アルマ、オニイチャ』と指さしていき、最後に『ん?』と、子供のほうを指した。
言いたいことを理解した子供は、
「タッシェ!」
と元気よく手を上げる。
「そう、タッシェって言うの。でも、言葉が通じないのは困ったわね……。ここからひとりで帰れるのかしら?」
心配をみせるアルマに、スペスが遺跡のむこうを指した。
「アレじゃないかな、あそこにあるっていう道」
「あー、そうかもしれないわね」とうなずく。「どうする? 連れて行ってみる?」
「んー、どうしようか――」
スペスが考えていると、タッシェのお腹が小さく、ぐぅと鳴った。
つられるように、アルマのお腹も、ぐううぅぅ……と鳴った。
「お……お昼も近いし、お腹すいたわよね? また、ゴブリンが来たらいけないし、先にご飯にする? 食べられる時に食べておいたほうがいいでしょ?」
「そうだね、お腹すいたよね」
「わ、わたしはべつに……すいてないけどね」
「あれ、いま、お腹すいたって言わなかった?」
「い、言ってないわよ。聞き間違いじゃない?」
「そうだっけ?」
「……そう」とアルマは目をそらす。
「ああ!」とスペスが手を打った。「さっきは、おならした、って言ったのか!」
「してないわよっ、失礼ね!」
あまりの勘違いに、大きな声をあげてしまった。
「――仮にしたとして、『おならしたわ』って、報告するわけないでしょ!」
「ごめんごめん。さすがに今のは、ボクが悪かったよ」
すぐにスペスは謝った。
「ま、まぁ、分かったならいいのよ……」
「アルマにも隠したいおならの、一つや二つはあるよね」
「なんっにも、分かってないじゃない!」
「あれ? 数が少なすぎた?」
「分かってないのは、ソコじゃなーい!」
「アルマ、そんなに怒るとお腹がすくよ?」
「誰のせいだと思ってるのよ、まったく――」
と言ったものの、大声を出したらよけいに空腹を感じてきた。
「し……しかたないわね」譲歩するように、アルマはうなずく。「ぷりぷり怒ってたら、ちょっとお腹がすいてきた気もするし? いっしょに食べてあげてもいいわよ」
「ははっ……」とスペスが笑った。「ぷりぷりって、おならだけに?」
「やかましい! いい加減、おならから離れろ!」
またもあげてしまった大声に、タッシェがビクリとしていた。
食事にすることにしたふたりは、タッシェの手を引いて、倒れているゴブリンが見えないところまで移動すると、手ごろな石に腰をおろす。
「はい、どうぞ」
アルマがハムを挟んだパンを手渡すと、タッシェは物珍しそうに顔を近づけた。その銀色の髪がさらさらと頬をすべり落ちる。
「あら、それじゃあ食べにくいわよね」
荷物から髪紐を取り出したアルマは、長いタッシェの髪を後ろで結ぶ。
「ん? あなた……変わった耳をしてるのね」
「……耳?」
アルマの言葉にスペスが反応した。
「うん、ほら」
「へぇ……たしかに、先が尖ってるし、だいぶ長いね」
よく見れば目も緑色だし、肌がだいぶ白い。
アルマは何かが気になった――