残酷な描写あり
R-15
第44話 『私の言葉がわかりますか⁉』
「ジュッリ! ヴレ、シノフォン!」
叫んでいる言葉は分からなかったが、
友好的な声音でない事だけは分かった。
次の矢がすでに引かれているようだが、
目深にかぶった帽子で表情はうかがえない。
「……ど、どうしよう」
いきなり攻撃を受けたことにアルマは動揺していた。
「次に矢を放ったら、よけて石の陰に入ろう」
スペスが相手を睨んだまま言った。
「……といっても、あそこからカゴを狙って当てられるのなら、人に当てるのもそう難しくないんだろうけどね――」
スペスが、置いてある武器をちらりと見る。
突然のことだったので、ふたりとも手ぶらだった。
「なるべく刺激しないようにゆっくりと下がるんだ。ひとまず、後ろの大きな石に隠れよう」
「そ、そうね」
と後ろを見て、アルマは『あっ!』と声をあげた。
うしろの草むらにも、右左にひとりずつ弓を構えている者がいた。
アルマたちは、いつのまにか三方から囲まれ、狙われていた。
「ゆっくりと手をあげよう」
緊張した声で、スペスが言った。
「――ぼくらに敵意がないことを見せるんだ」
「そんな事をして、大丈夫なの⁉」
三つの弓はすでにいっぱいまで引き絞られていて、いまにも放たれそうだった。
「すぐに殺そうってわけでもないみたいだ――交渉する余地くらいはあるかもしれない」
「わかったわ……」
「でも、《姿隠し》は使えるようにしておいて」
アルマがうなずくと、ふたりは静かに両手をあげる。
その時――スペスの後ろにいたタッシェが、いきなり前に飛び出した。
「危ない!」「出ちゃだめよっ!」
手を上げていたふたりは同時に叫んだが、タッシェは目の前の石によじのぼり、両手を広げて叫んだ。
「アヘーッヅィ!」
ふたりはすぐに駆け寄り、小さな体を守ろうと前後を挟む。
だが、タッシェはそれに構わずに、『アへッヅィ、アへッヅィ!』と言いつづけている。
そんなタッシェを庇おうとして、ふたりは、三つの弓に身をさらし続けていた。
ほんのわずかな動きで、放たれた矢が瞬時に襲いかかる状況にまばたきすらできず、ふたりは汗で背中を冷たくする。
三方向の、いつどこから矢が飛んでくるかも分からなかった。
口の中がカラカラに乾き、叫びつづけるタッシェ以外は誰も動かなかった。時間が、ずっと引き伸ばされたように、長く感じた。
先に動いたのは、相手の方だった。
矢を射かけたらしい正面の射手が、静かに弓をおろす。
片手でなにか合図をすると、同じように両側の弓もおろされた。
矢はまだ掛けたままのようだったが、両者のあいだの緊張が少しだけゆるむ。
やがて正面の相手が矢をしまい、草むらから出てきた。
草のような緑の服に、同色の尖った帽子をかぶり、スペスよりすこし背が高そうな射手は、白い肌をした美女だった。冷たい目をして近づく姿に油断は見えなかったが、逆に、緊張や気負いのようなものもなく、片手を空けたまま、ただ淡々と歩いてくる。
「あの状態からでも、すぐに矢を射れるのかな」
スペスがつぶやく。
「そう……なの?」
「わからないけど、腕に自信がありそうだよね……」
ふたりが話していると、やってきた女がやや離れたところで立ち止まった。
あたりの雰囲気に、いつのまにかタッシェも静かになっている。
「コンフ・ニ・ヴメロン?」
綺麗な声だった。
「あの……すいません」
アルマが答える。
「わたしたち、あなたの言葉がわからなくて……」
女は、面倒くさそうにため息をつき、空いている右手をあげて叫んだ。
「イオキア!」
一呼吸を置いて、女が来たあたりの草むらから、四人目となる人影が走り出た。
「まだいたのか……」スペスが驚く。
アルマは思わず周りを見まわしたが、他にも誰かが隠れているような気配はしなかった。
出てきたのは男のようで、同じような格好に弓をもち、真っすぐこちらへ向かって来る。
(……ねえアルマ)
スペスが小声で訊いた。
(――話す言葉が違っても、言いたいことを伝えられる魔法ってないの?)
(あることはあるけど私は使えないし、自分と相手の頭をつなげるようなものだから、よく知らない相手とは使わないものよ)
ふーん、とスペスが納得しているあいだに男が到着する。
先の女と少し言葉をかわすと、弓を背中にかけ、前に出てこう言った。
「あー……、私の言葉がわかりますか?」
大きくはないが、よく通る声だった。
「わかります!」
すぐにアルマは答えた。
「良かったです」と男がうなずく。
「――あなたたちが守ろうとしているその子は、私たちの子供です。お話がしたいので、もう少し近くに寄ってもいいですか? ご覧の通り、両手は空けています」
手の平をこちらに向けたあと、帽子を取って見せた顔は、女と見間違えそうなほどの美形だった。
ふたりともそう変わらない歳のようで、髪は短く刈ってあったが、タッシェと同じ銀色だった。耳も同じように上に伸びている。
「どうするの?」
アルマはスペスを見た。
「本当っぽいけど、念のため確認はしておこうよ」
そう言ったスペスが男に訊いた。
「確認なんだけど、この子の名前を教えてもらえるかな?」
「皆からは、タッシェと呼ばれています」
すぐに男が答えた。
ふたりは互いにうなずき、緊張が解けていくのを感じた。
叫んでいる言葉は分からなかったが、
友好的な声音でない事だけは分かった。
次の矢がすでに引かれているようだが、
目深にかぶった帽子で表情はうかがえない。
「……ど、どうしよう」
いきなり攻撃を受けたことにアルマは動揺していた。
「次に矢を放ったら、よけて石の陰に入ろう」
スペスが相手を睨んだまま言った。
「……といっても、あそこからカゴを狙って当てられるのなら、人に当てるのもそう難しくないんだろうけどね――」
スペスが、置いてある武器をちらりと見る。
突然のことだったので、ふたりとも手ぶらだった。
「なるべく刺激しないようにゆっくりと下がるんだ。ひとまず、後ろの大きな石に隠れよう」
「そ、そうね」
と後ろを見て、アルマは『あっ!』と声をあげた。
うしろの草むらにも、右左にひとりずつ弓を構えている者がいた。
アルマたちは、いつのまにか三方から囲まれ、狙われていた。
「ゆっくりと手をあげよう」
緊張した声で、スペスが言った。
「――ぼくらに敵意がないことを見せるんだ」
「そんな事をして、大丈夫なの⁉」
三つの弓はすでにいっぱいまで引き絞られていて、いまにも放たれそうだった。
「すぐに殺そうってわけでもないみたいだ――交渉する余地くらいはあるかもしれない」
「わかったわ……」
「でも、《姿隠し》は使えるようにしておいて」
アルマがうなずくと、ふたりは静かに両手をあげる。
その時――スペスの後ろにいたタッシェが、いきなり前に飛び出した。
「危ない!」「出ちゃだめよっ!」
手を上げていたふたりは同時に叫んだが、タッシェは目の前の石によじのぼり、両手を広げて叫んだ。
「アヘーッヅィ!」
ふたりはすぐに駆け寄り、小さな体を守ろうと前後を挟む。
だが、タッシェはそれに構わずに、『アへッヅィ、アへッヅィ!』と言いつづけている。
そんなタッシェを庇おうとして、ふたりは、三つの弓に身をさらし続けていた。
ほんのわずかな動きで、放たれた矢が瞬時に襲いかかる状況にまばたきすらできず、ふたりは汗で背中を冷たくする。
三方向の、いつどこから矢が飛んでくるかも分からなかった。
口の中がカラカラに乾き、叫びつづけるタッシェ以外は誰も動かなかった。時間が、ずっと引き伸ばされたように、長く感じた。
先に動いたのは、相手の方だった。
矢を射かけたらしい正面の射手が、静かに弓をおろす。
片手でなにか合図をすると、同じように両側の弓もおろされた。
矢はまだ掛けたままのようだったが、両者のあいだの緊張が少しだけゆるむ。
やがて正面の相手が矢をしまい、草むらから出てきた。
草のような緑の服に、同色の尖った帽子をかぶり、スペスよりすこし背が高そうな射手は、白い肌をした美女だった。冷たい目をして近づく姿に油断は見えなかったが、逆に、緊張や気負いのようなものもなく、片手を空けたまま、ただ淡々と歩いてくる。
「あの状態からでも、すぐに矢を射れるのかな」
スペスがつぶやく。
「そう……なの?」
「わからないけど、腕に自信がありそうだよね……」
ふたりが話していると、やってきた女がやや離れたところで立ち止まった。
あたりの雰囲気に、いつのまにかタッシェも静かになっている。
「コンフ・ニ・ヴメロン?」
綺麗な声だった。
「あの……すいません」
アルマが答える。
「わたしたち、あなたの言葉がわからなくて……」
女は、面倒くさそうにため息をつき、空いている右手をあげて叫んだ。
「イオキア!」
一呼吸を置いて、女が来たあたりの草むらから、四人目となる人影が走り出た。
「まだいたのか……」スペスが驚く。
アルマは思わず周りを見まわしたが、他にも誰かが隠れているような気配はしなかった。
出てきたのは男のようで、同じような格好に弓をもち、真っすぐこちらへ向かって来る。
(……ねえアルマ)
スペスが小声で訊いた。
(――話す言葉が違っても、言いたいことを伝えられる魔法ってないの?)
(あることはあるけど私は使えないし、自分と相手の頭をつなげるようなものだから、よく知らない相手とは使わないものよ)
ふーん、とスペスが納得しているあいだに男が到着する。
先の女と少し言葉をかわすと、弓を背中にかけ、前に出てこう言った。
「あー……、私の言葉がわかりますか?」
大きくはないが、よく通る声だった。
「わかります!」
すぐにアルマは答えた。
「良かったです」と男がうなずく。
「――あなたたちが守ろうとしているその子は、私たちの子供です。お話がしたいので、もう少し近くに寄ってもいいですか? ご覧の通り、両手は空けています」
手の平をこちらに向けたあと、帽子を取って見せた顔は、女と見間違えそうなほどの美形だった。
ふたりともそう変わらない歳のようで、髪は短く刈ってあったが、タッシェと同じ銀色だった。耳も同じように上に伸びている。
「どうするの?」
アルマはスペスを見た。
「本当っぽいけど、念のため確認はしておこうよ」
そう言ったスペスが男に訊いた。
「確認なんだけど、この子の名前を教えてもらえるかな?」
「皆からは、タッシェと呼ばれています」
すぐに男が答えた。
ふたりは互いにうなずき、緊張が解けていくのを感じた。