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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第45話 『アールヴ族⁉』
 ふたりは互いにうなずき 緊張が解けていくのを感じた。

「わかりました。お話をうかがいます」
「ありがとうございます。私の名前はイオキアです」
 と男は帽子をかぶり直し歩いてくる。

 タッシェは、スペスの服を握って成り行きを見守っていたが、近づいてくる男に『イオキア!』と指をさした。

「よかったわね、もう行ってもいいのよ――」
 アルマはそっと背中を押したが、タッシェはスペスの服を離そうとしなかった。

「すいません……なんだか懐いちゃったみたいで」
 アルマが男に頭をさげる。
「ああ、べつに構いませんよ」

 そう言って笑う男の顔は、夏の花のように爽やかで、思わずアルマは見蕩れてしまった。あまりにじっと見すぎて『なにか?』と、おかしな顔をされてしまう。

「いえっ、なんでもありませんっ……」
 急いで目をそらしたアルマは、聞こえないようにスペスに耳打ちする。

(なんかタッシェもそうだけど、ここの人は美形が多いわよね)
(なに? アルマはああいう顔の人が好きなの?)
 なんとなく不満そうに、スペスが訊いた。

(えっ……そ、そういうわけじゃないけど、でもなんかいいわよね。うん!)
 アルマはひとりでうなずく。

「あの……お話をしても?」
 イオキアと名乗った青年が、こそこそと話をするふたりに訊ねた。
「あっ、はい! どうぞ!」
 あわててアルマは答える。

「まずは、いきなり弓を射かけた事を、お詫びいたします」
 とイオキアは丁寧に頭をさげた。
「あちらに控えるのが、我々の隊長なのですが、その……あなた達をゴブリンだと勘違いしたもので――」

「はい?」
 まさかの言葉に、思わず訊き返した。
「……ゴブリンと間違えるのは、さすがにないと思うんですが?」

「まったくもっておっしゃる通りなのですが、あの隊長は、他の種族の顔が区別できないようで。ゴブリンではない、と進言したのですが、聞き入れられず――」
 イオキアはすまなそうに話す。

「いきなり頭を狙おうとしたのを、なんとか説得して威嚇に変えさせたのです」
「あ、頭ぁ――⁉︎」大きな声が出た。
「……えっと、それは本当にありがとうございます?」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
 イオキアは重ねて頭を下げる。
「まったく年寄りは頭が固くなるものですが、こういうことでは困りますね……」

「あら、年寄りだなんて、いくらなんでも失礼ですよ」
 アルマは愛想笑いを作る。
「そんなに歳もはなれていないでしょう?」

「いえ――」と、真面目な顔でイオキアは首を振った。
「彼女とは五百以上歳が離れていますので」

「……ごひゃく?」
 聞き間違いだろう、と思ったが――
「はい、彼女はもうすぐ〝六百歳〟ですが、私はまだ〝六十八〟なので」
そうイオキアは続けた。

「えーと、冗談……ですよね?」
「いえ……あの、われわれ〝アールヴ〟が長寿なのは、ご存知かと思ったのですが……」

「アールヴ……?」
 何かを思いだす前に、スペスが訊いた。
「アルマ。アールヴって、昔このあたりに住んでたっていうアレ?」
「うそ――」

 三百年前にこの丘に住み、滅んだというアールヴ族。
 それが目の前にいるという。

 アルマはその事実を否定しようとしたが、『銀髪、長寿、耳が長い』という特徴は、『勇者の物語』に出てくるアールヴと同じだった。

「じゃあ……、やっぱりここは三百年前なの⁉」
「わからないけど、可能性はずっと高くなったみたいだね」
 スペスは、じゃれつくタッシェを肩に担ぎ上げながら、落ち着いた声で言った。

「わたしは今、勇者様と同じ世界にいるの……?」
 アルマはつぶやきながら一人で考えこむ。

「なにか、事情がおありのようですね」
 ふたりの様子にイオキアは何かを察したようだった。

「そもそもあなた方は、なぜこの場所まで来たのですか? ここはアールヴの土地で、近くに人族は住んでいません。まれに、獲物を追って猟師が入りこむことはありますが、この丘の上まで迷い込むことはまずありえません」

「わたし達にもよくわからなくて……信じてもらえるか、分からないんですけど」

 そう断ってからアルマは、どうやら三百年後から来たらしい事。
 ゴブリンに襲われて逃げたこと。
 帰るために、もう一度この場所を調べに来たこと。
 タッシェを助けたことなどを話した。
 疑われるんじゃないかと内心ドキドキしていたが、イオキアは、さっきよりも真剣に聞いていた。

「そうでしたか。タッシェを助けていただき、ありがとうございます――」
 アルマの話を聞き終わったイオキアは言った。
「それで、つまりあなた方は〝神の使い〟なのですか?」

「は?」と、アルマは間の抜けた声を出した。
 話がまったくつながっていなかった。何が〝つまり〟なのかも、分からなかった。

「〝神〟ってなんなの?」
 そう訊くスペスの肩の上では、タッシェが笑顔を見せていた。

「あ、えーと、神っていうのはね……」アルマは記憶をたぐる。
「いくつかのおとぎ話に出てくるんだけど――すごくすごく昔に、動物も植物も人族も、この世界のすべてを創った人だったかな? とにかく、そんなのだったと思う」

「ふーん、今はいないの?」
「今っていうか、昔からいないわよ、そんなの。子供だって信じない作り話なんだから」
「そうなのかぁ――」
 ちょっと残念そうな顔をしたスペスが訊いた。

「じゃあなんで、ボクらが神の使いなの?」
「それは、わたしにもわかんない」
 アルマは首を振って、イオキアを見た。

「どうやら、違ったようですね」
 イオキアが困ったように笑った。
「……ですが、神というのは本当にいるそうですよ。我々のあいだでは、昔からそう伝わっています」

「へえ、それは興味深い――」
 スペスが反応する。
「イオキアさんだったよね、神には会ったことあるの?」

「私はありませんし、集落にいるだれも、会ったことはありません」
「てことは、ここ何百年とかは、だれも見てないの?」
「何百どころか、万の単位でも神を見た者はいないそうですよ」
「それで本当に〝いる〟って言えるの?」

 スペスが訊いた。
 疑うというよりも、純粋に気になるだけのようだった。

「神には会えていませんが、神の使いは、我々のまえに現れています。とはいえ、それも少ないことなので私は会ったことがありませんけどね」

「それ……本当なんですか?」アルマが訊ねる。「そんな話は、初めて聞きました」

「それはそうでしょう」イオキアは落ち着きはらって答えた。「人族は、すでにはるか昔に神との関係を断っています。信じられないというのも無理はありません」
「なるほど」とスペスがうなずく。

「――でも、それでわかったよ。なんでボクらのことを勘違いしたのか」
「どういうこと? わたしには、なにもわからないんだけど?」
「ここが、どういう場所かって事さ」

「ここ?」
 アルマはすこし考えて、思い浮かんだままを言った。
「遺跡?」

「そう、〝|《転移》ができるかもしれない〟遺跡だ」
「あっ!」
 とアルマは言った。

「つまりここに、その神の使いが現れるんですか?」
「その通りです」イオキアは言った。

「実は、先ほどからあなた方が遺跡とおっしゃっているここは、遺跡ではありません。われわれの〝神殿〟なのです」
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