残酷な描写あり
R-15
第46話 『行ってもいいの、集落へ⁉』
「神殿?」
アルマが初めて聞く言葉だった。
「神殿というのは造語なんですが、アールヴの言葉では、神に触れる場所のことです」
「つまりは、神に関係する場所ってこと、だよね?」
あいかわらずタッシェの相手をしながら、スペスは訊いた。
「そうすると、遺跡ってアールヴのひとが作ったの?」
「ここを作ったのは、神自身だといわれています」イオキアが答えた。
「ってことはもっと――とんでもなく古いってこと?」
「そうなりますね。そして、今でも神の使いが現れる神殿は、遺跡ではないのです」
「その神の使いって、ここに《転移》で来てるのかな?」スペスが訊いた。
「転移ですか……?」イオキアが首をひねる。
「よくわかりませんが……、神の力を使って来ているのだとは思います」
「ふーん、なるほどねー」
スペスはひとりで納得したようにうなずいた。
話が途切れたタイミングで、イオキアが仕切り直すように言った。
「すこしお話が長くなってしまいましたね。そのせいで後ろの上司が少々焦れております。ひとまず、ここまでの事を報告してきてもよろしいでしょうか?」
「あ、もちろんです。よろしくお願いします」
頭を下げたアルマに、イオキアはニッコリ微笑んで、報告に行く。
隊長としばらく話したイオキアは、またふたりのところに戻ってきた。
「お待たせしました」
「あ……いえいえ、とんでもないです」
イオキアの丁寧な応対と笑顔に、アルマはもじもじとする。後ろで見ているスペスが面白くなさそうな顔をしていたが、気がつかなかった。
「あなた方は、ここを調べに来たのでしたよね?」
「そうです」
「タッシェを助けていただいた御恩もありますし、問題は起きないと思うのですが――先ほどお話ししたように、ここはわれわれにとって大切な場所です」
「そう……ですよね……」
「そこで恐縮なのですが、我々の〝長〟から許可を得ていただけますか?」
「許可ですか?」
「はい、一度、われわれの集落にご足労いただくことになりますが……」
「えっ、行ってもいいんですか!」
声を上げたアルマにスペスが不満そうに言った。
「えぇー……。そんな事してる時間があるの?」
「だってスペス、アールヴの集落よ! 勇者様の物語にも出てくるのよ⁉ どうせなら帰る前に見ておきたいわ! それに――他人の土地でなにかするなら、ご挨拶はしておかないとでしょ?」
「わかったよ……」
目を輝かせるアルマに、スペスは諦めたように言った。
「――また弓で狙われちゃ堪らないからね」
「ほんと! ありがとっ、スペス!」
そう言ってアルマはスペスに抱きついたが、スペスは肩をそっと押し返した。
「あっ……ご、ごめんね、つい」
アルマはすぐに離れて、はにかみ笑いをする。
「それじゃあ行きましょ。心配しなくたって、わたしだってそんなに長居するつもりはないのよ」
そう言って、アルマはうきうきと踊るように荷物をまとめはじめた。
支度を終えたふたりを、女隊長とイオキアはむこうにある道へ案内した。
左右の茂みで弓を構えていた二人は、いつの間にかいなくなっていた。
「さっきボクらが囲まれたときには、ほかにも誰かいたの?」
タッシェと手をつなぎながら歩くスペスが、何気なくイオキアに訊いた。
「姿を見せていない者なら、あと二人いましたよ。ひとりは先に集落へ連絡に行き、もうひとりは他の二人といっしょにまだゴブリンがいないかを調べにいきました」
「そうなんですね。わたし――全然気が付きませんでした」
アルマの言葉に、スペスもうなずく。
「我々はこの森で長く暮らしていますからね。草木を利用して姿を隠したり、森の中を音をたてずに移動するといったことは、ごく当たり前にできるのです」
「それは、敵に回したくないね」とスペスが肩をすくめる。
村とは反対に丘をくだると、小さな谷川の傾斜地にアールヴの集落はあった。
曲がった木をそのまま使った簡素な家々は、屋根が草で出来ており、
家というよりも仮小屋といったほうがいい大きさだった。
入り口に立つアールヴに声をかけ、隊長に連れられて集落の中に入ると、アルマは興味深そうにあちこちを見まわした。
「あのっ、アールヴのお家って、木の上にあるんじゃないんですか?」
「木の上ですか?」とイオキアは言った。
「いえ、木の上には作りませんよ。でも、見張り台なら木の上にあります。ほら、あそことか」といくつかの木を指さす。
「あ、ほんとだっ。すごい! あのっ、後でアレに登ってみたいんですけど、いいですか?」
「はははっ……、構いませんよ、落ちないように気をつけてくださいね」
「やったー!」
とアルマは、嬉しそうに声を上げた。
ここに来るまでの道中も、イオキアはアルマの問いに、ひとつひとつ丁寧に答えていた。
それをずっと見せられていたスペスは、大きくため息をついて乱暴に頭をかく。
手を繋いでいるタッシェが不思議そうに見ている事にも気づいていなかった。
「それで? ボクらはどこまで行けばいいのさ」
わざと、ぶっきらぼうな訊きかたをする。
「すみません……もう少し先になります。あの奥に見える建物までお願いします」
「何をむくれてるのよ……、さっきから」
アルマがスペスをふり返った。
だが、スペスはぷいと口を結んで視線をそらす。
「拗ねちゃってもう……、知らないわよ!」
とアルマも口を尖らせた。
案内された長老の居所は、他よりやや大きくはあったが、
やはり木と草で作った〝小屋〟のようだった。
しばらく待たされてから通された室内は、床のないむきだしの土間で、大きな窓もなく薄暗かった。
それでも、目が慣れるにつれて、奥に座る人物が見えてくる。
長老だと紹介されたの人物は、白髪の老人などではなく、
まだ三十にもならないような美しい女性だった。
アールヴ族に特有のまっすぐな銀髪を長くのばし、
小柄な身体に大きな布を巻きつけたような服を着ていた。
思わず見とれるスペスの脇腹を、アルマがドスッと肘で突く。
「よく、お越しになりました」
たちあがった長老は、ふたりにもわかる言葉でそう言ったあと、向かいにあった椅子をすすめる。落ち着きのあるその物腰は、見た目よりも上の年齢を感じさせた。
アルマはありがとうございますと言い、スペスは無言で会釈をして、それぞれが腰をおろす。すぐにタッシェがやって来て、嬉しそうにスペスのひざによじ登った。
それを見た長老は、目を細めると、しっとりとした声で言う。
「スペスさん、アルマさん。お話はうかがっております。うちの子を助けていただいて、ありがとうございました」
アルマが初めて聞く言葉だった。
「神殿というのは造語なんですが、アールヴの言葉では、神に触れる場所のことです」
「つまりは、神に関係する場所ってこと、だよね?」
あいかわらずタッシェの相手をしながら、スペスは訊いた。
「そうすると、遺跡ってアールヴのひとが作ったの?」
「ここを作ったのは、神自身だといわれています」イオキアが答えた。
「ってことはもっと――とんでもなく古いってこと?」
「そうなりますね。そして、今でも神の使いが現れる神殿は、遺跡ではないのです」
「その神の使いって、ここに《転移》で来てるのかな?」スペスが訊いた。
「転移ですか……?」イオキアが首をひねる。
「よくわかりませんが……、神の力を使って来ているのだとは思います」
「ふーん、なるほどねー」
スペスはひとりで納得したようにうなずいた。
話が途切れたタイミングで、イオキアが仕切り直すように言った。
「すこしお話が長くなってしまいましたね。そのせいで後ろの上司が少々焦れております。ひとまず、ここまでの事を報告してきてもよろしいでしょうか?」
「あ、もちろんです。よろしくお願いします」
頭を下げたアルマに、イオキアはニッコリ微笑んで、報告に行く。
隊長としばらく話したイオキアは、またふたりのところに戻ってきた。
「お待たせしました」
「あ……いえいえ、とんでもないです」
イオキアの丁寧な応対と笑顔に、アルマはもじもじとする。後ろで見ているスペスが面白くなさそうな顔をしていたが、気がつかなかった。
「あなた方は、ここを調べに来たのでしたよね?」
「そうです」
「タッシェを助けていただいた御恩もありますし、問題は起きないと思うのですが――先ほどお話ししたように、ここはわれわれにとって大切な場所です」
「そう……ですよね……」
「そこで恐縮なのですが、我々の〝長〟から許可を得ていただけますか?」
「許可ですか?」
「はい、一度、われわれの集落にご足労いただくことになりますが……」
「えっ、行ってもいいんですか!」
声を上げたアルマにスペスが不満そうに言った。
「えぇー……。そんな事してる時間があるの?」
「だってスペス、アールヴの集落よ! 勇者様の物語にも出てくるのよ⁉ どうせなら帰る前に見ておきたいわ! それに――他人の土地でなにかするなら、ご挨拶はしておかないとでしょ?」
「わかったよ……」
目を輝かせるアルマに、スペスは諦めたように言った。
「――また弓で狙われちゃ堪らないからね」
「ほんと! ありがとっ、スペス!」
そう言ってアルマはスペスに抱きついたが、スペスは肩をそっと押し返した。
「あっ……ご、ごめんね、つい」
アルマはすぐに離れて、はにかみ笑いをする。
「それじゃあ行きましょ。心配しなくたって、わたしだってそんなに長居するつもりはないのよ」
そう言って、アルマはうきうきと踊るように荷物をまとめはじめた。
支度を終えたふたりを、女隊長とイオキアはむこうにある道へ案内した。
左右の茂みで弓を構えていた二人は、いつの間にかいなくなっていた。
「さっきボクらが囲まれたときには、ほかにも誰かいたの?」
タッシェと手をつなぎながら歩くスペスが、何気なくイオキアに訊いた。
「姿を見せていない者なら、あと二人いましたよ。ひとりは先に集落へ連絡に行き、もうひとりは他の二人といっしょにまだゴブリンがいないかを調べにいきました」
「そうなんですね。わたし――全然気が付きませんでした」
アルマの言葉に、スペスもうなずく。
「我々はこの森で長く暮らしていますからね。草木を利用して姿を隠したり、森の中を音をたてずに移動するといったことは、ごく当たり前にできるのです」
「それは、敵に回したくないね」とスペスが肩をすくめる。
村とは反対に丘をくだると、小さな谷川の傾斜地にアールヴの集落はあった。
曲がった木をそのまま使った簡素な家々は、屋根が草で出来ており、
家というよりも仮小屋といったほうがいい大きさだった。
入り口に立つアールヴに声をかけ、隊長に連れられて集落の中に入ると、アルマは興味深そうにあちこちを見まわした。
「あのっ、アールヴのお家って、木の上にあるんじゃないんですか?」
「木の上ですか?」とイオキアは言った。
「いえ、木の上には作りませんよ。でも、見張り台なら木の上にあります。ほら、あそことか」といくつかの木を指さす。
「あ、ほんとだっ。すごい! あのっ、後でアレに登ってみたいんですけど、いいですか?」
「はははっ……、構いませんよ、落ちないように気をつけてくださいね」
「やったー!」
とアルマは、嬉しそうに声を上げた。
ここに来るまでの道中も、イオキアはアルマの問いに、ひとつひとつ丁寧に答えていた。
それをずっと見せられていたスペスは、大きくため息をついて乱暴に頭をかく。
手を繋いでいるタッシェが不思議そうに見ている事にも気づいていなかった。
「それで? ボクらはどこまで行けばいいのさ」
わざと、ぶっきらぼうな訊きかたをする。
「すみません……もう少し先になります。あの奥に見える建物までお願いします」
「何をむくれてるのよ……、さっきから」
アルマがスペスをふり返った。
だが、スペスはぷいと口を結んで視線をそらす。
「拗ねちゃってもう……、知らないわよ!」
とアルマも口を尖らせた。
案内された長老の居所は、他よりやや大きくはあったが、
やはり木と草で作った〝小屋〟のようだった。
しばらく待たされてから通された室内は、床のないむきだしの土間で、大きな窓もなく薄暗かった。
それでも、目が慣れるにつれて、奥に座る人物が見えてくる。
長老だと紹介されたの人物は、白髪の老人などではなく、
まだ三十にもならないような美しい女性だった。
アールヴ族に特有のまっすぐな銀髪を長くのばし、
小柄な身体に大きな布を巻きつけたような服を着ていた。
思わず見とれるスペスの脇腹を、アルマがドスッと肘で突く。
「よく、お越しになりました」
たちあがった長老は、ふたりにもわかる言葉でそう言ったあと、向かいにあった椅子をすすめる。落ち着きのあるその物腰は、見た目よりも上の年齢を感じさせた。
アルマはありがとうございますと言い、スペスは無言で会釈をして、それぞれが腰をおろす。すぐにタッシェがやって来て、嬉しそうにスペスのひざによじ登った。
それを見た長老は、目を細めると、しっとりとした声で言う。
「スペスさん、アルマさん。お話はうかがっております。うちの子を助けていただいて、ありがとうございました」