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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第47話 『ご機嫌ななめなスペスとタッシェ⁉』
「スペスさん、アルマさん。お話はうかがっております。うちの子を助けていただいて、ありがとうございました」

タッシェこの子は、長老さんのお子さんだったんですね」
 アルマが答えた。
「正確に言うなら違います。私が産んだ子供ではありませんので」
 長老は静かに微笑む。

「我々アールヴは長命な代わりに少子で、子供が滅多に生まれないのです。ですから我々は、子供を集落全体の子として育てます。その意味で、この集落いるほとんどが私の子なのですよ」

「そうなんですか」とアルマがうなずく。
「しかし困ったことに、この子は……今いる唯一の子供だからと甘やかしたのが良くなかったのか、本当に手を焼いております」
 長老はスペスのひざの上にいるタッシェを見た。

「集落の外へぬけだしたことも一度や二度ではなく、今回のことは良い薬になったと思いますが、おふたりには大変なご迷惑をおかけいたしました、お詫び申し上げます」

「いえ、そんな……わたしたちも偶然いただけですし、ほんとに、助けられて良かったです」

 アルマと長老が話すのを聞きながら、スペスはタッシェの頭をなでる。くすぐったそうなタッシェを眺めていると、外からイオキアが入ってきた。

 目の前のテーブルにカップが並べられ、部屋の中に良い香りが漂う。
 淹れられたのは薬草茶ハーブティーのようだった。
「お口に合うかわかりませんが――」と言ってイオキアはさがり、隊長の横にならぶ。

「あ、おいしいです」
 アルマはひと口飲んで、そう言った。

「それは、よかったです。そのお茶はダルデンの街で買ってきた物なんですよ」
 イオキアがアルマに微笑んだ。

「そうなんですか、ありがとうございます」
 笑顔を浮かべたアルマは、スペスに顔をちかづけて、小声でささやく。
(イオキアさんって素敵よね……。もし街のカフェで働いてたら、通いつめる人が出ちゃうわよ)

(どうでもいいよ、そんなこと……)
 スペスは投げやりに返す。
(――それより、本題に入ろうよ。なにしにここまできたのさ?)

(なによさっきから……。そんなの、わかってるわよ――)
 アルマはそう言ってカップを置くと、長老の方へ顔をもどした。


「――あの、ご存知かもしれませんが、わたしたち事情があって、帰るために丘のうえの神殿? を、調べさせてもらいたいんです。よろしいでしょうか」

「もちろんです」
 と長老はうなずいた。
「恩人の頼みを断る理由がありません。ただ――あの場所はわれわれにとっても重要な所です。汚損させるようなことだけは、しないでいただければ――」

「あ、それはもちろんです。ねっ、スペス?」とアルマは横を見る。
「そうだね――」とスペスは答えた。
「それじゃ、話もまとまったみたいだし、これでお開きでいいよね」

 スペスはそう言うと、タッシェを膝から下ろして立ちあがる。お茶のカップには口もつけていなかった。

「あ、ちょっと待ちなさいよ! どこにいくの⁉」
 アルマが声をあげたが、スペスは手をあげて――
「退屈だからタッシェと遊んでくる」と外へ出ていった。

 タッシェがアルマを見てから、スペスを追いかける。

「すみません――なにか御気分を損ねてしまったようですね」と長老は言った。
「あーいいんです、いいんです」とアルマは手を振る。
「さっきから子供みたいに虫の居所が悪いんですよ……ほんと仕方がないですよね」
 アルマはそう言って、困ったようにスペスの出ていった方を見た。

* * * * * * *

「くそっ!」
 外に出たスペスは、ちかくに落ちていた石を乱暴にけっとばした。

 石は二回、三回と跳ねて転がり、すぐに動かなくなる。
 それを見て、スペスはため息をついた。
 自分がなぜイライラしているのかはわかっていて、それがまた腹立たしかった。

「オニイチャー……」
 遠くから呼ぶ声がして、とことこと駆けてくるタッシェが見えた。
 険しい顔をしていたスペスは、とっさに顔に手を当てて表情をほぐす。

「アベブ・フィニ・オニイチャ?」
 やってきたタッシェが、笑顔で声をかけた。
「ああ、うん……」とスペスはぎこちなく笑う。

 タッシェはそんなスペスをじっと見ていたが、突然、鼻から息を吐くと、
「ダイジョブ!」
 とスペスの手を取った。


 スペスはタッシェに手を引かれて、集落の中をあっちへこっちへと連れ回された。

 行く先にあったのは、ただの木だったり、へんてこな石だったり、なんでもない壁だったりした。
 しかしタッシェは、行くさきざきで何かを一所懸命説明してくれた。

 言ってることが分からなくても、スペスは『すごいね』とか『そうだね!』と言って、熱心に話を聞いた。
 そうしていると、いくらか気持ちが落ちついた気がして、スペスはそっとタッシェの頭をなでる。


 いちばん最後に連れてきた小屋の前で、タッシェは急にあたりを警戒しだし、スペスを押し込むようにして中に入れた。
 そこは、ほかの家と同じようだったが、縄や薪など、道具を置いておく倉庫のようだった。

 タッシェが、うす暗い小屋のなかで、両手で口を押さえる仕草をして見せる。
「声を出すなってこと?」スペスが首を傾げる。
「――いや、ちがうか……。内緒……言っちゃいけないってことかな?」

 スペスは返事の代わりに、自分も口を押えてみせる。
 うなずいたタッシェは、小屋の奥へ行ってしゃがみ込み、むきだしの土間に手をついた。

 一呼吸おいて、手の先の土がゆっくりと沈みだす。
 窪みは徐々に深くなっていき、やがて人が通れるくらいの穴になった。

「へぇ……タッシェは魔法が使えるんだね」

「イッツィ!」
 タッシェはスペスが見る前で、飛び込むようにその穴へ潜りこむ。

「おーい……」
 スペスが声をかけると、暗い底から、『オニイチャ、イッツィ!』とタッシェの声が返ってきた。音の響きから、中にはそこそこの空間がありそうだった。
「仕方ないなぁ……」
 スペスは覚悟を決め、ひっかからないように気をつけながら穴に入る。

 窮屈な穴をどうにかくぐり抜けると、底には座れるぐらいの広さがあった。
 暗い小屋の中で、穴を通って入る光はごく少なく、
 奥にいるタッシェの姿はほとんど見えなかった。

「アトイン・スグゥ」
 タッシェがスペスの足の上に乗ってきた。
「これがしたかったの?」

 高い子供の体温を感じながら膝の上に座らせると、タッシェが手を伸ばして上の穴をふさいでしまった。狭い穴の中が、指先も見えないほどの暗闇になる。

「なんにも見えないんだけどー」
「オニイチャ! ダアイジョブ!」
 おかしそうに笑う声が、膝の上から返ってきた。

「大丈夫っていってもねぇ……」
 ため息をついたスペスは、周りに手を伸ばす。

 周囲の壁はすこし湿っていたが、ぼろぼろと崩れるような土ではなく、硬くしっかりしていた。
 見えない中で分かるのはその程度だったので、スペスはじっと動かないことにする。

 まっくらな穴の中は、ただひたすらに静かで、近くからタッシェの息づかいが聞こえるだけだった。
 しばらくそうしていたスペスは、急にゴブリンが穴に棲むという話を思いだす。

「ねぇ、やっぱりもう出ようよー!」
 たまらずにそう言うと、滲み出るようにぼんやりと、タッシェの顔が見えてきた。
 目が慣れたのかと思ったが、タッシェが、スペスの服にちいさな灯りをつけてくれたようだった。

 気がつけばタッシェの表情がわかるくらいには明るくなっていて、そんなスペスを見たタッシェは、「イッツィ」と向きをかえると、どこかへよつん這いで進みだす。 

「やれやれ――」とスペスは頭をかいた。
「長老さんの言ってたとおり、本当にやんちゃなんだな」
 タッシェの向かった方向には、横穴が伸びている。

「しかたない、もう少しつきあうか――」
 スペスは、遠くなったタッシェのお尻を追いかけて、狭い穴を這うことにした。
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