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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第48話 『タッシェの秘密の場所⁉』
 穴は広くなったり狭くなったりを繰り返しながら複雑に曲がり、次第にくだっていった。

 場所によっては、真っすぐ下りてからまた登るような所もあって、湿度が高い穴の中で身をよじったり、かがめたりして進むうち――スペスは、汗びっしょりになっていた。

 途中にはいくつかの分岐があったが、タッシェはその中のひとつを迷わずに選び進んでいった。

 やがて、狭い穴から、ひろびろとした空間に出る。
 そこは地下なのに、上に手が届かないほどの高さがあって、地上にあるアールヴの小屋くらなら入りそうなほど広かった。

 まわりの壁には、通って来たのと同じような穴がいくつかあいていて、その中でも一番大きなものは、スペスでも這わずに通れそうだった。

 あたりには、スコップや、ままごとにつかうような食器、詰めこまれた木の実、枯れた花などが置いてあり、壁には落書きがある。


「……なるほどね。ここがタッシェの秘密の場所なんだ――」
 スペスを見あげたタッシェは、うれしそうに笑って、また説明らしきものを始める。

 スペスが、相槌をうちながら手足を伸ばしていると、汗だらけの身体にすっと涼しくなるような感覚があった。どこかから少しだけ空気が流れているようだった。
 おかげでいくらか体の火照りは冷めたものの、まだ汗は止まらなかった。

「ねぇねぇ、ココがいいのはよく分かったんだけど、暑いからそろそろ外に出ない?」
 スペスは、話し終えたタッシェに声をかける。
「……?」
 タッシェは無邪気な顔でスペスを見つめていた。

「やっぱり伝わらないか――えーと、ここが、あついから、出たいっと」
 身ぶり手ぶりを加えてそう言うと、タッシェは手を叩いて笑った。

「――あ、あれ? なんか勘違いしてない?」
 念のために、もう一度やってみせると、タッシェは、転げまわるほど大笑いした。

 特に『外に出たい』という意味で、横に手をニュッとのばす動作がツボに入るようで、スペスが調子に乗って四、五回くりかえすと、タッシェは息もできなくなるほど笑い転げた。
「喜んでくれるのは嬉しいんだけど……、なんとなくヘコむなぁ」

 どうしたら伝わるのかを考えたスペスは、今度は自分の顔を指さしてタッシェに見せた。
「ほらほら、暑いからこんなに汗をかいちゃってるんだ」
 タッシェはじっとスペスを見ると、その顔を両手でつかんで頬にちゅっと口をつけた。

「そうじゃないんだけどなぁ……、ダメかー」
 スペスはまた別の手を考えようとしたが、
 タッシェは壁のいちばん大きな穴のほうへ歩いていき、『イッツィ』とその中に入った。

「わかってくれたのかな……」
 とキスされた頬をさわると、手についた土が、汗にまじって貼りついた。


 タッシェが入っていった穴は、スペスでも腰をかがめるだけで通れた。
 何度か曲がるうちに先が明るくなって、立てるほどに広くなる。

 さらに進むと、脇に開いた穴から外が見えた。
 近くにタッシェの姿はなく、穴から出たらしいとふんだスペスは、自分も穴をくぐった。
 
 出たところは、急な斜面の途中だった。
 スペスは、明るいところに出たせいで痛む目をこらえながら、見えている山の位置から、アールヴの集落より少し下った辺りだろうと思った。
 
「こうやっていつも外に抜け出していたんだな――大したもんだよ」
 とスペスは感心する。
「あ……でもこれじゃあ、今日のことも薬にはなっていなさそうだなぁ……」

 そんなことを考えていると、ガサガサと草をかき分けてタッシェがあらわれた。両手には紫色の実をたくさん抱えている。

「オニイチャ!」
 タッシェは斜面に腰をおろし、スペスを呼んだ。

 隣に座ると、タッシェは、持っていた実をスペスにわけ、ポツポツと枝からとって食べはじめる。
 渡された実を食べてみると、口の中に独特の酸味と甘みがひろがった。

 ひとつだともの足りなかったスペスは、四、五個をまとめてほうりこむ。
 それもすぐになくなってしまい、また四、五個と食べているうちに、もらった実はあっという間になくなってしまった。

「うん、おいしかったよ。えーと、デリッシュ……って言うんだっけ?」
「デリーシュ?」
「そう! デリーシュ!」

 スペスが親指を立てると、タッシェはニッコリと笑って、手に残っている分をわたしてくれた。
「え、わるいよ……」
 とスペスが受けとらないでいると、タッシェは強引に押しつけて握らせてくる。

「――じゃあ、代わりにこれ」
 とスペスは、ポケットからアルマにもらったアメを出して渡した。

 タッシェはめずらしそうにアメを見つめていたが、スペスにうながされてこわごわと口にいれ、歯で噛み砕こうとする。

 スペスが笑いながら、紫色の実を舌のうえでころがすようにしてみせると、まねしてやったタッシェが驚いたようにスペスを見た。
「デリーシュ、オニイチャ! デリーーシュ!」

 スペスも口に入れた実を飲みこむと、タッシェに、デリーシュと言った。
 丘の斜面に座った二人は、同じ言葉をなんども言いあい続ける。
 気がつけば、日が傾き始めていた。

「そろそろ戻らないと……きっと心配してるよ」
 汗が乾いたスペスは、そう言ってみたが、タッシェはキラキラした目を向けるだけだった。

「えーと、戻るってなんていうんだろう?」
 と、スペスは腕を組む。
「困ったな……さすがにアルマの話ももう終わってるだろうし……」

「アルマ?」と、タッシェが訊いた。
「そう、アルマ……のところに行きたいんだけど――」
 そう言ったスペスを、タッシェは若葉色の瞳で見つめる。

「――テ・レミゾン」
 小さくため息をついて立ちあがり、タッシェは無言で穴の方に戻っていく。
 スペスがついて行くと、タッシェはそのまま穴にもぐっていった。

 タッシェは来た通りに、穴の中を戻る。
 秘密の広間をすぎ、いくつもの分岐をいくあいだ、タッシェはずっと無口だった。さっきより進むのが速く、距離がひらけば待ってくれるが、スペスが追いつくとまたすぐに進んだ。

――もっと遊びたかったのかな。

 そう思いながら、スペスは急いであとを付いていく。
 やがてたどり着いた行き止まりで、タッシェは頭上に穴を開け、二人は入ってきた小屋の中に戻った。

 ぽっかりと開いた穴をタッシェが元通りに閉じると、
 扉がひらいて、小屋の中が明るくなった。

「あーっ! こんなところにいた!」
 入り口にアルマが立っていた。
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