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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第49話 『スペスとイオキア⁉』
「あーっ! こんなところにいた!」
 入り口にアルマが立っていた。
「――なによ……、二人とも泥だらけじゃない。こんなところで何してたのよ?」

 訊かれたスペスはこっそりとタッシェを見た。
 タッシェは目だけをスペスに返し、素早く口を押さえてみせる。
 それを見たスペスも、片手でさりげなく口を押さえた。

「……なに? どうかしたの?」
 アルマがおかしな顔をする。

「あー、いや、まあちょっと……二人でかくれんぼをね――」
 とスペスは苦笑いする。

「呆っきれた……。かくれんぼって……ほんと、子供みたいな事をするのね」
 アルマは腕を組んでそう言ったが、二人が見つかったことに安心しているようだった。

「……あれ? でもわたし、さっきもここを見に来たのに――どこに隠れてたの?」
「えっ、い、いや、いろいろ移動しながらやってたからね……。アルマが来たときには居なかったんじゃない?」

「ふーん。まさかとは思うけど――外につれ出したり、なんてしてないわよね?」
「いやぁ、まさか……。もちろん、そんなことはしてないよ」

「ふーん……」
 とアルマいぶかしそう二人を見たが、急に「あ、そうだ!」と言って外に出ると、「いましたよー!」と誰かに声をかけた。

「それで――」中に戻ってきたアルマは、もう疑いの目を向けていなかった。
「このあとどうする? また神殿あそこを調べに行ってもいいけど――今からだとすぐに暗くなっちゃうわよ?」

「そうだなぁ……」とスペスは考える。
「……調べるのはまだ時間がかかりそうだし、一度メイランさんのところに戻ろうか……。もう許可はもらえんだし、明日なら丸一日つかえるよ」

「そ、それならさっ!」とアルマは言った。
「もし良かったら……なんだけど――今日はここに泊めてもらわない?」

「ここに? 泊めてくれるの?」
「長老さんが、いくらでも泊っていいって言ってくれたの。だから。ねっ、……どうかな?」

 期待の込もったアルマの目を見て、スペスは通訳をしてくれたアールヴの青年を思い浮かべた。

「ほ、ほらっ!」黙ったスペスに、アルマがつづけた。
「ここなら丘の上に近いから、あの神殿に通うのにも丁度いいし! 何かわからないことがあれば色々訊けるかもしれないでしょ? それに、えーと……」

 言葉につまるアルマを見ていたスペスは、やがて、あきらめたように言った。
「わかったよ――目途がつくまで、何日か泊めてもらおう」

* * * * * * *

 タッシェはそのあと、駆けつけたアールヴ達に引きずられるようにして連れていかれた。
 せめてもの抵抗とばかりに、まったく歩こうとしなかったので、まるで捕獲された獣のようだった。

 どんなお説教をうけるのかはわからないが――
「たぶん、反省はしないと思います」とイオキアが苦笑いしていた。

 アルマは長老の家に泊まることになっていて、
 スペスには別の小屋があてがわれ、イオキアが同室することになった。

 なんとなく居心地が悪かったスペスは川の場所をきいて、よごれた服と身体を洗い、簡素なアールヴの服に着がえると――そのまま川のそばで鳥の声をきいて時間をつぶした。

 空が暗くなりはじめた頃に小屋へもどると、イオキアは寝台ベッドに座って弓の手入れをしていた。
 つるを外された弓は、油で磨かれて鈍くひかり、持ち手の変色具合から、ひと目で使いこまれているものだとわかった。

 イオキアは、スペスに気がつくと、おかえりなさい、と言って道具をしまおうとする。
「そのままでいいよ――」とスペスは手で止めた。

「特に用事はないから、続けてて」
「そうですか、それでは」と微笑んで、イオキアはまた弓を磨き始める。

 スペスは洗ってきた服を干すと、空いている寝台に横になった。
 しばらく小屋の中には、イオキアが弓を磨く音だけがした。

「ねえ……灯りはある?」
 だいぶ暗くなった頃、スペスが訊いた。
「おっと……これは失礼しました」
 イオキアはすぐに立ち上がり、魔法で明かりをつける。

「我々には見えるもので、失念しておりました」
「見えるって、あんなに暗くても?」
「ええ、アールヴ族われわれ人族あなたがたよりも、だいぶ見えるようです」

 そう言って座ったイオキアは、弓をしまうと、今度はやじりを出して矢を作り始める。

「ねえ……訊いてもいいかな?」
 あお向けに寝転んだままスペスは言った。
「なんでしょう?」
 イオキアが顔をあげる。

「アルマ――いや……イオキアさんには、恋人とか奥さんっているの?」
「いえ、おりませんよ」とイオキアは言った。「そもそもアールヴには、人族のような結婚という制度や概念自体がありません」

「そうなの?」
 スペスは驚いて身体を起こした。

「ええ。我々アールヴは非常に少子でして、男も女も数年から十数年に一回しか子供が作れません。ですから、人族のように特定の相手としか子供をつくれない制度にしてしまうと、お互いの繁殖期があわず、まず子供はできません」

 イオキアは完成した矢を一本しまうと、次の材料を出す。
「繁殖期に入ったアールヴは、好き嫌いに関わらず強制的につがいになって子供を作ります。そうでなければ滅んでしまいますから――」

「そうなんだ……」とスペスは言った。
「とはいっても、特定の相手と仲よくするのが、いけないわけではありませんよ。ただ子供ができない、というだけです」

「それは、変わってるね」
「そうでしょうか?」
 イオキアは手を止めてスペスを見た。

「植物も動物も、多くの生き物はわれわれのように多対多の関係で子孫を残しています。その方が生き残るのに有利だからでしょう。人族のように一対一に固定するほうが珍しい気がしますよ」

「それは……そうかもね」と言って、スペスは黙った。
 待っていたかのように静寂がもどり、イオキアは慣れた手つきで鏃をむすぶ。

「じゃあさ――」また、スペスが言った。
「……人族とアールヴで付き合ったり、結婚したり、子供ができたりってことはないの?」
「前例がないわけではありませんが、非常に珍しいことではありますね」
 イオキアの答えに、スペスは、そっかとだけ言った。

「――他に、聞きたいことはありますか?」
 イオキアはそう言って、まだ材料があるのに道具をしまいはじめた。

 おしゃべりにつきあってくれる気になったのか、それとも、ただ作業に飽きただけなのかは分からないが、せっかくだからと、スペスは足をおろして寝台ベッドに腰かけた。
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