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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第51話 『基礎と応用⁉』
「あのさ、さっきより大きな火を出そうと思ったら、もっと全身から魔力マナをあつめてくればいいの?」
 スペスが訊いた。
「基本としては、そうですね。ただ、そのやり方では効率がよくありません」
「効率?」

「ええ、魔法の効果を大きくする方法は、いくつかあります。その中で、もっとも単純なのが使う魔力マナの量を増やすことですから」
「それは、なんとなく練習したらできそうな気がするよ」

「そうですね」とイオキアはうなずいた。
「ただしこれは効率の悪いやりかたで、使う魔力マナの量にくらべて効果が薄いんです。だから一般的にはあまり使われません」

「ダメなんだ……」
「ダメなわけではありませんよ。いい練習になりますし、とても大切な基本でもあります。まずはそこからやってみてください」
「わかった。やってみるよ!」

「ただし、効率は良くないので、すごく疲れると思います」
「そうなんだ……。じゃあさ、その効率ってのを良くするにはどうしたらいいの?」

「より少ない魔力マナでおなじ効果を出す方法があります」
「そんなことができるの⁉」
 おどろくスペスに、イオキアは涼しい顔で、できますよと言った。

「さっきは腕全体から魔力マナを集めてきましたよね」
「うん」
「それを例えば――手首から先の魔力マナだけでやります」

「うん? でもそうすると、魔力マナが足りないよね?」
「じつは魔法で大切なのは、魔力マナの量ではなくて魔力マナの密度なんです」

「量じゃなくて密度?」
「さっきは、魔力マナを指先にあつめましたよね」
「うん」

「それで指先の魔力マナの密度が濃くなって《点火》ができたんです。
 集める魔力マナが多いほうが密度を上げやすいので、さっきは腕からうごかしましたが、
 逆に言うと、量が少なくても、密度さえあげられれば魔法はできるんです」

「つまり、魔力マナが少なくても、強く押しこめばいいってこと?」

「強さのほかに、速さ、正確さも大切です。
 より速く、より強く、正確に一点に魔力マナを集められれば、少ない魔力マナで魔法が発動できます。
 たとえば《点火》なら――私は指の半分の魔力マナがあればできますね」

「たったそれだけ⁉」
「極めた人なら、それこそ、爪の先ほどの魔力マナでも足りるかもしれません」

「それは、でも……すぐには難しそうだなぁ――ほかにはもう無いの?」
 図々しく訊ねるスペスに、イオキアが笑う。

「もう一つありますが、こちらも簡単ではありませんよ。自分以外の力、魔素エレメントをつかいます。魔素エレメントについてはご存知ですか?」
「いろんなものの中にある力、ってぐらいにしか知らないんだけど……」

「そうですね。燃えやすいものには【火】の魔素エレメント
 動く空気の中にある【風】の魔素エレメント
 他にも【水】、【土】、【光】、【闇】の魔素エレメントなんてものもあります」
「いろいろあるんだねぇ……」

「ただまあ、これらは本質的には同じだという人もいまして、学者の出てくる話になるので割愛しますが――大切なのは、われわれはこの魔素エレメントをつかって魔法がつかえる、ということですね」
「うんうん。理論も興味深いけど、とりあえずは方法そっちが知りたいな」
 イオキアがうなずいた。

「ではやってみせましょう。《点火》は火の魔法なので【火】の魔素エレメントが一番あつかいやすいです。
 ほかの魔素エレメントでもできないことはないのですが、〝変換〟しなくてはならないので無駄が多くなってしまいます」

 そう言うとイオキアは、さっきまで矢を作っていた材料箱から、手のひらくらいの木片を出した。

「こういう乾燥した木には【火】の魔素エレメントが多くあります。いまからこの木をつかって《点火》をやってみます。
 使う体内の魔力マナは通常の《点火》と同じにしてみますね」
 イオキアは左手に木片をにぎり、右手の指を立てた。

「いきます――」
 イオキアがそう言うと、指の先端からボボォっと、人の頭ほどの炎があがった。
「おおっ!」
 とスペスが声をあげる。

 おおきな炎は、近づけないほど強い熱を発していたが、すぐに小さくなっていき、やがて消えてしまった。

「こちらを見てください」
 イオキアが見せた左手の木片は、真っ白な灰に変わっていた。

「えーと……【火】の魔素エレメントがなくなったから、木が灰になったってこと?」
「そういうことです。今のは分かりやすくするために、魔素エレメントを一気に使いきってみました」

「その木を持つ手は熱くないの?」
「熱はすべて指先から出た火につかわれますから熱くないですよ」
 とイオキアは手を見せる。

「ボクもやってみたいな!」
「まだ無理だと思いますよ」
「いいからいいから。やってみるだけだからさ!」
 とスペスは手を出した。

「わかりました」
 とイオキアは、適当な木片をスペスにわたす。
「どうやるの?」

「木の中の魔素エレメントを、感じますか?」
「うーん、なんとなく……?」
「それを魔力マナの流れにあわせて一緒に導きます」

「一緒に動かすってこと? こうかな?」
「すこしでも魔素エレメントを使えていれば火が大きくなるはずです。やってみてください」

「えーとこうして、こうやってから、《点火》!」
 やってみると、火は大きくなるどころか、まったく出なかった。

「だめだ! これは難しいよ! ふたつの力を同時に使うんだから」
「そういうことです――わかってもらえましたか?」
「うん……わかりました」

「それじゃあ感覚を忘れないうちに〝魔力マナだけ〟で、もっとやりましょう。まず基本ができなければ、応用もできませんよ」
「それもそうだね。やってみるよ」

「その意気です。おっと……さっそくコツを掴みましたね、さっきより魔力マナの流れがスムーズです」
 イオキアに乗せられて、スペスはよく集中する。
「《点火》!」

「おお、素晴らしい。二回目は一度で成功じゃないですか。飲み込みが早いですね」
「教える人がいいからさ」
「またまた、お上手ですね――」

 そんな事を言いながら笑いあった二人は――ふと気がついた。
 入り口に、人が立っているのを。

 入り口に、昼間会った女隊長が立っているのを。

 入り口に立った女隊長が、初級魔法でよろこびあう二人を、とても冷ややかに見ているのを。

「あー……」とイオキアはスペスを見た。
「――本当のことを言っても、絶対に信じてもらえないと思うんですけど……。どうしたらいいでしょう?」

「ふざけてたって事にしたほうが、短い時間ですむんじゃないかな。……ごめん」
「それでいきます!」
 イオキアが、決意のこもった目で立ちあがった。

 だがイオキアが口を開く前に、隊長はひとことだけ何かを言い残して出ていった。
「……食事の時間、だそうです」
 振りむいたイオキアが言う。

「平気だったの……?」
「さあ? まったく触れられなかったのが逆に怖いですね……」
「それは、怖い……」
 スペスがそう言うと、二人はまた顔を見合わせて笑った。
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