残酷な描写あり
R-15
第52話 『アールヴの食レポ⁉』
スペスが外に出ると、星が見えるほど暗くなっていた。
集落の中央にある広場にはかがり火が焚かれ、二十~三十人ほどのアールヴが、いくつかのグループを作って座っていた。
すでに食事は始まっているようで、にぎやかな話し声が聞こえてくる。
広場に入ると、中央の敷物に長老とアルマが座っているのが見えた。
「やあ」
近づいたスペスは声をかける。
「お、おぅ……遅かったじゃない」
ぎこちなく、アルマがこっちを見た。
スペスはブーツをぬいで敷物にあがり、アルマのとなりに座る。あとから来たイオキアも近くに座った。
「ねぇねぇこれ見てよ。これ!」
座るなり、スペスは指を立てて見せる。
「……なに?」
「見ててよね」と言ったスペスの指先に、しばらくして小さな火がついた。
「あら……」とアルマが目を開く。
「すごいじゃない。できるようになったのね」
「やるときはやるんだよ。ボクは」
スペスは得意そうに言った。
「まあ、わたしの教え方がよかったからよね」
アルマも得意そうに言った。
「それはない……」とスペスが首を振る。
「信じられないわ……。なんて恩知らずなの?」
「いや……そもそもアルマは、そんなに教えてくれてないでしょ。イオキアさんが教えてくれたんだよ。教えるのがすごく上手でさ」
スペスが言うと、イオキアは微笑んで会釈した。
「なるほど」とアルマはうなずく。「……もう、わたしが教えることは何もないわね」
「だからアルマは教えてくれてないでしょ!」
「わたしが教えなかったせいで、イオキアさんの教えがよく頭に入ったんなら、それは、わたしが教えなかったおかげとしか言えないわよね?」
「もう何を言ってるんだかわからないよ!」
「まあでも良かったわね、出来るようになって。おめでとう!」
「うん、ありがとう!」
「わたしも良かったわ……」
「なにが?」
と訊いたスペスの顔を、アルマはじーっとのぞき込む。
「なーんだか知らないんだけどぉー、ずっと悪かったスペスの機嫌がぁー、直ったみたいだからぁー、よかったなーって!」
「あっれぇー?」とスペスは目をそらした。
「……ボクの機嫌が悪かったことなんて、あったかなー?」
「思い出せないなら、わたしからお知らせがあります!」
アルマが笑顔になって言った。
「なに?」
「いまっ……わたしの機嫌が悪くなりましたっ!」
笑顔だが、眉がつりあがっていた。
「ゴメンナサイ……」
おとなしくスペスは頭を下げた。
「よろしい――」
とうなずいて、アルマはスペスの皿をとった。
「ほら、早く食べなさいよ。せっかくわたし達のために用意してくれたんだから――
何がいいの? 取ってあげる」
「ありがとう。じゃあ、そこの野菜と魚」
「あっちの豆の煮込みも、美味しそうよ?」
「じゃあ、それも――」
「はい、どうぞ」
手早く料理をとってきたアルマは、スペスの前に置いた。
さっきよりも座る距離がいくぶん近くなっていた。
「ありがとう、いただきます」
すぐに食べ始めたスペスが、「こ、これは!」と言った。
「――味がしない」
「そうなのよ……」アルマが残念そうな顔をする。「――こうね、塩気が全くないのよ」
「なんていうか、そのままの味しかしないね」
「わたしの持ってる本には、『アールヴは木の葉っぱしか食べない』って書いてあったから、それに比べたらずっとマシなんだけど……」
「そうなのか……」
暗い声で話すふたりに、イオキアが、陶器の入れ物を差し出した。
「よかったらどうぞ」
アルマが開けてみると、なかには白い粒が入っていた。
「イオキアさん……まさかこれっ!」
「はい、塩です」とイオキアが言う。
「やったー!」
思わず声をあげると、まわりに座るアールヴたちが、何事かと注目する。
「あ……、ご、ごめんなさい」
顔を赤くして、アルマは小さくなった。
「使わないの? じゃあ、先にいい?」
スペスが塩に手を伸ばす。
「待て待て、待ちなさい――スペスがやると、絶対にかけ過ぎるから私がやってあげる」
アルマはそう言って塩を手に取り、スペスの皿に振りかける。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
受け取ったスペスが、さっそくひとくち食べる。
「うん! 美味しいよ、アルマ!」
「そう? じゃあわたしも失礼して――」
とアルマは自分の皿にも塩をかけた。
「んー、やっぱり美味しい! 素材がいいんだから、味がしないのはもったいないわよねー」
「アルマ! おかわりしてくるから、またかけて!」
「いいわよ! どんどん持ってきなさい!」
「私も人族の食事に慣れてしまって、塩がないと物足りないんですよね」
ふたりを見ていたイオキアが言った。
「あ、そうなんですね……。味覚が違うのかと思ってました」
「単に、昔から塩が手に入りにくかったので、こういう味付けになったというだけですよ」
「じゃあ、もしかしてこれって……高い物なんですか?」
アルマは小さな入れ物に入れてある塩を見た。
「いえ、今は街で買うことができますからそれほどではありませんよ。ただ、古い方にはどうにも合わないようで、味はいまだに薄いままなんです」
「そうなんですね、好みはあると思いますけど……もう少し濃くてもいいと思います」
「同感ですね」とイオキアがうなずいた。
「アルマー、これお願い!」
「はいはい……」
とアルマがおかわりしてきた皿を受け取ると、とことことやってきたタッシェが、ふたりの間に無理やり入ってきた。
「オニイチャ!」
スペスに持ってきた料理の皿を差しだす。
「くれるの? ありがとう」とスペスが受け取った。
「かわいいわねぇ――」
アルマが幸せそうにタッシェを見る。
「あらあら……」
と、長老が困ったように言った。
「すみません、お行儀が悪くて……」
「いえいえ、いいんですよ。子供のすることですから」とアルマは手を振る。
「本当にすみません」
と長老は再度謝った。
「……タッシェももう十七歳ですから、もっとしっかりさせないといけないのですが……」
「「じゅうななっ⁉」」スペスとアルマの声がかぶった。
かなりの大声だったので、また、周りから見られるほどだった。
「なにか……おかしかったでしょうか?」
長老が驚いて訊ねる。
「えっと――本当に十七歳なんですか? この子が?」
「そうですよ。夏の生まれなので、もうすぐ十八ですが――」
とまどいながら長老は答える。
集落の中央にある広場にはかがり火が焚かれ、二十~三十人ほどのアールヴが、いくつかのグループを作って座っていた。
すでに食事は始まっているようで、にぎやかな話し声が聞こえてくる。
広場に入ると、中央の敷物に長老とアルマが座っているのが見えた。
「やあ」
近づいたスペスは声をかける。
「お、おぅ……遅かったじゃない」
ぎこちなく、アルマがこっちを見た。
スペスはブーツをぬいで敷物にあがり、アルマのとなりに座る。あとから来たイオキアも近くに座った。
「ねぇねぇこれ見てよ。これ!」
座るなり、スペスは指を立てて見せる。
「……なに?」
「見ててよね」と言ったスペスの指先に、しばらくして小さな火がついた。
「あら……」とアルマが目を開く。
「すごいじゃない。できるようになったのね」
「やるときはやるんだよ。ボクは」
スペスは得意そうに言った。
「まあ、わたしの教え方がよかったからよね」
アルマも得意そうに言った。
「それはない……」とスペスが首を振る。
「信じられないわ……。なんて恩知らずなの?」
「いや……そもそもアルマは、そんなに教えてくれてないでしょ。イオキアさんが教えてくれたんだよ。教えるのがすごく上手でさ」
スペスが言うと、イオキアは微笑んで会釈した。
「なるほど」とアルマはうなずく。「……もう、わたしが教えることは何もないわね」
「だからアルマは教えてくれてないでしょ!」
「わたしが教えなかったせいで、イオキアさんの教えがよく頭に入ったんなら、それは、わたしが教えなかったおかげとしか言えないわよね?」
「もう何を言ってるんだかわからないよ!」
「まあでも良かったわね、出来るようになって。おめでとう!」
「うん、ありがとう!」
「わたしも良かったわ……」
「なにが?」
と訊いたスペスの顔を、アルマはじーっとのぞき込む。
「なーんだか知らないんだけどぉー、ずっと悪かったスペスの機嫌がぁー、直ったみたいだからぁー、よかったなーって!」
「あっれぇー?」とスペスは目をそらした。
「……ボクの機嫌が悪かったことなんて、あったかなー?」
「思い出せないなら、わたしからお知らせがあります!」
アルマが笑顔になって言った。
「なに?」
「いまっ……わたしの機嫌が悪くなりましたっ!」
笑顔だが、眉がつりあがっていた。
「ゴメンナサイ……」
おとなしくスペスは頭を下げた。
「よろしい――」
とうなずいて、アルマはスペスの皿をとった。
「ほら、早く食べなさいよ。せっかくわたし達のために用意してくれたんだから――
何がいいの? 取ってあげる」
「ありがとう。じゃあ、そこの野菜と魚」
「あっちの豆の煮込みも、美味しそうよ?」
「じゃあ、それも――」
「はい、どうぞ」
手早く料理をとってきたアルマは、スペスの前に置いた。
さっきよりも座る距離がいくぶん近くなっていた。
「ありがとう、いただきます」
すぐに食べ始めたスペスが、「こ、これは!」と言った。
「――味がしない」
「そうなのよ……」アルマが残念そうな顔をする。「――こうね、塩気が全くないのよ」
「なんていうか、そのままの味しかしないね」
「わたしの持ってる本には、『アールヴは木の葉っぱしか食べない』って書いてあったから、それに比べたらずっとマシなんだけど……」
「そうなのか……」
暗い声で話すふたりに、イオキアが、陶器の入れ物を差し出した。
「よかったらどうぞ」
アルマが開けてみると、なかには白い粒が入っていた。
「イオキアさん……まさかこれっ!」
「はい、塩です」とイオキアが言う。
「やったー!」
思わず声をあげると、まわりに座るアールヴたちが、何事かと注目する。
「あ……、ご、ごめんなさい」
顔を赤くして、アルマは小さくなった。
「使わないの? じゃあ、先にいい?」
スペスが塩に手を伸ばす。
「待て待て、待ちなさい――スペスがやると、絶対にかけ過ぎるから私がやってあげる」
アルマはそう言って塩を手に取り、スペスの皿に振りかける。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
受け取ったスペスが、さっそくひとくち食べる。
「うん! 美味しいよ、アルマ!」
「そう? じゃあわたしも失礼して――」
とアルマは自分の皿にも塩をかけた。
「んー、やっぱり美味しい! 素材がいいんだから、味がしないのはもったいないわよねー」
「アルマ! おかわりしてくるから、またかけて!」
「いいわよ! どんどん持ってきなさい!」
「私も人族の食事に慣れてしまって、塩がないと物足りないんですよね」
ふたりを見ていたイオキアが言った。
「あ、そうなんですね……。味覚が違うのかと思ってました」
「単に、昔から塩が手に入りにくかったので、こういう味付けになったというだけですよ」
「じゃあ、もしかしてこれって……高い物なんですか?」
アルマは小さな入れ物に入れてある塩を見た。
「いえ、今は街で買うことができますからそれほどではありませんよ。ただ、古い方にはどうにも合わないようで、味はいまだに薄いままなんです」
「そうなんですね、好みはあると思いますけど……もう少し濃くてもいいと思います」
「同感ですね」とイオキアがうなずいた。
「アルマー、これお願い!」
「はいはい……」
とアルマがおかわりしてきた皿を受け取ると、とことことやってきたタッシェが、ふたりの間に無理やり入ってきた。
「オニイチャ!」
スペスに持ってきた料理の皿を差しだす。
「くれるの? ありがとう」とスペスが受け取った。
「かわいいわねぇ――」
アルマが幸せそうにタッシェを見る。
「あらあら……」
と、長老が困ったように言った。
「すみません、お行儀が悪くて……」
「いえいえ、いいんですよ。子供のすることですから」とアルマは手を振る。
「本当にすみません」
と長老は再度謝った。
「……タッシェももう十七歳ですから、もっとしっかりさせないといけないのですが……」
「「じゅうななっ⁉」」スペスとアルマの声がかぶった。
かなりの大声だったので、また、周りから見られるほどだった。
「なにか……おかしかったでしょうか?」
長老が驚いて訊ねる。
「えっと――本当に十七歳なんですか? この子が?」
「そうですよ。夏の生まれなので、もうすぐ十八ですが――」
とまどいながら長老は答える。