残酷な描写あり
R-15
第54話 『神と門とアールヴ族⁉』
「まずはあの〝神殿〟について情報を集めたいかなぁ」
とスペスは言った。
「それにあの〝神〟っていうのもよくわからないんだよねぇ」
「それよねぇ……」
「というわけで長老さん!」
スペスが声をかけると、食事をしていた長老がこちらをむいた。
「なんでしょう?」
「あの〝神殿〟について教えてほしいんだけど、今いいかな?」
「もちろん、かまいませんよ」と長老は言った。
「それでどのようなことを?」
「えーとまず……神殿はいつからあるものなのかな?」
「いつかはわかりません。はるか昔に〝神〟がつくったものです。私が産まれるどころか、アールヴがこの地に住みはじめた時からあります」
「ふーん……、気になってたんだけど、長老さんっていくつなの?」
「ちょっと! 女性に歳のことなんて訊かないでよ!」アルマが言った。
「えっ……、ダメだった?」
「いえ、いいんですよ――」
と長老は首を振った。
「ただ、千を超えたころから数えるのをやめてしまったので、正確なところはもう分かりません」
二千は超えていると思いますよ、と長老は言った。
「二千を超えて、この美貌……。わたしもアールヴに生まれたかったわ……」
「無いものをねだっても、しょうがないでしょ」
「でも、でもぉ――」
と言うアルマを無視して、スペスがつづけた。
「とにかく、すごい昔からあるってことだよね――それで、あの〝神殿〟はまだ機能して使われてるんでしょ?」
「そのとおりです」と長老はうなずいた。
「ほら、やっぱりだ! ボクの見立てだと、アレは転移装置だと思うんだけど、どう?」
「そうですね。あれは神のいる場所へ行くための門です」
「アレを通れば神って人のところに行けるってことか……ボクも行っていいのかな?」
「神はヒトではありませんよ」と長老は言った。
「そして残念ですが、門は普段は閉じているので、神のところへ行くことはできません」
「でも、わたしたちはあれを通ってきたんです」とアルマは言った。
「確かにそう聞いています。しかも、此処とよく似た場所からいらした、と」
「はい」
「それを疑うわけではありませんが――
もし門が開けば、われわれにはそれがわかります。
ここのところ門が開いた気配はありませんでした。
その点が……よくわかりません」
「んー、でも〝普段は〟ってことは、開くことがあるんでしょ?」スペスが訊いた。
「そうですね。だいたい百年に一度くらいですが」
「開くとどうなるの? あと、次はいつごろ開く予定なのかな?」
「次は、まだ三十年は先でしょう」と長老は答えた。
「――門が開くと、まず、むこうから使者がやってきます。われわれは若い者を何人か使者に託し、神の元へ送ります」
「使者か、そういえばイオキアさんに、最初そんなことを聞かれたっけ……」
「ああ、あのときは失礼をいたしました――」
イオキアがどこか可笑しそうに言う。
「万が一を考えると確認をしなくてはいけなかったので」
「それは別にいいけどさ、その行った人達は、神のところで何をするの?」
「神のお世話をする、といわれています」長老が答えた。
「そもそも――われわれアールヴは神の身の回りの世話をするために創られたそうです」
「その〝世話〟っていうのが具体的に何をしてるのかはわからないの?」
「残念ながらあちらの事はわかりません。神の元へ行った者は、ずっとあちらで暮らすため、戻らないのです」
「連絡を取る方法もないの?」
「ありません」と長老は言った。
「ただあちらは楽園、とても暮らしやすいところだと言われております。みな幸せに暮らしていることでしょう」
「うーん?」
スペスが質問をやめて、考えこんだ。
「どうかしたの?」
「いや、うん。ちょっと……」
そう歯切れ悪く言ったきり、答えない。
「じゃあ、わたしからも質問いいですか?」
代わりにアルマが手を上げた。
「えっと……その神っていうのについて、よく知らないので教えてほしいです」
「もちろんです」と長老はうなずいた。
「神とは、アールヴも人族も、木も草も、動物も、そして大地も、すべての生き物と世界を創った創造主――父であり母である存在です」
「つまり、わたし達はみんな、神につくられたって事ですよね」
「そうです」
「でも……そんなにすごいのなら、なんで知られてないんですか? わたしも本当にいるなんて知らなかったし、たぶん街のひとも含めて誰も知らないと思うんですけど……」
「それはそうでしょう。人族ははるか昔に神のことを忘れ去りました。伝え聞くところによると、それは人族が、神を裏切ったせいだと云われております」
「うらぎり……ですか」
不穏な言葉にアルマは表情を硬くする。
「そうです――太古、知恵のある生き物は、神のつくった楽園に暮らしていました」
長老はよどみなく、唄うように語る。
「そこは飢えることのない、争いもない平和な理想郷でした――
しかし、あるとき人族は欲を出し、結果、神を裏切ります。
神は怒り、人族のみならず、楽園にいたすべての生き物を地上へと追放しました。
そして神はこの世界に二度と姿をみせなくなったのです。
この世界は神から見捨てられ、忘れら去られました」
「でも、アールヴ族はまだ――神を忘れてなくて、まだつながりがあるんですよね……?」
「そうです。アールヴ族はその時、神に許しを請いました。
結果――神は、アールヴが神を忘れずに生きるなら、その子孫が楽園に戻ることを許しました。そしてわれわれに門を与えたのです」
半信半疑でアルマは訊いた。
「だから――百年に一回お迎えが来るんですか?」
「そうです」
長老は真面目な顔でうなずいた。
「……神のいる楽園に行くことがアールヴの願いであり、使命なのです」
「でもそれってさ――」
いままで黙っていたスペスが、急に口を挟んだ。
「本当かどうかは、分からないよね?」
「どういうことでしょう?」
長老が、感情を抑えた、低い声で訊きかえす。
だが、スペスはかまわずに続けた。
とスペスは言った。
「それにあの〝神〟っていうのもよくわからないんだよねぇ」
「それよねぇ……」
「というわけで長老さん!」
スペスが声をかけると、食事をしていた長老がこちらをむいた。
「なんでしょう?」
「あの〝神殿〟について教えてほしいんだけど、今いいかな?」
「もちろん、かまいませんよ」と長老は言った。
「それでどのようなことを?」
「えーとまず……神殿はいつからあるものなのかな?」
「いつかはわかりません。はるか昔に〝神〟がつくったものです。私が産まれるどころか、アールヴがこの地に住みはじめた時からあります」
「ふーん……、気になってたんだけど、長老さんっていくつなの?」
「ちょっと! 女性に歳のことなんて訊かないでよ!」アルマが言った。
「えっ……、ダメだった?」
「いえ、いいんですよ――」
と長老は首を振った。
「ただ、千を超えたころから数えるのをやめてしまったので、正確なところはもう分かりません」
二千は超えていると思いますよ、と長老は言った。
「二千を超えて、この美貌……。わたしもアールヴに生まれたかったわ……」
「無いものをねだっても、しょうがないでしょ」
「でも、でもぉ――」
と言うアルマを無視して、スペスがつづけた。
「とにかく、すごい昔からあるってことだよね――それで、あの〝神殿〟はまだ機能して使われてるんでしょ?」
「そのとおりです」と長老はうなずいた。
「ほら、やっぱりだ! ボクの見立てだと、アレは転移装置だと思うんだけど、どう?」
「そうですね。あれは神のいる場所へ行くための門です」
「アレを通れば神って人のところに行けるってことか……ボクも行っていいのかな?」
「神はヒトではありませんよ」と長老は言った。
「そして残念ですが、門は普段は閉じているので、神のところへ行くことはできません」
「でも、わたしたちはあれを通ってきたんです」とアルマは言った。
「確かにそう聞いています。しかも、此処とよく似た場所からいらした、と」
「はい」
「それを疑うわけではありませんが――
もし門が開けば、われわれにはそれがわかります。
ここのところ門が開いた気配はありませんでした。
その点が……よくわかりません」
「んー、でも〝普段は〟ってことは、開くことがあるんでしょ?」スペスが訊いた。
「そうですね。だいたい百年に一度くらいですが」
「開くとどうなるの? あと、次はいつごろ開く予定なのかな?」
「次は、まだ三十年は先でしょう」と長老は答えた。
「――門が開くと、まず、むこうから使者がやってきます。われわれは若い者を何人か使者に託し、神の元へ送ります」
「使者か、そういえばイオキアさんに、最初そんなことを聞かれたっけ……」
「ああ、あのときは失礼をいたしました――」
イオキアがどこか可笑しそうに言う。
「万が一を考えると確認をしなくてはいけなかったので」
「それは別にいいけどさ、その行った人達は、神のところで何をするの?」
「神のお世話をする、といわれています」長老が答えた。
「そもそも――われわれアールヴは神の身の回りの世話をするために創られたそうです」
「その〝世話〟っていうのが具体的に何をしてるのかはわからないの?」
「残念ながらあちらの事はわかりません。神の元へ行った者は、ずっとあちらで暮らすため、戻らないのです」
「連絡を取る方法もないの?」
「ありません」と長老は言った。
「ただあちらは楽園、とても暮らしやすいところだと言われております。みな幸せに暮らしていることでしょう」
「うーん?」
スペスが質問をやめて、考えこんだ。
「どうかしたの?」
「いや、うん。ちょっと……」
そう歯切れ悪く言ったきり、答えない。
「じゃあ、わたしからも質問いいですか?」
代わりにアルマが手を上げた。
「えっと……その神っていうのについて、よく知らないので教えてほしいです」
「もちろんです」と長老はうなずいた。
「神とは、アールヴも人族も、木も草も、動物も、そして大地も、すべての生き物と世界を創った創造主――父であり母である存在です」
「つまり、わたし達はみんな、神につくられたって事ですよね」
「そうです」
「でも……そんなにすごいのなら、なんで知られてないんですか? わたしも本当にいるなんて知らなかったし、たぶん街のひとも含めて誰も知らないと思うんですけど……」
「それはそうでしょう。人族ははるか昔に神のことを忘れ去りました。伝え聞くところによると、それは人族が、神を裏切ったせいだと云われております」
「うらぎり……ですか」
不穏な言葉にアルマは表情を硬くする。
「そうです――太古、知恵のある生き物は、神のつくった楽園に暮らしていました」
長老はよどみなく、唄うように語る。
「そこは飢えることのない、争いもない平和な理想郷でした――
しかし、あるとき人族は欲を出し、結果、神を裏切ります。
神は怒り、人族のみならず、楽園にいたすべての生き物を地上へと追放しました。
そして神はこの世界に二度と姿をみせなくなったのです。
この世界は神から見捨てられ、忘れら去られました」
「でも、アールヴ族はまだ――神を忘れてなくて、まだつながりがあるんですよね……?」
「そうです。アールヴ族はその時、神に許しを請いました。
結果――神は、アールヴが神を忘れずに生きるなら、その子孫が楽園に戻ることを許しました。そしてわれわれに門を与えたのです」
半信半疑でアルマは訊いた。
「だから――百年に一回お迎えが来るんですか?」
「そうです」
長老は真面目な顔でうなずいた。
「……神のいる楽園に行くことがアールヴの願いであり、使命なのです」
「でもそれってさ――」
いままで黙っていたスペスが、急に口を挟んだ。
「本当かどうかは、分からないよね?」
「どういうことでしょう?」
長老が、感情を抑えた、低い声で訊きかえす。
だが、スペスはかまわずに続けた。