残酷な描写あり
R-15
第56話 『三度めの神殿⁉』
翌朝――
スペスとアルマは、昼食用に残り物をもらって、日の出まえにアールヴの集落を出た。
とはいっても、山に囲まれているせいで日が差すのが遅いだけで、すでに空は透きとおるように青かった。
ふたりは草についた朝つゆで足もとを濡らしながら、木々を縫うような道を登り、ほどなく丘の上についた。
「三度目の正直って言うからねっ!」
アルマは嬉しそうに、草地に並んだ巨石をながめる。
「二度あることは三度ある、とも言うよ?」
「嫌なこと言わないでよ……気持ちよく一日を始めたいのに――」
「それなら、二度あることは散発、にしとこうか」
「それって、同じような意味じゃない?」とアルマは言った。
「――ていうか、むしろ増えてない?」
「じゃあ……二度あることは山積は?」
「増えてるわね……もっと増えてる!」
「二度あることは散々!」
「たしかに散々な目にはあっているけどもっ!」
「二度あることは惨劇!」
「酷くなってる⁉ これ以上悪くするのはやめて!」
「あれもダメ、これもダメって――じゃあどうすればいいのさ?」
「……えっ⁉ んーと……なんていうのかしら。もっと前向きに『これから成功をつかみ取ってやるゼ』みたいにならない?」
「二度あることは……簒奪?」
「権力の座をつかみ取ろうとするな!」
「いや、神の座を――」
「人族の罪を、さらに増やすなー!」
「いや、それなら大丈夫でしょ」とスペスは笑った。
「どうしてよ?」
「だって、もしボクが門を使って来たのなら、ボクは神かその関係者で――人族じゃないはずだよ。あっちにはいないんでしょ人族は」
「あ、そっか……ってそうなの⁉ スペスが神の関係者⁉ た、たしかに……理屈では、そうなるのかな……?」
「だから、それはないってば」
「そうなの?」
「根拠はないけど、たぶん違うと思う。絶対ではないけどね」
「ふーん、そう言ってるのね、スペスのなかのアルマ氏が」
「ハ・ル・マ・スね」とスペスは言った。「いつからボクの中にアルマがいたんだよ……怖いからやめて」
「でも、そんなに言い切っていいの? だって、わたし達もこの神殿のせいでここに来たんでしょ?」
「それは、たぶん違うよ」
「ほら――だとしたら……って、違うの⁉」
驚くアルマに、スペスは言う。
「だって考えてもみてよ。
ボクの見立てでも、長老さんの話でも――この装置は《転移》つまり、はなれた〝場所〟をつなぐためのモノなんだよね。
それなのにボクたちはどうやら〝時間〟を移動したらしい。
しかも、そのとき〝場所〟はどうだった?」
「あっ――」
とアルマは口に手をあてる。
「同じ場所……移動は――してない」
「そうだよね。長老さんも『このところ、門は作動していない』って言ってたし、合わせて考えると、この〝神殿〟は、ボクらには関係がないんじゃないかな?」
「えっと……、でも、どういうこと? この〝神殿〟が原因じゃないとしたら、わたし達はどうしてこんな所に来ちゃったのよ⁉」
「簡単なことさ」とスペスは言った。
「ボクたちはこの〝神殿〟の《転移》じゃない、別のナニカによって、過去へ連れてこられたんだ」
「別のナニカ? なによそれ? そのナニカっていうのは、いったいなんだっていうの⁉」
「それはね――」
と、スペスが意味ありげに間を空ける。
「ボクにもさっぱりわからない!」
「わからない事だらけじゃない!」
「だから調べに来てるんでしょ?」
「うっ……。確かにそうだけど……」
「なんにしてもさ、もう一度調べてみないと何も分からないよ」
「じゃあ、さっさと始めましょうよ。とりあえず、わたしは何をしたらいいの?」
「そうだなぁ、急ぎでやってもらうことは無いんだけど、しばらくは周りの警戒かな。あとは、なにか怪しいものを見つけたら教えて」
「わかったわ」
話を終わりにしたふたりが丘の上を調べはじめると、しばらくして向かいの稜線からまぶしい太陽が顔をみせた。
日差しが石の群れを照らし出し、すぐに上がりはじめる気温に、ふたりは上着をぬいでシャツの袖もまくった。
それでも汗をかきながら、見落としがないかと神殿を端から端まで調べていったが――気がつけば、何の手がかりも見つからないうちに太陽は頭の上を越えていた。
「ダメだなぁ……。アルマ、いっかい休憩にしてお昼にしようよ」
「そうね。そうしましょうか」
うなずいたアルマは、近くの石のうえに昼食をひろげはじめる。
「お茶も貰ってきたから、淹れるわよ」
手ごろな石で竈をつくったアルマは、拾っておいた枯れ枝や葉をいれる。
「はい、スペス。〝火〟をお願いね」
「えっ?」
とスペスが意外そうな顔をした。
「放火するの? この神殿がボクらと関係なかったからって、丘ごと焼き払うの?」
「そんなことする訳ないでしょ!」
とアルマは声をあげた。
「そうだよね――このあたりだけ焼いておけば、十分気は晴れるよね」
「このあたりも焼かないってば……。どれだけ焼きたいのよ、わたしは」
「焼けになったアルマは火を放った」
「字が違う! あとヤケにもなってないから」
「生焼けかぁ」
「違うし……いまは、くだらないことを言うひとに手を焼いているわ」
「上手いこと返された⁉ もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
「なんでスペスがヤケになるのよ。いいからさっさと火をおこしなさい。お茶が飲めないでしょ! 火が急ぎで、火急よ!」
「わかった、まかせてよ!」
とスペスは嬉しそうに竈の前に立った。
「華麗に踊りながら、火をつけてみせるよ!」
「べつに踊らなくてもよろしい!」
「ちぇっ――」
と手を伸ばしたスペスは、素早く竈の中に《点火》した。
集めた枯れ葉に火がつき、細い枝へと燃えうつる。
「へー、覚えたてなのに、だいぶ上手くなってるじゃない!」
感心しながらアルマは鍋をセットした。
「まあ、ボクは百年にひとりの天才だからね」
「たしかに――」とアルマはうなずく。
「その歳で《点火》しかできない人は、百年にひとりかもしれないわね……」
「違うんだって! これから覚えるの! これから色々できるようになる予定なの!」
スペスが、むきになって反論した。
「はいはいスペスの努力は認めてるわよ。わかったわかった、スゴイスゴイ……スゴクスゴイ。さぁ、食べましょ!」
「う、うん……」
ふたりして石に座り、昼食を食べはじめると、アルマがため息をついた。
スペスとアルマは、昼食用に残り物をもらって、日の出まえにアールヴの集落を出た。
とはいっても、山に囲まれているせいで日が差すのが遅いだけで、すでに空は透きとおるように青かった。
ふたりは草についた朝つゆで足もとを濡らしながら、木々を縫うような道を登り、ほどなく丘の上についた。
「三度目の正直って言うからねっ!」
アルマは嬉しそうに、草地に並んだ巨石をながめる。
「二度あることは三度ある、とも言うよ?」
「嫌なこと言わないでよ……気持ちよく一日を始めたいのに――」
「それなら、二度あることは散発、にしとこうか」
「それって、同じような意味じゃない?」とアルマは言った。
「――ていうか、むしろ増えてない?」
「じゃあ……二度あることは山積は?」
「増えてるわね……もっと増えてる!」
「二度あることは散々!」
「たしかに散々な目にはあっているけどもっ!」
「二度あることは惨劇!」
「酷くなってる⁉ これ以上悪くするのはやめて!」
「あれもダメ、これもダメって――じゃあどうすればいいのさ?」
「……えっ⁉ んーと……なんていうのかしら。もっと前向きに『これから成功をつかみ取ってやるゼ』みたいにならない?」
「二度あることは……簒奪?」
「権力の座をつかみ取ろうとするな!」
「いや、神の座を――」
「人族の罪を、さらに増やすなー!」
「いや、それなら大丈夫でしょ」とスペスは笑った。
「どうしてよ?」
「だって、もしボクが門を使って来たのなら、ボクは神かその関係者で――人族じゃないはずだよ。あっちにはいないんでしょ人族は」
「あ、そっか……ってそうなの⁉ スペスが神の関係者⁉ た、たしかに……理屈では、そうなるのかな……?」
「だから、それはないってば」
「そうなの?」
「根拠はないけど、たぶん違うと思う。絶対ではないけどね」
「ふーん、そう言ってるのね、スペスのなかのアルマ氏が」
「ハ・ル・マ・スね」とスペスは言った。「いつからボクの中にアルマがいたんだよ……怖いからやめて」
「でも、そんなに言い切っていいの? だって、わたし達もこの神殿のせいでここに来たんでしょ?」
「それは、たぶん違うよ」
「ほら――だとしたら……って、違うの⁉」
驚くアルマに、スペスは言う。
「だって考えてもみてよ。
ボクの見立てでも、長老さんの話でも――この装置は《転移》つまり、はなれた〝場所〟をつなぐためのモノなんだよね。
それなのにボクたちはどうやら〝時間〟を移動したらしい。
しかも、そのとき〝場所〟はどうだった?」
「あっ――」
とアルマは口に手をあてる。
「同じ場所……移動は――してない」
「そうだよね。長老さんも『このところ、門は作動していない』って言ってたし、合わせて考えると、この〝神殿〟は、ボクらには関係がないんじゃないかな?」
「えっと……、でも、どういうこと? この〝神殿〟が原因じゃないとしたら、わたし達はどうしてこんな所に来ちゃったのよ⁉」
「簡単なことさ」とスペスは言った。
「ボクたちはこの〝神殿〟の《転移》じゃない、別のナニカによって、過去へ連れてこられたんだ」
「別のナニカ? なによそれ? そのナニカっていうのは、いったいなんだっていうの⁉」
「それはね――」
と、スペスが意味ありげに間を空ける。
「ボクにもさっぱりわからない!」
「わからない事だらけじゃない!」
「だから調べに来てるんでしょ?」
「うっ……。確かにそうだけど……」
「なんにしてもさ、もう一度調べてみないと何も分からないよ」
「じゃあ、さっさと始めましょうよ。とりあえず、わたしは何をしたらいいの?」
「そうだなぁ、急ぎでやってもらうことは無いんだけど、しばらくは周りの警戒かな。あとは、なにか怪しいものを見つけたら教えて」
「わかったわ」
話を終わりにしたふたりが丘の上を調べはじめると、しばらくして向かいの稜線からまぶしい太陽が顔をみせた。
日差しが石の群れを照らし出し、すぐに上がりはじめる気温に、ふたりは上着をぬいでシャツの袖もまくった。
それでも汗をかきながら、見落としがないかと神殿を端から端まで調べていったが――気がつけば、何の手がかりも見つからないうちに太陽は頭の上を越えていた。
「ダメだなぁ……。アルマ、いっかい休憩にしてお昼にしようよ」
「そうね。そうしましょうか」
うなずいたアルマは、近くの石のうえに昼食をひろげはじめる。
「お茶も貰ってきたから、淹れるわよ」
手ごろな石で竈をつくったアルマは、拾っておいた枯れ枝や葉をいれる。
「はい、スペス。〝火〟をお願いね」
「えっ?」
とスペスが意外そうな顔をした。
「放火するの? この神殿がボクらと関係なかったからって、丘ごと焼き払うの?」
「そんなことする訳ないでしょ!」
とアルマは声をあげた。
「そうだよね――このあたりだけ焼いておけば、十分気は晴れるよね」
「このあたりも焼かないってば……。どれだけ焼きたいのよ、わたしは」
「焼けになったアルマは火を放った」
「字が違う! あとヤケにもなってないから」
「生焼けかぁ」
「違うし……いまは、くだらないことを言うひとに手を焼いているわ」
「上手いこと返された⁉ もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
「なんでスペスがヤケになるのよ。いいからさっさと火をおこしなさい。お茶が飲めないでしょ! 火が急ぎで、火急よ!」
「わかった、まかせてよ!」
とスペスは嬉しそうに竈の前に立った。
「華麗に踊りながら、火をつけてみせるよ!」
「べつに踊らなくてもよろしい!」
「ちぇっ――」
と手を伸ばしたスペスは、素早く竈の中に《点火》した。
集めた枯れ葉に火がつき、細い枝へと燃えうつる。
「へー、覚えたてなのに、だいぶ上手くなってるじゃない!」
感心しながらアルマは鍋をセットした。
「まあ、ボクは百年にひとりの天才だからね」
「たしかに――」とアルマはうなずく。
「その歳で《点火》しかできない人は、百年にひとりかもしれないわね……」
「違うんだって! これから覚えるの! これから色々できるようになる予定なの!」
スペスが、むきになって反論した。
「はいはいスペスの努力は認めてるわよ。わかったわかった、スゴイスゴイ……スゴクスゴイ。さぁ、食べましょ!」
「う、うん……」
ふたりして石に座り、昼食を食べはじめると、アルマがため息をついた。