残酷な描写あり
R-15
第57話 『スペスはなにを疑うの⁉』
ふたりして石に座り、昼食を食べはじめると、アルマがため息をついた。
「やっぱり味が薄いのよね……お塩もらってくればよかったわ」
「あ、ボク、イオキアさんからもらってきてるよ、はいコレ」
「おっ、なんだ気がきくねぇキミ。なんて――ふふっ、ありがとっ」
スペスが出した小瓶を受け取ったアルマは蓋に手をかける。
「あっ――間違えた。これは火焔草の汁だった」
「こらこらこらっ!」
開けようとしたアルマは、あわてて蓋をしめる。
「危ないわね! まだ持ってたの、それっ!」
「いざってとき、ゴブリンをやっつける道具にもなるからね。あ、塩はこっちだよ」
「気をつけてよね……。火の魔素が強すぎるから、いきなり発火したり、肌につくだけでも火傷するかもしれないんだから。護身用に持ってて、逆に怪我をしたら笑えないわ」
「うん。だから割れにくい小瓶にして、みっつに分けといたよ」
「そう? まぁ、ちゃんと管理してくれるならいいんだけど――」
いまひとつ信用ならない顔で石を降りたアルマは、沸き始めた鍋を火からおろした。
「ねぇ、前から気になってたんだけどさ」
見ていたスペスが訊く。
「なんでお湯を沸かしたり料理をするときって、魔法の火でやらないの? いちいち薪を集めたりするより簡単な気がするんだけど?」
「ああ、それはね――」と、アルマはお茶をコップに移しながら言う。
「やってみればわかるけど、結果があまり変わらないのよね」
「どういうこと?」
「魔力だけでそれなりに大きい火を作ったら、すごく疲れるのはわかるでしょ?」
「うん……。あ、でもすごい人なら少しの魔力でもできるんでしょ」
「そんな達人が、そこら辺にホイホイいるとでも?」
「いないんだ……」
「そりゃそうよ」とアルマはあきれたように言う。
「――じゃあ疲れないようにって、補助に火の魔素が多いものを使おうとしても、そういうものって、大抵よく燃えるのよね。つまり、わざわざ魔法を使わなくたって、燃えるんだったらそれをそのまま燃やせばいいじゃない、ってなるわけ」
「なるほどねぇ……」
話を聞きながら、スペスはパンを口に放り込む。
「それにね、魔力は生きるためにも必要なもので、食事っていうのは魔力を補給するためにするんでしょ?
だから、食事のたびにいちいち魔力を使ってたら、そのぶん余計に食べなくちゃいけなくなって、無駄が多くなるのよ」
「言われてみれば、そうだね」
「もちろん、急いでるとか、なにか変わった使い方をしたいっていうなら、魔法の火のほうがいろいろ便利なこともあるんだけど、普通はやらないわよね」
「そっかぁ……」
納得するスペスに、アルマはお茶のコップを渡す。
「魔法は便利だけど、万能ではないの。それどころか、どっちかっていうと大雑把なものなのよ」
「へー、そんな感じはしないけどな」
「それは、みんな上手く使ってるからよ」
意外そうにするスペスを眺めながら、アルマは自分のお茶をふーふーと吹いた。
「たとえばそうね……。
魔法としては――おおきな木をまるごと切り倒すよりも、その木を平らな板に加工するほうが、複雑で高度なのよ。
もちろんそれができる人はいるとは思うけど、それだけのコントロールを身につけるのは大変だし、そんな技術があるのなら、もっと他のことに使うわ。
だって家を建てたいのなら、のこぎりと金づちを持ってきて使い方を覚えたほうがずっと早いんだから」
「そうなのかぁ――じゃあ魔法って、覚えてもあんまり役にたたないのかな……」
「そんなことは無いわよっ――」
あわててアルマは否定した。
「知ってる? もし《点火》がなかったとしたら、火をつけるのってとっても大変なことらしいわ。硬い木をずっとこすり続けるとかって聞いたことがあるけど、そんなので、ほんとに火が着くのかしらね?」
「物をこするときの熱を利用するのかな……やればできそうだけど、大変そうだね」
「だからね、使い方しだいなのよ。魔法をつかったほうが便利な時は魔法。そうじゃないときは別のやり方。なんだってそういうモノでしょ」
「それは、そうだね」とうなずいてスペスはお茶を飲む。
「ところでさ。さっき言ってた魔法の難しさってヤツは、何で決まるの?」
「効果の大きさと強さ。あとは複雑なことをやろうとすれば、だいたい難しくなるわね」
「複雑ねぇ――それならアルマみたいに人の身体を治すのなんて、かなり複雑になるんじゃないの?」
「そうよ、だから治癒師はあまり多くはないの。でも魔法って難しさのほかにも素養とか相性もあるからね。単純に治癒魔法だから難しいってことにもならないわよ。実際うちは、昔から治癒魔法が使える家系だし」
アルマはそう言うと、持ってきた豆の煮込みを食べる。
「ありがとう、いろいろ勉強になったよ」
「どういたしまして。そういえば、わたしもスペスに訊きたいことがあったのよ」
「なに?」
「昨日の夕食の時、やけに長老さんに食ってかかってたじゃない。あれってなんだったの? 神なんているわけない――とか言いたかったの?」
「いや、ボクは、神がいるならいるで別にいいんだけど――ていうか、本当にいるならむしろ興味深いんだけど……」
スペスが食べる手を止めた。
「楽園にいったアールヴがね、本当にしあわせになるのかが、よく分からなくて」
「なんで? しあわせに暮らしてるんでしょ? 飢えも争いもないって言ってたじゃない」
「うーん、それもさ、昔々のみんなが楽園にいたころはそうだったんだろうけど、だからって今もそうだって事にはならないんじゃない?」
「考えすぎよ。なにかそこまで疑う根拠があるの?」
「根拠っていうほどじゃないんだけど――」
スペスは考えながら話す。
「まず、最近の情報がまったくないでしょ。〝最近〟っていっても、何千年みたいな長さでだよ。そもそもさ、ひとを何人か運べる装置があるのなら、なにかに文字を書いて送るくらいのことはできるはずだよ」
「手紙みたいなの?」
「そういうのがあるんだ――」スペスが納得したようにうなずく。
「とにかく、アールヴは長く生きるんだから、百年に一回だとしても多くの人は生きてるはずだ。それなのに、行き来どころか、その〝手紙〟すら届けられないってのは、普通じゃない気がするよ」
「そういわれると、不自然かしらねぇ」
アルマも食事をやめて考えはじめた。
「それに、もうひとつ気になることがあるんだよ」とスペスは言う。
「……百年に一回。五人が行くとして――千年で五十人。あの集落と同じくらいの人数になる。たった千年でだよ。それを幾万の期間くりかえしたら、いったい何人になると思う?」
「んー、いくら長生きでも死んじゃうひともいるだろうし……あんまり変わらないんじゃない?」
「でもさ、飢えも争いもないんだろ、こっちにいるより、よっぽど死ににくいんじゃないかな? 仮に寿命を千年としても、つねにこっちから行ったひとが五十人、すこし他の理由で死んじゃっても四十人が、補充されながら保たれるわけだよ?」
「それなら、こっちと変わりないじゃない」
「大違いだよ。だって、いまの計算には入れていない数がある」
「入れてない数?」
「むこうで生まれた子供だよ」
「やっぱり味が薄いのよね……お塩もらってくればよかったわ」
「あ、ボク、イオキアさんからもらってきてるよ、はいコレ」
「おっ、なんだ気がきくねぇキミ。なんて――ふふっ、ありがとっ」
スペスが出した小瓶を受け取ったアルマは蓋に手をかける。
「あっ――間違えた。これは火焔草の汁だった」
「こらこらこらっ!」
開けようとしたアルマは、あわてて蓋をしめる。
「危ないわね! まだ持ってたの、それっ!」
「いざってとき、ゴブリンをやっつける道具にもなるからね。あ、塩はこっちだよ」
「気をつけてよね……。火の魔素が強すぎるから、いきなり発火したり、肌につくだけでも火傷するかもしれないんだから。護身用に持ってて、逆に怪我をしたら笑えないわ」
「うん。だから割れにくい小瓶にして、みっつに分けといたよ」
「そう? まぁ、ちゃんと管理してくれるならいいんだけど――」
いまひとつ信用ならない顔で石を降りたアルマは、沸き始めた鍋を火からおろした。
「ねぇ、前から気になってたんだけどさ」
見ていたスペスが訊く。
「なんでお湯を沸かしたり料理をするときって、魔法の火でやらないの? いちいち薪を集めたりするより簡単な気がするんだけど?」
「ああ、それはね――」と、アルマはお茶をコップに移しながら言う。
「やってみればわかるけど、結果があまり変わらないのよね」
「どういうこと?」
「魔力だけでそれなりに大きい火を作ったら、すごく疲れるのはわかるでしょ?」
「うん……。あ、でもすごい人なら少しの魔力でもできるんでしょ」
「そんな達人が、そこら辺にホイホイいるとでも?」
「いないんだ……」
「そりゃそうよ」とアルマはあきれたように言う。
「――じゃあ疲れないようにって、補助に火の魔素が多いものを使おうとしても、そういうものって、大抵よく燃えるのよね。つまり、わざわざ魔法を使わなくたって、燃えるんだったらそれをそのまま燃やせばいいじゃない、ってなるわけ」
「なるほどねぇ……」
話を聞きながら、スペスはパンを口に放り込む。
「それにね、魔力は生きるためにも必要なもので、食事っていうのは魔力を補給するためにするんでしょ?
だから、食事のたびにいちいち魔力を使ってたら、そのぶん余計に食べなくちゃいけなくなって、無駄が多くなるのよ」
「言われてみれば、そうだね」
「もちろん、急いでるとか、なにか変わった使い方をしたいっていうなら、魔法の火のほうがいろいろ便利なこともあるんだけど、普通はやらないわよね」
「そっかぁ……」
納得するスペスに、アルマはお茶のコップを渡す。
「魔法は便利だけど、万能ではないの。それどころか、どっちかっていうと大雑把なものなのよ」
「へー、そんな感じはしないけどな」
「それは、みんな上手く使ってるからよ」
意外そうにするスペスを眺めながら、アルマは自分のお茶をふーふーと吹いた。
「たとえばそうね……。
魔法としては――おおきな木をまるごと切り倒すよりも、その木を平らな板に加工するほうが、複雑で高度なのよ。
もちろんそれができる人はいるとは思うけど、それだけのコントロールを身につけるのは大変だし、そんな技術があるのなら、もっと他のことに使うわ。
だって家を建てたいのなら、のこぎりと金づちを持ってきて使い方を覚えたほうがずっと早いんだから」
「そうなのかぁ――じゃあ魔法って、覚えてもあんまり役にたたないのかな……」
「そんなことは無いわよっ――」
あわててアルマは否定した。
「知ってる? もし《点火》がなかったとしたら、火をつけるのってとっても大変なことらしいわ。硬い木をずっとこすり続けるとかって聞いたことがあるけど、そんなので、ほんとに火が着くのかしらね?」
「物をこするときの熱を利用するのかな……やればできそうだけど、大変そうだね」
「だからね、使い方しだいなのよ。魔法をつかったほうが便利な時は魔法。そうじゃないときは別のやり方。なんだってそういうモノでしょ」
「それは、そうだね」とうなずいてスペスはお茶を飲む。
「ところでさ。さっき言ってた魔法の難しさってヤツは、何で決まるの?」
「効果の大きさと強さ。あとは複雑なことをやろうとすれば、だいたい難しくなるわね」
「複雑ねぇ――それならアルマみたいに人の身体を治すのなんて、かなり複雑になるんじゃないの?」
「そうよ、だから治癒師はあまり多くはないの。でも魔法って難しさのほかにも素養とか相性もあるからね。単純に治癒魔法だから難しいってことにもならないわよ。実際うちは、昔から治癒魔法が使える家系だし」
アルマはそう言うと、持ってきた豆の煮込みを食べる。
「ありがとう、いろいろ勉強になったよ」
「どういたしまして。そういえば、わたしもスペスに訊きたいことがあったのよ」
「なに?」
「昨日の夕食の時、やけに長老さんに食ってかかってたじゃない。あれってなんだったの? 神なんているわけない――とか言いたかったの?」
「いや、ボクは、神がいるならいるで別にいいんだけど――ていうか、本当にいるならむしろ興味深いんだけど……」
スペスが食べる手を止めた。
「楽園にいったアールヴがね、本当にしあわせになるのかが、よく分からなくて」
「なんで? しあわせに暮らしてるんでしょ? 飢えも争いもないって言ってたじゃない」
「うーん、それもさ、昔々のみんなが楽園にいたころはそうだったんだろうけど、だからって今もそうだって事にはならないんじゃない?」
「考えすぎよ。なにかそこまで疑う根拠があるの?」
「根拠っていうほどじゃないんだけど――」
スペスは考えながら話す。
「まず、最近の情報がまったくないでしょ。〝最近〟っていっても、何千年みたいな長さでだよ。そもそもさ、ひとを何人か運べる装置があるのなら、なにかに文字を書いて送るくらいのことはできるはずだよ」
「手紙みたいなの?」
「そういうのがあるんだ――」スペスが納得したようにうなずく。
「とにかく、アールヴは長く生きるんだから、百年に一回だとしても多くの人は生きてるはずだ。それなのに、行き来どころか、その〝手紙〟すら届けられないってのは、普通じゃない気がするよ」
「そういわれると、不自然かしらねぇ」
アルマも食事をやめて考えはじめた。
「それに、もうひとつ気になることがあるんだよ」とスペスは言う。
「……百年に一回。五人が行くとして――千年で五十人。あの集落と同じくらいの人数になる。たった千年でだよ。それを幾万の期間くりかえしたら、いったい何人になると思う?」
「んー、いくら長生きでも死んじゃうひともいるだろうし……あんまり変わらないんじゃない?」
「でもさ、飢えも争いもないんだろ、こっちにいるより、よっぽど死ににくいんじゃないかな? 仮に寿命を千年としても、つねにこっちから行ったひとが五十人、すこし他の理由で死んじゃっても四十人が、補充されながら保たれるわけだよ?」
「それなら、こっちと変わりないじゃない」
「大違いだよ。だって、いまの計算には入れていない数がある」
「入れてない数?」
「むこうで生まれた子供だよ」