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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第58話 『特別なナニカとは⁉』
「大違いだよ。だって、いまの計算には入れていない数がある」

「入れてない数?」
「むこうで生まれた子供だよ」
「あ……」

「いくらアールヴが少子でも、死ににくて、定期的に若いひとが入るんだったら、どう考えても人数は増えるでしょ。
 そうやって増えたひとが子供を産んでまた増える――
 千年じゃそこまで違わなくても、何万年もかけたら絶対に大きな違いが出るよ」

 そこでスペスは、ひと息いれるように茶をのんだ。

「それなのに――定期的に人は連れて行かれて、戻る人どころか情報すらない。これで問題が無いって考えるほうが無理があると思うよ」
「ふーん……。だから、あんなに長老さんに詰めよってたのね」

「うん。でもさ、この事をあまり考えてもしかたがないよ。
 これはあの人達の問題で、ボクらには〝村に帰る〟っていう問題があるんだ。
 まずはできる事からやろうよ」
「それもそうね……」
 とアルマは考えるのをやめて、笑みを浮かべた。

「でもそうすると……どうしたらいいの?
 本当にこの神殿が原因じゃないとしたら――わたし達はどうすれば帰れるの……?」
「うーん……なにか、考えなきゃいけない事があるはずなんだ」
 スペスは、そう言いきった。

「アルマはかなり前から、何度もここに薬草を取りに来てたんでしょ? でもあんな真っ暗になるようなモノを見たことがなかった。そうだよね?」
「うん、そうよ」
 うなずきながら、アルマはパンを取り、食事を再開する。

「それに、あの集落のひと達も、神の使いがやってくるゲート以外は、見たことがないようだった――」
「そうね……」
 パンをかじって、またうなずいた。

「……それなのに、ボクらがあそこに行った時にだけアレが起きた。いくらなんでもタイミングが良すぎると思うんだ――」

「つまり?」
「つまりさ、なにかがあったはずなんだ。あのときだけの特別な〝ナニカ〟が――原因になるナニカが、絶対にある!」

 興奮気味に言ったスペスは、しかしすぐに苦笑いを浮かべる。
「――とは言っても、それがなんなのかは、まったく分からないんだけどね」

「ふたりだったとか?」
「それは……でも、さっきも試してみたでしょ――なにも起きなかった」

「そもそも一回来るだけでもう戻れない……とかは?」
 それは正直、アルマが今一番考えたくない可能性だった。

「いや、〝アレ〟は必ずまた通れるよ」スペスはそう断言する。
「アレはそういうモノだよ。ボクには確信があるし、ハルマスもそう言ってる」

「また出た……それ、アテになるの?」
 訊いたアルマは、しかしすぐに、『やっぱり、いいわ』と首を振った。
「――じゃあ、その〝ナニカ〟がわかれば、わたし達は村に帰れるのよね?」

「そうだね。もうちょっと正確に言うと、〝ソレを再現できれば〟だけど」
「可能性が無いって思うよりは、何かあるって思ってるほうがいいものね……。
 あの時にあって、いまは無いものを考えたらいいのよね?」

「うん。ただ……物じゃなくて、動作とか、何かの状態なのかもしれないけど――」
「でもわたし達、そんなに特別な事はしてなかったわよね?」
 ちょっと考えたアルマは、あっ! と声を上げた。

「そうよ! あの時わたし芋を持っていたわ。ねぇ、芋じゃない?」
「芋は……ちがうと思うよ」スペスが笑う。
「それに、あの芋はもう食べちゃったじゃない――荷物になるからって」

「じゃあ……わたし達はもう帰れないの⁉」
 途端に泣きそうな顔をするアルマ。
「いや、だから……違うと思うよ」とスペスは言った。

「――もし芋が原因なら、取りに行ったときじゃなくて、最初に置くときにアレが起きてるはずだし」
「あ、そっか……よかった」ホッと息をつく。
「……それなら、時間とかは? いつも決まった時間に起きている、とか?」

「それだと、毎月か毎年かわからないけど、定期的に起こるから見つかりやすい。ここは大昔からアールヴが住んでいるんだから、とっくに発見されていると思うよ」
「そうよね……」

「なんとなくだけど、もっと直接的で、もっとボクらに関係している事だと思うんだ」
「アニータが言ってるの?」
「誰だよアニータって……。ハルマスね」

「でも、あのとき持っていたものは今もだいたい持ってるし――なにか特別なことをしたわけでもないでしょ。時間も関係なさそうってなると、なにも浮かばないんだけど……」
「そうだよねぇ……」

 ふたりが考えこむと、丘を越える風がさわさわと草をゆする音がする。
 さわさわ……、さわさわ……と。

 さわさわ……さわさわ、ガサっ、さわさわ……ガサガサ……さわさわ。
「な、なにか来てる⁉」
 ふたりはすぐに武器をとる。話し込んでいたせいで、音に気づくのが遅れた。

「ゴブリン……?」
 声を殺してアルマが訊く。音はまっすぐにこちらに向かって来ていた。
「わからないね……」
 スペスは、分かりきった答えを返す。

 それでもアルマは、不安を消したくて、また訊ねた。
「アールヴの人ってことは?」
「ないよ」
 きっぱりとした否定だった。
「なんでよ?」

「だって、あの人たちは〝森の中を音も出さずに動ける〟んでしょ? いまのアレは音を出さないようにはしてるみたいだけど、アールヴの人たちと比べたら下手すぎる」
「そっか。でも、ゴブリンなら……平気よね」

「そうだね」
 今度は肯定だったが、それは安心や安全を保証してくれるものではなかった。
 アルマはしっかりと木剣を握り、不安そうに剣先を音へと向ける。
 
 音の主の速度スピードは早く、あっという間に姿を現した。

 茂みを飛び超えるようにして出てきたのは――
「な……、なによこれっ……!」
 ゴブリンではなかった。
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