残酷な描写あり
R-15
第69話 『戦況を変えた一撃⁉』
その頃――
始まったアールヴと悪魔との戦闘は、アールヴの優勢で進んでいた。
先行して押し寄せるゴブリン達に、アールヴの放った矢がつぎつぎと刺さる。
ゴブリン側も投石で対抗してきたが、アールヴの弓とは射程も精度もまるで違った。
最初の三射で一割――十体以上のゴブリンが戦闘不能になったところで、ようやく先頭のゴブリンが、木々に張られた防御柵にたどり着く。
アールヴのうち半数ほどが細身の剣を抜き、柵を越えようとするゴブリン達を攻撃する。後ろからは引きつづき柵越しに矢が飛び、樹上に設けられたいくつかの物見台からも弓で攻撃していた。
「こっちに来るなよっ!」
スペスは後列の弓隊に混ざって、投石器で攻撃に参加していた。
すでに多くのゴブリンが柵までたどり着いて、柵を越えるものもちらほらと出はじめる。
だが、前衛をうまくすり抜け、後方の弓手に襲いかかろうとするゴブリンには、最後列から長老のほか数名の魔法が飛ぶ。
炎の矢に焼かれ、風の刃に裂かれ、石つぶてで全身を打たれて、柵を抜け出したゴブリン達が倒れていった。
スペスも武器をムチに持ち替えて、前線を越えてくるゴブリン達を足止めしていく。
――いいぞ!
とスペスは思った。
柵を利用した三段構えの作戦で、ゴブリンは充分に防げていると感じた。
実際のところ、すでに三割近いゴブリンが戦えなくなっているのに対して、アールヴ側に戦闘不能の者は出ていなかった。
だが、ゴブリンの後ろにいる大型の悪魔たちはまだ戦いに参加もしていない。
ちょうど目の前のゴブリンを倒したスペスは、戦いから浮いたのを利用して、相手の後方を探り見た。
青っぽい身体のオーガ達はあいかわらずゆっくりと歩いている。
だが――最後尾の、毛むくじゃらのトロルが足を止めていた。
その動きになんとなく嫌なものを感じたスペスが見ていると、トロルは背中へと手をのばし、背負っていたカゴのようなものから、ゴツゴツとした何かの塊を取りだした。
その手が、そのまま後ろへと振りかぶられる。
「岩だ!」スペスは大声で叫んだ。「岩が飛んでくるぞ‼︎」
だが、言葉を理解して顔を上げたのは、イオキアなど数名だった。
アールヴ語の警告が飛ぶよりも早く、トロルが投げた岩塊が、中央の柵を強襲する。
矢のようにまっすぐに飛んできた岩は、木で組まれた柵を軽々とひき千切り、
地面でいちど跳ねると、戦場を暴風のように通り過ぎて、後方で轟音と共に砕けた。
最初に岩が跳ねたあたりでは、運悪く直撃したアールヴが真っ赤な肉塊に変わり、足の先だけが形を残していた。
たった一撃で戦況は大きく変わった。
吹き飛んだ柵は、その後ろにいたアールヴ達をもなぎ倒していていて、数人が倒れたまま動かなかった。
「イオキア!」と、スペスは名を叫ぶ。
一呼吸おいて誰かが、中央付近で剣をあげて振り回した。
一瞬のことで、手しか見えなかったが、スペスはそれがイオキアだと思った。
衝撃が収まると、破れた柵に向かって一斉にゴブリンたちが押し寄せ、動けないものに襲いかかっていく。
「フェ・トッション‼︎」隊長の声が鋭く響いた。
見ると、トロルがつぎの岩を振りかぶっている。
「くそっ!」
そう叫びながら、飛んできそうな方から離れようとした時、いきおいよくトロルの腕が振るわれた。
だが投げた岩は大きく的を外し、戦場を丸ごと飛び越えて、奥にある家をいくつか破壊しただけで済む。
アールヴ側の誰もが安堵したが、それも束の間のことだった。
岩の混乱に紛れてオーガ達が走りはじめていたらしく、いつのまにかすぐ目の前に迫って来ていた。
中央のやぶれた柵と、手薄になった左右に散ったオーガ達は、集落へ侵入しようと、太い腕をふりまわす。
その圧倒的な力によって、混乱で浮足立ったアールヴの戦士たちが、次々に倒されていき、アールヴの戦線は崩壊寸前となっていた。
――もう、ここまでかっ。
と後ろを振り返ったスペスの目に、しゃがみこんだ長老の姿がうつる。
――あれは……?
光る手を地面に付けた長老が、なにかの魔法をかけて立ちあがる。途端にあたりから、ざわざわと木の葉が揺さぶられる音が聞こえてきた。
スペスが異変を感じて見あげると、防御柵の上にある木の枝がしなりながら腕のごとく動いていた。
動き始めた枝は、そのまま近くにいたオーガ達へと伸びる。
手足に巻きついた枝が、次々とオーガを引き倒し、その上からさらに絡みついていった。
オーガ達も牙を剥いて咆え、激しく抵抗するが、木々の拘束からは抜け出せず、何体かが、地面に縫い付けられるように押さえ込まれた。
枝はさらに、やぶれた柵のあたりで重なり合い、開いた穴を塞いでゆく。
長老の魔法に怯んだゴブリンやオーガ達が後退し、戦線をいくらか回復したアールヴ側は、負傷者を後方に送る余裕を得た。
それを見てスペスは思う。
――アールヴは思ったよりも善戦している。……けど、これ以上はもたないだろう。
いまのところ、集落の手前で食い止めてはいたが、楽観的に考えられる要素は何もなかった。
なぜなら――
――もうじきトロルがやってくる……。
現状ですらギリギリで戦っているアールヴ達に、あの巨人を防ぐ手立ては無さそうだった。今は魔法で押さえつけているオーガ達も、動けないというだけで倒せてはいなかった。
木にかけられた魔法がどのくらい持つのかは分からないが、抵抗するオーガの動きもだんだんと激しくなっていて、遠からず押し破られるような気がした。
トロルは、オーガ達を押さえつけた魔法にもまったく動じなかったようで、張りめぐらされた柵をバキバキと踏み壊しながら近づいて来る。
行かせまいと絡みつく魔法の木も、足を止めてわずかに踏ん張っただけで、根元から丸ごと引き抜いてしまった。
なおも巻きつく木をひきずりながら迫りくるオーガは、その圧力だけでアールヴの戦線を下がらせると、そのまま、易々と集落の中へ入った。
トロルに続いて、ゴブリンや拘束されなかったオーガ達までが、つぎつぎと集落に侵入してくる。
柵による防衛線を突破されたアールヴ達に、その勢いを止める術はなく、トロル達を遠巻きに囲みながら、ついに後退をはじめるしかなかった……。
始まったアールヴと悪魔との戦闘は、アールヴの優勢で進んでいた。
先行して押し寄せるゴブリン達に、アールヴの放った矢がつぎつぎと刺さる。
ゴブリン側も投石で対抗してきたが、アールヴの弓とは射程も精度もまるで違った。
最初の三射で一割――十体以上のゴブリンが戦闘不能になったところで、ようやく先頭のゴブリンが、木々に張られた防御柵にたどり着く。
アールヴのうち半数ほどが細身の剣を抜き、柵を越えようとするゴブリン達を攻撃する。後ろからは引きつづき柵越しに矢が飛び、樹上に設けられたいくつかの物見台からも弓で攻撃していた。
「こっちに来るなよっ!」
スペスは後列の弓隊に混ざって、投石器で攻撃に参加していた。
すでに多くのゴブリンが柵までたどり着いて、柵を越えるものもちらほらと出はじめる。
だが、前衛をうまくすり抜け、後方の弓手に襲いかかろうとするゴブリンには、最後列から長老のほか数名の魔法が飛ぶ。
炎の矢に焼かれ、風の刃に裂かれ、石つぶてで全身を打たれて、柵を抜け出したゴブリン達が倒れていった。
スペスも武器をムチに持ち替えて、前線を越えてくるゴブリン達を足止めしていく。
――いいぞ!
とスペスは思った。
柵を利用した三段構えの作戦で、ゴブリンは充分に防げていると感じた。
実際のところ、すでに三割近いゴブリンが戦えなくなっているのに対して、アールヴ側に戦闘不能の者は出ていなかった。
だが、ゴブリンの後ろにいる大型の悪魔たちはまだ戦いに参加もしていない。
ちょうど目の前のゴブリンを倒したスペスは、戦いから浮いたのを利用して、相手の後方を探り見た。
青っぽい身体のオーガ達はあいかわらずゆっくりと歩いている。
だが――最後尾の、毛むくじゃらのトロルが足を止めていた。
その動きになんとなく嫌なものを感じたスペスが見ていると、トロルは背中へと手をのばし、背負っていたカゴのようなものから、ゴツゴツとした何かの塊を取りだした。
その手が、そのまま後ろへと振りかぶられる。
「岩だ!」スペスは大声で叫んだ。「岩が飛んでくるぞ‼︎」
だが、言葉を理解して顔を上げたのは、イオキアなど数名だった。
アールヴ語の警告が飛ぶよりも早く、トロルが投げた岩塊が、中央の柵を強襲する。
矢のようにまっすぐに飛んできた岩は、木で組まれた柵を軽々とひき千切り、
地面でいちど跳ねると、戦場を暴風のように通り過ぎて、後方で轟音と共に砕けた。
最初に岩が跳ねたあたりでは、運悪く直撃したアールヴが真っ赤な肉塊に変わり、足の先だけが形を残していた。
たった一撃で戦況は大きく変わった。
吹き飛んだ柵は、その後ろにいたアールヴ達をもなぎ倒していていて、数人が倒れたまま動かなかった。
「イオキア!」と、スペスは名を叫ぶ。
一呼吸おいて誰かが、中央付近で剣をあげて振り回した。
一瞬のことで、手しか見えなかったが、スペスはそれがイオキアだと思った。
衝撃が収まると、破れた柵に向かって一斉にゴブリンたちが押し寄せ、動けないものに襲いかかっていく。
「フェ・トッション‼︎」隊長の声が鋭く響いた。
見ると、トロルがつぎの岩を振りかぶっている。
「くそっ!」
そう叫びながら、飛んできそうな方から離れようとした時、いきおいよくトロルの腕が振るわれた。
だが投げた岩は大きく的を外し、戦場を丸ごと飛び越えて、奥にある家をいくつか破壊しただけで済む。
アールヴ側の誰もが安堵したが、それも束の間のことだった。
岩の混乱に紛れてオーガ達が走りはじめていたらしく、いつのまにかすぐ目の前に迫って来ていた。
中央のやぶれた柵と、手薄になった左右に散ったオーガ達は、集落へ侵入しようと、太い腕をふりまわす。
その圧倒的な力によって、混乱で浮足立ったアールヴの戦士たちが、次々に倒されていき、アールヴの戦線は崩壊寸前となっていた。
――もう、ここまでかっ。
と後ろを振り返ったスペスの目に、しゃがみこんだ長老の姿がうつる。
――あれは……?
光る手を地面に付けた長老が、なにかの魔法をかけて立ちあがる。途端にあたりから、ざわざわと木の葉が揺さぶられる音が聞こえてきた。
スペスが異変を感じて見あげると、防御柵の上にある木の枝がしなりながら腕のごとく動いていた。
動き始めた枝は、そのまま近くにいたオーガ達へと伸びる。
手足に巻きついた枝が、次々とオーガを引き倒し、その上からさらに絡みついていった。
オーガ達も牙を剥いて咆え、激しく抵抗するが、木々の拘束からは抜け出せず、何体かが、地面に縫い付けられるように押さえ込まれた。
枝はさらに、やぶれた柵のあたりで重なり合い、開いた穴を塞いでゆく。
長老の魔法に怯んだゴブリンやオーガ達が後退し、戦線をいくらか回復したアールヴ側は、負傷者を後方に送る余裕を得た。
それを見てスペスは思う。
――アールヴは思ったよりも善戦している。……けど、これ以上はもたないだろう。
いまのところ、集落の手前で食い止めてはいたが、楽観的に考えられる要素は何もなかった。
なぜなら――
――もうじきトロルがやってくる……。
現状ですらギリギリで戦っているアールヴ達に、あの巨人を防ぐ手立ては無さそうだった。今は魔法で押さえつけているオーガ達も、動けないというだけで倒せてはいなかった。
木にかけられた魔法がどのくらい持つのかは分からないが、抵抗するオーガの動きもだんだんと激しくなっていて、遠からず押し破られるような気がした。
トロルは、オーガ達を押さえつけた魔法にもまったく動じなかったようで、張りめぐらされた柵をバキバキと踏み壊しながら近づいて来る。
行かせまいと絡みつく魔法の木も、足を止めてわずかに踏ん張っただけで、根元から丸ごと引き抜いてしまった。
なおも巻きつく木をひきずりながら迫りくるオーガは、その圧力だけでアールヴの戦線を下がらせると、そのまま、易々と集落の中へ入った。
トロルに続いて、ゴブリンや拘束されなかったオーガ達までが、つぎつぎと集落に侵入してくる。
柵による防衛線を突破されたアールヴ達に、その勢いを止める術はなく、トロル達を遠巻きに囲みながら、ついに後退をはじめるしかなかった……。