残酷な描写あり
R-15
第73話 『本当にスペスなの⁉』
「スペスの、バカァァァぁぁぁあああっ‼︎」
「――呼んだー?」
声がした。
「いっひゃいっ‼︎」
心臓がとまるかと思ったが、びっくりしすぎて、逆にバクバクいっていた。
「ス、スペスなの……?」
あたりを見回して、アルマは訊ねる。
姿は見えなかったが、奥にある大きな穴の方から声がした。
「うん、そうだよー。バカのスペスだよー?」
皮肉のきいた返事だった。それを聞いたアルマの眉が、ぴくりと動く。
「残念だけど……あなたはスペスじゃないわ」
アルマは言った。
「――だって、本物のスペスは自分がバカってことにも気づかないくらい、バカなのよ?」
「えっ……そうなんだ」
穴の向こうから声が返る。
「えっと……じゃあ。やあ! バカじゃないスペスだよ!」
「バカじゃなかったら、スペスじゃないわ」
「どっちもダメじゃん……ていうか、さっきからバカバカって酷くない?」
「酷くない」とアルマは言った。
「わたしの言ったバカっていうのは、いい意味だから」
「へー、いい意味……ね」
露骨に納得していない声が返ってきた。
「そうよ」とアルマは言う。
「具体的に言えば、頭が悪くて常識が欠けていて、言うことがつまんないし、無益で役にも立たないけど、ついでに言うならスケベで約束も守らないけど、素直で正直っていう意味よ」
「ほとんど悪い意味だったけど⁉」
「あら、ちょっと褒めすぎちゃったわね。お詫びに〝素直で正直〟だけ取り消しておくわ」
「完全に、ただの悪口になったんだけど……」
「でもね――」
とアルマは続けた。
「そんなスペスがいま……わたしの隣には必要なのよ。わかってくれる?」
「アルマ……」
「だって、バカのスペスが隣にいれば、わたしの優秀さが引き立つんだから!」
「最悪だよ!」
とスペスが言った。
「ボクは甘いものに入れる塩じゃないんだよ!」
「そうね、塩のほうが役に立つものね」
「さっきから酷いなぁ、もしかして怒ってる?」
「べつに怒ってないわよ。ていうか――」
アルマは大きな穴に向かって言った。
「なんでさっきから入ってこないのよ? いつまでもそんなとこにいないで、早くこっちに来なさいよ」
「いや手がふさがってるし、暗くて見えないんだよ。悪いけど、ちょっと手伝ってくれる?」
「なーんだ。そういう事なら早く言いなさいよね。まったくしょうがないんだから――」
とアルマは嬉しそうに立ちあがる。
アルマは穴の手前で自分が笑っていることに気づき、一度すました顔をつくると、あらためて、嬉しそうな顔で入っていった。
他と比べて大きなその穴は、ほとんど屈まずに通れた。
スペスの声を頼りにすすんでいくと、かすかに外の明かりが差してきて広くなり、スペスが、物語のお姫様でも運ぶように長老をかかえていた。
「えっと……、どういう状況?」
戸惑いながら訊ねる。
「チョウロウゲンキナイ。ダカラ、ツレテキタ」
「なんで片言なのよ……。ちょっと見せてっ!」
そう言って、長老の身体に触れる。
目を閉じた長老は、弱々しく呼吸していた。
「魔力の欠乏症……かな。とにかく奥に運びましょ。スペスは足の方を持って」
「わかった」
ふたりは頭を低くしながら穴をくぐり、長老を奥の広間へ運びこむ。
まだ寝ているタッシェの隣に寝かせると、アルマが治療をはじめた。
「ねぇ、魔力欠乏症ってどういうこと?」
スペスが訊いた。
「魔力をつかい過ぎた時によくなるんだけど、軽ければ頭痛とか吐き気がするくらいよ。もうすこし重くなると身体がうごかなくなったり、意識を失うことがあって、最悪のばあい死んじゃうこともあるわね」
「長老さんはどう? 治りそう?」
心配そうに、スペスがのぞきこむ。
「意識が無いから危ないところだったけど、今わたしの魔力をわけてるから、大丈夫よ。起きたらなにか食べさせたいから、そこの袋から水と、なにか食べやすい物を持ってきてくれる?」
「わかった、それで元気になるんだね」
「そんなにすぐには回復しないわよ。しばらくは休んでたほうがいいでしょうね」
スペスが食べ物を取ってくると、治療を終えたアルマが、長老から手を離した。
「ひとまずはこれで大丈夫――っと」
ふぅと息を吐いて、アルマは浮かんだ汗をぬぐう。
「あ、それはそこに置いといて」
「うん。カリンガの実が入ってたから持ってきたよ。水気があるほうが食べやすいだろうし」
「いいわね」
とアルマはうなずく。
「それにしてもここまで魔力を使うなんて、なにか強力な魔法でもつかったの?」
「そうなんだよ。魔法を使ったとたんにすごい風が吹いてさ、あのトロルっていう大っきなヤツがズタズタにされたんだ」
「ふーん、あれからどうなったのか知りたいわ、くわしく教えてよ」
「いいよ、なにから話そうか――」
となりに座ったスペスは、トロルによって柵が破られたこと、長老の強力な魔法でもトロルが倒せなかったこと、アブタノという悪魔とトロルから火炎草の汁を使って逃げてきたことを話した。
「ずいぶんと、無茶をしてきたのね……」
アルマは暗い顔で目を伏せたが、すぐに顔をあげると、明るい声で言った。
「でも、がんばったのねスペス。偉かったわ、えらいえらい」
「そうかな、へへ……」
「偉いから、抱きしめてあげる」
アルマは、スペスがなにか言う前に、引き寄せるようにして頭を抱きしめた。
「ちょっと大げさじゃない?」
「いいの!」
抱きしめたアルマの腕に、ぎゅっと力が入る。
「だって怖かったんだから! わたしっ……本当に怖かったんだからっ! あなたが……、もう帰ってこないんじゃないかって……」
スペスの首筋に、ぽたりぽたりと温かいものが落ちる。
「ごめん……遅くなって」
そう言って、アルマに手を伸ばそうとしたスペスが、急に『いててててっ!』と声をあげた。
「あっ、ゴメン!」
思わずぱっと離れると、スペスは歯を食いしばって、右手をおさえていた。
「――呼んだー?」
声がした。
「いっひゃいっ‼︎」
心臓がとまるかと思ったが、びっくりしすぎて、逆にバクバクいっていた。
「ス、スペスなの……?」
あたりを見回して、アルマは訊ねる。
姿は見えなかったが、奥にある大きな穴の方から声がした。
「うん、そうだよー。バカのスペスだよー?」
皮肉のきいた返事だった。それを聞いたアルマの眉が、ぴくりと動く。
「残念だけど……あなたはスペスじゃないわ」
アルマは言った。
「――だって、本物のスペスは自分がバカってことにも気づかないくらい、バカなのよ?」
「えっ……そうなんだ」
穴の向こうから声が返る。
「えっと……じゃあ。やあ! バカじゃないスペスだよ!」
「バカじゃなかったら、スペスじゃないわ」
「どっちもダメじゃん……ていうか、さっきからバカバカって酷くない?」
「酷くない」とアルマは言った。
「わたしの言ったバカっていうのは、いい意味だから」
「へー、いい意味……ね」
露骨に納得していない声が返ってきた。
「そうよ」とアルマは言う。
「具体的に言えば、頭が悪くて常識が欠けていて、言うことがつまんないし、無益で役にも立たないけど、ついでに言うならスケベで約束も守らないけど、素直で正直っていう意味よ」
「ほとんど悪い意味だったけど⁉」
「あら、ちょっと褒めすぎちゃったわね。お詫びに〝素直で正直〟だけ取り消しておくわ」
「完全に、ただの悪口になったんだけど……」
「でもね――」
とアルマは続けた。
「そんなスペスがいま……わたしの隣には必要なのよ。わかってくれる?」
「アルマ……」
「だって、バカのスペスが隣にいれば、わたしの優秀さが引き立つんだから!」
「最悪だよ!」
とスペスが言った。
「ボクは甘いものに入れる塩じゃないんだよ!」
「そうね、塩のほうが役に立つものね」
「さっきから酷いなぁ、もしかして怒ってる?」
「べつに怒ってないわよ。ていうか――」
アルマは大きな穴に向かって言った。
「なんでさっきから入ってこないのよ? いつまでもそんなとこにいないで、早くこっちに来なさいよ」
「いや手がふさがってるし、暗くて見えないんだよ。悪いけど、ちょっと手伝ってくれる?」
「なーんだ。そういう事なら早く言いなさいよね。まったくしょうがないんだから――」
とアルマは嬉しそうに立ちあがる。
アルマは穴の手前で自分が笑っていることに気づき、一度すました顔をつくると、あらためて、嬉しそうな顔で入っていった。
他と比べて大きなその穴は、ほとんど屈まずに通れた。
スペスの声を頼りにすすんでいくと、かすかに外の明かりが差してきて広くなり、スペスが、物語のお姫様でも運ぶように長老をかかえていた。
「えっと……、どういう状況?」
戸惑いながら訊ねる。
「チョウロウゲンキナイ。ダカラ、ツレテキタ」
「なんで片言なのよ……。ちょっと見せてっ!」
そう言って、長老の身体に触れる。
目を閉じた長老は、弱々しく呼吸していた。
「魔力の欠乏症……かな。とにかく奥に運びましょ。スペスは足の方を持って」
「わかった」
ふたりは頭を低くしながら穴をくぐり、長老を奥の広間へ運びこむ。
まだ寝ているタッシェの隣に寝かせると、アルマが治療をはじめた。
「ねぇ、魔力欠乏症ってどういうこと?」
スペスが訊いた。
「魔力をつかい過ぎた時によくなるんだけど、軽ければ頭痛とか吐き気がするくらいよ。もうすこし重くなると身体がうごかなくなったり、意識を失うことがあって、最悪のばあい死んじゃうこともあるわね」
「長老さんはどう? 治りそう?」
心配そうに、スペスがのぞきこむ。
「意識が無いから危ないところだったけど、今わたしの魔力をわけてるから、大丈夫よ。起きたらなにか食べさせたいから、そこの袋から水と、なにか食べやすい物を持ってきてくれる?」
「わかった、それで元気になるんだね」
「そんなにすぐには回復しないわよ。しばらくは休んでたほうがいいでしょうね」
スペスが食べ物を取ってくると、治療を終えたアルマが、長老から手を離した。
「ひとまずはこれで大丈夫――っと」
ふぅと息を吐いて、アルマは浮かんだ汗をぬぐう。
「あ、それはそこに置いといて」
「うん。カリンガの実が入ってたから持ってきたよ。水気があるほうが食べやすいだろうし」
「いいわね」
とアルマはうなずく。
「それにしてもここまで魔力を使うなんて、なにか強力な魔法でもつかったの?」
「そうなんだよ。魔法を使ったとたんにすごい風が吹いてさ、あのトロルっていう大っきなヤツがズタズタにされたんだ」
「ふーん、あれからどうなったのか知りたいわ、くわしく教えてよ」
「いいよ、なにから話そうか――」
となりに座ったスペスは、トロルによって柵が破られたこと、長老の強力な魔法でもトロルが倒せなかったこと、アブタノという悪魔とトロルから火炎草の汁を使って逃げてきたことを話した。
「ずいぶんと、無茶をしてきたのね……」
アルマは暗い顔で目を伏せたが、すぐに顔をあげると、明るい声で言った。
「でも、がんばったのねスペス。偉かったわ、えらいえらい」
「そうかな、へへ……」
「偉いから、抱きしめてあげる」
アルマは、スペスがなにか言う前に、引き寄せるようにして頭を抱きしめた。
「ちょっと大げさじゃない?」
「いいの!」
抱きしめたアルマの腕に、ぎゅっと力が入る。
「だって怖かったんだから! わたしっ……本当に怖かったんだからっ! あなたが……、もう帰ってこないんじゃないかって……」
スペスの首筋に、ぽたりぽたりと温かいものが落ちる。
「ごめん……遅くなって」
そう言って、アルマに手を伸ばそうとしたスペスが、急に『いててててっ!』と声をあげた。
「あっ、ゴメン!」
思わずぱっと離れると、スペスは歯を食いしばって、右手をおさえていた。