残酷な描写あり
R-15
第76話 『お好きなんですか⁉』
「あの……スペスさん」
突然近くから声がして、ふたりはパッと勢いよく離れた。
見ると、暗闇のなかで、長老が体を起こそうとしていた。
「あっ……ダメですよ、まだ寝てないと」
アルマがあわてて長老のところへ行き、身体を支える。
「行かれるのですね……スペスさん」
長老は弱々しく言った。
「うん、行ってくるよ」
スペスが、長老のそばでかがむ。
「すみません……。私どものために危険なことを」
「いいよ気にしないで。これは――ボクらのためでもあるんだから」
「そうですか――」と、長老は言った。
「……あの、もう少しだけ、近くに来ていただけますか?」
「ん、わかった」
そばに寄るスペスに、長老は座ったまま手を伸ばす。
「勇者に……神の御加護があらんことを」
ボサボサの頭を愛おしそうに触りながら、長老がスペスの頬にそっと唇をつけた。
隣にいたアルマの目がカッと見開いたが、だれも気づかなかった。
長老が離れると、スペスがキスされたところを触りながら言った。
「どうせだったら、神よりも、長老さんの気持ちのほうが嬉しかったなぁ……」
「あら……」と長老は、恥ずかしそうに笑う。「もちろん、私の気持ちも入っていますよ」
スペスはそう言われて、何も言い返せない。
「はいはいはい!」とアルマが言った。
「もういいでしょ! はやく行きなさいよ!」
「な、なんだよ……急に」
驚くスペスを掴んで、アルマは無理やりに立たせる。
「うっさいバカ! さっさと行っちゃえ!」
「ちょっと、ちょっと! 背中を押さないでよ! わ、わかった、いくいく、行くからさ!」
スペスがあわてて荷物を取った。
「いいわねっ! 絶っ対に、死んだらダメなんだからね!」
アルマは念を押す。
「うん、わかったよ」とスペスがうなずいた。
「――それじゃあ行ってくる! 長老さんもまた! タッシェにもよろしく言っといて!」
そう言ったスペスは、振りかえりもしないで、暗い穴に飛びこんでいった。
「やれやれ……」
とアルマは長老のところへもどる。
「アルマさん、申し訳ありませんでした」長老が謝った。
「えっ? 何がです?」
「スペスさんのこと――お気になさったでしょう?」
「あっ……。あー、いえいえ」とアルマは手を振る。
「――別にわたしとあいつはそんなんじゃないですし……ていうか、もうぜんっぜん関係がないって言うか、あいつが誰と何をしようが、ホントどうでもいいんですけど。
あー、でもプロポーズとかされたことがあるんです……、って、それはまぁどうでもよくて……。
えーとだから、別に長老さんが気にすることはないっていうか、どうぞご自由にって感じなんですけど、あれ? なんの話でしたっけ?」
「ですから、スペスさんを危険な目にあわせてしまって申し訳ないと……」
「あっ……あー」とアルマは言葉に詰まる。
「そっち……ですよね」
「ほかに何か?」
不思議そうに長老が訊いた。
「いえっ! 他には何もないですねっ! ははは……」とアルマは笑った。
「そ、それより、起きたのなら少し食べてください。食欲はないかもしれないですけど……食べやすいカリンガの実とかありますよ」
「失礼ですがアルマさん……。もしかして?」
長老が、真面目な顔で訊く。
「――お好き……なんですか?」
「えっ! ……いやいやっ、わ、わたしはべつに好きとかじゃなくて、普通ですよふつー。
知り合ったのも最近ですし、まだそんなにっていうか、まっっったく好きになんかなってないです!
まぁ元気ない時に元気づけてくれたり、ぼーっとしてるようで、けっこう考えてくれたりで、頼りにはなるんですけど……。
でもでもっ……、だからって好きかっていわれると、それは関係ないっていうか、正直微妙かなーって」
「いえ……それはもう好きっと言って、いいんじゃないですか?」
決めつけるように長老は言った。
「い、いやいやいやっ、なにを言ってるんですかっ!
好きじゃないですよ、むしろ変にこだわるトコとか面倒臭いし、好きとかそういう風になるのって、もっとよく知りあってからじゃないですか。
最初の印象だけですぐ決めないで、ゆっくり時間をかけて好きになっていくほうが――」
「あら、好きになるのに時間は必要ありませんよ」
長老はきっぱりと言う。
「それを言ったら、私も最近知ったばかりですが……正直に申し上げて――あの……好き、ですよ」
「好きっ⁉ 長老さん、あんなのが、すすす、好き、なんですか⁉」
「ええ……お恥ずかしながら」
長老は本当に恥ずかしそうにうなずく。
「知ってすぐに、大好きになりました」
「大好っ⁉ へ、へーぇ、あんなのの、どこが……いいんです?」
「好きになるのに理由はいらないと思いますが……」
と長老はすこし考える。
「しいて言うならニオイ、でしょうか」
「におい⁉ においって、思ったより癖の強いところを……。気にしたことなかったけど……あいつ、そんなにニオイとかしてたかしら?」
「おかしいですか? ごく普通のことだと思うのですけれど――だっていい匂い、するじゃないですか」
「そ、そうなんですか? わ、わたしは、あんまりそういうのが、わからなくて……」
「それに加えて、はちきれんばかりのみずみずしさも、いいですよね」
「えっ……、ま、まぁ、たしかに若いとは思いますけど」
「お恥ずかしながら、もしも私が元気だったなら、今すぐにでも食べてしまうところでした」
「たっ、食べてっ! しかもすぐ⁉ 意外に積極的なんですね⁉︎ 肉食系⁉」
「でもアルマさんのおっしゃった通り、面倒な部分もありますよね。食べちゃうなら皮を剥いてあげないといけませんし……」
「皮⁉ って⁉ どこのっ⁉」
「どこって、まわりのですけど? アルマさんは剥いて差しあげないのかしら?」
「そ、そうですね……。わたしはその――そーいうのを、したことがないので……」
アルマが真っ赤になる。
「そうなんですね。では今度ぜひやってみてください。口に入れたときの感じがぜんぜん違いますから」そう言って長老は微笑んだ。
「口にっ⁉ か、皮をむいて、く、口に入れるんですかっ⁉」
「それは、そうですよ」
長老がきょとんとする。
「……口に入れなきゃ食べられないじゃないですか、カリンガの実は」
「はいっ?」
と、アルマが訊きかえす。
「カリンガの……実?」
「ほかに何が?」
長老が不思議そうにアルマを見た。
「いっ、いえいえっ! カ、カリンガの実ですよね、知ってます知ってます……そうですよね……」
「ちなみに私が知った〝最近〟というのは、二百年ほど前の話なので、お恥ずかしい限りです」
「あ、あー、はい。……そ、そう……ですね……」
赤い顔で固まったアルマを見て、長老がぷっと小さく吹き出した。
「えっ?」と、アルマは長老を見る。
「も、もしかして……、分かってて、わざとからかってました⁉ ど、どこから? ま、まさか、さっきキスしたのもわざとじゃ⁉」
「ちょっと何をおっしゃっているのか、わかりかねます……」
涼しげな顔で、長老は首をかしげた。
「嘘でしょ!」
アルマはビシッと指をさす。
「その顔は、すべてをわかってる顔っ!」
「まぁまぁ……」となだめるように長老が笑った。
「そんなに大きな声を出さないで、一緒にカリンガの実でも食べませんか? よろしければ皮の剥きかた、教えてさしあげますよ」
「それなら知ってるから、いーですよっ!」
アルマは、膝をかかえてふてくされた。
「アルマさん――」
「……なんですか?」
「若いって、いいですねっ!」
「知ーりませんよっ! それ食べて、とっとと寝てください!」
「あらあら……」
長老はそれ以上なにも言わずに、しずかに食事を終えると、また横になった。
やがて、かすかな寝息が聞こえはじめ、穴にまた静寂がもどってくる。
膝を抱えるアルマも気が抜けたのか、だんだんとまぶたが重くなり、頭もボンヤリして、いつしか夢うつつとなっていった。
突然近くから声がして、ふたりはパッと勢いよく離れた。
見ると、暗闇のなかで、長老が体を起こそうとしていた。
「あっ……ダメですよ、まだ寝てないと」
アルマがあわてて長老のところへ行き、身体を支える。
「行かれるのですね……スペスさん」
長老は弱々しく言った。
「うん、行ってくるよ」
スペスが、長老のそばでかがむ。
「すみません……。私どものために危険なことを」
「いいよ気にしないで。これは――ボクらのためでもあるんだから」
「そうですか――」と、長老は言った。
「……あの、もう少しだけ、近くに来ていただけますか?」
「ん、わかった」
そばに寄るスペスに、長老は座ったまま手を伸ばす。
「勇者に……神の御加護があらんことを」
ボサボサの頭を愛おしそうに触りながら、長老がスペスの頬にそっと唇をつけた。
隣にいたアルマの目がカッと見開いたが、だれも気づかなかった。
長老が離れると、スペスがキスされたところを触りながら言った。
「どうせだったら、神よりも、長老さんの気持ちのほうが嬉しかったなぁ……」
「あら……」と長老は、恥ずかしそうに笑う。「もちろん、私の気持ちも入っていますよ」
スペスはそう言われて、何も言い返せない。
「はいはいはい!」とアルマが言った。
「もういいでしょ! はやく行きなさいよ!」
「な、なんだよ……急に」
驚くスペスを掴んで、アルマは無理やりに立たせる。
「うっさいバカ! さっさと行っちゃえ!」
「ちょっと、ちょっと! 背中を押さないでよ! わ、わかった、いくいく、行くからさ!」
スペスがあわてて荷物を取った。
「いいわねっ! 絶っ対に、死んだらダメなんだからね!」
アルマは念を押す。
「うん、わかったよ」とスペスがうなずいた。
「――それじゃあ行ってくる! 長老さんもまた! タッシェにもよろしく言っといて!」
そう言ったスペスは、振りかえりもしないで、暗い穴に飛びこんでいった。
「やれやれ……」
とアルマは長老のところへもどる。
「アルマさん、申し訳ありませんでした」長老が謝った。
「えっ? 何がです?」
「スペスさんのこと――お気になさったでしょう?」
「あっ……。あー、いえいえ」とアルマは手を振る。
「――別にわたしとあいつはそんなんじゃないですし……ていうか、もうぜんっぜん関係がないって言うか、あいつが誰と何をしようが、ホントどうでもいいんですけど。
あー、でもプロポーズとかされたことがあるんです……、って、それはまぁどうでもよくて……。
えーとだから、別に長老さんが気にすることはないっていうか、どうぞご自由にって感じなんですけど、あれ? なんの話でしたっけ?」
「ですから、スペスさんを危険な目にあわせてしまって申し訳ないと……」
「あっ……あー」とアルマは言葉に詰まる。
「そっち……ですよね」
「ほかに何か?」
不思議そうに長老が訊いた。
「いえっ! 他には何もないですねっ! ははは……」とアルマは笑った。
「そ、それより、起きたのなら少し食べてください。食欲はないかもしれないですけど……食べやすいカリンガの実とかありますよ」
「失礼ですがアルマさん……。もしかして?」
長老が、真面目な顔で訊く。
「――お好き……なんですか?」
「えっ! ……いやいやっ、わ、わたしはべつに好きとかじゃなくて、普通ですよふつー。
知り合ったのも最近ですし、まだそんなにっていうか、まっっったく好きになんかなってないです!
まぁ元気ない時に元気づけてくれたり、ぼーっとしてるようで、けっこう考えてくれたりで、頼りにはなるんですけど……。
でもでもっ……、だからって好きかっていわれると、それは関係ないっていうか、正直微妙かなーって」
「いえ……それはもう好きっと言って、いいんじゃないですか?」
決めつけるように長老は言った。
「い、いやいやいやっ、なにを言ってるんですかっ!
好きじゃないですよ、むしろ変にこだわるトコとか面倒臭いし、好きとかそういう風になるのって、もっとよく知りあってからじゃないですか。
最初の印象だけですぐ決めないで、ゆっくり時間をかけて好きになっていくほうが――」
「あら、好きになるのに時間は必要ありませんよ」
長老はきっぱりと言う。
「それを言ったら、私も最近知ったばかりですが……正直に申し上げて――あの……好き、ですよ」
「好きっ⁉ 長老さん、あんなのが、すすす、好き、なんですか⁉」
「ええ……お恥ずかしながら」
長老は本当に恥ずかしそうにうなずく。
「知ってすぐに、大好きになりました」
「大好っ⁉ へ、へーぇ、あんなのの、どこが……いいんです?」
「好きになるのに理由はいらないと思いますが……」
と長老はすこし考える。
「しいて言うならニオイ、でしょうか」
「におい⁉ においって、思ったより癖の強いところを……。気にしたことなかったけど……あいつ、そんなにニオイとかしてたかしら?」
「おかしいですか? ごく普通のことだと思うのですけれど――だっていい匂い、するじゃないですか」
「そ、そうなんですか? わ、わたしは、あんまりそういうのが、わからなくて……」
「それに加えて、はちきれんばかりのみずみずしさも、いいですよね」
「えっ……、ま、まぁ、たしかに若いとは思いますけど」
「お恥ずかしながら、もしも私が元気だったなら、今すぐにでも食べてしまうところでした」
「たっ、食べてっ! しかもすぐ⁉ 意外に積極的なんですね⁉︎ 肉食系⁉」
「でもアルマさんのおっしゃった通り、面倒な部分もありますよね。食べちゃうなら皮を剥いてあげないといけませんし……」
「皮⁉ って⁉ どこのっ⁉」
「どこって、まわりのですけど? アルマさんは剥いて差しあげないのかしら?」
「そ、そうですね……。わたしはその――そーいうのを、したことがないので……」
アルマが真っ赤になる。
「そうなんですね。では今度ぜひやってみてください。口に入れたときの感じがぜんぜん違いますから」そう言って長老は微笑んだ。
「口にっ⁉ か、皮をむいて、く、口に入れるんですかっ⁉」
「それは、そうですよ」
長老がきょとんとする。
「……口に入れなきゃ食べられないじゃないですか、カリンガの実は」
「はいっ?」
と、アルマが訊きかえす。
「カリンガの……実?」
「ほかに何が?」
長老が不思議そうにアルマを見た。
「いっ、いえいえっ! カ、カリンガの実ですよね、知ってます知ってます……そうですよね……」
「ちなみに私が知った〝最近〟というのは、二百年ほど前の話なので、お恥ずかしい限りです」
「あ、あー、はい。……そ、そう……ですね……」
赤い顔で固まったアルマを見て、長老がぷっと小さく吹き出した。
「えっ?」と、アルマは長老を見る。
「も、もしかして……、分かってて、わざとからかってました⁉ ど、どこから? ま、まさか、さっきキスしたのもわざとじゃ⁉」
「ちょっと何をおっしゃっているのか、わかりかねます……」
涼しげな顔で、長老は首をかしげた。
「嘘でしょ!」
アルマはビシッと指をさす。
「その顔は、すべてをわかってる顔っ!」
「まぁまぁ……」となだめるように長老が笑った。
「そんなに大きな声を出さないで、一緒にカリンガの実でも食べませんか? よろしければ皮の剥きかた、教えてさしあげますよ」
「それなら知ってるから、いーですよっ!」
アルマは、膝をかかえてふてくされた。
「アルマさん――」
「……なんですか?」
「若いって、いいですねっ!」
「知ーりませんよっ! それ食べて、とっとと寝てください!」
「あらあら……」
長老はそれ以上なにも言わずに、しずかに食事を終えると、また横になった。
やがて、かすかな寝息が聞こえはじめ、穴にまた静寂がもどってくる。
膝を抱えるアルマも気が抜けたのか、だんだんとまぶたが重くなり、頭もボンヤリして、いつしか夢うつつとなっていった。