残酷な描写あり
R-15
第78話 『お待たせアルマ、会いに来たよ⁉』
「レヴェイヴ! アルマ!」
聞き覚えのある声がして、ゆっくりとアルマは目をあけた。
目の前に、アールヴの幼女がいた。
「タッシェ……?」
タッシェが、アルマの服をつかんでいる。
寝ぼけた頭で体を起こしたアルマは、どのくらい寝ていたのかとまわりを見たが、穴の中にそれを教えてくれるものはなかった。
なにかの夢を見た気がしたが、思い出せなかった。
そうして、ぼんやり座っていると『アルマ!』と、服を思いきりひっぱられた。
うつろな頭で今度は何かのいたずらかしら……となだめるように見ると、タッシェの顔は、緊張と怯えでこわばっていた。
はじかれたように近寄ったアルマは、タッシェの肩を両手で押さえる。
「どうしたの‼︎ 何かあった⁉」
ビクッとしたタッシェが、アルマから身体を遠ざけようとする。
はっとしたアルマは、小さな肩から手を離し、ひとつ息をして言いなおした。
「ごめんね――何があったのか教えてくれる、タッシェ?」
やさしく、でも真剣な顔できいた。
「ケルク・シューズ・アフィーブ……」
タッシェは、スペスの出ていった、外につながる穴を指差す。
暗く大きな穴は、相変わらずそこにあって、アルマの目に、なにかが起きているようには見えなかった。
それでも、タッシェの態度が気になって穴を見ていると、ふいに、ザリッっという音が耳に這入ってきた。
アルマはすぐに目を閉じ、耳に神経を集中する――また、ザジャッという引きずるような音がきこえた。音は、穴から入ってくるようだった。
「スペス……?」
穴に向かって声をかけてみると、一瞬だけ引きずる音が止まった。だが返事はなく、しばらくして、またズズッ……という音がする。
アルマは急いで《灯り》の魔法がかけてある木剣を手に取り、音のする穴の前に立った。
ふと後ろを振り返ると、不安そうな顔で見つめるタッシェと、まだ目をさまさない長老が見えた。
顔を戻したアルマは、光る剣先を穴に差しいれて、そっと中を覗きこむ。
はじめは、何か判らなかった――
穴の奥、少し先に、まるく光るもの、毛のようなもの、白く尖ったものが見えた。
アルマは、すぐにそれが大きな顔だと気づく。
「オ、オーガッ……⁉」
アルマと目が合ったそいつは大きく口を開き、白く長い牙を見せた。
そのひたいの真ん中には、最近ついたと思われる新しい矢傷があった。
「まさか……あの時のっ⁉」
神殿で、このオーガに殺されかけた事を思い出し、アルマはふらふらと後退る。
すぐに我に返ったアルマは、振り向いてタッシェを抱えあげると、集落に通じている穴まで連れて行き、半ば無理やりに押し込んだ。
「早くっ! 穴なら、あいつは入ってこれないからっ‼︎」
何が起きたのかがわからないタッシェも、アルマのただならぬ様子に、あわてて穴のなかへもぐり込む。
「あとは、長老さんっ!」
アルマは寝ている長老のところへ行き、頬を叩く。
大きな穴から、ズルッという音が近づいていた。
「起きてください、長老さん!」
声をかけると長老は、すぐに目を開けた。
「……アルマさん? どうなさいました?」
「オーガが入ってきています! すぐに逃げましょう!」
だが長老は、アルマの言葉に『そうですか……』とだけ答え、起きあがろうとはしなかった。
「すみません、身体がまだいうことを聞きません。どうか私のことは捨て置いて、アルマさんはお逃げください。タッシェのこと、どうかよろしくお願いします」
「そんなこと、できません!」
アルマは大声で拒む。
「アルマさん……いいのです」
長老は落ち着いた声で言った。
「私は、長く長く生きました。貴女やタッシェを百あわせるよりも長く生きました。きっとオーガも、私を食べれば、無理にあなた達を追わないことでしょう。ですから、どうか私を置いて早くお逃げください」
話してるあいだにも、背後の穴からはズルズルと音が近づき、ハァハァというオーガの息づかいまでが耳に入りはじめた。
「長老さん……ゴメン‼︎」
アルマは、これ以上の問答は無用とばかりに長老を抱え上げると、集落につながる穴の前まで運ぶ。
だが――そこで、はたと立ち止まった。
狭い穴はごつごつと曲がりくねっていて、小さなタッシェならばともかく、動けない大人を無理に押しこむ事は、出来そうになかった。
「おろしてください、アルマさん」
長老の声がして、アルマは、壁に寄せるように長老をおろす。
「どうぞ行ってください――」長老が言った。
体調によるものか、恐怖によるものか、その顔は青ざめていた。
「できない……です」アルマは首を振る。
「お気になさることはありません。これは仕方のないことなのです」
諭すように長老は言う。
「弱いものが強いものに食べられる、それは、私どもの暮らすこの森において、ごくあたりまえの、ありふれた事なのですから」
落ちついたその声を聞きながら、アルマはギュッと目を閉じた。
もう、オーガはすぐそこだった。
聞き覚えのある声がして、ゆっくりとアルマは目をあけた。
目の前に、アールヴの幼女がいた。
「タッシェ……?」
タッシェが、アルマの服をつかんでいる。
寝ぼけた頭で体を起こしたアルマは、どのくらい寝ていたのかとまわりを見たが、穴の中にそれを教えてくれるものはなかった。
なにかの夢を見た気がしたが、思い出せなかった。
そうして、ぼんやり座っていると『アルマ!』と、服を思いきりひっぱられた。
うつろな頭で今度は何かのいたずらかしら……となだめるように見ると、タッシェの顔は、緊張と怯えでこわばっていた。
はじかれたように近寄ったアルマは、タッシェの肩を両手で押さえる。
「どうしたの‼︎ 何かあった⁉」
ビクッとしたタッシェが、アルマから身体を遠ざけようとする。
はっとしたアルマは、小さな肩から手を離し、ひとつ息をして言いなおした。
「ごめんね――何があったのか教えてくれる、タッシェ?」
やさしく、でも真剣な顔できいた。
「ケルク・シューズ・アフィーブ……」
タッシェは、スペスの出ていった、外につながる穴を指差す。
暗く大きな穴は、相変わらずそこにあって、アルマの目に、なにかが起きているようには見えなかった。
それでも、タッシェの態度が気になって穴を見ていると、ふいに、ザリッっという音が耳に這入ってきた。
アルマはすぐに目を閉じ、耳に神経を集中する――また、ザジャッという引きずるような音がきこえた。音は、穴から入ってくるようだった。
「スペス……?」
穴に向かって声をかけてみると、一瞬だけ引きずる音が止まった。だが返事はなく、しばらくして、またズズッ……という音がする。
アルマは急いで《灯り》の魔法がかけてある木剣を手に取り、音のする穴の前に立った。
ふと後ろを振り返ると、不安そうな顔で見つめるタッシェと、まだ目をさまさない長老が見えた。
顔を戻したアルマは、光る剣先を穴に差しいれて、そっと中を覗きこむ。
はじめは、何か判らなかった――
穴の奥、少し先に、まるく光るもの、毛のようなもの、白く尖ったものが見えた。
アルマは、すぐにそれが大きな顔だと気づく。
「オ、オーガッ……⁉」
アルマと目が合ったそいつは大きく口を開き、白く長い牙を見せた。
そのひたいの真ん中には、最近ついたと思われる新しい矢傷があった。
「まさか……あの時のっ⁉」
神殿で、このオーガに殺されかけた事を思い出し、アルマはふらふらと後退る。
すぐに我に返ったアルマは、振り向いてタッシェを抱えあげると、集落に通じている穴まで連れて行き、半ば無理やりに押し込んだ。
「早くっ! 穴なら、あいつは入ってこれないからっ‼︎」
何が起きたのかがわからないタッシェも、アルマのただならぬ様子に、あわてて穴のなかへもぐり込む。
「あとは、長老さんっ!」
アルマは寝ている長老のところへ行き、頬を叩く。
大きな穴から、ズルッという音が近づいていた。
「起きてください、長老さん!」
声をかけると長老は、すぐに目を開けた。
「……アルマさん? どうなさいました?」
「オーガが入ってきています! すぐに逃げましょう!」
だが長老は、アルマの言葉に『そうですか……』とだけ答え、起きあがろうとはしなかった。
「すみません、身体がまだいうことを聞きません。どうか私のことは捨て置いて、アルマさんはお逃げください。タッシェのこと、どうかよろしくお願いします」
「そんなこと、できません!」
アルマは大声で拒む。
「アルマさん……いいのです」
長老は落ち着いた声で言った。
「私は、長く長く生きました。貴女やタッシェを百あわせるよりも長く生きました。きっとオーガも、私を食べれば、無理にあなた達を追わないことでしょう。ですから、どうか私を置いて早くお逃げください」
話してるあいだにも、背後の穴からはズルズルと音が近づき、ハァハァというオーガの息づかいまでが耳に入りはじめた。
「長老さん……ゴメン‼︎」
アルマは、これ以上の問答は無用とばかりに長老を抱え上げると、集落につながる穴の前まで運ぶ。
だが――そこで、はたと立ち止まった。
狭い穴はごつごつと曲がりくねっていて、小さなタッシェならばともかく、動けない大人を無理に押しこむ事は、出来そうになかった。
「おろしてください、アルマさん」
長老の声がして、アルマは、壁に寄せるように長老をおろす。
「どうぞ行ってください――」長老が言った。
体調によるものか、恐怖によるものか、その顔は青ざめていた。
「できない……です」アルマは首を振る。
「お気になさることはありません。これは仕方のないことなのです」
諭すように長老は言う。
「弱いものが強いものに食べられる、それは、私どもの暮らすこの森において、ごくあたりまえの、ありふれた事なのですから」
落ちついたその声を聞きながら、アルマはギュッと目を閉じた。
もう、オーガはすぐそこだった。