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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第79話 『それは無駄なこと⁉』
 もう、オーガはすぐそこだった。
 巨体には狭いだろう穴を無理に通ってでも、オーガはここに来るつもりのようだった。

 顔をあげて、アルマは言った。
「わたしが先に入って、中からひっぱります。痛いかもしれないけどどうか堪えてください」

「分かりました……お願いします」
 根負けして、長老はうなずいた。
「――ですが、もし無理なその時は、どうか私をお見捨てになってくださいね」
 長老の言葉に、アルマは答えなかった。

 答えるかわりに、灯りにしていた木剣を、ちいさな穴へと放りこむ。
 光がなくなって、地下の広間はほとんどなにも見えなくなった。

 アルマは、ちいさな穴から届くわずかな灯りを頼りに長老を寝かせると、先に足から入ってゆき、長老を引き入れようとした

 しかし、それは思っていたよりもずっと大変だった。
 せまい穴の中で這うような姿勢ではとても力が入らなかったし、でこぼこした岩のあちこちに長老の身体が引っかかり、思うように引き込めなかった。

 長老もどうにか身体をうごかして、わずかばかりは進むのだが、そうしている間にも、いつオーガが中へ入って来るかしれなかった。
 焦るアルマの手は、汗で湿り、滑る。

 どうにか腰まで長老を引き込めた時、ガリガリッと強く引っ搔くような音が聞こえた。

 ハァハァという呼吸音が、広間に入ってくる気配がする。
 ぺったんぺったんという足音が幾度か聞こえ、すぐ近くで止まった。

 その瞬間、雑草でも引き抜くかのように無造作に、しかしすごい力で、長老の身体がアルマごと、ずるっと半分引っぱられた。

 なんとか足を岩に引っかけて、持っていかれるのを止めたアルマだったが、長老の身体はなおも強い力で引かれている。
 手に力をこめ、掛けた足をふんばって、真っ赤になりながら抵抗しても、汗で濡れた手は滑り、すこしずつ長老が離れていく。

 しずかに首を振って、長老は、最後に微笑んだ。


 ついに手が離れ――長老は一瞬で闇の向こうへ消える。
 一言も声をあげなかった長老は、口を結んで微笑む顔をアルマの目に焼きつけて消えた。

 長老が吸い込まれた穴を呆然と見つめながら、アルマはこれから起こることを想像して体を震わせた。
 全身が悪寒で粟立ち、冷たい汗が止まらなかった。息がうまく吸い込めずに、喉からひゅうっと音がする。

 向こう側からはしばらく何の音もしなかったが、そのうち、ぺったんぺったんという音とともに、ザリザリザリとなにかを引きずる音が聞こえて、また静かになった。
 
 目に涙を浮かべながら、アルマは指を握りしめた。いま飛び出せば、待っているのは死だけだった。

 生きたい――
 その当然の欲求が、アルマの身体をすくませる。

――いま出ていけば、長老さんの犠牲が無駄になる。タッシェだって守らなくちゃいけない……。
 そんな、都合のいい言い訳が頭に浮かんだ。

――しかたないのよ……。もともとアールヴは、いなくなるものだったんだから……。
 自分を納得させようとして、最後に見た長老の顔が、脳裏に現れ、消える。

――行ったって無駄……。アイツに勝てるわけがないし……。この穴にいれば、アイツは手を出せない。ここにいれば、きっと……諦める。

 ボキッと折れる音がして、『……ぅぁ!』と堪えきれなかった悲鳴が聞こえた。

――ダメ……。わたしにはできる事がない。我慢するの……! それしかないの!

 またパキッという音がして、小さくうめく声がする。
 悲痛に顔を歪ませながら、アルマは何度も我慢しろと自分に言い聞かせつづけ――

 そして結局、我慢……できなかった。


「ううっ……ああああぁぁぁぁぁあっ‼︎」
 アルマは叫ぶ。
 全身にまとわりつく恐怖を振りはらおうと、必死に腹から絞り出す。

 震えつづける手で木剣をにぎりしめ、転げるようにアルマは穴から飛び出した。
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