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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第80話 『絶望の中で⁉』
 震えつづける手で木剣をにぎりしめ、転げるようにアルマは穴から飛び出した。
 地下の広間がふたたび《灯り》に照らされて、オーガがまぶしそうに目を細める。

 天井に届くほどのオーガは、窮屈そうに身をかがめたまま、玩具おもちゃでも見せるように、片手で長老を持ちあげてみせた。

 アルマを見るその口に、挑発的なわらいが浮かぶ。

「その人を……離っせぇぇぇっ!」

 衝動的な怒りにつき動かされ、アルマは突っ込んだ。
 防御も、魔法を使うという考えもなく、ただ、まっすぐオーガに向かっていった。
 オーガは長老を手放すと、駆けてきたアルマに、その長い腕を叩きつける。

 虫でも払うように振ったオーガの腕は、それでも、アルマの木剣よりも先に届いた。

 横からカウンター気味に平手を食らい、アルマの身体は軽々と壁際まで飛ばされる。ぶつかる衝撃で髪紐が千切れ、編み込んだ髪がばらばらとほどけた。
 視界は一瞬で真っ暗になり、目の前をチラチラとした光が飛びかう。

 肺から強制的に空気を吐かされたせいで激しくせき込むと、オーガに叩かれた身体の側面と、岩に打ち付けた背中が、経験したことのない痛みを訴えてきた。

 激痛に動くこともできず、アルマはその場にうずくまった。

 さっきまで怒りという形で絞り出していた小さな勇気は、痛みによって全て消し飛んだ。
 勇気が無くなれば、当たり前のように恐怖が戻る。
 アルマは痛みと恐怖にへたり込んだまま、絶望的な表情でオーガを見上げた。

 頭があたる天井に歩きづらそうにしながら、オーガが近づいてくる。
 そのぺったんぺったんという足音が、震え上がったアルマには〝死〟の音に聴こえた。

「ごめんっ……スペス……!」
 ギュッと目を閉じるアルマに、オーガがゆっくりと手を振りかぶった。


「アヘッズィ!」
 突然、子供の声がした。

 目をひらくと、オーガの後ろにタッシェが立っていた。
 振りむいたオーガが、嬉しそうに口を開く。

「来ちゃダメよ! 逃げて!」
 痛みをこらえてアルマは叫んだが、タッシェはその場で手をつき、魔法をつかう。
 すぐに近くの地面から、こぶし大の石がひとつ、オーガの頭に向けて飛んだ。

 石が当たってもオーガには傷もつかない。だがタッシェは、近くにあった食器や木の実を手当たり次第に投げつけた。
 オーガは、そんなタッシェを面白そうに見ていた。

「ダメよっ! お願いだからっ、逃げて!」
 精一杯にアルマは叫ぶ。
 だが、手元に投げるものがなくなったタッシェは走り、オーガとアルマのあいだに割って入った。

 両手を広げてアルマをかばう少女の足が、カタカタと震えている事に気づいたとき、オーガはゆっくりと腕を振りあげていた。

「ダメーっ! やめてー‼」
 アルマの願いもむなしく、オーガの手が振られる。

 タッシェの身体はアルマよりも軽々と飛び、そのまま壁に当たって、落ちた。そして、ぴくりとも動かなかった。

 急にオーガが、アルマに背を向ける。一瞬だけ、無いはずの希望が見えたが、すぐに元の絶望にもどった。

 アルマから離れたオーガは、タッシェに向かって歩いていた。
――食べるんだ……。
 アルマはすぐに理解する。
――先に、子供から……。

 勇者の物語に出てくるオーガなら……そうする。
 それを知っていたアルマは、木剣を支えにして、なんとか立ち上がろうとした。
 だが、足がまったく動かなかった。腰から下が、無くなったかのように意識から切り離されていた。

「やめてぇっ!」
 いくらアルマが叫ぼうが、オーガは見向きもしなかった。


――助けて……だれか助けて。メイランさん……スペス!

 アルマは、都合よく助けが来ないかと耳をすませたが、暗い穴のなかには、オーガがタッシェに向かって歩く、ぺったん、ぺったんという足音だけがしていた。

――もうここで、お終いなんだ……。
 アルマは思う。

――ここには、スペスもメイランさんも居ない。
 〝わたしが〟何もしなかったら、もうここで、お終いなんだ……。
  スペスにも会えない。村にも帰れない……。

  それは………イヤだ!
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