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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第82話 『唸る風と、光る剣先⁉』
 アルマは、地面を蹴ってオーガに飛びかかった。

 適切に《強化》が効いたアルマの踏み込みは、さっきよりも数段速く、
 手にする木剣の切っ先が、オーガに向かってまっすぐに光跡をのこす。

 それを迎え撃つオーガは、またしても平手を打った。

 だがこちらも、先ほどとはまるで違う。
 腰から全身のひねりを効かせた、あらん限りの平手打ちだった。
 唸る風が、アルマに向かって流れていく。

 そして、先に攻撃が届いたのは、またしてもオーガのほうだった。

 オーガは今回もアルマが近づくのを許さず、丸太のように太い腕を叩きつける。
 だがアルマも、一度受けたオーガの攻撃が自分よりも長く遠い事など、とっくに理解していた。

――ここっ‼︎
 と、脚を思い切り踏みこんで前への勢いを殺したアルマは、身体をひねり、横から迫るオーガの腕へと向きを変えた。

 そのままアルマは、身体を倒しながら木剣を振りおろし、目の前に迫る平手を全力で打ち返そうとする。

「でぃあああぁぁぁぁぁっ‼︎」
 とアルマが咆え――
 オーガの腕とアルマの木剣が、激しくぶつかりあった。

 唸る風と、光る剣先。
 暴力と、死力。
 純粋な力と力の勝負は、一瞬で決着した。


 大きく足を踏み出して、倒れんばかりに体を倒したアルマの木剣が、ひかりの弧を描いて地面まで振り切られる。

 その剣に叩き返されたオーガの腕は、来たとき以上の速度で後ろへと弾かれ、轟音とともに壁に打ちつけられた。

 身体より後ろまで持っていかれた腕に、オーガの肩がゴキンッと鳴り、力と力がぶつかりあった手首のあたりは、グチャグチャに潰されていた。

 ゆっくりと身体を起こしたアルマが、オーガを睨みつける。

 目があったオーガは慌てて向きを変え、入ってきた穴に向かって走りだした。
「……逃がさないっ!」

 後を追いかけたアルマの木剣が、逃げるオーガの腰に叩きつけられ、バキボキと骨を砕く音がする。
 無様に倒れて地面を転がったオーガが、その最期に見たものは――

 自分の頭に振りおろされる一筋の光だった。



 オーガにとどめを刺したアルマは、木剣を投げ捨てて、タッシェに駆け寄った。

「タッシェ……っ!」
 急いで抱えあげると治癒の魔法をかける。オーガの真っ青な血に染まったアルマの手が、ひかりを発してタッシェを包みこんだ。

 口から血を流しながらも、タッシェには意識があったようで、うっすらと目をあけてアルマを見ていた。

「……ごめんねっ、ごめんねぇぇっ!」
 アルマが声を上げた。
「わたしがっ……もっとちゃんと戦えてたらっ……こんなことにっ……ならなかったのに! ほんとうにっ…………ごめんねぇっ!」

 魔法をかけながら、アルマはくりかえしタッシェに謝った。ほどけたアルマの髪がタッシェにかかり、ぼろぼろとこぼれ続ける涙がタッシェを濡らす。

 焦点の合わない目で、タッシェはアルマの指を弱々しくにぎった。
「ダアィ……ジョブ」
 そう言って笑おうとしているようだった。

「ごめんねっ! ごめんねぇぇぇっ!」
「ダアィジョ……」
 言いかけて、タッシェはゆっくり目を閉じた。力を失った手がアルマの指からするりと落ちる。

「タッシェっ‼」
 アルマは息をのんでタッシェを見た。
 だが、タッシェの胸はちいさく上下していた。ただ意識を失っただけのようだった。

 全身の力が抜けたアルマは、息を吐いてもう一度タッシェを見る。
 傷はすでにふさがり、血も止まっている。呼吸は早いが安定していた。ひとまずの容体としては大丈夫にみえた。

「アルマさん、ありがとうございます……」
 長老が壁に寄りかかるように座っていた。

「あ、ごめんなさい! 長老さんもすぐ!」
 アルマは、タッシェをかかえて長老のところに走る。

 長老も、骨折や打ち身をいくつも負っていたが、すぐに命に関わるものは無さそうだった。アルマはタッシェをかかえたまま、長老にも応急手当をする。

「お見事でした……」
 治療を受けながら、長老が言った。
「いえっ、そんなことありません……」
 アルマは小さく答える。

「――わたしがもっとちゃんと考えて、動けていたらっ。最初からもっと勇気があればっ、長老さんもタッシェもっ……こんな怪我をしなくても済んだのにっ!」
 腕の中のタッシェを見て、アルマの声がつまった。

「そうだとしても、です」
 静かな声で長老は言う。
「貴女がいなければ、私もタッシェも生きてはいなかったでしょう。それは――貴女が勇気を出して行動した結果ではないのですか?」

「でもっ……うぐっ、でもっ……」
 嗚咽するアルマに、長老は言った。

「いつも上手くできる人など、どこにもいませんよ。貴女はあきらめずに動き、たとえ最善でなかったとしても立派に結果を出しました。ましてや、あのオーガを、お一人でです。それは、誇っていいことですよ」

「ぐずっ……ぞ、ぞうでじょうか」
 アルマは鼻をすすりながら訊く。
「無論です。貴女が此処にいてくれて、本当に良かったです」

 長老はそう言ったあと、いえ、と言い直した。

「貴女方が、ですね。ですから、もう泣かないでくださいな」
 長老はそう言って、アルマのほどけた髪を、そっとなでた。


 〝貴女方〟という言葉を聞いて、アルマは、スペスが言ったことを思い出す。

『〝その過去〟と、ボクらがいる〝この今〟は同じじゃないんだよ。
 だって、ボクらがいるんだから。
 だからさ、〝未来これから〟がどうなるかはわからないけど……ボクが何かをすれば、結果はぜったいに同じ事にはならない。そうボクは思ってる』


――わたしたちがここに来たことには意味があるの? もしも結果が変えられるなら、なにが出来るの?

 長老に髪を撫でられながら、アルマはうつむき考える。

――ううん、きっとそうじゃないんだ……。〝いま〟わたしがどうしたいか、なんだ……。

 そう考えたアルマは、スペスがここを出て行った理由がわかった気がした。
 涙はいつのまにか止まっていた。

 勢いよく頭を上げてアルマは言った。

「長老さん!」
 髪をなでていた長老は驚いて手を引いたが、何も言わずにアルマの言葉を待ってくれる。

「わたし、行ってきます!」
 アルマは迷いのない声でそう言った。
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