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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第84話 『会いたかったよ、アルマ⁉』
 すっかり空も暗くなったころ――
 立ち並ぶ木々のあいだを、光がひとつ、あわただしく揺れながら動いていた。

 光の持ち主であるアルマは、ハアハアと息をはずませながら走る。
 後ろからは、十体ほどのゴブリンが追いかけていた。

「なんで、こんなに集まってくるのよー!」
 走りながらアルマはひとりで叫んでいた。

 防御よりも攻撃、手数よりも一発の威力で勝負するアルマは、同時に大勢を相手にしたくなかった。
 とはいえ、走り回っているうちに、ゴブリンは一体、また一体と増えていく。

「ええいっ、こうなったら相手をしてやるわ! オーガにくらべりゃあんた達なんて、とっぴんしゃんよ!」

 訳のわからないことを言いながら、追手のほうへ振り向くが、奇声を上げて走りくるゴブリンたちのさらに後ろに、まだ遠いがオーガの姿が見えた。明らかに、アルマへ向かって来ていた。

「やっぱ無理ーっ!」
 そう叫ぶと、くるりと向きをかえ、アルマは、再び走り出す。

 木々のあいだをめちゃくちゃに走りつづけていると、急に声が聞こえた。
「こっちだ! アルマっ!」
 姿は見えなかったが、スペスの声だった。

「スペスっ? どこなのっ⁉」
 アルマは、走りながら叫んだ。
「こっち!」

 また声がした。斜め前からだった。
 アルマはそちらへ向けて、さらに走る。

「いいぞ、そのまま!」
 声を頼りに進んでいくと、木々の向こうの草むらに、しゃがんでいるスペスが見えた。

「スペスっ……!」
 感情があふれて駆け寄ろうとしたアルマに、スペスの声が飛ぶ。
「こっちじゃない! あそこに立って!」
「えっ……?」

 スペスは、すこし離れた、地面の高い場所を指す。
 なんのことかわからずに戸惑ったアルマだったが、すぐに言われたところまで走る。

「こ、このへん?」
「違うっ! もう少し後ろ! そう、そこで剣を高くあげてっ! 視線を上に誘導するんだっ!」
「は、はいっ!」
 意味はわからなかったが、アルマは言われたとおりに木剣を高々と頭上にあげる。

 あたりを照らす明るさに目が慣れてしまい、暗闇から迫ってくるゴブリンの位置が分かりにくくなったが、近づいて来ているのは間違いなかった。

 ヒュッと音がして、スペスの振ったムチが離れた木の根元に、巻きついた。
「そう……そのまま、そうしててくれよ」
 木の陰に隠れたスペスが、アルマの方を見る。

 近くに来たゴブリンの集団が、アルマを見つけて一斉に駆け寄った。
「せーのっ!」
 タイミングを計っていたスペスが思い切りムチを引く。

 ピンと張られたムチに足を取られて、走ってきたゴブリンの何体かが倒れ、さらに何体かが、倒れた仲間にぶつかって転がった。

「えいっ!」
 とアルマの光る木剣が振りおろされ、間一髪で仲間を飛び越えたゴブリンが叩き飛ばされる。
 アルマはもうひと振りで重なり合う二体を、さらにひと振りで起き上がろうとした一体を叩き潰した。

 見ると、スペスも転がったゴブリンの首にナタを打ちつけて、二体をしとめていた。
 一瞬で六体もの仲間がやられたゴブリンは、急におよび腰になり、散り散りになって逃げていく。

「よしっ!」とスペスが声を上げた。
「スペス……」
 もう一度スペスに出会えて、アルマは胸がつまりそうになる。

 だが――
「あかりっ!」
 叩きつけるようにスペスが言った。

「えっ……?」
 とアルマはまた戸惑う。

「早くっ、《灯り》を消してっ!」
「あっ、はいっ……」
 アルマはあわてて、木剣にかけた魔法を消した。

「よしっ、そしたら……こっちだ!」
 スペスはそう言うと、アルマの手を引いて歩き出し、すこし離れた茂みに入ってしゃがみ込む。

「オーガが近づいてきてるよ――だから、ここに隠れてやり過ごそう」
「うんっ」
 嬉しそうにうなずいて、アルマもしゃがんだ。


(ねぇ……)と、小声でアルマは訊く。
(前みたいに、匂いで見つからないかな?)

(……あのオーガってのは、ゴブリンほどは鼻がきかないみたいだよ)
 スペスが小声で返す。
(そのかわり、夜でもよく目が見えるみたいだから、さっきみたいに灯りなんかつけたら、来てくれって言ってるようなものだよ)

(あー、だからあんなに追いかけられたのね……。気づかなかったけど、失敗だったわ……)

(でも、そのおかげで、また会えたよ。アールヴの人たちも灯りをつけないからね。すぐにアルマじゃないかって思ったんだ)

(そうなの……? なら結果良しね、さっすがわたし!)
(でも、もうやらないでよ)と、スペスは笑いをこらえる。
(そんなのわかってるわよ……)
 口を尖らせたアルマに、スペスが訊いた。

(ソレ、どうしたの?)
(なにが?)
(髪の毛、ゴブリンにでも食べられちゃった?)

(やめてよ……気持ち悪い。これは邪魔だったから切ったのよ。あ、もしかして変かな?)
(変じゃないよ)
 とスペスが首を振る。

(アルマは、短いのも良く似合うね)
(そう? まあわたしって、なんでも似合っちゃうからね……ふふっ)
 とアルマは短くなった髪を振る。

(うんうん、アルマなら、つるっ禿ぱげになっても、きっと良く似合うよ)
(それは嬉しくないわね……)
(そうなんだ……)
 とスペスは意外そうな顔をする。

(それにしても、さっきのアルマはすごかったね、ゴブリンをあんなに倒すなんて、急にどうしたの?)
(そりゃあそうよ、だって――)

 アルマが得意げに言いかけると、スペスが手で止めた。
(しっ……、オーガが来たよ)
 ふたりがさっきまでいた辺りで、ガサガサと音がする。

(よくみえないわ……)
 アルマは茂みの隙間から目をこらしたが、暗い森のなかではぼんやりとしか見えなかった。

(そのうち目が慣れてくるよ。今日はよく晴れてるから、赤いほうの月が出てくれば、もっと見えるようになるはずなんだけど――)

(そうね……)
 とアルマが上を見ると、木々のあいだから見える空には、幾百の星が輝いていた。

(とにかく、あいつが諦めてどこかに行くまで、ここでやり過ごそうよ)
 スペスが言った。

(ねぇ、あのオーガなんだけど……)
 アルマはオーガを眺めながら訊く。
(まだわたし達に気づいてないし、他に仲間もいないみたいでしょ。今なら倒せるんじゃない?)
 そう言ったアルマを、スペスは驚いた顔で見た。

(そうかもしれないけど、アレをふたりで倒すのは厳しいと思うよ?)
(このまま逃して長老さんのところへ行ったりしたら大変だもの――大丈夫よ、わたしにまかせて!)
 アルマは力強く言い切った。

 スペスはもっと驚いた顔をしたが、揺るがないアルマの顔に、『よし、わかった』とうなずいた。
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