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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第86話 『気分が高まっちゃっただけかもねっ⁉』
「い、いいわよ……」
 アルマは、コホンとひとつ咳をした。

「わ、わたしね……、スペスのこと……………」
「う、うん……」

「ス、スペスのこと……だ、だいすキライ!」
 いい笑顔だった。

「間違いない……本物のアルマさんだ!」
 スペスの言葉に、こらえきれなくなったアルマが、ぷっと吹き出した。

「あはは……」とスペスも笑う。
「こんなやり取りも、ずいぶん久しぶりな気がするね」

「そうね――」とアルマはうなずく。「生まれる前にやって以来よね」
「そんな前には、やってないし、できないし、会ってもいない」

「あら? 今いるのが本当に三百年前なら、生まれる前なんじゃないの?」
「ああ……それはたしかに、そうだね」

「でも――もしできるなら。生まれたあとにも、またやりたいわね」
「できるよ。きっと」
「うん!」

「でもさ……、充分に戦えるのはわかったけど無理はしないでよ。死んじゃったら、生まれたあとには、できなくなるからね」

――自分のことは棚に上げて、人のことばっかり……。
 そう思ったアルマはスペスを見た。

「あら、知らないの? わたしは死なないのよ?」
 と悪戯いたずらっぽく笑う。
「――だって……スペスが守ってくれるんでしょ?」

「そうだね……そうだったよ」
 スペスは、複雑そうな顔でうなずいた。

 そんなスペスを笑いながら、アルマは『だからね――』と言う。

「スペスがわたしを守るなら、わたしはスペスを助けるわ。どれだけ怪我をしたって治してあげる。だから――」
 確認するようにもう一度スペスを見た。

「ふたりで一緒に村に帰りましょ! わたしとスペスのふたりで、よ!」
 スペスは、ちょっと驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。

「わかったよ。必ず帰ろう。ボクとアルマのふたりでだ!」
「うんっ」とアルマは、嬉しそうに微笑んだ。

「よしっ! それじゃあ行こうか。ここからだと、どっちに行くのがいいのかなぁ――」
 そう言って周りをうかがい始めるスペスの背中を、
 アルマはまだ、じいっと見つめていた。

「ねぇ――」
 と声がして、

「えっ?」
 と、振り向いたスペスの口に、そっとアルマの唇が押し付けられる。

 おどろいたスペスは、ふさがれた口でなにか言おうとしたが、首のうしろをアルマに押さえられて、すぐに大人しくなった。

 石にかけられた魔法の灯りに照らされて、ふたりは口づけをしあい、夜の森がしずかに包みこんでいた。



 やがて口をはなし、ふたりはぎこちなく離れた。

「イヤ……だった?」アルマが訊いた。
「イヤじゃ……なかったよ」スペスが答えた。
「そっか……」とだけ、アルマは言った。

 スペスが腑に落ちない顔をする。
「なんでなのかを訊いてもいい?」

「んーっ? なんで、かー?」
 アルマは急にニマニマして、嬉しそうにスペスを見た。

「なーんで、なんだろうねっ?」
「いや、ボクに聞かれても……」
「そうよねぇ~」とアルマは笑う。

「でーも、わたしにもよくわかんないっ! なんとなく、〝キスくらいいいじゃない〟って思ったからかなぁ~? あーでも、もしかしたら、ただ気分が高まっちゃっただけかもねっ!」

「そんなことで、ボクの初めてを奪ったのか……」
「いいじゃないの、それぐらい……」
 とアルマは口を尖らせた。
「わたしだって初めてよ?」

 それで何も言えなくなったスペスに、アルマは明るい声を出す。

「よぉし、それじゃあっ! スッキリしたことだし、行きましょうか!」
「ま、まってよ……ボクは全然スッキリしてないんだけど⁉」

「残念だけど、わたしはアルマに化けてるオーガだから、わからないっ!」
「いまさらっ⁉」
「まあまあ、いいからいいからっ!」
 と、アルマはスペスを置いて歩きだす。

「あっ、ほらっ、あっちから戦ってるような音がしてくるわよ。はやく行きましょ! さぁさぁ、しゅっぱーつ!」

 機嫌よさそうにそう言うと、
「ま、待ってよー」
 と、スペスがあとを追いかけた。
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