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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第90話 『アルマ対トロル⁉』
 あと少しで森というところで、伸ばしたトロルの手が、隊長の腕をつかまえる。

 隊長は腕をひき抜こうと、もがいたが、まったく抜けないばかりか、トロルが少し強く握っただけでパキポキと骨が砕けた。

 苦痛に顔をゆがめながら隊長は腰の剣を抜き、腕ほどもある太い指へ切りつける。
 だが、そのたびに傷は再生し、ふさがっていった。

 トロルは、必死にあがく隊長を広い場所へ連れて行こうとしたが、隊長が抵抗をやめないので、そのまま無造作に


 隊長の身体が、人形のように空中で不規則に回転し、集落の中央まで飛んでいって落ちる。
「――――‼︎」
 イオキアが彼女の名をさけび走った。
 それを見てトロルもまた駆け出す。


「行っ……てくれっ! アルマっ!」
 治療を受けていたスペスが、苦しそうに言った。

「わ……わかった!」
 魔法を中断したアルマは、すぐに走り出したが、トロルはすでに隊長達の近くにいた。

 一番先についたイオキアが隊長を抱き起こすと、手をついて魔法をつかう。
 イオキアの前の土がぶ厚く盛りあがり、それは、壁となって二人を隠した。

 だが、駆けてきたトロルはかまわずに、その足で土の防壁ごと二人を蹴った。

 トロルの怪力に、土壁はまるで砂山のよう飛び散り、隊長とそれを抱えたイオキアの身体がくるくると宙を舞う。

 飛ばされるあいだもイオキアは隊長を離さず、二人が鈍い音をたてて地面にぶつかると、みるみるうちに赤い血がひろがった。


 蹴り飛ばされた二人のもとに全力で走ったアルマは、魔法をかけようとしゃがみこんだが、すぐにトロルがやってきた。
 アルマは、動かないふたりに悲痛な表情をむけながら立ちあがり、トロルに向かって木剣を構える。

 即座に、トロルが棍棒を振りおろした。それはアルマとともに、うしろのふたりまで潰そうという攻撃だった。
 避ければ、うしろのふたりが死ぬ。アルマには逃げることができなかった。


 ズガンッと空気を震わせて、ふたつの武器がぶつかりあい、棍棒がはじき返された。だが、トロルはまたすぐに棍棒を振り下ろす。
 ギャリンッと、どうにか弾いたアルマの手がビリビリとしびれた。

 そんなアルマに構うことなく、トロルは次々に攻撃を繰り出してくる。
 斜めから、真上から、横から。アルマは襲いかかるトロルの棍棒を、どうにか打ち返しつづけた。

 アルマを逃したくないのか、トロルの攻撃は必ずうしろの二人を巻き込むように出されていて、動きを読むのはそう難しくなかった。
 だが一方で、アルマには反撃の手がない。

 二人の命を背負ったアルマは、攻撃のために前に出ることも、トロルから逃げることもできなかった。
 

――このままじゃいつか、やられちゃう……。
 襲いかかる攻撃をどうにかさばきながら、アルマは焦った。

――早く治療しないと、ふたりとも。
 一瞬の隙に、ちらと後ろを見ると、地面にできた血溜まりはさらに大きくなっていた。

――さっきの怪我じゃスペスも動けない……いまわたしが倒れたら……。
 全滅――という恐ろしい考えが膨らんできたが、アルマは、それをふり捨てる。

――ううん、少しでもできることを考えなきゃダメよ! いまのわたしに残る可能性……できる攻撃……。
 考えをめぐらせながら棍棒をはじき返したアルマの頭に、ひとつの手がうかぶ。

――あったひとつだけ、わたしにもできる攻撃!
 すぐに思考を切りかえる。

――とにかく、やってみるのよ!
 アルマは魔力マナをうごかして《強化》をさらに重ねがけする。

 アルマの身体が強く光を放ち、激しく打ち付けられるトロルの棍棒を、それ以上に強く打ちかえす。トロルも負けじと、さらに速く、さらに強く、攻撃は苛烈を極めていく。

 ガン! ゴン! ガイン! 

ふたつの武器がぶつかり合う音が、夜の森に走り、トロルの首飾りが囃したてるようにカシャンカシャンと鳴る。

 そんなふたりの打ち合いは、合わせて三十回以上もつづいた。トロルが荒く息をつき、アルマはすでに感覚の無くなった手を、かけた魔法で無理矢理に動かしていた。

「ガァァァァァアアッ!」
 トロルが叫んで大きく一歩を踏み込んでくる。

 強力な攻撃が来る。そう感じたアルマは、自分も魔力マナを絞り出し一歩を踏み出した。

 トロルが棍棒を打ち下ろし、アルマが木剣を振りあげる。

「どぅおぅうりゃぁぁぁぁぁあああっ‼」

 ふたつの武器がぶつかりあった瞬間、暗闇に火花が散った。
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