残酷な描写あり
R-15
第91話 『ここを通りたかったら、ボクを倒してくれ⁉』
トロルが棍棒を打ち下ろし、アルマが木剣を振りあげる。
「どぅおぅうりゃぁぁぁぁぁあああっ‼」
ふたつの武器がぶつかりあった瞬間、暗闇に火花が散った。
なにかが割れる音がして、自分の木剣を見たアルマは、それが根本から折れているのに気づき、
「ありがとね……」と声をかけた。
同時に空からバラバラと木片が降ってくる。
トロルの持つ棍棒も、中ほどまでが砕けて粉々になっていた。
攻撃をやめたトロルが、真ん中からなくなった棍棒をじっと見る。
「うーん……」
とアルマはつぶやいた。
「狙い通り、向こうの武器は壊せたけど、こっちも壊れちゃった……。これじゃ、成功半分、失敗半分ってところかしら」
ガランガランという音がして。トロルが折れた棍棒をなげ捨てた。
「あ、あのぉ……これで終わりーなんて事には……ならない、ですよね?」
恐る恐る訊くアルマに向かって、トロルは嬉しそうに上体を左右へゆらし、ガラガラと首飾りを鳴らした。
にぎった両の拳が、胸の前で打ちあわされる。
「やっ……うそでしょ?」
アルマがひきつった笑いを浮かべる。
「わたしっ……、殴り合いとか野蛮なのは……無理だからっ!」
だがトロルは、顔の高さに拳を構え、リズムに乗ったステップを踏み始める。
「いやーっ‼ 話を聞いてーっ!」
アルマが叫んだ。
その時――
後ろから火の玉がひとつトロルに向けて飛んだ。
拳を構えたままトロルがうしろに飛びのく。
「アルマ!」
振り向いたアルマにスペスが走り寄ってくる。
「もう大丈夫なの?」アルマが訊いた。
「アルマのおかげで、少しは休めたからね」
そう告げるスペスの顔色は悪い。
「えいっ!」とアルマは、スペスの胸を小突いた。
「痛ったたたた……」
スペスがわき腹を押さえて身をよじる。
「……ウソつき」
アルマは非難の目をむけた。
「そ、そうだよ……いま痛いって言ったの……ウソだからね――」
強がるスペスを見ながら、アルマはため息をついた。
「まぁいいわ……。それで? こんな状況なんだけど、どうするの?」
アルマが視線を向けると、トロルは拳をおろして、じっとこちら見ていた。
「イオキアさんたちが危ないよ、いますぐ逃げよう」
「それはいいんだけど……見逃してくれるかしら?」
「ボクが残って、ひきつける」
「それならわたしが残るから」とアルマは言った。
「ボクはふたりも担いで走れないし、傷だって治せないよ。行くならアルマだ」
それは、まったく正しい意見だった――スペスが危険にさらされることを除けば。
言いたいことを飲み込んで、アルマがただ見つめると、スペスはうなずいてみせた。
「そうよね……わかった」
アルマは、またため息をついてしゃがみ込み、イオキアと隊長を肩に担ぐ。
だが、トロルが、それを見てすぐに動いた。
「……で? どうやってアレを止めるつもり?」
アルマが訊いた。
「こうやってさ」
スペスはそう言うと、腰からほどいたムチの先を地面に落とし、ポケットからとり出した小瓶の汁を全部ふりかける。
「《点火》!」
スペスが火をつけると、ムチが燃えあがった。
そのままスペスがムチを振ると、一直線になった炎が蛇のように飛びかかり、近づいてきたトロルは、おおきく後ろへ避けた。
「まったくもう、無茶ばっかり……」
アルマは担いでいたふたりをそっと下ろすと、トロルに目をくばるスペスを後ろから抱きしめた。
「痛いっ! けど嬉しい!」
「バカ……」と言って、アルマは目を閉じた。
「たぶん骨が折れてると思うけど、すぐには治せないから、《痛み止め》だけかけておくわ。
それと《強化》だけど、だいぶ慣れたから、少しだけならスペスにもかけられると思う。もしかしたら、あとで全身が痛くなるかもしれないけど、いいよね?」
「やってくれ!」
ビシッという音がして、スペスのムチが、近寄ろうとしたトロルをまた牽制した。
そのあいだにアルマは、抱きしめたまま魔法をかけ終える。
「じゃあ、行っちゃうけど……いい?」
「戻ってきてくれるんでしょ?」
「いつになるか、わからないわよ?」
「いいさ」とスペスがうなずく。
「それで、戻ってきたらアレをやろうよ」
「アレ?」とアルマは目を開けたが、すぐにまた閉じた。
「わかった……アレね」
「よろしく!」
「はいはい……」と言いながら、アルマはスペスの背中に頬をつけた。
「必ず戻ってくるから。それまで……死なないでよ」
「わかった!」
「よし!」
スペスの背中から離れたアルマは、うしろのイオキアと隊長を担ぎなおす。
「じゃあね!」とアルマが言った。
「またね!」とスペスが言った。
背中合わせのまま、アルマはふり返ることなく走りだす。
逃すまいと動いたトロルの行く先を、スペスの炎のムチが塞いだ。
「ダメだよ。ここを通りたかったら――ボクを、倒してからにしてくれ!」
そう言うスペスを見て、トロルが大きく咆えた。
「どぅおぅうりゃぁぁぁぁぁあああっ‼」
ふたつの武器がぶつかりあった瞬間、暗闇に火花が散った。
なにかが割れる音がして、自分の木剣を見たアルマは、それが根本から折れているのに気づき、
「ありがとね……」と声をかけた。
同時に空からバラバラと木片が降ってくる。
トロルの持つ棍棒も、中ほどまでが砕けて粉々になっていた。
攻撃をやめたトロルが、真ん中からなくなった棍棒をじっと見る。
「うーん……」
とアルマはつぶやいた。
「狙い通り、向こうの武器は壊せたけど、こっちも壊れちゃった……。これじゃ、成功半分、失敗半分ってところかしら」
ガランガランという音がして。トロルが折れた棍棒をなげ捨てた。
「あ、あのぉ……これで終わりーなんて事には……ならない、ですよね?」
恐る恐る訊くアルマに向かって、トロルは嬉しそうに上体を左右へゆらし、ガラガラと首飾りを鳴らした。
にぎった両の拳が、胸の前で打ちあわされる。
「やっ……うそでしょ?」
アルマがひきつった笑いを浮かべる。
「わたしっ……、殴り合いとか野蛮なのは……無理だからっ!」
だがトロルは、顔の高さに拳を構え、リズムに乗ったステップを踏み始める。
「いやーっ‼ 話を聞いてーっ!」
アルマが叫んだ。
その時――
後ろから火の玉がひとつトロルに向けて飛んだ。
拳を構えたままトロルがうしろに飛びのく。
「アルマ!」
振り向いたアルマにスペスが走り寄ってくる。
「もう大丈夫なの?」アルマが訊いた。
「アルマのおかげで、少しは休めたからね」
そう告げるスペスの顔色は悪い。
「えいっ!」とアルマは、スペスの胸を小突いた。
「痛ったたたた……」
スペスがわき腹を押さえて身をよじる。
「……ウソつき」
アルマは非難の目をむけた。
「そ、そうだよ……いま痛いって言ったの……ウソだからね――」
強がるスペスを見ながら、アルマはため息をついた。
「まぁいいわ……。それで? こんな状況なんだけど、どうするの?」
アルマが視線を向けると、トロルは拳をおろして、じっとこちら見ていた。
「イオキアさんたちが危ないよ、いますぐ逃げよう」
「それはいいんだけど……見逃してくれるかしら?」
「ボクが残って、ひきつける」
「それならわたしが残るから」とアルマは言った。
「ボクはふたりも担いで走れないし、傷だって治せないよ。行くならアルマだ」
それは、まったく正しい意見だった――スペスが危険にさらされることを除けば。
言いたいことを飲み込んで、アルマがただ見つめると、スペスはうなずいてみせた。
「そうよね……わかった」
アルマは、またため息をついてしゃがみ込み、イオキアと隊長を肩に担ぐ。
だが、トロルが、それを見てすぐに動いた。
「……で? どうやってアレを止めるつもり?」
アルマが訊いた。
「こうやってさ」
スペスはそう言うと、腰からほどいたムチの先を地面に落とし、ポケットからとり出した小瓶の汁を全部ふりかける。
「《点火》!」
スペスが火をつけると、ムチが燃えあがった。
そのままスペスがムチを振ると、一直線になった炎が蛇のように飛びかかり、近づいてきたトロルは、おおきく後ろへ避けた。
「まったくもう、無茶ばっかり……」
アルマは担いでいたふたりをそっと下ろすと、トロルに目をくばるスペスを後ろから抱きしめた。
「痛いっ! けど嬉しい!」
「バカ……」と言って、アルマは目を閉じた。
「たぶん骨が折れてると思うけど、すぐには治せないから、《痛み止め》だけかけておくわ。
それと《強化》だけど、だいぶ慣れたから、少しだけならスペスにもかけられると思う。もしかしたら、あとで全身が痛くなるかもしれないけど、いいよね?」
「やってくれ!」
ビシッという音がして、スペスのムチが、近寄ろうとしたトロルをまた牽制した。
そのあいだにアルマは、抱きしめたまま魔法をかけ終える。
「じゃあ、行っちゃうけど……いい?」
「戻ってきてくれるんでしょ?」
「いつになるか、わからないわよ?」
「いいさ」とスペスがうなずく。
「それで、戻ってきたらアレをやろうよ」
「アレ?」とアルマは目を開けたが、すぐにまた閉じた。
「わかった……アレね」
「よろしく!」
「はいはい……」と言いながら、アルマはスペスの背中に頬をつけた。
「必ず戻ってくるから。それまで……死なないでよ」
「わかった!」
「よし!」
スペスの背中から離れたアルマは、うしろのイオキアと隊長を担ぎなおす。
「じゃあね!」とアルマが言った。
「またね!」とスペスが言った。
背中合わせのまま、アルマはふり返ることなく走りだす。
逃すまいと動いたトロルの行く先を、スペスの炎のムチが塞いだ。
「ダメだよ。ここを通りたかったら――ボクを、倒してからにしてくれ!」
そう言うスペスを見て、トロルが大きく咆えた。